第十節  「薔薇と剣」


メルフィ達が里に帰ってきても事態はそれほど変わっておらず一同が静かに3人の帰りを待っていた
『到着じゃ、ほれっ、さっさと降りろ!』
里の広場にて着地するメルフィ、急かしながら客を降ろす
「へいへい、で・・どうだ?クローディア」
キルケを抱きかかえながらメルフィの背より飛び降りるクラーク、ちょうど前には
ロカルノ達が・・
「戦闘には至っておりません。しかしやはりこの草原までの経路が知れ渡っているようで
すでに草原入り口付近にシュッツバルケル軍の中継基地が建設されています」
淡々と応えるクローディア、慌てず騒がずが彼女もモットー
「遠目から見たが全軍配置されたわけでもない。先発の部隊ということだろう
本隊が来ることを確認したらすぐ仕掛けてくるぞ」
「そうか・・、じゃあたぶんあいつらか」
「そうね〜、相手は黒薔薇師団に間違いないわ。まぁ来るなら来い・・って感じだけどね
でっ、そっちはどうなの?」
だらしない格好のままセシルが尋ねる
飛竜の封印が解けるかもしれない故に周りにも竜人達が集まり固唾を飲んでいる
「ああ・・それはだなぁ・・ほれっ、メルフィ!説明しろ」

ピカー!

「・・妾が・・か。ふぅ・・いいだろう、実はだな」

・・・・・・・

「なるほど・・力が集まり一つの思念と化していたのか・・」
メルフィの説明を聞いていた族長もこれには驚いている、が竜人達はなんともいえない顔だ
「まぁこういうことだ。俺達の行いとこの尖がった山から見てる・・セシル!素行を良くしなさい!」
「ぶーぶー!」
要注意人物に教育的指導・・故にブータレるセシル
「ふっ、なんだっら性毒茸を粉末状にした薬があるのだが・・飲むか?」
性毒茸、普段とは真逆の性格になる毒素を含んだキノコでセシルがこれを服用すれば
正しく聖女になっちゃうという出鱈目な代物
お行儀の悪いセシルのためにロカルノはこれを常に携帯しているのだ
そしてそれを聞いたセシルは顔を青冷め
「嫌!だってあれをやられたら私の知らないうちに恥ずかしいことベラベラしゃべっているのでしょう!!?」
聖女状態のセシルはすごく正直で質問は全て答えるしロカルノにもベタベタ甘え日頃言わない
言葉も連呼していたり・・、例えば「ロカルノ様愛しております」・・等・・
「だったら大人しくしろ。まぁ戦闘は好きなようにすればいい」
「わかったわよ!私もツイテないわ・・」
「ミィ・・だいじょうぶ?」
落ち込むセシルにミィが励ます
「・・ん?大丈夫よ♪ありがと♪」
そんなミィの頭を優しく撫でるセシル・・こうした光景を見る限り彼女の中に聖女の部分は確かにある
「まっ、それは置いといて・・。連中の相手は俺達でやる。飛竜族は一箇所に集まって避難していてくれ」
クラークのその一言に周りが静まり返る
「・・本当にいいのか?」
代表し族長が杖をつきながら前に出る・・、対しクラークは頭を掻きながら
「まっ、こうなる展開は予測できていたからな。本隊が来るまでの前座は俺達がやる
それで力が戻れば加勢してくれ。アミルにメルフィ、お前達は一族の皆を守れ・・いいな?」
「・・わかりました」
アミルは素直に返事をするがメルフィはそうもいかない・・
「・・・」
「なんだよ?お前が皆のために必死なのはわかっている・・だけど無駄死にしたら何にもならないんだぞ?」
「お前だと死なないとでも言うのか?人間のくせに!」
「おうさ、俺は不死身と言われた部隊の長だったんだ。それにお前よりも年下になるのかもしれないが修羅場を多く潜っているぜ?」
「む・・う・・」
クラークの説明に反論できないメルフィ
「メルフィ様・・ここは・・」
「わかっておる!・・じゃが!皆の力が戻れば真っ先に加勢するぞ!」
「へいへい、当てにしているぜ。・・じゃ、俺達は迎え撃つとしますか。」
「承知です・・兄上」
「パパッとやっつけちゃいましょう!」
チームクラークは準備万端に歩き出す
「ふっ、では神父さん。ミィを頼むぞ」
「わかっています。・・お気をつけて」
「ミィ!セシルがんばって!」
「まっかせなさい♪この山全体に死臭を振りまいてあげるわ♪」
「「・・・おい」」
セシルの危ない発言を突っ込みつつロカルノ達も後に続く、数人の冒険者達がこれほど心強い存在だったとは竜人達も思ってもみなかっただろう


・・・・・・・

それよりすぐ、ユトレヒト隊は作戦を立てつつ陣形を整えた
草原の中ほどにクラークとクローディアが陣取りその遥か後方をセシルとキルケ、ロカルノの姿はどこにも見えない
「・・お〜お〜、テント張って陣取るのは一級だな」
小高い丘にてクラークが笑う・・彼の視界の彼方には白いテントの群・・そして馬の影もかなりある
「相当の訓練をされているようですね・・」
彼の隣で静かに襷掛けるクローディア、黒袴に白道着に着替え腰に斬鉄剣『月華美人』をさしている
「何・・訓練やらなんやらを比べたら俺達に勝てる連中はいないさ・・アイゼン流の基礎修行の厳しさは世界一だからな」
「だから、流行らないんですがね・・」
遠い故郷の寂れに寂れた道場を思い出し思わず苦笑する二人、型破りな剣術故に
アイゼン流剣術のカムイでの知名度は低くたまに入門する剣士見習もいるが三日ともたなかったという・・
「・・・まっ、そういう商売剣術道場じゃなかったから・・な」
「そうですね・・、来ましたよ」
途端にキッと睨みを利かせるクローディア、隻眼で残った目は一つなのだがその分の眼光は鋭い
そして視界の先には草原を駆け上ってくる小隊が・・
「・・・・・、連中か。やはり来たな」
それはクラークが相手をした黒薔薇師団の騎馬隊・・先頭にはイオが馬に跨っているのだが・・
「・・、兄上。この方は・・」
警戒するクローディア、イオはかつて着ていた鎧はつけていなく何やら気味の悪い百足のような生物が上半身を覆っている、
眼もかつてとは違い生気が感じられない
「・・・・・・、お前ら、これがお前らの中での責任の取り方か?」
明らかな洗脳・・、否、人体実験のなれの果てとでも言うべきか・・
「・・く・・」
「クローディア、こいつの相手は俺がする!他は任せるぞ!」
「御意・・」
そういうとクローディアは身を前かがみにし突っ込む・・が相手の騎馬隊もどうやら
戦意がそれほどあるというわけでもないようで浮き足立っている
それにクローディアも気付き牽制しながら様子を見るように戦いはじめる
対し

「哀れな姿になったな・・イオだった・・か・・」
「・・・」
馬に乗るイオ・・、目こそあっているがそこからは何も感じ取れない
「予想外の展開になったもんだが・・全力で行くぞ・・。」
ジッと睨みながら腰をかがめ戦闘態勢へ・・その途端に
「・・お・・おおおおお!!!」

轟!!

イオが力任せに槍を振るう・・、かつての鋭い一撃ではなく力任せに叩きつけているだけだ
ただ威力は段違いでその一撃を受けた地が陥没している
「せっかくの槍がこれじゃあな・・」
「おおおおおおおおおお!!」
獣じみた声のイオ・・さらに力任せに振付ける、まともに当たればクラークと言えども
ただでは済まない
しかしそこは歴戦の剣士なだけに力任せな攻撃なぞは眼を瞑っても回避できる
こうなっては勝負にならないがクラークは手を出そうとしない
「・・・てめぇら!てめぇらの隊長がこの姿にしたのは誰だ!!」
突如立ち止まり大声を出す、それこそその場にいた物の肝を冷やすぐらいの気迫が篭った
声だ
それに他の騎馬兵は戦意を失い立ち止まり
「・・我らが軍の術師・・メイガス殿・・だ」
一人が静かに応える・・
「けっ、飛竜捕まえて洗脳するのも大概だが仲間を改造するなんて下の下も良い所だ!
てめぇらは自分の隊長がこんな姿になってもまだ戦うか!!」
「「「う・・」」」
反論はできない・・、黙り込む面々の中イオは機械的にクラークに向かって槍を叩きつける
「貴様らに大義はない!義を重んじる騎士ならばこのような愚行に加担するのは止めろ!」
「「「・・・・」」」

カラン・・

一人が苦渋に満ちた顔で剣を投げ捨てる
カランカラン・・

それを契機にそこにいた全ての騎士が武器を捨てた
「・・安心しな、この落とし前はキチンとつけてやる・・『九骸皇』・・・!!」
数珠の光とともに姿を見せる紅の魔刃
クラークの怒りに呼応するように剣身を覆う紅い霧は炎のように揺らめいている
「おおおお!!」
「一意専心!!だぁぁあああ!!!」

斬!!

イオの攻撃の隙間を掻い潜り九骸皇の刃がイオの身体をすり抜けた。
「・・・・」

パァン!!

突如として彼女の体と同化していた生物が破滅する・・、解放されたイオは糸が切れた人形のように落馬した
「・・隊長!!」
倒れるイオに集まる黒薔薇師団の騎馬兵達・・。気を失ったイオはかすかに鼓動をしている
「・・兄上、これは・・」
クラークに近づくクローディア、彼女も何が起こったのかわからない様子だ
「魔法生物だったら九骸皇の破魔の力に弱いかと思ってな。その生物のみを切り払おうと念じたら思った通りイオを切らずに済んだってわけだ」
剣を瞬時に消し倒れたイオの様子を見る
「・・・、だが安心するのは早いな。生きているが・・そのメイガスって奴に何されたかわからん。
ちゃんとした治療を受けたほうがいい」
「・・クラーク=ユトレヒト、イオ隊長を助けてくれたことは礼を言う・・だが・・」
「おいおい、まだやるってのか?・・・もう止めろ、ほとぼりが冷めるまでイオは俺が預かる。
身内にそういうのに詳しいのがいるからな。お前らはしばらく身を潜めていろ。もうシュッツバルケルを離れたほうがいい」
「・・し・・しかし・・我らは・・」
動揺する騎馬隊の女騎士達
「母国を救う戦士は立派だが・・その戦士を道具としていない統率者は下衆も良い所だ。
お前達が誇り高き騎士だというならば過ちを犯す組織に入るな」
クラークの言葉に女騎士達は飲まれ、声を失う
「お前らと同じ黒薔薇のステアもそれを感じたからこそ今飛竜の里で戦いが終るように動いているんだ。・・いいから消えろ」
「・・わかった。お前を信じよう・・イオ隊長は・・」
「責任を持って俺が救う。後で迎えに来い」
「・・任せる・・行くぞ!」
クラークの説得が通じ女騎士達は非武装のまま草原を走ろうとする・・が
「ちょい待て!・・そのメイガスって野郎・・ここに来ているんだな?」
「・・ああっ、前線で・・隊長の様子を見ていた」
嫌悪感に満ちた顔の騎士達、相当嫌っているのがよくわかる
「わかった、・・そいつには俺がきっちり落とし前をつけてやる・・さぁいけ」
「・・頼む」
礼をし走り出す騎馬隊・・
残ったのは動かないイオと彼女の馬、そしてクラークとクローディアのみだ
「さて、・・俺は突っ込む。クローディアはこの馬使ってイオをキルケのところまで送ってやってくれ」
「兄上・・まさか敵地にたった一人で・・?」
「言っただろ?落とし前をつける・・そのメイガスって野郎にアイゼン流の裁きを与える」
クラークの目には珍しく怒りに満ちた眼差しが
「・・承知しました。ですが敵陣に乗り込むには徒歩は危険、この女性は担いで行きますので
馬は兄上が使ってください」
「・・そうか?悪いな・・」
「御武運を・・」
「そっちも激戦になる・・ぬかるなよ?」
ニヤリと笑う剣の兄妹、だがゆっくりしてもいられなくクラークはイオの馬に跨り一直線に駆け出した


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