第九節  「報復へとカウント」


「随分とやられたものだね・・」

大急ぎで屋敷へと戻ったソシエ一行、その頃には怪我人の治療も大方終わっており
ロカルノとアミルが現場の検証を行っていた
そんなわけで一行は散らかっていない一室に集合して情報交換を行っている
屋敷内は酷く散らかっている箇所も多く日頃メイド達が行ってきた努力が水の泡となっている
「・・メイド達の中で死亡者、誘拐者はおりません。多少深手の者はおりましたが命に別状はないかと・・」
ソシエの隣でウィンクが静かに報告
しかし冷静そのものの彼女の瞳にも鋭い光が放たれている
彼女もソシエに仕える者、ただ冷静なだけというわけでもない
「毒ガスを撒かれたわりにはよくもったもんだね」
軽くため息を漏らす。
あの後ロカルノは床などに付着していた粉末を採取してそれを手早く鑑定したのだ
結果、それが神経系を麻痺する毒物だという事が判明
それによりロカルノはソシエの帰りを待たずしてアゼフに次の命令を下した
・・アゼフも手負いなだけに実際に動くのは彼の部下であるメイということになるのだが、
指示をする立場上ここで傷の治りを待つわけにもいかないのである
まぁそれがドジが長所(?)の猫娘メイならなおさらのことであり・・
「それでぇ・・、海賊が襲撃してくる前にガスをまかれたわけ・・こんな丘のてっぺんにある屋敷の内部に・・」
腕を組みながら不機嫌さをあらわにするセシル
その考えの答えは全員一致している
「だからこそアゼフに動いてもらった。・・・連中、図に乗りすぎたようだな・・」
「やれやれ、手負いに鞭打つことは私としても余り勧めたくないんだがねぇ・・」
「彼はあの程度の傷で任務を中断することはありませんよ、ソシエさん」
「わかっているよ、あんたほどの男だ。それを理解しているからこそ頼んだんだろう?」
ニタリと笑うソシエにロカルノも少し微笑み頭を掻いた
「それでぇ!!船もシーラも奪われてこれからどうするの!?」
「落ち着きな、セシル。こういう時こそドンと構えるのが大事だ
・・あの人もそう言っていただろう?」
「・・私はパパみたいに立派にはなれないわよ・・」
亡き父の面影を思い出しセシルは急に位置消沈する
そんな彼女にロカルノは頭を鷲つかみにしてクシャクシャにしながら
「安心しろ、アゼフが幹部らしき人物に発信機能を持つ特殊な道具を取り付けている。ここの体裁が整い次第いつでも動ける」
「・・ロカルノォ・・」
「まぁおおよその事はわかるがな・・」
「あの島・・ですね・・」
目を閉じながらウィンクが軽く言う・・
「ああっ、もしくはその近辺・・だな」
「なら!今すぐ行かないと!」
「人質の身が保障されているとはいえこんな事をしでかす連中だ。
下手に動けば何をするかわからん・・彼女の身を案じるならばそれなりの準備が必要さ」
「そういうこと。それに魔導ブースターの死水層入れ替えが明日までかかりそうだからね。
袋小路に叩き込むには必要な準備さ
・・明日になったら・・決めるよ」
ゆっくりとそう言い渡すソシエ、その言葉には万人を戦慄させる何かが込められていた

・・・・・・・・

それから日が暮れても屋敷はドタバタが続いていた
どんな状況でも整理整頓を徹底させる・・
それがメイド長ウィンクの信条でありそれはこの緊急事態でも変わることはない
そんなわけで襲撃の後始末を行っているのだ
これによりメイドに負担がかかるのは明白なことなのだが
そうした場合はウィンクが人一倍働いてくれるので誰も文句を言わない
そこらが教育の賜物でもあり人徳でもある
急な事態ということもありメイドを含め大半の人間は眠りにつくことができない事もあり
作業は指示の声がかけられる以外は誰もしゃべらず重い空気が漂っていた

・・・・・・

「にしても・・すごい屋敷だな・・」
すでに深夜を回っているのに寝付けないウィッグ、
本来なら今頃最寄りの港町で財宝を自慢しながら酒を飲んでいたのだが・・、
協力者としてこの大豪邸の中、居間にて出された最高級の葡萄酒を飲んでいた
場違いな感じがただより思わず礼儀正しく座ってしまいそれが返って滑稽に見えてしまう
「・・・美味い酒だけど・・俺が好む空気じゃねぇや・・」
広い居間に一人ぼっち、優雅といえば優雅だが彼は絶えず違和感が胸に溢れている模様
そこに

”一人でお酒?・・私も混ぜてよ”

ため息をついていた時に寝巻き姿のセシルがふらっと入ってき
彼の真正面の席に座る
「・・おおっ、あんたも寝付けないのか?」
「まぁそんなところねぇ。それにメイドの皆ががんばっている中眠るのも申し訳ないような気がして・・ね」
壁についた血などのふき取り作業は深夜になってもまだ続いている
それは後回しにすれば言いのだがそこにいるメイドであり戦士の獣人達は
血の穢れを今日で清算し明日全てを終わらすつもりでいるつもりのようだ
「俺も同感・・っても、部下達は眠りこけているんだけどな・・
上等なふかふかベットなんて体験したこともないだろうから・・無理はないか」
「ロカルノもさっさと寝ているし・・良く寝れるものねぇ」
「あんたの相方は頭がきれているからな。
そこらの状況も全て承知で・・ってことじゃないのかい?」
「まぁね・・、私の男ながら大したもんよ!」
ここぞとばかり自分の所有物と主張するセシル、だがその対象が男一人というのも寂しいもの・・
「ううむ・・どちらかと言えばあんたがロカルノの言いなりになっているって感じがするんだが・・」
「ああっ?首折るわよ?」
キラリと光るセシル・アイ(殺意風味)
「いんや!冗談!冗談です!」
ソシエの娘というだけでセシルは彼らからすでに特別視されている
・・まぁそれは極めて賢明な判断なのだが・・
「やれやれ・・でもシーラ・・無事かしら・・」
「・・ああっ、話にあった島の生き残りか・・」
「うん、ここの船奪ったとしても距離的にまだ問題の島までたどり着いていないと思うし・・
そうなると道中酷いことに・・」
「・・・・、連中の目的が果たされるまで命の保障はされている。
その後も・・おそらくは大丈夫だろうな」
「ええっ?」
「宝の鍵としての価値がなくなっても、俺達の動きを封じる人質としての価値はあるってことだ
・・あの男は躊躇なくそれをやるだろう・・」
「ハラワタ煮えくり返るわね、八つ裂きにして上げようかしらねぇ・・(ゴキゴキ)」
「同感だ。今日はどこかの海上で停泊して明日にでもその島へと向かうんだろう
どうあれ・・俺も手伝わせてもらうぜ」
「まぁ戦闘じゃ役に立たないと思うけどねぇ・・」
「んがっ・・はっきり言うね・・」
「私達と対等ならママに勝てないにせよ逃げることはできるでしょうしねぇ」
「うるせぇ・・あんなバケモノみたいな推力持っている船に勝てるかよ!・・っと・・」
ふとウィッグの視線が壁にかけられている肖像画へと向かう
そこには綺麗に纏められた金髪の騎士、蒼い鎧を身に纏いその目つきは使命感に満ちている
俗にいう美男子の部類にはいるほどだがそれでもその姿は芯が通った逞しい騎士のそれだ
「ク・・クレイゼン=ブランシュタインじゃないか!」
「・・何?海賊が何で騎士のこと知っているの?」
「何も蟹もあるか!俺は子供の頃から『蒼い狼』クレイゼンの大ファンだったんだ!
すげぇ〜!!!こんな立派な肖像画があったんだぁ〜!!!」
子供のように肖像画に近寄り、目を輝かせながら食い入るように見つめるウィッグ
「・・変わり者ね・・」
「そんなことあるか!お・・この肖像画、いい油絵の具を使っている・・だからこんな味がある物が作れるのか・・
いいなぁ・・・こりゃ家宝モンだぜ」
「・・・そんなにいいものなのかしら?パパの肖像画って・・・」
何気ないセシルの言葉
しかしそれにウィッグは凍りつく

「・・・・・・あ・・・あ・・」

「どしたの?」
瓶ごと葡萄酒を飲んでいるセシルにウィッグは信じられない様子で・・
「クレイゼンさんって・・あんたの・・親か?」
「ええ」
「じゃあ・・あのアイアンローズと・・蒼い狼が・・夫婦ぅぅぅぅぅ!!!!!?」
「そうよ?知らなかったの?」
「知っているわけないだろう!!!!そうだったんだぁぁぁ!」
目をきらきら輝かすウィッグ・・どこかしら少し危ない空気を出している
「ふぅん・・まぁママもローズって名乗っているわけだし・・知らないのが普通なのかな・・」
「な・・なぁ!」
「何?鼻息荒くして?」
「サインくれ!」
ガクっとずっこけるセシルだがウィッグの目は真剣そのもの
「あ・・あんたねぇ・・クレイゼンの娘ってサインが欲しいわけ?」
「クレイゼンさんに関わる物なら何でも欲しいっていうかなんていうか・・」
「そういうのってキリがないわよ。ロカルノも仮面なら何でも集めているんだしねぇ
あげくの果てには『ひょっとこ』って東国のヘンテコなのがお気に入りになる始末・・(オヨヨ・・)」
「・・・・・、やっぱあれって趣味だったのか・・」
「身だしなみ・・だそうよ。
まぁクレイゼングッズは今回の作戦がうまく言ったらママからもらえるんじゃないの?
ああ見えてママってパパの物は大切に保管しているんだし」
「そうかぁ!うし!俄然やる気が出てきた!」
目をさらにきらきら輝かせているウィッグ
対しセシルは冷め切っているようだが・・
「にしても、肖像画についてえらく詳しいじゃない。沈没しかけの貴方の船からママの船に物品移動するにも
やたらと保管方法がどうのとか言っていたし」
「・・・ああっ、実は俺・・本当は商人になりたかったんだよ・・」
「ほぇ・・」
「昔は海賊だなんて事はあまり興味がないし血なまぐさいことは好かなかったんだ。
ただ親父が持ってきた財宝とかに心が躍ってそれに対する知識を覚えていったうちに・・な」
「そんじゃなんで海賊になったの?」
「そりゃ・・親父が死んで海賊団が分裂した時に少数派で行き場をなくしたあいつらを救うため・・かな
親父の復讐もかねていたけど、海に出て冒険をすれば丘にいた頃とはまた違う気持ちになってきてな
・・・この稼業から足を洗えなくなっちまったってわけさ」
「なるほどねぇ・・商人志望が海賊に・・」
「俺も親父の息子だったってわけさ。財宝というものに血が騒いでしまう・・馬鹿な男ってやつ」
「まっ、夢があるのは悪いことじゃないんじゃない?」
「あんたも話がわかるねぇ・・」
「まっ、こちとら落ちぶれた騎士だけどねぇ・・」
耳をほじくりながら葡萄酒を飲み干すセシル
その姿からして”落ちぶれ騎士”にはぴったりなのだが・・
「なんでだよ!?あのブランシュタイン家出身なんだろ?ハイデルベルク騎士団の中核にもなれるぜ!?」
「パパは私が小さい頃に死んじゃったからね。
そっからはブランシュタイン家とは絶縁状態。だからローズの性になったってわけよ」
「・・そうなんだ・・」
「まぁあの家は元々貴族としての意識が強い人が多かったらしいからねぇ。
一族を代表する騎士とどこの馬の骨かわからない女との結婚も随分と反対されたらしいし
もしパパみたいな騎士じゃなかったらその場で縁切りになっていたみたいね」
「なるほどな・・そうした根性が俺はキライだな・・」
「私もよ♪まっ、セシル=ブランシュタインよりもセシル=ローズのほうがしっくりくるしねぇ・・」
「そうかもな!・・って・・セシル=ローズ・・?何か聞いたことあるな」
「ふふふ〜、今でこそ冒険者やっているけど昔はハイデルベルク騎士団に『金獅子』ありって言われたもんよ?」
何気ないセシルの一言にまたもやウィッグが固まる
「・・まさか・・あの麗騎士として有名だったあの金獅子があんただったのか!!?」
「何もそんなに驚かなくても・・
ってかそんなことまで知っていたのね」
「当たり前だ!俺・・将来金獅子みたいな嫁さんが欲しいって思ったんだよ!」
「うふふ〜♪私みたいにぃ?照れるわねぇ♪でも私にはロカルノがいるから残念〜♪」
うふん♪っとセクシィポーズを取るセシルに対してウィッグは複雑そうな顔をしながら
「・・いや、あんたじゃなくて世間一般に流れている『金獅子』にほれてたんだ
・・寧ろそれが偽りと知って泣きたいよ」
っと呟く・・
「失礼な!」
「ってかあんたのどこがおしとやかなんだよ・・」
心底がっかりしているウィッグ、そこまで落ち込まんでもって感じでグラスに注がれた葡萄酒を飲み干す
「明日の前哨戦にあんた血祭りにしよっかなぁ〜(ゴキゴキ)」
「事実を述べただけだよ!」
「ふん・・それよりも・・ちょっとお願いがあるの」
「・・あん?」
「明日の事よ、戦闘に参加しなくていいからやってほしいことがあるの」
「・・・・いいぜ?」
真剣な顔つきのセシルにウィッグも表情を引き締めて話を聞く
何時の間にか、メイド達の作業は終わりを告げていた・・・


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