第三節  「異変」



小さな村とは言えども以前ならば酒場からはにぎやかな声も聞こえていたはずだが
事件の影響で辺りは静まりかえっている
唯一騒がしいのは騎士団詰め所のみ・・
呆れる村民の目も気にせず今日も楽しい一時に酔っているようだ

そんな中、質素な宿のニ階から外を見張るロカルノ・・
部屋のベットにはセシルが横になって仮眠を取っている
絶世の美女が露出の激しい服装のまま眠っていてさらにそこが二人っきり・・
しかしその女性の性格に難があるためか全然手を出そうともしない
「・・・・・、異常無し・・か。急に事態は動かないか」
窓の外の景色を注意深く見る・・、彼はそれだけではなく村全体の気配も読んでいるようだ
夜の風は心地よいくらいで事件さえなければ月明かりの中、
気持ち良く寝床につける環境だ
「・・・、クラークも起きているか・・。二人起きていることもないだろうし・・交代で見張るか」
隣の部屋で自分と同じように息を殺して気配を探っているのがわかる・・
恐らく壁越しのクラークも自分と同じ考えだと思い
それを伝えようと窓にもたれた身体を音もなく飛び降り部屋を出ようとする
しかし
「・・・う・・・んんんんんん!!!」
突然苦しみ出すセシル・・・、両手が身体を抑えて何かを必死に耐えている
「・・、おい・・大丈夫か?」
「・・・ああ・・・ああああああああ!!」
身体がガクガク震えている、顔には見る見る内に汗が噴き出てきて苦悶の表情を浮かべる
「おい・・、セシル!」
「はぁ!はぁはぁ!!!あ・・・ぐぅ・・・・・!!」
「おい・・意識はあるか!?セシル!!」
苦しむセシルの意識を確認しようとするロカルノ、
しかし彼女の身体中に妙な黒い染みが浮んでいることに気付き思わず黙ってしまう
「あ・・・ぐ・・し・・鎮まれ!!!」
苦痛に耐え、力強く叫ぶセシル・・、それと同時に奇妙な染みが消えていった
「はぁ・・・はぁ・・・・・ちくしょう・・」
滝のような汗を流し、息を切らせながらもなんとか無事そうなセシル
「・・大丈夫か・・?」
「・・・ロカルノ・・、見て・・いたの?」
「ああっ、うなされていたと思ったが・・どうやら違うようだな」
「・・・・・・放っておいて・・・」
半身起こして忌々しげにそう言うセシル
「・・・、わかった。今見たことは忘れよう」
「・・すまないわね・・・」

”お〜い、なんかセシルの荒い息が聞こえたけど・・。入っていいか?”

緊迫した空気の中、間の抜けたクラークの声が
「安心しろ、お前が思っているようなことはしていない」

ガチャ・・

「そうか、いやっ、俺もセシルに手を出すほど酔狂な奴じゃないと
思っていたけど声が声だからさ・・てっきり強か・・なんだよ?」
明るいクラークに殺気を放っているセシル
「・・・・・、なんでもないわよ。それで、状態はどうなの?」
「今の所変化はない。あったとしてもお前だけだ」
「・・・っと言いたいんだけど。村の一角の魔素が安定していない感じだぜ?」
「クラーク、わかるのか・・・・?」
「魔術云々は苦手だけどそれを気配読むのに応用するのは得意だからな。
こいつは異常だ。動けるなら行こうぜ?」
「わかった。セシル・・お前は・・」
「大丈夫よ、でなきゃこの苛立ちは収まらないわ!」
急いで起きあがり鎧を着だすセシル、しかし身体はふらついている
「・・心配だな。お前ら鎧着るのに時間かかるだろ?先行して様子見てるぜ?じゃな!」
そう言うとすでに準備万端なクラークは窓から勢い良く飛び降り漆黒の闇を進み出した
「私達も急ごう・・、セシル。大丈夫と言った限りは一切手を貸さないぞ?」
「わかっているわよ。先行ってて!!」
「・・ふっ」
用意が出来次第出発する二人、鎧を着るのもロカルノの方がはるかに重装備なのだが
彼のほうが速く準備が終わったようだった


ロカルノ達が宿から飛び出る数分前
同じ村の中でも比較的賑やかな位置にある村長宅。
何故賑やかかというと近くにドンチャン騒ぎしている騎士団詰め所があるから・・
それが返ってよかった村長の娘は比較的に安心して寝床につこうとしている
・・・、ほんと、複雑な気分ではあるだろうが・・
「・・ふぅ・・。なんなのよ・・あの人達・・」
綺麗な蒼髪を解いてベットに腰をかけている。パジャマ姿の娘はまだ幼さが残っている
「でも・・、あの事件が終わったら・・、私も・・」
うっとりしながらテーブルに置かれた手紙と宝石箱を取る
箱の中身は綺麗なダイヤの指輪・・。っということは・・
「結婚・・か。お父さんもようやく許してくれたし・・、やっと幸せに・・、あ・・あれ???」

急に頭がぐるんって回るような感覚に襲われたと思いきや急に辺りがシンっと鎮まりかえった
「??何?なんだか・・変・・?」
奇妙な感覚に襲われ、不安になり部屋を飛び出す・・。
階段を駆け下りた先にはメイドが部屋で座っていた・・のだがピクリとも動かない
「ね・・ねぇ。どうしたの?返事をしてよ?」
中年メイドは瞬きもせず本当に固まっている、気味が悪く揺すってみようとしたのだが
「!!・・何・・?人形みたいに・・固い・・」
動かないメイドに一層恐怖が沸き起こる。
そこへ

ガタン!!

急に玄関の扉が開かれる音がした
そして何かを引きずるようにズズ・・ズズ・・っと重い音が近づいてくる
「な・・何・・何なのよ・・!」
ガチガチ歯を鳴らしながら恐怖の余りメイドの影に身を潜める
引きずる音は間違いなく自分に近づいてきている
「(た・・助けて!アンディ!!)」
婚約者の名前を必死に頭の中で叫んでいるうちにそれはついに彼女のいる部屋へ・・

ガチャ・・

ゆっくりと開かれた扉・・。椅子から見えるのは大きなナメクジのような下半身のみ
「!!!!!!!」
それを見て失神してしまいそうなくらいのショックを受ける
もはや指一本も動かせない娘・・、必死で震える身体を抑え怪奇な者が去るのを待っている

ズズ・・、ズズ・・

音は娘の近くで止まり、そのまま引きずる音が途絶えた・・。
恐る恐る目を開けるとすぐそこに髪が全て蛇の奇怪な女性が・・
顔はドスぐろい緑の鱗で覆われ目は真っ赤
口からは蛇のように舌をチロチロさせ自分を睨んでいる・・
「・・き・・きゃああああああああああ!!!」
余りの恐ろしさに走って逃げる娘、蛇の怪物・・メデューサはゆっくりと娘を目で追う
対し娘は生きた心地もせず家から出ようとする

バァン!!

玄関の扉は開け放たれていて外の景色が見えているのに玄関にぶつかってしまう
「なに・・!?何なの!!」
玄関の空間にガラスでも張っているようで腕で叩いてもビクともしない・・
外では外灯のほの暗い明かりが見えるがそこに手は届くことができない
そうこうしている間にもその結果を知っているのかメデューサはゆっくりと部屋から出てきている
「た・・助けて!誰か!お願い!!!」
無駄だとわかっていても見えない壁を壊そうと必死になる娘・・
メデューサはそんな彼女を後から噛みつこうとしたその時

「そこまでだ!」

パキィィィィン・・っと高い音で何かが割れる、それと共に外から飛び出てくる短刀!!
それは見事にメデューサの目に刺さり、奇妙な絶叫とともに逃げ出した!
「ロカルノ、頼むぜ?」
外に向かって軽く声をかける男・・クラーク・・
「あ・・・ああ・・あ・・」
娘はガタガタ震えたままクラークにしがみついている
「大丈夫か?っても精神が崩壊しているってわけでもないか」
「あ・・・貴方は?」
「村娘の失踪を追っている冒険者さ。
ともかく、元凶が姿を現したから俺はそれを仕留めに行ってくる。君は静かに待っているんだ。
もう結界も解けたからみんな動けると思うぜ?」
「は・・はい・・・」
「よろしい・・、じゃあな!」
そう言うとクラークは一目散に外へ飛び出した
娘はぼ〜っとしていたがメイドの驚いた声に我に返り玄関扉を閉めてメイドの元へ走っていった



一方、村の外を走るロカルノとセシル
松明などを焚かずにひたすら闇を走っているのだが、
月明かりの中、地面に伝っている液体を頼りにメデューサを追っている
「クラークが先行して正解だったな・・、いくら素早く動こうが血が道しるべになっている」
「・・それよりも、貴方なんでそんな重たそうな鎧を着て走れるの・・?」
「鍛え方が違う、それだけだ。このままあいつの手柄だけではつまらん・・私達で仕留めるぞ?」
「了解、さっさと殺りましょ」
短く返事をするセシル。まだ顔色が優れないのだが
そのことについてはロカルノは一切触れていない
やがて二人はセシルが夜営したあの森の中に入っていく
・・・・・
血の道しるべは昼間クラーク達が倒したメデューサヘッドが現れた場所のさらに奥・・
木々で遮られていたがその先に巨大な岩が二枚寄りそうようにそびえていた
その合わせ目の中へ血は続いている
「・・どうやら、あそこが巣のようだな。さて、ここからが肝心だな。
娘達の気配はなさそうだが・・現場は保持しておきたい」
「なら・・私に任せてよ」
そう言うと腰に下げているディフェンダーを取り出す
蒼い宝石が埋められた剣身は美しく、実戦用にも関わらず優雅さを漂わせている
「業物だな・・・、騎士の代物か?」
「ハイデルベルク騎士団の五聖剣の一つ『氷狼刹』よ。
最も・・どういうからくりかはよくわかんないけどね」
そう言いながらディフェンダー『氷狼刹』を地に刺すとともに地面を氷の筋が走る!
それは岩の間に入るや否や氷は勢いよく伸び、中の空間を凍りつかした

「キシャアアアアアアア!!」

それとともに中から奇妙な絶叫が起こり、
氷の刺を身体中に突き刺されながらメデューサはでてきた
「見事なものだ・・、後は私が仕留めよう」
「そ・・そうね・・おねがい・・」
氷の一撃を放った途端顔色がさらに悪くなるセシル、
それ見て気遣ったのかどうかロカルノが一人で木々から飛び出る
「さて・・・、これも仕事だ。大人しく倒れるが良い・・」
そう言うとロカルノは乙女の装飾がされた綺麗な槍を構え冷静にメデューサを見やる・・
全くの落ちつきを見せ怪物相手に堂々をしている
「シャ・・シャアアアアア!!」
対し手負いのメデューサ、奇声を上げながら頭を振り、蛇を飛ばす!
蛇は見る見る変化してメデューサヘッドになりロカルノに向かって襲いかかるのだが・・
「・・・・、ふっ」
軽く笑って見せるとともに

ゴォ!!

凄まじい風圧とともに槍を振り飛びかかるメデューサヘッド達をバッサバッサと切り落とす・・
重戦士故に一歩も動かず相手をしているのは流石というべきか
「それで終わりか?なら・・終わりにする」
一気に突っ込んでいくロカルノ・・、メデューサはそれに合わせて目から灰色の光を放つ!
「!・・甘い・・・!」
石化の光というものはあらかじめそれを熟知しているロカルノ、
すぐさま横に飛び光を放ち隙ができたメデューサへ・・

斬!

見事頭から真っ二つにした
身体を切断されてもメデューサは奇声を上げたが
緑色の液体を撒き散らしながらやがて生き絶えたようだ
「やれやれ・・、確かに照射されると厄介なものだな」
光が走った先にあった木が石になっている。
「お・・終わったの・・?」
「ああっ、元凶はこの通りだ。まだふらついているようだな」
「放っておいて・・・」
「やれやれ、クラークには悪いが先に原因を調べるとしようか?」

「おいおい、抜け駆けか?」

ロカルノが歩き出したその時に木々の間からクラークが出てくる
「意外に遅かったな?」
「すぐ後を追ったわけじゃないんだ。血の痕探すのも一苦労なんだぜ?・・っうかもう終わった?」
「ああっ、この通りだ。後は娘達の安否・・だが・・」
「・・・、予想できるのが辛いな」
「・・ああ。では調べるとしよう。セシル、まだ気分が優れないのだったらそこで休んでいろ」
「わ・・・わかったわ・・・」
未だに汗を流すセシルに声をかけて二人は岩の中に足を進めた



岩穴の中・・、そこにはやや広いスペースがあったのだが・・
それ以上に目を張るのが恐怖の表情のまま石になっていた娘達の姿が
「全員無事か?っても無事ってわけでもないか」
「・・・・・それ以上に・・手遅れなのもある」
ロカルノが松明に火をつけて足元を照らす・・
そこには人間の足の石像だけが転がっていた
「これは・・」
「どうやら、石のまま食べていたようだ・・。
足が残っているという事は頭から丸呑み・・だな」
「うへぇ・・、でも、この子達って大丈夫なのか?石を治す方法って俺は知らないぜ?」
「その点は大丈夫だ。石化していた本体が死滅したんだ。魔力も直に収まる・・。
言ってるうちに変化がでてきているしな。
クラーク、彼女達にこの足が見えないようにしておけ
・・足も『元に戻る』のだからな・・」
「わかった・・。」
それから間もなく女性達は石から元に戻り泣き叫んだ・・。
どうやら石化されている間も感覚は生きており
同じ娘が食われるところを目の前で見らざるをえない状況だったようだ
ガチガチ震える女性達をクラークに任せロカルノは気分が悪かったセシルの様子を見に行く

女性の安堵の声とまだ泣いている声が入り混じる中
セシルは茂みに埋もれるようにうなだれている・・
「あ・・う・・」
「大丈夫か?事件は無事終わったぞ?」
「そ・・・う・・・ああっ!ぐ・・」
かろうじて返事ができる程度のセシル・・、尋常ではない苦しみようにロカルノが不審に思う
「・・、どうやら・・ただ事ではないようだな」
「・・・・放って・・おいて・・・よ!・・・あ・・・ああ・・・」
気丈に振舞うが言った後に力なく気絶した
「どうやら、こちらの方が深刻そうだな」
気絶したセシルをロカルノは担ぎ、そのまま村へと向かった


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