第五節  「女傑の部隊」

高位飛竜族の里があるスレイトホルンの麓にはシュッツバルケル国辺境の町ラオスが存在する
巨大な山の麓だけに酪農がさかんであり軍国とは思えないほどのどかだ
本来ならばこの町の住民も徴兵令により若い者はかき集められるのだが
いかなる国でも食料は重要、
この町はその上で重要な役割を持っているので特例として免除がされている
まぁ徴兵令自体、ミネルバ将軍が国を掌握するまでのゴタゴタで中止されていたのだが・・

そんなわけで町は殺伐として空気はなく穏やかな空気に包まれていた
・・町の一角に不釣合いなテントがあることを除いては・・
白いテントの棟にシュッツバルケル軍旗が立てられており風になびいている
その中では・・

「・・部隊編成はどうか?」
簡易に置かれた椅子に座り報告を聞く女性・・、
短い黒髪に紫のルージュをつけた女軍人で濃い緑の軍服をぴっちり着込んでいる
「はっ、編成は完了、各員戦闘の準備を整えいつでも出陣可能です」
敬礼し報告するのもこれまた女性、同じく緑の軍服を着ているが椅子に座る女性よりも襟の勲章の数が少ない。
水色のスラッと長い髪が特徴で軍人職には不似合いなくらいの童顔だ
しかしだからと言って彼女の顔は正に戦士のそれであり緊張感が漂っている
「よろしい。町の様子は?・・反抗する者はいないな」
かねてからの民衆の反対運動で中々他国侵略にこぎつけなかっただけに
そこらは警戒をしているようだが返って来た解答は意外にも
「反対する者はいません、住民は各々の仕事に追われている模様です」
あっさりと割り切ったもの。報告した本人も少し戸惑っているようだ
「ふむ・・ならば問題はないか。下手に刺激をするなよ、ここでの食産物は貴重だからな」
「わかりました。では隊長・・出陣は・・」
「今日一日は様子を見る。十分な時間がなければ目標に
辿り着く前に夜になってしまう・・そうなればこちらが不利ともなろう」
テントの隙間から山を見上げ呟く女性隊長・・
「なるほど・・」
「それに、まだ目標の正確な位置は掴めていない。
結界の干渉は成功しているが幾つかがダミーらしい。・・最も、あの術師が現場も見ずに出した結論だがな」
「・・・・」
「はっきりした情報は今日中に届くはずだ。我ら先発隊は全てまとめて明日から動く・・以上だ」
「了解!では各員準備を整えます!」
女性隊員がビシッと敬礼をして出て行った
・・
「・・・、我が黒薔薇師団が動くほどの任務・・ミネルバ様も本気か・・」
尚もスレイトホルンを見上げる隊長・・、今回の作戦にかける上の心意気を感じ
自身ができる最高の結果を出すため思案に暮れているようだった

・・・・・

一方
こんな山の麓にあるひなびた町にでも酒場はある
それこそが人の活力の源と言うべきか。酪農などの自然状況に左右される職が主体ならば
酒に頼らざるおえないのかもしれない
そんなわけで昼間っから酒を飲んでる人も結構いる

「よおねーちゃん、変わった服着てどこから着たんだ?」
カウンターで蒸留酒を飲みながら隣に座った女性に声をかけるおっちゃん
女性はまぁ昼間っからお子様が赤面しちゃうような黒いチャイナ服姿。
長い金髪が良くあっており手に持つ鉄扇を持っているのでかなり妖艶
白い生足がおっちゃんの視線を奪う・・
「ま〜、旅の踊り子ってやつね」
笑いながら接する女性・・ことセシル
長いスリットの入ったチャイナドレスはまぁ普段着の一つ・・っということで荷物袋に入れていたらしい。
流石に他国の騎士が町をうろつくのは問題があるので
騎士を連想するものはお預け・・得物も鉄扇のみだ
「ほえ〜!こんな軍国によう来たな!」
「まっ、最近は少し緩まったらしいからね〜、何とかこれたわ。でも・・何か町の外らへんにテントが立ってなかった?」
「・・ああ、何でも新体制を樹立した女将軍直属の部隊なんだとさ。」
「ふぅん・・エリートさんねぇ」
「そう、おまけに女性のみの部隊ときた!女将軍だけに異性は信じられないのかね?」
おっちゃんは酔っているらしく堂々と悪口を言っちゃったり
それにマスターも気が気でない
「へぇ〜、そんな特殊部隊がこんなところに何しているの?山で人でも遭難したとか?」
「・・詳しいことは私達も知らないんだよ。まぁ聞いたって教える連中じゃないんだけどね
それよりも余りその事は口にしないほうがいい。変に怪しまれて絡まれると厄介だよ?」
マスターが丁寧に教えてくれる・・、対しセシルは少しにやけるのみで
「世渡りにゃ自信があるから大丈夫♪」
「へぇ、・・じゃあおねーさん景気付けに何か踊ってよ!」
昼間ってから飲んでいる皆さんが一斉にセシルの方を見る
着ているものが露出の高いチャイナドレス、おまけに長い金髪の美女の踊り子ということだから是が非でも踊りを見てみたいらしい
「え゛・・、私?」
「踊り子はあんたしかいないよ。礼金は弾むからいっちょ踊ってくれないかな?」
マスターの暖かい言葉だがセシルにゃありがた迷惑・・
「(・・こ・・困ったわね・・・ええい!こうなったら!)・・いいわ!見せてあげる!」
おおう!っと周りがざわめく・・、セシルは大して動揺もせずに酒場のステージへ・・
途中、壁に掛けてある飾り用のロングソードを二振り取っておりそれを軽く握っている
「・・おい、おねーさん!そんなもん持ってどうするんだよ!!」
「悪いわね、これが私の舞よ。」
ニヤリと笑うと両手に剣を持ち華麗に舞いだすセシル
・・舞というよりかは武術の『演舞』であり普通にやれば踊りとは程遠く・・、しかし彼女は通常よりも素早く行っており、
多少の足を広げるなどアドリブをしているのでかなりそれっぽい
絶世の美女が行う剣の舞に観客は思わず見惚れる・・のだがそれ以上にただでさえ激スリット
なのに大股広げて構えているので赤いスケスケ下着が丸見えで寧ろそっちのほうに熱い視線が・・
そんなことを気にせずセシルはノリにノッてステージは最高潮を迎えていた


・・・・・・・・


夜、酒場はこれからが本番ということなのだが昼間に張り切ったセシルは休むということで
酒場から退散した。まぁ調子に乗って朝まで騒いだらロカルノに絞られること間違いなし
・・っというのは彼女にも重々理解できているらしく・・
「やれやれ、準備体操くらいでやったのにやりすぎちゃったかしらね」
腕を回しながら夜の町を歩く・・、流石に田舎なだけに外灯などもまばらで明るいのは酒場くらい・・当然外を歩く住民はほとんどいなく・・
「・・っと、ここからが本番ね・・」
暗い路地の先に見える松明の明かり・・、シュッツバルケル軍テントの姿が見えてきたのだ
「うふふ・・、通り魔ダンサーセシルさんが挨拶に行ってあげますか♪」
闇を歩くセシルさん・・、獲物を狙う獅子の目になりながら姿を晦ませた

一方


「定時連絡をします、異常はありません」
夜半で自国の田舎でも警戒を解かず連絡を徹底している女性のみの特殊部隊『黒薔薇師団』
今もテント周辺を見回った女軍人が敬礼をしながら報告をする
昼間も報告した水色の髪をしたあの女性だ
「わかった、・・山の様子も変わりはないのだな」
夜になっても軍服のあの隊長・・、やはり山の様子が気にかかるらしい
「はい、何も動きはないですが・・、何やら町の酒場に人だかりができていたようです」
「・・抗議集会か?」
「・・いえ、踊り子が踊っていたのを見に集まっていたようです」
「やれやれ、国の建て直しに躍起になっているのに肝心の民は呑気なものだ・・。
ともあれ、寝ずの番を交互にしておけ。翌朝に出るぞ」
「了解です、隊長」
敬礼をし、テントから出ようとした瞬間・・
「た・・隊長・・!」
女性軍人の一人がよろめきながら入ってきた。どうやら仮眠中で軽い服装だけだったのだが服は剥ぎ取られほぼ裸だ
おそらくは凛々しく纏められていたであろう髪はボサボサになっている
「!?・・どうした!」
「て・・敵襲・・ひゃん!!(ガク)」
報告をするが急に弓そりに倒れた女性軍人・・、
外傷はないが暴行をされた後がありそのお尻には氷の棒がねじ込まれている
「各員装備を整えろ!住民でない以上は抵抗勢力か目標だ!気を抜くな!」
「はっ!」
冷静に指示を出す隊長、それに気合十分に応え外にでる水色髪の女性だが・・

「ああ・・・きゃああ!!」

外に出るなり悲鳴を上げ、何も聞こえなくなった・・
「な・なんだ!何が・・」
大急ぎで外に出る隊長・・、そこには今しがた退室したはずのあの女性は影も形もいなくなった
「・・一体どうしたんだ・・」

”・・なるほどぉ、貴方が隊長ってわけねぇ・・”

そこに広がる女性の声・・・、主はもちろん・・
「曲者か!隠れてないで姿を表せ!」
「ここにいるわよ・・、鈍いわねぇ」
「!!」
見れば彼女のすぐ後ろから声が・・、咄嗟に隊長は腰に下げたサーベルを抜きテントごと切り裂く!

ツゥ・・

鋭い一撃はテントを切るが不審者には当たっておらずそれは影も形もない
「ヒュウ♪流石にやるわねぇ」
小馬鹿にした口調の不審者・・セシル、振り向けば隊長の前に軽く立っている
そして肩には先ほど報告をしていた女性軍人を軽々と担いでいる
「・・貴様・・何者だ!?」
「通りすがりの通り魔よ」
「ふざけるな!」
「・・だって皆そう言うんだもの・・。まぁセシル・・っとだけ言っておくわ。
さて、こちらは名乗ったから貴方のお名前も知りたいわねぇ。紫唇さん♪」
余裕のセシル・・片手には大きめの鉄扇を持ち軽く扇いですらいる
「・・私はシュッツバルケル特殊近衛部隊『黒薔薇師団』隊長のサラだ・・それを知らずの犯行か・・」
「う〜ん、貴方達が軍人騎士なのはわかっているけどね。まぁいいわ。自己紹介はこれくらい。
この子はもらっていくわね♪」
「させるか!総員!攻撃開始だ!」
サラの声にテントが続々と崩れ、中から鎧を纏った女性騎士が十数人
「なるほど〜、隊長が注意をひきつけている間に部下は戦闘準備完了ってね。
やるじゃないの」
「余裕面もそこまでだ、我らが隊員を返してもらおう」
「や〜よ、別に取って食おうってわけじゃないのに・・まぁ・・多少悪戯をする予定だけど♪」
「外道が・かかれ!」
サラの命令に騎士達は一斉に攻撃を開始する、どれも切れ味の良さそうなサーベルで
腕も中の上・・、おまけに陣形も決められているのか的確に隙を与えなく攻撃を繰り出している

「よっ!ほっ!っと!・・さっすがは流石。こりゃ片手だけじゃ分が悪いかしらねぇ」
鉄扇で器用に払いのけながら驚くセシル・・それでも冷静に対処しているところがすごいのだが・・。
だが頃合と見計らった彼女は敢えて騎士達の懐に潜りこみ強力なタックルで距離をあけさした
「挨拶代わりよ!受け取って!」

ゴウ!!

「きゃ!」
「うわっ!」
鉄扇による真空刃を放ち騎士達をまとめて吹き飛ばす・・!
得物が得物だけにそんな芸当はできないと思い込んでいた騎士達は正に不覚を取ったと言わざるを得ない・・
「まぁ・・、こんなところね・・んっ!」
「もらった!」

キィン!

隙有りと後ろから切りかかったサラだがそれよりも早く反応したセシルの鉄扇に受け止められてしまった・・
「いい腕ねぇ、サラだったかしら・・覚えてあげる」
「何を・・くッ!」

ドガッ・・

鍔競り合い状態からサラの腹に蹴りを入れてセシルは姿を晦ませる・・正しく一瞬の出来事だ
「逃げる気か!?貴様!」

”通り魔は通り魔らしくね〜♪そんじゃあね〜♪”

闇夜に響くセシルの声・・、それに歯軋りをしながら周囲を睨むサラだったが
ついには彼女を見つけられず夜の襲撃は終わりを迎えた

<<back top next>>