番外2  「異国の地で休息を(裏)」


リキニウス国に新女王が誕生してから早半月

国の体勢を立て直す事に協力をしていた極星騎士団とユトレヒト隊であったが

この頃ともなると手を貸す事もほとんどなくなり

後は事後経過を見守ると共に久々にのんびりとした休暇を楽しむようになっていた

アルシア指導の元での農地改革も一段落ついて作物の苗も植え終わった、

城の補修もクラーク監修の元急ピッチで進められ以前よりも機能的な姿にリフォームされ蘇った

外交に関しても波風は立ってはいない・・

これについては暗躍した人達も少々おりその効果は絶大だったとか・・

 

 

「せいっ!はっ!」

 

「・・っと、ほっ、よっ・・」

 

極星騎士団の屋敷の庭

まだ午前中で晴れ渡った空の元で訓練をしているはミランダとクラーク

格好こそラフなのだが双方自前の得物にて真剣で刃を合わせている

リキニウスの立て直しも一段落した後、

ミランダは休暇を願い出て朝早くからここまで足を運び、

現状の報告をライ達にした後に
クラークと手合わせを願い出たのだ

っというのもこの一件で暗躍していた彼女の裏の人格が破壊された時に

彼女が動いていた時の記憶まで流れて込んできてクラークと戦った事をはっきりと知らされたから。

例え別人格と言えども呆気なく敗北した事を恥じと感じ鍛え直すつもりなのだ

女王の侍女として今も彼女を守るために命懸けで職務についているもその気質は未だ騎士

己を鍛えるという心は今も健在であり武術にかける情熱もまた現役時とは何ら変わりはない

 

「・・よいしょ!・・へへっ、流石に鋭いな・・」

 

高速の突きを流しながら感心するクラーク、ミランダの突きは隙がなく素早い。

踏み込みが小さい分威力は高くないがそこは刺突、

それでも当たればただではすまない

素早い連撃と鞭のようにしなる払いが特徴な軽剣術、

ミランダはその両方において安定性が高く

射程内のクラークはちょっとやそっとでは反撃できない状態にある

その猛撃に対しクラークは二刀流にて対処

左手に紫電雪花、右手に九骸皇、それを巧みに使い捌いていく

二刀流は本来のスタイルではないのだが

それでも鉄壁の二文字を思い起こさせるような完璧な捌きを見せる

刺突は二刀にて捌かれ、払いは絶妙な距離で回避される・・

自身の攻撃ではクラークに命中させられないと感じたミランダ

「はぁぁぁ!」

変則として突きを放ちながらすかさず手を引き下から大振りの切り上げを放つ!

「っ!でぇい!」

力強い切り上げにクラークは二刀を交差させてそれを受け止めた・・

「・・くっ、やはり・・私では貴方には適わないようですね・・」

刃を受け止められ絡められた状態、即ちそれはチェックメイト、

クラークの腕ならばそのままレイピアの刃を破壊する事も出来るのだ

「まっ、俺は実戦でそういうタイプの相手も多くしてきたからな。場数の違いさ・・」

「なるほど・・私もその・・カタナですか。

それを扱う者ともっと手合わせをしないといけませんね」

ため息をつきながら剣を下げるミランダ・・

彼女にしてみればクラークが持つ刀やそのスタイル等は正しく初めて見るモノ

特に刀という片刃の緩い曲剣には驚き、

その刀身の美しさに最初は装飾剣ではないかと疑問に思ってすらいたのだ

「ここいらじゃ主流じゃないからなぁ・・まぁ何事も経験さ。

同じ軽剣で腕を競うって言うならハイデルベルクのルザリアってところの騎士団長タイムと手合わせするといい

お前と同じスタイルでかなりの使い手らしいからな」

笑顔で言うクラークだが実際に彼がタイムと手合わせした事はない

・・その情報は主に彼女の男であるクロムウェルの自慢話から・・

「覚えておきましょう。もう少し・・付き合ってもらってもよろしいですか?」

「ああっ、いいぜ。俺も二刀の詰めの甘さを克服しておきたいからな・・頃合いまでやろうぜ?」

不敵に笑いながら構え直すクラーク、

それに対しミランダも自然に笑みが零れ訓練が再開されるのであった

 

────

 

「はぁい・・できたわよぉ」

 

「すまんな」

 

屋敷の二階、アルシアの自室にて部屋の主とロカルノという珍しい組み合わせがいる

机に座り調合を行っていたアルシア、

完成した粉薬を固め水なしでも摂取できるようなタブレット状にし

それを銀色のケースに入れてロカルノに渡したのだ

「性毒茸の毒素を精製してタブレット状にするなんてぇ・・趣味が良いとは言えないわよぉ?」

「通常ならばな。だがこの茸の毒素は一時的な物・・いやっ、毒というよりもアルコールの類に近い。

携帯していても問題はないだろう」

涼しげな顔で言ってのけるロカルノ、

性毒茸、それは数ある毒茸の中でも珍しく神経系に以上をもたらしその人物の性格を揺さぶるモノ

・・ぶっちゃけ『性格が真逆になっちゃう毒』

仕組み的にはかなり危ないモノなのだが後遺性が全くなく

性格が豹変する以外害はないが故に一般的にはその毒は余り知られていない

間違って食べたとしてもその余りの奇異ぶりに茸の毒による異常と言うよりも

悪霊か何かに取り憑かれたと判断をしてしまうからだ

そしてそんなモノを彼が携帯する理由は・・

 

「セシルを大人しくするためとはいえ・・あんまりこういうのには荷担したくないわぁ」

 

アルシアが呟くようにセシルのため・・。

素行の悪いセシル、

それはいかなる場所や状況でも変わりがないが故に目立ちたくない時などには少々厄介

そこでそんな時にこのタブレットを服用させて真逆の性格、

通称『聖女セシル』状態にさせるのだ

・・もっとも、本人の猿芝居でも聖女モードはできるのだが

知っている人間からしてみればボロがしょっちゅう出ているらしい・・

「仕方あるまい。あいつは君と違って自分の行動を制御できない節があるからな」

「・・まぁ、そうよねぇ・・。

でもあの・・お嬢様なセシルって何か・・背筋が寒いというか変というかぁ・・」

「慣れだ・・寧ろあの姿こそ本来女性があるべきものだろう?」

「あら?それって偏見よぉ?女って顔が幾つもあるものなのだから・・あるべき形も色々よぉ?」

ニヤリと悪戯っぽく笑うアルシア、

そう言う彼女も違った一面というのは中々想像はしにくいのだが・・

「女心というのは複雑というからな・・だが、うちの面々は単純だ。

その限りにはないだろう・・ではっ、失礼する」

軽く会釈をして退室するロカルノ・・。

その後ろ姿をジッと見つめるアルシアだがふと思い立ったように悪戯っぽい笑みを浮かべる

 

「ふふふ・・単純・・ねぇ、そんな事言われたら試したくなっちゃうじゃない」

 

そう言いながら懐よりさきほどロカルノに渡したのと同じタブレットを一つ、取り出したのであった

 

────

 

それより数分後

アルシアの部屋にまたも来客が・・、

おずおずとノックをしゆっくり入ってきたのはアミルさん

「いらっしゃい♪ささっ、入ってぇ」

「は・・はぁ、あの・・アルシアさん。

私は人間と違って治癒能力が高い方なので・・そんな念入りに治療をしていただかなくても・・」

周囲を気にしながら入室するアミル

それなりに深い手傷を負い数日間は客室で安静していた彼女なのだが今はもう全快、

リオ達と共に庭仕事を手伝ったりもしている

それでも一応の定期検診という事で今日はアルシアに呼び出されていたのだ

「ダメよぉ、普通の人間に傷を負わされた訳じゃないもの。後になって響いたりしても面白くないでしょう?

たとえば愛しのロカルノに抱かれている時に傷が広がったり〜♪」

「えっ!?あ・・そんな・・」

その話題に触れた瞬間に顔を染めて慌て出す

竜と言えども純情、軽く流せるような真似はまだまだできないようだ

「まぁまぁ、お芝居とは言えども手傷を負わせたのはアレスとリオである事には変わりはないのだから・・

大人しく完治させてちょうだい」

「はぁ・・では・・」

おずおずと中に入り彼女の言われるままにベットに横たわるアミル

妙に落ち着きが無く頻りに警戒しているのだがそれも無理はない

以前アミルはこの部屋にてアルシアとセシルに襲われそうになった事があるのだから・・

もっとも、その時はクラークが潜伏していたが故に未遂で済まされていたりする

しかし、治療となればアルシアはそのような浮気な事などはせずに真剣に彼女の体を診て様子を確認する

ここらがセシルとの大きな違いであろう

結果10分少々、アミルは寝かされた上でその上から傷を診られたりしたのだが特に異常がない様子で

軽く息をつき触診は終わりを告げた

「は〜い、いいわよぉ・・すごいわねぇ、竜って。

結構深傷だったのにほとんど治っているわぁ・・この様子じゃ後1日ぐらいで完治するわねぇ」

「ありがとうございます」

「あっ、でもぉ・・少し疲れが溜まっているんじゃなぁい?」

「・・えっ?」

「ふふっ、メンタル的なものが体に来ているんじゃないかって事。

他の面々と違って貴女やメルフィはここにそう長く滞在した事がないでしょう?

周囲に気を遣っている分貴女に疲れが見えているのよ」

そこらはアルシアではなくても洞察力の鋭い人間ならば目に見えていた症状

そもそもにアミルと極星の面々との面識は余りない、

加えて屋敷で世話になっている分その性分的に

周囲に非常に気を配っておりそれがストレスとなっているのだ

加えて大きな問題としては『人の家なんだから性交なんてしてはいけない』と言う事

生真面目な分そこらの自制は頑ななのだが日が重なるに連れてご無沙汰気味となり悶々としだす

いつもは自分から求めたりしなくひたすらにロカルノを待つ彼女であったのだが

求めてはいけないという心に反発するにつれて

何故か抱かれたい衝動が激しくなりこれまたストレスとなる

人でも竜でもやってはいけないと決め込んでいる程にそれを犯したくなる衝動というものはあるらしい

「そ、それは・・そうですね。確かに少々疲れが・・」

「ふふふ〜、じゃあこのタブレットを食べてみて?

滋養剤が入った物でストレス軽減する成分も入っているの」

そう言い手渡すは性毒茸の成分たっぷりの白いタブレット・・

至極自然にアミルに手渡す、自然と毒を盛るのも薬師のステータスか

「タブレット・・、はぁ・・これは・・薬ですか?」

「まぁ、世間的には駄菓子のラムネみたいなものねぇ。

粉末を固めたりしているの、かみ砕いて飲み込むといいわ。

薬というのは粉末状だと携帯しにくいし水を必要とするからそうした方法で接種しやすくする事もあるのよ」

「なるほど、確かに急を用する時に水がいつもあるわけでもないですしね。

・・色々考えているのですね・・」

「医学と薬学の進歩は日進月歩ってね。食べやすいように甘いのも入っているから」

「はい・・、あ・・本当ですね。お菓子みたい・・あ・・・」

ゴクリと飲み込んだ後、不意にアミルの体がふらつく・・

「アミルさん・・?」

「は、はい・・あれ・・アルシアさんの言うとおり・・少し疲れが溜まっているようですね。

でも・・この眠気・・前にどこかで・・」

フラフラと体を揺らしアルシアに抱きつくような形で眠りに付いた

「うふふ、ごめんなさいね・・。でもほんと・・良い体ねぇ・・」

彼女を抱き留めながら不穏な発言をするアルシア、

彼女自身その体つきは完璧なのだが抱きしめたアミルのものも中々・・

特に肌に伝わる胸の感触などはあらぬ欲望をかき立てられそうになる

「清楚って言葉がよく似合う子ね・・。その漆黒のドレスが少々不似合いに思えるわ」

 

「ふ・・ふふふ。そうかしら?女は心に闇を持っているものじゃないの?」

 

「っ!?」

突如として眠っているはずのアミルがそう言う・・。

それにアルシアは目の丸くして驚いた

「そう驚かないで・・ああ・・すっきりした・・。晴々する気持ちね・・」

ゆっくりとアルシアから離れるアミル、先ほどまでと姿は同じなれど放つ空気がまるで違う

その目つきも先ほどの違い気が強そうなモノとなっている

「ま、まさか・・もう薬が効いたの?即効性にも程があるわね・・」

「それだけ私があの薬に耐性がなかったって事じゃないかしら・・、ともあれありがとう、アルシア」

悪戯っぽく笑うアミル・・

その様子がアルシアにはどうしても奇妙なものに見えてしまう

「・・アミル・・よねぇ?ひょっとしてミランダみたいな別の人格でもあったのかしらぁ」

「違うわよ、私は私・・。

今さっきまで介抱してくれていた女よ・・あの薬で妙にスッキリしちゃって・・ね

眠くなったと思ったら体中が熱くなったみたい」

「・・なるほどぉ、アルコールと似たようなモノだってロカルノは言っていたけどぉ・・

酩酊状態みたいなものなのねぇ」

「余りお酒を飲んだことはないから断定できないけどそうじゃないかしら?

でも・・神経毒が消えて正常に戻る時にその時の出来事は覚えていないようだからねぇ・・

今の私も薬が消えたらいなくなるって事かしらね」

そう言いながらニヤリと笑う・・、

実に愉快そうに笑うその姿は酒に酔った女性のモノと非常に良く似ている

「また・・変な毒もあったものねぇ・・」

「ほんと・・ね。ともあれ、久々に楽しめそうだわ・・っと、この格好は動きにくいわね・・」

自分のドレスを見ながら軽く指を鳴らす・・

すると質素ながらも品の良い黒ドレスはスッと消え去り

その美しい固体には露出の激しい黒革のボンテージが纏いついた。

胸元を大きく露出させ股間にはジッパーが走る実に扇情的な姿、

加えて長いレザーブーツを履き手には革のグローブ、

白い肌と黒い革が見事に折り混ざった卑猥な姿とも言えるのだが

気の強そうな瞳とウェーブかかった紫髪に実に良く合っており

危ない女という印象は受けず独特な美しさを持っている

「ドレスが消えて・・ボンテージって・・それは貴女の魔術で?」

「そうよ、元々ドレスは魔術で作りあげた物なの。

ボンテージなんてものは知らなかったから以前は実物を着ていたけど一度知ってしまえば複製は可能よ・・

これでも高位に位置する竜だもの。魔術師としても一流なの

普段は活用しないけど、服製以外にも術的な呪いを瞳に凝縮させて擬似魔眼も使えるわ」

「へぇ・・あれ、じゃあ貴女、以前の記憶は・・」

「普段なら忘れているけど、この状態になると思い出してしまうみたい

・・ふふっ、素敵な事をしていたみたい・ね♪

まぁ、思い出したのもこの一時だけ・・

普段の私からしてみればこんな服なんてとても着れないでしょうしね」

そうとはいえども、ロカルノの頼みとあらば喜んで着る事は間違いはなさそうだ

「色々と勉強になるわねぇ・・」

「ふふふ・・・、ねぇアルシア・・その薬、もうないの?」

「えっ?・・ああ、後一錠あるわよぉ?残りはロカルノが全部持って行ったんだけどぉ」

「そう・・それ、いただいていいかしら?」

「別に断る理由はないけど・・どうするの?」

「もう一人・・私と同じ状態にしたい女がいるのよ。お願い・・」

「・・ふぅ、まぁ貴女をその状態にさせたのは私だしぃ・・面白そうだからいいわよぉ♪」

小悪魔的な笑いを浮かべもう一つのタブレットをアミルに渡す

双方女王様気質な分、意外に気が合っている様子・・

「ありがと。じゃあ・・束の間の宴を楽しんでくるわ・・アルシアはここに居た方が良いわよ?

貴女が私に薬を飲ませたなんてバレたら後が大変でしょう?

このまま私が勝手に眠れば真相は闇に紛れ込むから」

「知的ねぇ・・まぁその豹変が見れただけでも収穫だから、忠告には従っておきましょうかしらね」

友人にイケナイ薬を盛ったとなると当然只では済まない。

ライにオシオキされるのならばそれはそれで構わないと考える彼女だが

オシオキにも種類がある、故に一口にオシオキに遭ってもいいとは言えない

「ふふふ・・素敵よ、貴女。じゃあね♪」

軽く手を振り部屋を後にするボンテージ女王様、それにアルシアは手を振り替えし見送る

 

「・・性格が正反対・・ね。今更ながら納得だわぁ・・」

 

一人残った室内、アルシアはその薬の恐ろしさを学習したのであった・・

 

 

・・・・・・・

 

ボンテージ姿のアミル、否、黒アミル

それがまっすぐと向かうはセシルが泊まっている部屋・・

防犯上という事もありそれは屋敷で一番隅の客室となっている

本来ならば真っ昼間から歩き回るような服装ではないのだがアミルは全く気にもせずに優雅に廊下を歩く

誰かが見れば速攻でどうしたのかと尋ねてくるものなのだが時間的に屋敷内の人口密度は低い

唯一掃除を行っているアレスやリオもクローディアが一緒に手伝ってくれると言うことで現在は庭掃除を行い

それも一区切りついたのか焚き火をしていたりする・・焼き芋でもするのであろう

それに興奮しているのか庭先からルナの嬉しそうな鳴き声が聞こえるもアミルは気にする事無くセシルの部屋に入室

ノックも無しに入るのだが主は室内にいたりする

・・っと言っても・・

 

「・・スー・・スー・・」

 

ベッドに臍丸出しなシャツ姿のままでお昼寝中・・

いい大人が昼間っから呑気に眠りこけている事に誰もが呆れるも

夜に色々とヤっているのならばそれもやむをえなし

そんな訳で放置決定に本人も深く寝入っているのだ

「フフフ・・昼間っから呑気なものねぇ・・ほぉら!起きなさい!」

優雅に手に握るは良く撓る短鞭、ボンテージとセットで作りだした物らしく

それをセシルの臍目掛け叩きつける!

パチン!っとそれは見事命中、乾いた音とともにセシルが跳ね起きる

「いった!!何!?何々!?」

よほど心地よく眠っていたのか、腹部の痛みに飛び起きるも状況が把握できていない

「ごきげんよう、セシルさん・・」

ベッドに腰掛け優雅に挨拶、その立ち振る舞い・・正しく女王様

「へ・・?ア、アミル!?どうしたの!?その格好!」

「似合うでしょう?」

「に・・似合っているけど・・どうしたのよ、アミル・・」

目の前の女性は確かに良く知る女性・・なのだが様子が余りにも変、

加えて寝起きで頭がはっきりしていない分流石のセシルも半分パニック状態になっている

「どうしたって、貴女のために着替えたんじゃない。

それに・・前にも言ったわよねぇ?アミル様とお呼びって!」

愉快に笑いながら短鞭を叩く!

「いたっ!痛い!ちょ、ちょっと!?」

「良いこと、セシルさん。日頃の行いはもっとちゃんとしないといけないわよ。

貴女がそんなのだとロカルノ様は本当に愛想尽きちゃうかもしれなくてよ?」

「ア、アミル?」

「ふふふ・・これでも貴女を気に掛けているのよ?

もう・・貴女がもう少し悪人だったのならば遠慮無くロカルノ様を寝取ってあげるのにね」

「どういう事よ・・、それに・・本当に・・アミルなの・・?」

悠然と語るアミルに対しセシルは状況が飲み込めない。

多少頭がスッキリしてきてはいるものの目の前にいるのが本当にあのアミルなのか謎なのである

「ええっ、私よ。私である事には違いはないわ・・、さて、忠告はしたわよ?

もう少し私生活を見直しなさい・・、でなきゃ本当にロカルノ様を奪うわよ・・?」

「・・わ、わかったわよ・・」

「良い子ね。ご褒美よ・・」

ニコリと笑い不意にセシルに唇を合わせる

「んん!?ん・・・」

目を丸くして驚くセシル、

その行いから自分から唇を奪う事は多かれども誰かに唇を奪われる経験が少ない

故に無抵抗・・口内に侵入する舌と細かく砕いた薬、

そしてそれが溶けた唾液が流れ込みそれは喉の奥に消えていった

「ふふふ・・、貴女も好きだけどもう一人の貴女の方がもっと好きなの」

「んぁ・・アミル・・何を・・」

不意に襲われる眠気、

即効性が強いそれにセシルは眠るように意識を失いベッドに倒れこむのであった

無理矢理飲ませたのは性毒茸のタブレット、事前にかみ砕いていたのだ

彼女の目的は素のセシルよりも豹変した聖女セシルに逢う事・・

せっかくの豹変時、思い出されたあの甘美な思いをもう一度味わいたいのだ

嗜虐的なアミルだがただ欲望に走るほど愚かではない、

何よりもあの怯える聖女を虐める事が

今の彼女に取っては何事にも変えられない快楽となっている

「セシルさん・・ふふふ・・早く起きなさい・・」

まるで自分の妹を慈しむように眠りこけるセシルの肩を優しく撫でる

どうやら効果が現れるまでの時間は個人差があるらしく

セシルはそのまま寝息を立てており目が醒める気配はない

対しアミルも急かそうとはせずにその寝顔に微笑みかけていた

このまま楽しき時間に突入するかと思ったその時・・

 

コンコン・・

 

静かに扉に響くノック音、その音だけでアミルは誰なのかわかった

 

『セシル、起きているか?』

 

扉越しの声、それは紛れもないロカルノのモノ・・

静かな呼びかけにアミルの体は強張ってしまう

「ロカルノ・・様・・?」

 

『セシル・・?全く・・入るぞ』

 

「だ・・め!」

咄嗟にベッドより立ち上がるも時すでに遅し、隔てる扉は開かれる

「昼寝もほどほど・・ぬっ・・」

ゆっくり入ってきたロカルノ・・しゃべりかけた言葉も飲み込み呆然とアミルを見つめる

「ロカルノ様・・」

思わず胸と股間を手で隠す、その姿は先ほどまでの女王の姿ではない

「アミル・・」

「こ、これは・・!」

「ふむっ、その容姿・・性毒茸の影響か」

落ち着き払った声でそう言うロカルノ、

よもや自分の変異に気付いているとは思わなかったアミルは目を丸くした

「どうし・・て・・」

「以前にもその格好をしていたからな。何ともなしにだ

それに、性毒茸の症状は把握している。

アミルがそれを摂取してどうなるかは知らなかったのだが・・雰囲気の違いくらいはわかるさ」

「ロカルノ様・・」

「さて、それでセシルが眠りこけてお前がここにいるとなると・・

遊び半分にセシルがタブレットをアミルに与えたのだろう」

断言するロカルノ、日頃の信用というものは大切である

何事においても名推測を見せるロカルノなのだが、セシルの事になると話は別のらしく珍しく推測は外れる

「えっ、あ・・それは・・」

「ともあれ被害が出る前に私が来て良かった・・。馬鹿は放っておいて、ゆっくりするといい」

「ロ、ロカルノ様・・!」

「ん・・?どうした?」

「い、今の私は・・貴方様が蔑むような女です、そのようなお言葉などもったいないです」

ボンテージ衣装のまま潮らしくなるアミル、

素の性格でも豹変した性格でもアミルはロカルノを愛している、それは彼に対する愛情の深さ

性格が変わってしまう毒を持ってしても変わらぬ想い

それ故に今の彼女もロカルノに嫌われる事を何よりも恐れてしまう

「ふっ、確かに気が強そうな気配は感じる・・が、アミルはアミルだ。

豹変中だとは言えども軽蔑などはしない」

「ロカルノ様・・」

「もっとも、多少の高飛車などそこで眠っている女に比べたら大したこともないさ。

さて・・馬鹿は放っておくにして・・そのままでいると周囲に誤解を招くか。

毒が抜けるまで私の部屋に来ると良い。」

「わ、私でよろしいので・・?」

「お前だから、だ。しばしの間戯れるも悪くない、さぁ行こう」

「はい・・ロカルノ様・・」

嬉しそうに顔を綻ばせ愛する男に飛びつく。

悪戯好きの女王様も彼の前には形無し、

素の状態と変わらぬ幸せな笑顔を浮かべ彼について行き・・

 

結局、薬を飲まされたままのセシルは誰にも構って貰わずにそのまま放置されたとさ・・

 

 

────────

 

 

昼下がりの希望都市、

行き交う人々が多く毎日がお祭りと呼ばれるだけあって表通りともなるとかなりの賑わいを見せる

元々自由な都市故に貿易に訪れる者も多い

・・加えて数多くの人種が入り交じる事もありその様は他の都市にはないものがあった

その中、表通りをゆらりと歩く一人の美女・・

長い金髪に蒼い戦闘服、そして銀色の甲冑を纏うその姿は凛々しくも美しい

慈愛に満ちた優しき瞳と優雅さを見せる口元、

何もせずにただ通りを歩くだけでも人々は道を開けその美貌に見取れる

 

「・・さて・・、どうしたものでしょう・・」

 

周辺を見渡しながら軽く息をつく聖女・・ことセシル。

性毒茸の毒はまだフル稼働で彼女を犯しており普段の素行の悪さをかき消すほどの麗しさが周囲を魅了している

「アルシアさんもどうして街で時間を潰せ等とおっしゃったのでしょうか」

独り言で首をかしげる

一時間ほど前、自分用に割り当てられた部屋にて目を醒ましたセシル

自分が何故そこにいたのか理解するまでに時間が掛かったのだが

とりあえずは余りにも不埒な格好をしているために手持ちの装備を着込み誤魔化した

そして思い出す・・アミルとは違い詳細までは思い出せないセシルは自分は昼寝をしていただけと思いこみ

とりあえずは友達であるアルシアの部屋に訪れたのだ

その時の彼女の様子もどこかしら変であり、

アミルはどうしたのかと聞いて来るも彼女にわかるはずはなく・・

それでしばらく考え込んでいたアルシアだが思い立ったように

「悪いんだけどしばらく都市で時間を潰して」っと頼まれた

何が悪いのかは当然ながらわからない、

ただ何か買い物をしてくれたらいいと言うことでお金まで貰い裏口から外に出された

その時のアルシアはセシルの姿を周囲に見させないように注意深かったようであり

見送りながらもすぐ後を追うと言い残し中に戻っていった

・・セシルは知らない、アミルが自分に毒を盛った事を、

そしてその毒はアルシアが作った物であり

セシルの相手をしているはずのアミルの姿がなく

セシルが出歩いているところを見られその悪戯が表立っては非常にまずいという事を・・。

セシルに罪はない、

ただアルシア個人としては勝手に毒をもって悪戯しようとしたということで

ライよりオシオキが下される事は確実・・

元々アミルが内輪で解決する程度で遊ぶつもりだと思って渡した物であったが故に珍しくアルシアは慌てた。

覚悟の上のオシオキならばまだしもそんな事でライに攻められては自分が持たないからだ

それほどまでに真龍騎公流のオシオキは過酷で気持ちいい・・

それでなくてもアミルが豹変したらどうなるかと言うことでタブレットを服用させた時点でオシオキ確定である

・・流石の彼女でも壊れてしまいかねないのだ

「そうだ、あの人のためにお料理の本でも買おうかしら♪」

ニコリと微笑みながら本屋を探そうとするセシル

しかし、ふと目の前に人だかりが出来ている事に気づく、

気になって見てみればそれは明らかな異常事態・・

一人の獣人が町娘の首筋に短剣を突きつけて店の壁に背を預け周囲を威嚇している

そしてそれに対峙するは希望都市の軍人達、治安維持を専門としている「お巡りさん」

状況からしてみれば人質を取って事態は硬直しているらしく女性は目に涙を浮かべている

「いいか!一歩たりとも動くなよ!」

周囲を睨み付ける獣人、

目の色が尋常ではなく突きつけた刃の切っ先は女性の首に深く食い込んでおり赤い線が細く走っている

こうともなればうかつに手は出せない。

いかなる場合でも人命救助が最優先、それは治安を預かるモノとしての鉄の掟なのだ

「くっ・・おのれ・・」

興奮しきった男に対しうかつな行動をすれば女性の命に関わる

状況打開の機会を伺うお巡りさん、

それは野次馬の面々も同様であり隙あらば飛びかからんと目が訴えている

コレが希望都市住民の気質なのだ

・・・だが・・

 

「剣を下ろしなさい。貴方の行っている事は許されない蛮行です」

 

人だかりの中にフッと歩み出る蒼い女騎士

無謀に割ってはいる女性に対しそこにいた全ての者が息を呑んだ

「な、なんだてめぇは!?」

「名乗るほどの者ではありません・・それよりも剣を下ろしなさい。これが最終警告ですよ」

ジッと澄んだ瞳で獣人を見つめる騎士セシル・・その姿は実に優雅にして力強い

かつてアミルに襲われ涙を流しながらヒーヒー言っていた女性と同じとは思えない

「うるせぇ!てめぇは馬鹿か!この状況が理解できねぇのか!?」

「理解できますとも・・しかし、その刃は彼女を突き刺す事はできないですよ」

「・・んだと・・?」

「一応は忠告はしました、確保いたします」

平然と言ってのけるセシルに対し獣人は胸騒ぎを覚えるも時すでに遅し・・

「ふざける・・んぎゃ!」

セシルに対し怒鳴ろうとした瞬間に短剣を持つ右腕にトスッと何かが入り込んだ。

瞬間体をかける激痛・・見れば硝子の破片のような物が深々と突き刺さっていたのだ

余りの痛さに腕を引っ込める、刃を握る力も奪われ短剣は地面に落ちた

「興奮するのは結構ですが、自分の周囲を確認すべきですね・・特に頭上など・・」

ニコリと笑う聖女、見れば店の壁伝いが凍っておりそこから刃のように鋭い氷が伸びていた

「ふ・・ふざけるなぁぁぁ!!!」

激痛、そして噴き出す血により完全に我を失った獣人、

右腕の傷もお構いなしにセシルに殴りかかる・・が

手負いの攻撃に当たる彼女ではなく、殴りかかる男の腕を掴む

次の瞬間には逞しき獣人の体は宙に浮き見事に地面に叩きつけられ、

男は悲鳴を上げたが泡を吹いて気絶した

正統的な護身術、腰に剣を下げるもそれを抜く間もなく事件を解決してのけた

「命までは取りません。その罪、牢獄の中で償いなさい」

気絶した男に声をかけるセシル、

だが次の瞬間には野次馬達の張り裂けんばかりの歓声が上がり場は騒然としだすのであった

 

・・・・・・・・・・

 

しばらくして・・


 

「ふぅ、慣れぬ都市で動き回るものではありませんね・・」

 

都市の路地裏でため息をつく聖女セシル

あの後、野次馬達の歓声は止む事はなくしばらくどうする事もできない状況にあった。

見目麗しい女騎士の見事な動作に住民達は賞賛しその噂は瞬く間に都市を包み込んだのだ

有名になる事にはどうでも良いセシル、

獣人の事情だけ聞き取ると逃げるようにその場を立ち去り人目に付かない路地裏に滑り込んだ

・・因みにあの獣人は希望都市の住民ではなく余所者で犯罪目的で入国するも上手くいかず自棄を起こしたらしい

人を殺す事も厭わない彼であったがセシルに完敗した時点で

戦意喪失のようで取り押さえられてからは素直に従ったらしくその後ろ姿もセシルは確認した

 

「あら・・ここは・・どこでしょう?」

 

しばし路地裏を歩くもそこがどこなのかセシルにはわからなくなった

元より馴染みがない街、

路地裏の細道となると慣れていない彼女にとっては

どこも同じように見えてしまい現在地がわからなくなってしまったのだ

「困りましたね・・あっ、あそこ・・」

ふと目に付くは路地裏の通りには珍しい古めかしき古書店が・・

一種独特な雰囲気を放っており店名はない。

ただ店の中身に本が敷き詰められているからそれが本屋とわかる程度なのだが

質素な通りの中では妙に立派であり違和感を感じる

「少し変な感じのお店ですが・・本を求めていましたし・・道を聞くがてらに覗いてみますか」

少し体がその店の異常さを感じ取ったのだが特段気にも止めずセシルは店の扉をゆっくりと開いた

・・・・・・・

その店は正しく古書屋であった

並ぶ棚、そこには古文書じみた古めかしい本が立ち並び処狭しと置かれている

置かれている本は主に魔術関係が多く特殊な文字で記されており何を書いているのかわからない物も多い

おそらくは相当な知識がなければどれも手に取る資格はないだろう

それはセシルもわかっており店の雰囲気にやや圧され出す

「ここは・・少し独特なお店のようですね。私が望むお料理の本などありませんか」

少しがっくりとため息をつく・・

すると

 

『ほう・・客か。珍しいものよ』

 

ふと背後から老人の声がし、それに合わせてセシルが咄嗟に距離を開けた

それは自然と体が反応したもの・・、

訓練された者ならば背後を取られないように体が自然と動くものなのだ

「そう警戒する必要もない。私はここの店主だ」

咄嗟に飛び退いたセシルに対して眉一つ動かさない老人

綺麗に整った白髪、と白髭が特徴であり耳が尖っているところからしてエルフである事がわかる

そして身に纏うは漆黒のローブ、

賢者・・っという呼び名が相応しいその老人は無感情な瞳をセシルに向ける

「あ、いえ・・これは失礼しました。咄嗟に体が反応してしまったようで・・」

「訓練を重ねているようだな・・。

だが、ここは騎士が立ち寄るような場所ではない。何用か?」

「私はこの地に住を構える者ではありませんので、この裏通りの道に少々迷いまして・・

よろしければ表通りまでの道筋を教えていただきませんか?」

「・・・ふむ、道に迷った・・か。

お主ほどの力量・・そして魔術師でなければ入れないこの店に気付くとは・・」

「・・?この店は特殊な物なのですか?」

「ふっ、世には不思議という物があってもおかしくはなかろう。

・・確か・・表通りにはここを出て右に歩き交差点を左に曲がり道なりに歩けば直に出よう」

「なるほど、助かりました・・ありがとうございます」

「礼には及ばん。それよりも・・一つ、これを持って行くがいい」

そう言いいつの間にか手に持つは黒く厚めの本。タイトルはない

「私に・・ですか?」

「そうだ。まぁ、何かの縁と思えばいいさ。」

「ですが・・私には術を行使するほどの知識はございません・・」

魔術に関してはそこまで深い知識はない。

今の彼女は術よりも自分の剣を使い道を開こうとする生粋の騎士なのだ

「何を申すか。今ここにいる事自体が並ではない、資質は十分ある」

「は・・はぁ・・では・・」

そう言い何ともなしに受け取る、

不思議な事に見る限り重そうなその本は手に持つ限り重さはほとんど感じられない

まるでそれ自身が本を模した紙細工のような物に思えるほど軽くセシルは怪訝な顔をする

「・・ふ・・ふふ・・」

「何か・・おかしいですか?」

「何っ、奇縁とでも言うか。

お主のような女性がよもやその本に触れられた事が意外だっただけだ・・」

「?それは・・・どういう・・っ?あ・・れ・・?何だか・・眠く・・」

不意に視界がぼやける・・、

だが目の前の老人は全く動じていない様子でジッと彼女を見つめている

「・・何かの毒のようだな。

それがこの場と触れてお主を蝕み身体機能を乱しているのだろう・・案ずるな」

「毒・・?わ、私・・あ・・・」

老人の言う事に応える事ができず、

セシルはそのまま倒れ込み深い眠りに付くのであった

 

 

───────

 

それより時間は経過し日が少し傾きかけた頃・・

 

「・・ふぇ・・・ふぇ・・ふぇっくし!!」

 

路地裏の通りにて眠りこけていた聖女・・だったケダモノが派手にクシャミをして目を醒ます

「んあ?・・・あ〜!!良く寝た!・・って・・」

大きく体を伸ばし周囲を見渡す・・

そこは人気のない裏の通り、右を見ても左を見ても人などいない・・

「私こんなところで何やってんのよ・・?

あれ・・確か〜、客室で昼寝していたはずなんだけど・・

いつの間にか鎧着て街歩いていたのかしら?」

記憶が定かではなく座りながら推測するセシル、

その姿は数時間前の凛々しさの欠片もなく

俗に言うところの「いつもの彼女状態」である

「ん〜?あれ、私なんでこんな本手に持っているのかしら?

・・・んんっ?おかしいわねぇ・・夢遊病の気でもあるのかしらねぇ」

何故か手に持つ厚めの本、それが何なのかも理解できない

「・・ん?あれ・・・、確かここに・・古本店があったような・・気がしたんだけど・・」

眠っていた場所の目の前、

民家か何かの壁が高く聳えているもそこに彼女は違和感を感じた

・・少し前、自分は目の前の空間にあったはずの店に足を踏み入れていた・・

そう何ともなしに思えてくるのだ

「・・??変なこともあるわね。まぁいっか、で・・何の本かしら・・」

興味本位で本を開いてみる・・そこにはビッチリと書かれた魔術専用の文字

通常の人間・・否、その筋の人間でも解読するのは至極困難な文献である

しかし、不思議な事にセシルにはそれが何を示しているのかが理解できた

「何・・これ・・い・・いいじゃない!ふふ・・これで・・楽しめそうね♪」

ページを走らせながらそれを解読しお下品な笑みを浮かべる

しばしその場に座りながら書物を頭にたたき込む内に日が落ちてくる

やがて闇が覆い暗くて文字が読めなくなったところでセシルはゆっくりと立ち上がり、

行動に移すのであった。

 

 

・・・・・・・・・

 

極星騎士団の夜は早い

それは朝早くから行動を開始するためであり

それはユトレヒト隊が世話になっていても基本的には変わらない。

夕食後、居間で談笑しつつ入浴タイムを迎えつつその日も静かに終わりを迎える。

もっとも就寝までの時間各々好きに過ごしておりアルシアとセシルは仲良く酒を酌み交わし

クラークとライは居間で将棋を組み観客として

レイハやシエル、クローディア、キルケがその様子を見ながらも

自分と思う駒の進め方をしようものならば何かしら顔に出しながら応援した

メルフィやルナは夜遅いので一足先に就寝

アレスやリオ、アミルは全員の入浴済みなのを確認した後に戸締まりや火元の確認、

ロカルノはルーと共に夜の庭先に・・、

携帯用の銀馬以外にも筐体有型をも試作しており草とメイはその走行実験を兼ねて

ダンケルクまで帰還する事になり取り扱いの説明とこの一件の労をねぎらったり

そうこうしながら賑やかな屋敷の夜は深まり、何時しかその灯りは消え、就寝に付くのであった

 

 

「・・わぅ〜・・わう〜」

 

深夜、肌をはだけさせベットの上で寝ころぶ銀髪の犬娘ルナ

彼女の部屋は質素な物で私物などは余りない、

設けられた机の上にも本人だけにしかその価値が理解できないがらくたが多数

大抵は石やら木の枝やら・・、

それが乱雑に並べられているのだがルナなりにディスプレイしているらしい。

故にこの部屋の掃除にやってくる者達でも机の上は手を付けられない状態となっている

そしてその当人、ルナは夢の中・・

元より寝間着をちゃんと着て寝れるほどお行儀が良くはなくシーツもめちゃくちゃになっている

しかしルナは至極幸せそうに笑みを浮かべ口からは涎を垂らしている

いつもと変わらぬ夜、元よりお馬鹿犬故に寝付きは良く完全爆睡・・

こうなるとちょっとやそっとでは起きやしない

だが・・

 

 

 

───体は萌えで出来ている──

 

不意に周囲に響く女性の声・・

 

 

──血潮は氷で 心はケダモノ──

 

──幾たびのお仕置きを超えて不屈──

 

それはルナにとっては聞きたくない女性のモノ・・

夢の中で悦に浸っているも声によりハッと目を醒まし飛び起きる

「セシル!!?」

周辺を見るも人影、そしてその女性の気配もない

 

──ただの一度も興醒めはなくただの一度も理解されない──

 

──彼の者は常に独り 氷の丘で妄想に酔う──

 

「ガウ!!セシル!」

尚続くセシルの呪文めいた言葉・・、

それに流石の脳天気娘も危険を感じたようであり部屋の隅に置かれた得物を手に取り

周辺を威嚇する!

 

──故に、常識に意味はなく──

 

──その体はきっと萌えで出来ていた──

 

「ガァウ!!」

その言葉に背筋が凍り効くがどうかもわからない破魔咆吼を上げる

しかし、時すでに遅し・・・

 

 

 

──無限(アンリミ)(テッドフィ)宴製(ーストワークス)──

 

 

呪文は完成にルナの体を何かが通り抜ける

それはまるで衝撃波のようなモノ・・部屋ごと飲み込むようにそれは走り何かが塗りつぶされていく

「・・わう?なんか、変・・」

周辺を見渡す、先ほどまでと風景は全く同じ・・

しかしそこを包み込む空気は先ほどとは全く違う物となっている

「気持ち・・悪い・・」

思わず唸るルナ、体は強張っており汗が出てくる

彼女には住み慣れた一室はまるで動物の胃の中にいるような不気味さと不快感に包まれた

明らかな異常、ともあれ、このまま寝れるはずもなくルナは得物を持ちながら廊下へと進んだ

・・・屋敷の廊下、深夜という事で誰もが寝入っており寝息の一つは聞こえてきてもいいはずなのだが・・

まるで生者がいないような程の静寂に包まれている

自室だけの異常かと思っていたルナはそれが屋敷全域まで広がっている事に気づき戦慄を覚える

自分一人ではどうすることも出来ない・・

とにかく誰かと合流しようとルナはシエルの部屋へと向かう

「シエル!シエル!!」

力強くノックするも返事はない・・

もしかしたらライの部屋なのかもしれない、

ともあれ返事がないのだがこの異常事態・・多少の遠慮はいらないとルナは意を決してシエルの部屋に入った

・・・爆乳娘の部屋の中もあの空気はそのまま・・

しかしそのベットには誰か寝ているのは確認でき、

とりあえずは自分一人ではないとルナは強張った顔を少し緩めベットに近づいた

「シエル、シエル」

体を揺すり呼びかけるルナ・・

シーツに丸まってはいるものの気配は紛れもなくシエルそのものなのだが・・

 

「・・なぁに?ルナたん・・」

 

その返事にルナの体が凍り付いた

その声の主は明らかに自分が恐れる天敵のモノ・・

そしてシーツがゆっくりとめくれ、その姿を見せた

長く伸びた金髪、そして獲物を見つめるような瞳は紛れもなくパツキンケダモノ、

しかしその体はやたらとグラマラスであり特に胸は見慣れた女性のモノと同等の爆乳さを誇っている

「セ・・・セセセセ・・セシル!!!」

咄嗟に飛び退き警戒する・・

彼女にしてみればセシルがよもやシエルの部屋に潜んでいるとは思っていなかったようで

予想外の事態に半狂乱となっている

「ふふふ、ようこそ・・私の世界へ♪」

「ガウ!世界!何!?」

「すぐにわかるわよぉ・・

さぁ・・ここはルナたんがしっかりと感じて貰うために用意した場所なんだから・・・

前と違ってじっくりコトコト愛し合いましょう♪」

威圧感抜群でベットを降りるセシル、

それに恐怖に体が強張るルナなのだが目の前のケダモノが非武装な事に気がつく

対し自分は警戒して持っていた得物がある

事態はよくわからないがこの状況は決して不利ではないと恐怖を押さえ込み戦意を見せつける

「セ!セシル!覚悟!」

気合い十分に狂戦鬼の大太刀を抜きセシルに斬り掛かる、

猛烈な攻撃なのだがセシルは身動き一つ取らず静かに笑う

そして・・

 

スッ

 

大太刀の刃がセシルの体をすり抜けた・・

それは霊体に斬り掛かったようなもの、手応えも何もない。

「!?!?!?」

何が起こったのか理解できないルナ・・そんな彼女の肩にセシルの手が触れる

「ふふふ・・こういう事、貴方の物理的な攻撃は完全に無効化されるの・・

それに対し私からはルナたんに好きなだけ触れられる

つまりは・・ここにいる限りルナたんは何の抵抗もできないわよ」

恐ろしい事を口にするセシルに対しルナの戦意は急激に失われる

「あう・・あ・・あ・・」

「い〜ぱい楽しみましょう♪ふふふふ・・」

「ガ・・!ガウ!!!」

肩に触れた手には力が込められていない

咄嗟にルナはその手を払い部屋を抜け出ようと走り出した。

払った手はセシルの体をすり抜け全く効果がないのだがセシルは敢えてその行為を許し静かに笑う

「ふふふ・・どこにいっても同じよ・・」

セシルはルナを追おうとはせず実に満足そうな表情を浮かべ必死に逃げようとするその後ろ姿を見続けるのであった

 

・・・・・

 

廊下を必死に走るルナ、

どういう原理かはわからないが今の彼女ではセシルにダメージを与える事ができない

相手を倒す事ができないというその恐怖がルナの頭を混乱に導かせる

ただ逃げるだけでは何も解決できない。

そもそもあのケダモノは神出鬼没、全力で走り抜けてもどこで待ち伏せしているかわかったものではない

そこで思いついたのは・・

「っ!ロカルノ!」

パツキンケダモノの天敵でありもっとも周囲に被害を出さずに事態を終息させる切り札

彼に助けを求めたのならば攻撃の効かないセシルと言えども手を出してこない。

咄嗟の気転にてルナはその進路をロカルノの部屋に取り、大急ぎでその部屋に潜り込んだ

短い滞在期間で借りた部屋は余分な物はない・・。

ロカルノの几帳面さも際だってその部屋は酷く殺風景に感じた

しかしルナにそんな事を観察する余裕もなくノックもせずに転がり込んだ

「ロカルノ!ロカルノ!」

必死に叫ぶルナ、シエルの部屋と同じくそのベットにはシーツでくるまった人が二人いた

おそらくはロカルノとアミル・・

隣合って同じベットで寝ているのはつまりはそういう事なのだがルナにはまだ早い出来事、

以上にそんな事を気に掛けている余裕はない

何とかセシルが来る前にロカルノに起きて貰おうと近寄った瞬間

 

「ダメねぇ・・人のお部屋に入る時はノックをしないと♪」

 

上機嫌なセシルの声が・・

咄嗟に入り口を方を振り向くルナだがそこには誰もいない。

それがやけに近くから聞こえてきた事に頻りに周囲を見回すのだが敵影は見あたらず

すると、シーツの中からスッと手が伸びルナの手を掴む

「ロ、ロカルノ・・?」

セシルの切り札が起きてくれたかと喜ぶルナなのだが・・

 

「ふふふ・・つ〜かま〜えた♪」

 

「!!!!!!!!!!」

 

シーツより手を伸ばした主は・・セシル、それ以上に驚くはセシルの隣にいる人物・・

「セシル・・二人・・」

そう、ベットに寝ころぶはロカルノの格好をしたセシルとアミルのドレスを着たセシル

今彼女の目の前に広がる光景は正しくあってはならない不吉なモノ・・

 

「逃げても無駄よ・・?ルナたん・・」

 

そして部屋にゆっくりと入ってくるセシル、これでこの部屋に存在するセシルは3人・・

入り口を塞がれ手を捕まれたルナにはどうすることもできない

正に絶体絶命・・、まな板の鯉状態

「きゃん!きゃんきゃん!」

怪力を持って振り払おうとしてもしっかりと握られたセシルの手、それはビクともしない

「暴れないのぉ、何が起こっているのか理解できていないようだから教えてあげるわ。

これは私が作りだした結界よ、

本来は心象世界の具現するんだかなんなんだかだったけど私なりに発動したの」

「わ・・う?具現・・?」

「ふふっ、私の望む世界が現実を浸食したってところかしらね。

本来ならば自身の心象を映し出すんでしょうけど

私の心を映し出したのならばルナたんが失禁しかねないから場所はいつものままで固定したわけ

・・そしてこの世界では私を傷つける事は出来なくそこにいた人間を私として配置できる。

つまり・・今この屋敷にいるのは全員私ってわけ・・クラークも、リオも、アルシアもね♪」

爽やかに説明するセシル・・だがその事実にルナは顔面蒼白になる

全てがセシル、つまりは今いるこの世界は彼女にとっては地獄以外の何物でもない

「ガ・・・ガウ!!!」

そして拒絶反応が如く破魔咆吼・・

結界ならば打ち消す事もできるのだがそれを行っても周囲に何の変化もない

「ふふ・・ダメよ、ルナたん。私の世界なんだからルナたんにそんな権利を与える訳ないでしょう?

今の貴方は怪力もなければ破魔咆吼も使えない可愛い狼少女な訳♪」

「くぅん・・」

「さぁ、い〜っぱい楽しみましょう!結界が切れるまで私達でお相手するわ〜、

・・こんな綺麗なお姉さん達に囲まれてイキ狂うの♪素敵でしょう?」

「キャン!ラ・・ライ!助けて!!!」

「何言っているの・・、誰も助けにこないわよぉ?」

ふふんっと鼻で笑ってみせるセシルなのだが・・

 

『・・っと、そう思っているのがてめぇの最大の落ち度だな』

 

不意に周囲に広がるライの声・・、それにセシルの顔色が変わった

「何!?馬鹿殿・・どうして!?」

「ばぁろぉ、これでも危険回避の一環で結界を無効化させるまじないをしているのさ・・」

そう言い部屋の壁からスッとすり抜け姿を見せるは寝間着姿のライ

「ば、馬鹿な!それで私の世界に!!?」

「まぁ不要だと思っていたんだが・・塞翁が馬って奴か。

どこでそんな高度な結界覚えたのか知らねぇが・・

それ以上やるってんなら覚悟はできてんだろうなぁ?」

ゴキゴキ腕を鳴らすライ・・、対し一瞬怯むセシル達なのだが・・

「は、はん!!この世界じゃ私を傷つける事など不可能!いくらあんたでも私を倒す事はできないわよ!!」

「それがてめぇの世界ならば・・・な」

「何ですって!?」

「ふ・・ルーと俺がニャンニャンしている間に結界を発動させたのが命取りだったなぁ・・

──身躯(からだ)は「萌え」で出来ている──」

 

「なっ・・そ・・その呪文は・・!!?」

 

──血潮は情熱で 心は妄想──

 

──幾たびの挫折を得て不屈──

 

──ただ一度の告白もなく ただの一度も添い遂げた事もない──

 

──彼の者は常に独り 焼け野の丘で孤独に酔う──

 

──故に、その志に意味はなく──

 

──その身体はきっと彼女達への萌えで出来ていた──

 

 

 

 

──『逢瀬の蜜月』──

 

 

 

唱え終わるとともに彼の周辺の床に炎の円陣が巻き起こる!

「馬鹿な!私と同じ結界を・・!」

「現実を浸食する結界ならばそれをさらに浸食するのも結界!てめぇには勿体ないモノだぜ」

ニヤリと笑い彼の周辺の世界が変わり出す

 

そこに表れるは小さな椅子に座るライ・・そして彼に寄り添い立つ彼の四姫。

さらに彼の背後に舞降りるのは半透明に背に羽を生やしたツインテールの妖精・・・

「有象無象などあって無きが如し!! 心が通合った僅かで十分だ!!

極上のハーレム状態の中、セシルを見下しながらライが一喝する

「・・・四人は兎も角、後ろの彼女は誰よ?」

「・・・俺自身が手にかけた俺の恋人。

彼女が俺を恨んでいるというなら甘んじてその恨みを受けても生延び、地獄の果てまで行ってみせよう」

彼のその台詞に、当の妖精は愛してると言わんばかりに

彼の首にしがみ付き、頬を伝い流れる涙を拭う。

「ああ・・・これだけで俺は救われる。是ほど嬉しい事はない」

 (・・・・・・・・・・♪)

満ちあふれる純粋なる愛、それによりセシルの世界に皹が入る

目に見える光景に不可思議な断裂が・・そしてセシルの一人にもノイズが走りだした

 「きいいいいいっ、惚気てんじゃないわよおおおおおっ!!!」

「・・・知ってるか?人の蜜月を邪魔する奴は馬に蹴られしまえって。

ネタの在庫は十分か?妄想の海におぼれるがいいっ!!!」

「お・・おのれ・・馬鹿殿のイチャつく姿なんて・・萎えすぎて力が・・!」

するとさらに亀裂が走り、セシルの一人が消滅し出した

「ふ・・本来それを行為するのは莫大な魔力を必要とする。ほんの一時可能とさせる奇跡

萌えたお前ならば造り出す事はできるだろうが萎えたお前ならば維持はできん・・残念だったな・・」

「無念・・こんな事で・・私の結界が・・」

悔しく顔を歪めながら結界が崩れていき・・そこに三人がいるのは現実のロカルノの客室

ベットにはロカルノが眠っておりその隣にアミルが寄り添って眠りについていた・・裸で

 

「勝負あったな。神妙にしろ・・」

 

悠然と立つライ、

セシルの結界が崩壊するとともに自身の結界も崩壊されたらしいのだがその表情に変化はない。

刹那の蜜月、それでも彼には満足なものである

「うう・・結局私の計画は失敗するのね・・」

「悪が栄えた試しなしだ。ともあれ連行させてもらおう、アミルが起きたら悪いからな」

「う゛・・またロカと寝ているし・・」

「自業自得だな。ともあれ・・斬刑に処す。その六銭無用と思え」

「わ、わう!」

とんでもない結界を用意してルナを襲撃するも結局は失敗し

ユトレヒト隊が旅立つまでオシオキ監禁されたのであった

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

「・・で、結局あいつが持っていた本・・何だったんだよ?」

 

「高度な魔術が記された本ダ、よほどの者が記したのだろうナ」

 

騒動が終わり夜が明けた後、

昨日の惨劇について話し合いをするライとルー・・そしてロカルノ

一応実質的な被害者が出なかったが故に他の面々には何も報告はせず

ルナも朝方には落ち着きを取り戻したようだ

「そりゃあんな結界作りだしたぐらいだからな・・あれを見て企んだんだろう?」

「本人も言っているし間違いはナイ。ただどこから持ってきたのかは記憶にないそうダ

・・あんな禁忌まみれの術書など少なくとも希望都市で所有している者などいないのは間違いないんダガナ」

「もちろん、あいつ自身が所有している物でもない。

記憶にないと言ったところはどうやら本当のようだが・・」

顎をさすって思い悩むロカルノ、

記憶にないというほど相手に信用されない言い訳をするのも珍しいもの。

幾らセシルでもそれが通るなどとは思ってはいない。

つまりは本当に記憶にはないのだ

「じゃあ・・なんであいつはあんなの持っていたんだよ?」

「知るカ、流れの魔術師にでも渡されたのダロウ」

「・・ほぉ、そのような事が実際にあるのか?」

「たまにナ、世に言う仙人やら賢者やらが人の世界に紛れ込んで自分の術を安売りする事がアル」

困ったもんだと呆れたフリをするルー、

だがライは今ひとつ納得がいっていない様子だ

「なんでそんな事をするんだ?引っかけ回してほくそ笑んでいるってか?」

「いいや・・まぁ要するに自分の研究の結果を知らしめたいという理由が一番ダナ。

研究の成果などは自身の満足だけでは収まらない。

それを誰かに披露したくなるものダ。

世捨て人の研究者でもそういう欲というものは捨てきれないものかもしれんナ」

自慢というものでもないのだが自身の成果というモノは他者に披露したがるのが人というものだ

「なるほどな。ではルーもかつてはそういう衝動にかられた経験もあるのか?」

「鋭い指摘ダ。・・だが、お前が言うような欲求はわかんかった。

人前に披露するようなほど人のためになるような事はせんかったからナ

ともあれ・・あの結界は危険だからナ。奴の記憶はしっかりと消したゾ・・問題は書だ」

そう言い手にするはあの本、

セシルから没収した後にルーが管理しておりその内容は把握してある

「焼けばいい・・ってもんでもないのか?」

「微妙なところダ。

こうした書は貴重な物ならば焼失しないようにプロテクトがかけられている。

内容が内容だけに気付かれないように何か組み込まれているかもしれん。

最悪、焚き火に入れた瞬間発動して屋敷ごとボン・・っダ」

軽く手を開いてその動作をするも到底穏やかな話題ではない

「なるほどな・・。それだけ危険な物なのか」

「結界に関しては実質ライも巻き込まれいたら手はなかったからナ。

禁忌中の禁忌ダ、余計なトラブルの元以外の何物でもナイ」

「ふむっ、ならばこちらで保管しようか?」

「おいおい、ロカルノ・・」

「もちろんセシルの手には届かないようにはするさ。

何・・普段は使用しない地下の避難室があってな・・

そこに置いておけば誰も手を付ける事はない」

館地下に設置されている生活スペース、対ソシエ用として生活ができるだけの設備が整ってはいるのだが

それを使用する機会は未だなく、住民も足を立ち入れる事は滅多にない

「──ふむ、そうダナ。お前がそう言うなら私は反論はない。

ダガ、厄介物なのには違いない。これが思わぬ騒動を生む可能性もあるゾ?」

「厄介事なら慣れているさ。なんせあの男が街に出るだけで何らかの騒動が起こるのだからな」

呆れながら言ってのけるロカルノさん、

本人の自覚はないトラブルメーカー、クラークと真のトラブルメーカーなセシル

この二人がいるだけでユトレヒト隊はいつも騒動に巻き込まれるのだ

「あれはあれで呪いじみているナ。まぁいい・・くれてやる」

そう言い軽く本を投げ渡す、分厚さからしてみれば相当重みがあるように見えるのだが

手に取ってみればそれは驚くほど軽く、ロカルノは違和感を覚えた

「なるほど、ただの書物ではないな。・・ほぉ・・これは・・」

何とも無しに軽く中身を確認するロカルノ、しかしその様子は少しおかしい

「・・んっ?中身がわかるのか?」

「まさか。これは超が付くほどの専門書ダ、解読するには一流の魔導師でも相当な時間がかかる」

「いや・・普通ならば・・だ。セシルが解読して使用した理由がわかった」

「本当かよ、ロカルノ?」

「・・ああ・・『被装(キャスト)完了(オン)』」

おもむろに意識を右手に集中させるとともにそこに表れるのは華麗なる蝶々の仮面

「何!?魔力にてイメージを具現化させたのカ!?」

「ああっ、どういう理屈かはわからないが私にもここに何が記されているのかが理解できる」

そうとは言えども事実成功した事が彼自身も信じられないらしく出来上がった仮面をマジマジと見つめる

「む・・ぅ、特定の人間にのみ自動で解読できるような細工でもしてあるのカ?

ならばなんと厄介な、素人に禁忌をばらまくようなものダ・・」

「・・ってかなんで蝶々の仮面なんだよ?」

「イメージが湧きやすいのを使用した。どれ・・」

おもむろにいつもの仮面を脱ぎ魔造の蝶々仮面を装着させる。

その瞬間彼の目つきが鋭くなった!

「こ、これは!!・・蝶!最こ」「ロカルノ!!」

雄々しく咆吼を上げる瞬間、ライが蝶々仮面をふんだくる

彼が手に取ったその瞬間に仮面はまるで飴細工が崩れるように脆く崩れ去り粉々になって消えていった

「か、間一髪だったナ・・」

「ああ・・」

「凄まじい・・不可思議な力と高揚感が体に満ちるところだった」

汗をにじませるロカルノ、だがライとルーは違う意味での汗がたらりと・・

「後一歩遅かったらお前の美的センスは豹変してパンツ一丁で舞踏会に駆けつけてしまうところだったぜ?」

「む・・、なるほど・・その仮面か。流石は魔造、通常品とは違い危険極まりないな」

「色んな意味でナ」

創りだしたのはお前ダロウ?っと目で言うルーさん。

「ともあれ、確かに使用はしないほうがいいようだ。

これは封印したほうがいいだろうな」

「ああ、お前がパンツ一丁で闊歩したらたぶんアミルあたりが号泣する・・」

「セシルは鼻血出して興奮するカ・・」

しかし意外に似合っていそうな気がするのは彼がそれだけ鍛え抜かれた良い体を持っているから。

まぁ変態チックなのは仕方はないのだが・・

「むっ、そうか・・。まぁもう一度だけ、使用させてもらおう。

それが終われば記憶ごと封じてくれ・・。」

そう言い仮面を付け直して席を立つ。

今ので術の恐怖がわかったはずなのだが・・

 

「何に使う気だ?」

 

「・・サァ?」

 

意気揚々と立ち去るロカルノの姿を二人は静かに見つめるのであった

 

 

 

 

 

極星屋敷地下、

そこは倉庫にもなっているのだがユトレヒト隊滞在中はほとんどセシル監禁室になっている。

そして今回も捕縛されてケダモノはそこに寝転がる

 

「おのれぇ・・、こうまでここに監禁されちゃ自分の部屋だと思って寛いでしまうじゃないの!」

 

環境適応能力が異様に高いセシルさん、

この状況でもさほど気にしていないのは戦士としては立派

だが女性としてはどうなのか・・

「うう・・、でもオシオキがまだなのが怖いわ・・」

いつもなら何かされているのだが今回は完全放置、それだけに何をされるのか流石のセシルも心配の様子

そこに、ロカルノがあの本を手にしながら足を踏み入れてきた

「セシル」

「あ〜ロカ〜、悪かったわ。謝るから〜、オシオキはぬるめにお願いしま〜す♪」

反省の色まるで無し、そもそも反省していれば再犯などはしない

「いいだろう、今回が最初で最後・・お前のために宴を用意してやる」

「何?宴って・・」

いつもと違う様子にセシルは目を丸くする、

そして・・

 

 

──体は仮面で出来ている──

 

──血潮は表情で 心はペルソナ──

 

──幾たびの収集を越えて不満──

 

──ただの一度も満足はなくただの一度も理解されない──

 

──彼の者は常に独り 鏡の前で装着に酔う──

 

──故に、収集に意味はなく──

 

──その体はきっと仮面で出来ていた──

 

 

『仮面舞闘会』

 

あの呪文が唱えられ世界は変化する・・

次の瞬間、地下室は変質し無限に続く回廊が表れる。

そしてその四面から柱にいたるまで彼方此方に配置されるは仮面、仮面、また仮面

「な、何!?この蟹座の黄金宮みたいな悪趣味な世界は!?」

「人の心の光だ・・。

さて、以前から思っていたのだがお前は仮面の素晴らしさを理解していない。

今日はサービスだ。全ての仮面を体感させてやろう」

「げっ、それはまたねちっこいオシオキを・・」

「肉体よりも精神的な罰の方が効果が出る・・っとは言えそれも一瞬、この仮面は普通の仮面ではない。

すぐに私を凌ぐ仮面ジャンキーにはなれるさ」

「ちょ、ちょと!それはそれで問題よ!ロカ!やめなさい〜!!」

セシルの必死の抵抗もむなしく、

一つ目の選定に取りかかる仮面変態。

結局のところ、その結界が崩壊するまでセシルは装着時の妙な高揚感と

脱着時に異常なまでの疲労感にさいなまれる事となった・・

そしてそれは記憶の奥底に。でも仮面拷問中のセシルの記憶は消去(デリート)されず

それ以降仮面に対して拒絶反応が少し見え始めたようだ


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