第五節  「極寒の地」



カムイ北島・・
島国カムイの中でも最も人が少なく未踏査地帯が多い島であり多数の遺跡が存在すると言われている
だが島の大きさは本島にも匹敵しておりその大半は原始林が支配している
加えて島の通称通りかなり北に島があるが故に気温は寒冷で、
森を通過するには相応の装備がなければ難しく干拓する者もほとんどいない
それでも原住民を含めこの島で生活をする者は少なからず存在しており本島との船便を持つ港町もある

「うう・・流石に冷えますねぇ・・クローディア様」

本島からの船より下り周囲を見渡しながら肩を震わせるはミズチ、
巫女装束は流石に目立つのでクローディアと合わせた質素な着物姿
肌を突き刺すような冷たい風に落ち着きを失っているように見える
「このぐらいで根を上げては先の森では凍えますよ?」
対しクローディアはいつもの服装で涼しい顔をしている
彼女にとってはこの程度の寒さでは顔色を変えるほどのものでもないようだ
「は・・はい、がんばります!」
「それと、私の事を様付けで呼ぶのは止めて下さい。そこまで立派な身分ではありませんよ」
当人はそう言うも大剣士の弟子であり国を支えた女剣士という身分では十二分にその資格はある
しかし彼女にとってみれば自分はあくまで一剣士・・っと言ったところなのか
そんな彼女の姿勢にミズチも笑みを浮かべた
「わかりました・・では、クローディアさん・・でいいですか?」
「はい・・、ではひとまずは宿で休憩するとしましょう」
静かに笑い先を行くクローディア、ミズチもその後に続き
決して華やかとは言えない港町に消えていった



──北島唯一の港町クルス──

北島で唯一「町」と呼べる港町。
本島や西島との船便があり冒険者が多く行き交うがためにそのベースキャンプのような町となっており
武器商店や宿が多く並んでいるのが特徴と言える
未踏の遺跡が多く危険な地点も多いが故に質の良い物も多く取りそろっており
宿も辺境の地にしては小綺麗に整っている処が多い
クローディア達はその中の1つに入り平均的な宿部屋に通された
気候が寒く冒険者が良く利用するためなのか部屋は和式ではなく大陸と同じ物で
小さいながらも暖炉が置かれていた
テーブルとベッドが兼ね備えた質素な物でありクローディアには見覚えがあるものの
ミズチはこのような部屋は初めてらしく物珍しそうに周囲を見ている
「・・さて、まずはミズチ、この町に何かしらの結界じみた物は張られていますか?」
手荷物を軽くテーブルに置きミズチに尋ねる
気配を探る能力はクローディアも中々の物なのだがそれは所詮剣士として・・
専門家でなければわからない事も多いが故に確認を取っているようだ
「それが、船から下りてしばらく察知してみましたけど全く・・」
「この島に上陸するにはこの町を通るしかない・・術が得意な彼女達ならば何かしらの監視をしていたと思うのですが・・」
「町全体を覆う物はとりあえずはないようですね、
戦巫女にでも察知できないほどの結界ならそれだけの規模での発動はできないはずです」
・・っと言いながらもどこかしら不安な様子のミズチ
どうやら察知する能力はさほど高くないらしい
「・・では、完全に無防備な状態と捉えていいのですか?」
「──ひとまずは、そうですね。もっと別の方法で行き交う人達を監視しているのかもしれませんが
私ならそれを察知できる・・と思います」
「わかりました。では今後の行動を確認しましょう・・。
この後町を出て西に向かい森林を抜けて総本山へと向かう訳ですが・・
道中アルベルトさんへの連絡は貴女に任せればいいのですね」
「はい、私の式神で王城との通信が可能となります」
「式神で通信・・っとなると王城には他にも戦巫女がいるのですか?」
「いえっ、式神召喚は特殊な技能ですが使用できるのは戦巫女のみとは限定されていません。
護帝衆の紅一点チグサ様が式神を習得しています」
「チグサ・・、確か元クノイチで『不屈』様の片腕だった人でしたね・・」
「はい。北島での野戦訓練も行っていたそうですのでここの気候にも詳しいようです。
通信が繋がればそちらのサポートもお願いしてます」
「それは心強い。では・・通信は大丈夫ですか?」
「長距離でも可能だったはずですが、妨害されているかもしれませんね・・試しにやってみます」
そう言いながらミズチは手慣れた様子で指で軽く印を切る
「・・護符を使わないのですか?」
「軽い召喚なら護符を使用しなくても大丈夫です、先は長いですからね・・『鈴蟲』」
両手を広げ式神の名を呼ぶ、それと同時に一瞬光が放たれたかと思うと
そこには綺麗な羽を持つ小さな虫が現れていた
「・・これが・・、通信手段ですか?」
「はい。こちらミズチです、チグサ様聞こえますか?」
奇っ怪な虫に普通に声をかけるミズチ、それに応えるように虫の羽は細かく振動する。
そしてしばらくすると虫の羽は再び振動を開始して
『・・こち・・ら・・チグサ、・・貴方の聞こえます、通信状況は良好ですね』
虫の羽より凜としていながらもどこか冷たさを感じる声が鳴り響いた
「よかった、これからのサポート、宜しくお願いします」
『了解です・・。そちらの様子はどうでしょうか?』
「現在港町で身支度を調える処です。町自体に異常もなく結界のような物も確認できていません」
『その声・・クローディア様ですね。承知しました、異常が感知されたのならば連絡を下さい』
感情の変化を全く感じられない声、だがそれが逆に心強く聞こえてくる
「わかりました、頼りにしてますよ」
「それで、今から買い出しに出ようと思うのですが、揃えた方が良い物はありますか?」
『目的地へ向かうには森林を抜ける事になります。・・ですがこの時期の森林は正に極寒。
気を抜けば凍死する可能性もありますので防寒具は揃えておいた方が良いでしょう』
「防寒ですね・・気をつけておきましょう」
『それと北島には獰猛な生物も多く気候も厳しい処です、移動一つにしてもくれぐれも油断をなさらぬように・・』
「自然そのものも敵という事ですか。わかりました、また何かありましたら連絡します」
『畏まりました。私は可能な限り常時鈴蟲を現界し続けます、何時でもご連絡ください』
「ありがとうございますチグサ様!では通信終わりますね!」
心強いチグサの言葉にミズチは満面の笑みを浮かべて印を切り、
蟲はポンっと煙に包まれたかと思うと綺麗に消え去った
「さて、では買い出しに出掛けるとしましょう。今日はこの町で一夜明かして明日出発しましょうか」
「わかりました・・ですが、いいのですか?調査が目的とは言えども余りのんびりするのも・・」
「かと言って急くのは危険です・・特にこうした極端な気候の変化は身体能力の低下を招きます。
少し間を置いて気候に体に合わせる事が大切なのですよ」
「はぁ・・流石はクローディアさん」
「何っ、身をもって思い知らされた教訓です。さて・・では行きましょう」
過去自分が起こした失敗を思い出し苦笑いを浮かべ部屋を出ようとするクローディアに対し
ミズチは尊敬の眼差しを向けながらそれに続くのであった


─────


経験という物は貴重なもので、その後クローディアは町での買い出しを手早く済ませ日が暮れる頃には一息つく事ができた
こうした旅では日持ちがする食料や非常事態に備えての治療道具など、用意する物にもコツが必要であり
目移りするミズチを余所に彼女はテキパキとそれを買い揃えていく。
もっとも、生きるか死ぬかの極限状態の幼少を過ごした彼女にとってみれば例え食料が尽きたとしても
現地調達ぐらいは軽くやってのけるのだが・・
ただ、彼女にとってもわからないのがこの地での移動に必要な防寒具であるのだが
そこらは冒険者相手で生計を立てている商い達が親切丁寧に説明してくれるので問題はなかったようだ

・・・・・・

「え〜っと、毛皮のマント良し、防寒テント良し、燃料良し・・干肉良し・・必要な物はこれで大丈夫ですよね?」

日が沈んだ宿の一室にて買い出しした物のチェックをするミズチ
夜になると冷え込みはさらに厳しくなるのだが部屋には暖炉が置かれているために快適な温度となっていた
「そうですね。寒さを凌ぐ燃料は多めに買っておきましたし・・・食料はいざとなれば現地調達すればいいでしょう」
「・・現地調達?」
「チグサさんの話なら獰猛な生物が多いのでしょう?獣ならば肉が手に入ります」
事もなげに言ってのけるクローディアに対してミズチは開いた口が塞がらず・・
「え・・え〜と・・それ、大丈夫なんですか?」
「ええっ、肉食ならば問題はないです。焼けば皆同じですよ」
「は・・はぁ・・」
毅然とした美しさを持つ武人としての印象からはほど遠いタフネスさに呆然とするミズチなのだが
クローディアにとってはそれが当然であり驚くミズチに何事かと首をかしげている
「それよりも・・明日よりいよいよ行動を開始します。目的地の確認をしておきましょう。
これがその地図ですね・・」
そう言いテーブルに広げられる北島の地図。
これもこの町で買った物であり主に冒険者が探検(トレジャーハント)に行く遺跡や洞窟のポイントが描かれているのであるが
彼女達の目的地はそこには描かれてはいない
「冒険者さんが主だって行っている遺跡は大方島の北部に集まっていますね・・」
「ええっ、そして総本山がある地点には何もない・・地図だけで見ても不自然なものですが・・」
「その分深い森林に覆われていますから、寄りつく人も少ないんでしょうね・・。
お店の人の話だと北の遺跡なんかは近くに原住民の集落とかがあるらしいですし」
因みに定員に西の森林の事を聞いてみたのだがただ自然があるだけで何もないとの事。
クルスからも離れているしわざわざ行く必要もないので近寄る者はほぼいないらしい・・
「そうともなるとやはりここらは未踏の地のようですね、
少々厳しい旅になるかもしれませんがどこから入っても同じです。予定通り北西に進んで総本山を目指しましょう」
「わかりました、道中で人避けの結界が張られているかもしれませんからそこは私が注意をします」
「お願いします。では今日は早めに休むとしましょう」
そう言いながら早々に眼帯を外しベッド横の小棚に置くクローディアなのだが
まだ日が沈んでさほど経っておらず寝るにはかなり早い
「え・・あの・・流石に早くないですか?」
「そうでしょうか?明日より厳しい環境での行動になります、備えは大事と思うのですが・・」
そこらは生真面目なクローディアさん、独り武者修行に励んでいた時も似たような物であり日が沈むと
もう明日に備え始めていたりもした

・・もっとも、今現在では深夜まで寝かせてもらえない日も多いようなのだが・・

「そこまでしなくても・・あっ、なら少しお話しませんか?」
「話・・ですか。わかりました、では何の話をしましょうか」
片目を閉じたままどうしようかと悩むクローディア
真面目一筋かつ兄一筋な彼女にとっては何でもない雑談をする事は逆に難しいらしく
何を話そうかと考え込んでいる
「え〜と、それじゃ・・クローディアさんは先の内乱でアルベルト様と共闘されたのですね?」
「ええっ、私だけではなかったのですが・・。しかし良く知ってますね・・」
「アルベルト様が良く仰っていましたから。クローディアさんには随分助けられたって」
まるで自分の事のように嬉しそうな口調でそう言うも
クローディアにとっては何やら照れくさいようである
「そんな事はありませんよ・・。あの頃の私は未熟も未熟、寧ろアルベルトさんに助けられていました」
「そうなのですかぁ・・その頃からアルベルト様は強かったのですか?」
「ええっ、当時からあの人はツクヨ先生より手ほどきを受けて経験も豊富でしたから。
若くともその存在は一目を置かれておりました」
「へぇ〜・・そうなんですかぁ♪」
まるで我が事の様に嬉しそうに呟くミズチ
その様子をクローディアも感じ取り続けて口を開く
「十文字槍を用いた先生の槍を体得できたのはアルベルトさんのみと聞いてますからね・・
加えてカムイにはない大陸の魔術も扱えます
今カムイの総大将としての位に付けるのも当然なのかもしれませんね」
「なるほど!で・・・それだけ強かったら当時から女性に声も掛けられたのではないですか!?」
「女性から・・ですか?」
「女性からです!」
妙に力の篭もっているミズチに対してクローディアはキョトンとしている
「そう・・ですね、私の知る限りではそのような事は余りなかったかと・・。
戦場では色恋もなかったですから」
「そうですかぁ・・よかった・・」
ホッと胸をなで下ろすミズチ、それにクローディアはようやく合点がいったようだ
「アルベルトさんに想いを寄せているようですね」
「えっ!?・・ええ、最初は憧れだったのですが実際に逢ってみて凄く・・」
「ふふっ、頑張るといいですよ」
「はい!あっ、クローディアさんは恋人がいましたね♪羨ましいです!」
他意なく笑うミズチなのだがクローディアは何とも言えない顔つきになってしまう
「・・私の素性は筒抜けなのでしょうか?」
そうぼやくのも無理はない、何せ自身がクラークに想いを寄せていた事など周りは知らないとばかり思っていたのだ
良い仲になったのもほとんど知られていないと思っていた分あちこちでその話題に触れられる事に違和感を感じているらしい
「いえっ、私はツクヨ先生から軽く聞いた程度ですよ。
どんな人なのですか!?同門の兄弟子って聞いているんですが!?」
目を爛々と輝かせてそう言ってくれば断るのも申し訳ない
惚気ない程度に極力冷静さを保とうと心がけながら彼女は口を開く
「そうですね・・、あの御方はいつものんびりとして優しくて・・でもいざという時にはとても頼りになる御方です。
あの御方がいなければ私は今こうして生きていられなかったでしょうし・・、
今の自分があるのもあの御方あっての事ですよ」
極力他人行儀で言うクローディアなのだがその中にある感情は全開で駄々漏れている
「へぇ・・素敵な御方なのですねぇ」
「ええ、とても・・。あにう・・コホン、あの御方は私にとっての全てと言っていいのかもしれませんね」
「はぁ・・」
聞いてるミズチが赤面になる展開、それにクローディアは我に返り軽く咳払いをする
「さ、さぁ・・今日はもう休みましょう。明日に響いてしまいます」
「わかりました。では明日からも頑張りましょう!」
そう言い2人は寝床について灯りを消す。
暗くなった部屋には暖炉の小さな火がほのかに灯っているぐらいで快眠が訪れるかと思いきや・・

(うう・・何だか気まずいよぉ・・)

クローディアの惚気話に気まずさを感じ眠気が醒めてしまった様子のミズチ
結局彼女が眠った頃には深夜を回っていた・・



────


クルスで一夜を明かしたクローディアとミズチ
準備はすでに万全であり翌朝から移動を開始した。
極寒の地では日が昇ってから行動しなければ移動は難しいために
やや出発が遅かったものの道中は順調、異変なく2人は大森林へと足を踏み入れた

「・・すごい・・」

森林の中に入ってミズチがそう言葉を漏らす
目の前に広がるは朱と白の世界・・カムイ特有の朱色の樹木があちらこちらに聳えて行く手を阻み
音もなく、絶えず降り積もる雪は地面を白一色に染めていく
移動のしにくさは当然の事ながらもそれ以上に感じられるのが景色の美しさ
幻想的なカムイの自然の中でも特に美しく、それにミズチは心を奪われたようだ
だが・・

「・・足場が悪いですね、木々も移動の妨げになる。時間が要しますが慎重に行きますか」

その中でもクローディアは冷静そのもの、
現在自分達が置かれている状況を確認しながらゆっくりと歩を進める
極寒の秘境故に防寒対策も万全であり厚めの革製防寒コートを着込んでいる
これだけでも寒さは大幅にカットできる、その下はいつもの着物姿であり何時でも愛刀を抜ける状態
肌を刺すような寒さだろうとも彼女は全く動じてはいなかった
「こんなところで生活なんてできるのでしょうかね?」
「それは当人に聞くしかありませんが、人を寄せ付けぬ環境としては理想なのかもしれませんね」
そう言い白い絨毯の中の一点を指さす・・
そこには人の物にしては大きすぎる足跡が・・・
「クローディアさん、これって・・」
「大きさからしてベアーでしょう。足跡が消えていないところ近くにいるかもしれませんね」
「ひぇぇぇ・・」
思わず息を呑むミズチ、それもそのはず・・
ベアーは言わば東国最強の猛獣。人間を軽く越える巨体を持つ熊であり牙や爪による攻撃は正に必殺
加えてその巨体に似つかわしくない俊敏さで獲物を確実に追い込み、獰猛な性格故に一切の容赦はしない
対抗しようにも体に蓄えられた脂肪が攻撃を無効化するために中々有効打を与えられないため
遭遇した際の対処はかなり困難なものであり
冒険者達もかなり気を配っているところである
特に北島のベアーは攻撃性が強く、冒険者の間では『ノウスベアー』と呼ばれ恐れられている
「足跡はまだ新しい・・」
「じゃ、じゃあどうします!?索敵用の式神でも出しますか!?」
動揺を隠せないミズチに対しクローディアは少し考えた後に・・
「いえっ、その必要はありません。
周辺で敵意は感じられませんですし不用意に能力を使っては別の敵を呼び起こしてしまう可能性もあります」
「わ、わかりました・・。でも大丈夫ですか?いきなり樹の影からベアーがガバッてこられたら対処できませんよ」
ベアーの凶暴性を知っているミズチに取っては気が気ではない
本来戦巫女は肉弾戦を得意とはしておらず自分で対処できるとは思っていないようだ
「野生の猛獣でそこまで気配を消せる芸当なんてできませんよ。それに餌の少ないこの環境です。
私達を食らいたいのならばその気配はありありと放たれるでしょう」
「なるほど・・。じゃあ極力用心しましょう!」
そう言い周囲に目を配らせ警戒をしながら慎重に進むミズチ・・
そこに

「・・ミズチ、気をつけて。囲まれています」

不意に鋭い声を放ち愛刀に手をかけるクローディア、
それに目を丸くするミズチなのだがそんな彼女の背に黒い影が襲い掛かる
「なんの!」
普通ならば致命傷になりかねない不意打ちなのだがそこは総大将副官。
先ほどまでのあどけない表情から戦士の顔へと一瞬で豹変させ襲い掛かる影へ鋭い掌底を放つ
本来戦巫女には不得手な体術なのだが、ツクヨの元で学んだのか見事な体捌きにて奇襲者を吹き飛ばした
「・・・ノウスウルフ。潜んでいるのも含めて4,5匹ですか・・」
鋭い剣気を放ち周囲に牽制させながらも敵を確認するクローディア
ミズチもすかさず背に下げていた剣を抜き構えた
2人を囲み飛びつく機会を伺うは白毛が特徴の野生の狼、どれも目が血走っており今にも飛びかかってきそうである
「ノウスウルフ・・確か群れで狩りをする肉食の獣でしたね。」
「ええっ、ですが・・普通の獣という訳でもなさそうですね。慈悲は不要、向かってくるなら切り捨てるまでです」
その目が冷たく光り刀の鯉口を切る
それと同時にクローディア目掛け二匹のウルフが襲い掛かる、
それも一匹は身を低くし足を狙いもう一匹は首筋目掛け牙を突き立てて飛びついてくる
獣とは思えない見事なタイミングでの襲撃、しかし狙う相手が悪すぎる
隻眼の女剣士は目にも止まらぬ速さで抜刀しその刃を超低空にて走らせる
一瞬の斬撃に彼女の足を狙うウルフの口は大きく切り払われバランスを崩し雪へと埋もれる
クローディアはそれを確認する間もなく身を回転しそのまま上空へと刃を突き上げる
その先にはウルフの首があり、勢いを付けた刃が首を突き刺して致命傷を与えた
「────」
鋭い眼光は喉を貫かれた狼の顔を見つめ、何かを理解したのか無慈悲に刀を振り獣を切り捨てた
その向こうではミズチも剣を片手に奮闘をしている
俊敏な動きで襲い掛かるウルフに対し足場が悪いにもかかわらず華麗にそれを回避してすかさず反撃を行う
華奢そうな巫女が放つものとは思えないほど鋭い一撃はウルフの首を切り下ろしその命を断った
そんな彼女の周りに新たに二匹取り囲む
「ミズチ、伏せて」
「はい!」
突然のクローディアの指示に従い身を伏せるミズチ
その刹那に取り囲んだウルフの額に深々と短刀が突き刺さり小さく悲鳴を上げて倒れ込んだ
「・・とりあえずこれで全部ですか・・」
「そのようですね」
ひとまずは襲撃が去った事を確認し軽く息をつく2人
周囲はウルフの血で赤く染まっており特有の血臭が漂っている
「クローディアさん、このノウスウルフ・・」
「貴方も勘づきましたか。野生の獣にしては統率が取れすぎています。
それに殺気を消して私達に回り込んだ・・」
「獣が気配を消せるなんてよほどです。阿闍梨が関係していると考えて普通ですよ・・ね?」
「結論づけるのは早いですが、この森の獣は一味違う・・っという認識はしておいた方が良さそうですね。
血臭が漂っている事ですし、慎重かつ迅速に移動しましょう」
「わかりました!」

意気揚々と雪道を進み出す2人、血の生臭さが立ちこめるなか
銀色の森の先からは獣の遠吠えが鳴り続けるのであった

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