第四節  「見えぬ策略の糸」


その日の夜は静かに深まり、辺り静寂が支配した

小国故に夜ともなると灯る明かりの数も少ない、外を出歩く者なども然りであり

少し冷たい風と草の匂いが時間の流れを緩やかにしていた

 

しかし、それは正しく隠密が動く時・・

舞台はその国唯一の城、

警備兵は夜間だろうと配置されているが相手は小国の兵

国宝を狙いに盗賊が忍びに入る事もほとんどない平和な国故に

もしかすると捕り物の実戦すらないかもしれない

 

どちらにせよ城内での兵は物の数に入らずロカルノは音もなく城内に潜入した、

1階には用はないので2階に手早く移動しコーネリアの私室を確認した後立ち入り禁止区域へと移動する

当然扉には鍵がかけられているのだがそれが手持ちの装備で開けられるか否かは瞬時に理解できる、

鍵開けの時こそ動きが止まり注意が反られる時故に

手早く行う必要がある・・彼の場合はそれも瞬時にこなしまた音をほとんど立てる事はない

義理の父に教わった技術である。盗賊として生きるつもりはなかったものの

受け継いだ能力というものは決して無駄にはならない

 

しかしこの場合にはただ解錠する以外にも気をつけなければならない事がある。

それは扉に魔術的な(トラップ)が仕掛けていないかどうか・・

通常ではお目に掛かる機会は少ないかも知れないが解錠と共に発動するトラップというものも存在する

それが迎撃トラップや警報音作動等がもっぱらなのだが中には表向き何も起きない物がある。

もちろん何もなければ仕掛ける意味がない。

それは侵入者に全く気付かれずに解錠された事を術者に教える仕組み

派手さはないもののこのトラップが一番警戒しなくてはならない、

罠に掛かっているにも気付かず泳がされるのは非常に危険なのだ

それ故にこうした場合は解錠する前に確認をし魔術トラップがあるのならば種類を問わず

潜入ルートを変更するのが定石とされている

もっとも、魔術に長けた盗賊ならばトラップの種類まで把握したり

物によってはトラップを解除する者もいるようだがそんな芸当ができるのは極少数

ロカルノのように才はあれども諸事情で術がほとんど使えない者にはそれは不可能だ

 

禁止区域への入り口である扉を調べて見たら案の定何かの魔術トラップが仕掛けられていた

それによりすかさず扉からの侵入は諦め別ルートへと移行するロカルノ

ここまでは想定内、寧ろここから手間がかかるものの本命に入る

音も立てずに移動しつつ狙いを定めるは通気口、

城という人が集まる場所には相応の空気循環経路が必要、

加えて魔術工房などがあるならばもはや必須だ。

それを狙いロカルノは素早く謁見の広間へと移動し吹き抜けの広間の上に飛び上がる

何時警備兵が来るとも知らないのだが彼に焦りなどはまったくなく、

そのまま天井まで辿り着き装飾された柱の突起部を握り体を固定させる

相当な腕力がなければ手のみで全身を支えられないのだが

彼にはその心配もなく注意深く周囲を見渡す

すると天井近くの側面に人一人入れる程度の通気口を幾つも見つけた。

表立って見せたくないのか壁画などでごまかして気づきにくいのだが彼の目はごまかせない

周囲を一端確認した後に華麗な大ジャンプ、

禁止区域の頭上を走るであろう通気口まで飛び移り音もなくその中に滑り込むのであった

 

────

 

通気口を伝い彼がまず到着したのは小さな書斎、

専門書が散乱し机には設計図が幾つも広げられていた

「・・・、それらしい物に辿り着けたか」

特段特殊な格好をする訳でもなく軽い普段着のまま見事潜入したロカルノ、

書斎を見ればやはり魔術書物が並んでいたのだが

流石に一つ一つを確認するわけにはいかなく彼は机に広げられた設計図を見やった

「なるほど・・・な」

そこに描かれているのは人馬(ケンタウロス)の姿をした図面、

所々に魔方陣と石が描かれている

「人馬による高起動の人形・・か、詳しい情報はキルケに読み取って貰おう」

無造作に重ねられた図面の一枚を取りそれを手早く折り懐にしまう

流石にこうした隠密行動はお手の物であり手際よく収穫物を仕舞いながら次の行動に移った

「・・・、書物のほとんどがレギオンと魔石に関する物・・か。

農地改革を発展して侵略に結びついた訳でもなさそうだな」

書斎内の書物量は多くどれも使い込まれている、

図面の数にしても王がいかにこの計画を重要視しているのかよくわかった

「これ以上はここで調べても無意味か・・、

製造ラインに潜入できればはっきりするのが・・一応調べてみるか」

めぼしい物がない以上長いは不要、

もう一度軽く見回した後ロカルノは再び軽快にその姿を消すのであった

 

 

・・・・・・

 

 

その後しばらくは立ち入り禁止の区域を通気口を伝って見て回る、

いかに厳重に施錠していても空気の通り道を通られては

そのほとんどが無効化されてしまう。

用心深い者ならばその盲点まで考慮して狭い通路内でもトラップを仕掛けるのだが相手は王

よもやこのような狭い空間を伝って移動する事など考えてもいないらしく楽に移動できた

他の部屋なども魔石の実験や回路製造の作業をしていたと見られる形跡はあるのだが

本命には中々辿り着かない。

どうやら城内ではなく中庭や上の3階部分で行われているのだろうと

彼は結論づけて一度キルケの物へ合流に向かった

場所の把握は完璧であり見張りをかいくぐってロカルノはコーネリアの私室に到着した

 

合流の際にいらぬ手間を省かせるために部屋の鍵は開けておき

周囲に気付かれないようにノックもしない事は先にキルケに伝えている

それ故に遠慮なく室内に入ったロカルノだが・・

 

「・・ふむ・・」

 

その光景に思わず唸ってしまう・・

質素ながらも高価である事が一目でわかるアンティーク家具が並ぶ一室、

生真面目なご令嬢タイプがそこで暮らしている事がわかるのだが

不思議な事に彼が入った時、そこには誰もいなかった。

よもや違う部屋に入る事などは彼にはあり得ない

「手洗いか・・、いや、それにしては誰もいない事はおかしい・・か。もしや・・」

ある一つの結論を考えた瞬間

 

バン!

 

けたたましい音とともに扉が蹴破られ兵士が次々となだれ込んでくる

「動くな!侵入者め!」

槍を構えロカルノを完全に包囲する兵士達、動きは統一されているものの実戦は初めてなのか

兵士達の目にはどことなく落ち着きがない

様子からしてこの場を切り抜けるのは簡単なほど力量が離れているのだが・・

「──わかった、抵抗はしない」

あっさりと手を上げて降参、

それよりすぐ兵達はロカルノを押し倒し拘束に取りかかるのであった

 

────

 

その後ロカルノは腕を縄で縛られた状況で地下に連行された

兵達の捕虜の扱いは今ひとつ要領が悪くこうした捕縛に慣れていない事が丸わかり

現に何度も逃げ出せる機会があったのだがロカルノは敢えて何もせずに言われるまま地下の牢獄に連れられた

小国とは言え犯罪者を隔離するための場所はきちんと設置されておりそれなり広大な空間となっていた

昼間見た国内の穏やかな光景からしてあまりここに世話になっている人間はいなさそうだったのだが・・

 

「よう〜、ようやく来たか」

 

そこに捕らえられているは普通に見知った面々・・

何故かクラーク達が牢屋の中に放り込まれていた、

しかも空き部屋が多いために一人一部屋・・

兵達はそんなクラークの言葉を無視してロカルノを牢屋に押し込み鍵をかけて去っていった

罪人の連行だけで手一杯の様子で牢獄にいても落ち着いているクラーク達とは大違いである

 

「ふっ、やはり来ていたか・・」

 

クラークと対面する位置の牢屋に入れられたロカルノだが落ち着き払っている

これがこの男の頼りになるところか

「来ていたか・・じゃないでしょう!何しくじっているのよ!?」

死角からセシルの怒鳴り声が響く・・彼から見えないが相当怒っているのは間違いなく・・

「しくじると言われてもな・・。それで、全員いるか?」

「いえ・・キルケがいません。

ロカルノさん・・あの子を逃がしてくれたのでしょうか?」

心配そうに訊いてくるクローディア、

その声は姉が妹を心配するそれと等しい

「・・いや、私はキルケと合流するためにコーネリアの私室に入ったところを捕まった。

奇妙な事に部屋には誰もいなかったのでな・・

まさかと思い抵抗しなかったが・・」

「俺達も宿に泊まっている処をいきなり兵達が来てなぁ・・

場所がばれるとなると誰か捕らえられていると思ったから抵抗しなかったんだが・・同じようだな」

っとクラークが呑気に応える、その気になれば宿屋に立てこもり籠城もできたのだが

愛する女が捕らえられたならば抵抗する訳にもいかない

「そのようだな・・この状況だとキルケ達が王に捕まったと見て間違いないか」

「そんな・・あれだけ用心していたのに・・」

不安そうに聞こえるアミルの声・・他の面々はこんな空間は以前にも世話になった事もあろうが

彼女は別、独特の雰囲気にやや緊張しているように感じられる

「あぁ、解せん事が多いのだが・・、とりあえずはキルケ以外の無事が確認できただけでもよしとするか・・」

「何言っているの、キルケがいない時点でよくないじゃない」

「そこまで確認するのは贅沢だ。

周りの状況がわからぬまま行動する事を比べてそう言ったまでだ」

私室にキルケがいなく兵達が押し寄せた時点で彼女が捕まっている可能性が高い事は理解できた

しかしそこで逃げてキルケの身に危険が及ぶのは好ましくない。

闇雲の逃げるよりかは敢えて捕まり状況を見極めた方が良いとロカルノは判断したのだ

もっとも、通常敵に捕まる事は危険極まりない事・・キルケ達の身を案じてこその決断であった

「まぁ闇雲に逃げてそれをあぶり出すためにキルケが乱暴されたらムカツクからな・・

とりあえずはこれからどうするか考えるか・・」

「でも結局コーネリア達どうなったのよ?」

「さぁな・・、私は完全に別行動だ。合流するはずの場所で捕らえられたから詳しい事は一切わからん。

しかし・・部屋に荒らされた形跡はなかった。

・・それに城内で騒音が響かなかったのが不審だ」

不審者がその国の姫の部屋に侵入していたとなると大騒ぎになるのは当然・・

だがキルケが捕らえられたという割には騒音がまるでなかった事に

ロカルノは口元を手で押さえながら思考を巡らしている

「確かに、私達が不審者とわかる以上キルケ達が捕らえられたのは事実・・

しかしロカルノさんが気付かないほどの手際であの三人を捕らえたのは疑問です」

コーネリアはともあれ、ミランダは見た感じだけでも武芸達者である事がわかる

対しキルケにしても本職は術による援護や治療なのだがクローディアから教えて貰っている剣術も

中々様になっており強引に突っ込まなければ十分戦える範囲なのだ

そんな顔ぶれが騒ぎも起きずに捕らえられる事には不自然さを感じさせる

「ここの王って魔術関係習っているんでしょう?なら眠らせるなり何なりできるんじゃないの?」

「一理ある・・が、なんかひっかかるな・・まぁ、ここで考えていても憶測で終わっちまうか・・」

「そうだな・・とりあえずもっとも正確な現状把握が求められる。

コーネリア達の状態を確認した後にどうする・・か」

「まっ、出ようと思えばいつでも出られるんだが・・下手に動かない方が良いか」

丈夫な鉄格子によって出入りが塞がれた牢だが

こんな物で拘束できるユトレヒト隊・・否、セシルではない。

パツキンケダモノの二つ名は伊達ではなくその気になればこの程度の鉄格子をひしゃげさせる事も可能。

萌えパワーが加算させる事ができれば食いちぎる事も可能・・・かもしれない

そんな事だからヒロインとして見られないのであるのだがそういうキャラなので仕方がない

「しっかし・・出だし悪いよな・・」

「本当ねぇ・・サクサク物事進まないと苛々しちゃう」

「あ・・ははは・・余り、暴れないでくださいね?」

「・・ふっ」

牢獄に入れられても結局はいつもと変わらない面々

そうこうしていると静かに足音が近づいてきて、

ロカルノ達に一人の騎士が姿を見せた

長めの赤髪が特徴でヤケに飄々としている感はするが相当な力量である事は

そこにいる面々には理解できた

 

「お前達か・・、反乱を企てるテロリスト達は・・」

 

「違うわね、私はエロリストよ!」

セシル、やけっぱちのジョーク

しかしシリアスな場面ではそれは逆に寒いものである

「・・はぁ?」

「そこの馬鹿女は無視していい。・・でっ、あんたは?」

「俺はリキニウス騎士団のロギーって者だ。

まぁ・・騎士団と言ってもほぼ解散されているし・・

さしずめ姫様のお付きの騎士ってところだな」

「ほぉ、ロギーと言ったか。ならばそのコーネリアはどこにいるか・・わかるか?」

「・・・・、様付けじゃないのは気に入らないが・・わかるぜ。

姫様とミランダ、そしてもう一人小さい女の子は別室で軟禁されている」

軟禁されている・・っという言葉に自分で言いながらもロギーは顔色を曇らせた、

察するに彼としてもその行為は不本意らしい

「やっぱり・・。経緯には疑問が残るけどとりあえずは予想通りねぇ」

「・・それよりもそのような事を私達に話してもよろしいのでしょうか?」

「──ああ・・、俺は姫様からあんた達にその事を伝えて欲しいと言われているからな

残念ながらそれ以上はどうもできないが・・」

もどかしそうに頭を掻くロギー、姫に仕える以上に国に仕える騎士

故に犯罪者の手を貸す訳にもいかないのだ

「じゃ、敵じゃないって事か」

「味方でもないって事だ、現に俺はお前達を連れてこいと王に命令されているからな・・

そんな訳で大人しくついてきてくれ。

逆らえばお前達の家族に危険が及ぶって事になっているらしい」

「──まぁ素敵♪キルケを盾に脅迫?やっだ〜♪うざ〜い♪」

ニコリと笑うセシル・・だがその笑顔からはド鋭い殺気が放たれている

「全く素敵だ・・が、それが王の命令なら逆らえないんだよ・・。だから余り暴れないでくれよ?」

「・・ちっ、しょうがねぇな。セシル、落ち着けよ」

「わかっているわよ!今は溜めるだけ・・ロカ〜、頃合い来たら暴れてもいいでしょう?」

「・・・ああ、その時がくればな。好きなだけ破壊すればいい」

「俺の目の前でそんな物騒な話をしないでくれ・・。

ともかく、何の話かわからねぇが付いてきてくれ」

余り気の進まない様子でロギーは牢の鍵を解き面々を解放させる。

抵抗するとキルケに危険が及ぶがためひとまずはロギーの言葉に従い面々は王の元へと向かうのであった

 

・・・・・・・・

 

人質という切り札を突きつけられたが故に抵抗できない一行、

それ故に拘束はされずそのまま謁見の間へと通された

そこには白い王衣を身に纏った男が玉座に座っていた。

短く黒髪にひげを生やしその目つきは威厳を伴っている・・、

それは紛れもなくこの国を統治する王

しかしその容姿は非常に凛々しく他国侵略を行う狂信者とは思えない

「王・・命令通り連れて参りました」

「よろしい、下がりたまえ。

さて、諸君・・私がこの国を任されている者だ・・。」

落ち着き払った声でロギーを下がらせる、

彼もそれに口答えせずに一礼して立ち去る。

広い謁見の間にはクラーク達と王のみ・・、

罪人と向かい合うには余りにも危険な状態なのだが王は顔色一つ変えない

「舐められたものね、兵の一人や二人でもつけておかないとその首飛んじゃうわよ?」

ギロリと鋭い睨みをきかすセシルだが王は涼しい顔を浮かべるのみ

戦闘に長けているとは思えないのだがかなり肝は据わっているらしい

「そうなると、君達の仲間が無惨な姿になってしまうが・・いいのかね?」

「・・やはりそうきたか」

そう呟きセシルの肩に手を置いて制するロカルノ・・

対しセシルはあからさまに舌打ちをついた

「よほど大切そうにしていたようだからな・・利用させてもらった。

何、こちらの要求に応えてくれるのならば手荒な真似はしない」

「人質をカードに私達を利用する・・か」

「その通りだ、彼女が生きるも死ぬの私の命令一つで決まる・・わかるかね?」

無感情な声で脅迫をする王・・

その態度は実に堂々としておりそれがハッタリではない事を感じさせる

「──けっ、一国の主が取る行動とも思えないな」

あからさまに苛立つはクラーク、キルケは彼に取って大切な女性

それを危険な目にさらしている事が我慢ならない事である

「そうでもしないと計画が実現しないのでな・・」

「・・どうしますか・・?兄上・・」

「クラークさん・・」

心配そうに彼を見つめるクローディアとアミル。

「・・ちっ、最初から選択肢は一つしかない・・。何をすればいいんだ?」

殺気を込めて睨みそう言い捨てる、

一流の剣士の本気の睨み・・常人ならば完全に恐怖に呑まれるものなのだが

それでもこの王には全く通用しない

「うむ・・私がシウォング侵略を画策している事は諸君も承知だろう?」

「──ああ、そのために呼ばれたのだからな」

「この国の国力からしてみれば希望都市の面々を蹴散らすには厳しいものがある

・・そのための切り札も用意しているのだがそれを差し置いても

あの極星騎士団がいる限りシウォングを落とす事はできないだろう。そこで・・だ」

「ふぅん、私達にライ達の相手をしろってわけ?」

「その通りだ。君達の力量ならばそれも可能だろう?

向こうの手の内も知っていると聞く・・まさに対極星騎士団にはうってつけという訳だ」

「────ふん」

「まぁ・・諸君に命令するのはそれだけだ。

見事極星の者達を討ち果たしたらあの少女を還してやろう」

静かに笑う王に対しクラーク達は何も言い返す事ができなかった。

もしその場に拘束されたキルケがいたのであるならば超高速にて一気に救出できたかもしれないのだが

王は用意周到のようでキルケの軟禁場所についても何も彼らに教えようとはしなかった

 

「ふん・・厄介な事になってきたな・・」

 

静かに呟くロカルノ・・、しかし彼とてこのままで終わらすつもりはなく

余裕の表情を浮かべているリキニウス王を静かに睨み付けるのであった

 

その日、リキニウスは見えぬ策略の糸により強力であり危険でもある両刃の刃を手に入れ

シウォング侵略計画は大きく進み出した・・


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