第八節  「風を切る翼」


ポチの慌てた言葉に一同途端に緊張が走る!
「ちっ!この私の裏をかくとはやるじゃないかぁ!!」
「通信班、他船との交信し現在位置を報告してください」
我が城が襲撃を受けているのにウィンクは冷静そのもの
彼女が動揺を覚えたら部下全員に影響しかねないのだ
「通信は今完了しました!ウィッグ船を発見しその連絡を受けたので全船この近海に待機しています!」
「総員乗船を、急いで屋敷に戻ります」
「だけど・・そのままじゃ間に合わないんじゃ・・」
裏を突かれたことにセシルも顔を曇らせている
「海ならばな・・、アミル!!!」
ウィンクと同じくロカルノも冷静そのもの
腕を鳴らしながらアミルを呼ぶ
「ま・・まさか・・」
「一足先に行かせてもらおう」
「だけど!アミルは船酔いがひど・・」「お待たせ・・しました・・」
ふら〜っと甲板に出てくるアミル、よれよれながらも何とか歩けるようだ
「無理な戦闘はしなくていい。屋敷まで全速飛行だ・・やれるな」
「もちろんです(二コリ)」
ゲソっとしながらも笑うアミル、それとともに

カッ!

その身を閃光に包ませ、その姿を黒き飛竜へと変える
突如甲板に現れた翼を持つ竜にウィッグ達はおろか獣人達まで驚いている
「・・毎度のことながらどういう原理なのかしら・・」
「つまらん事は後回しだ。ではっ、ソシエさん・・」
「ああっ、あの子達を任せるよ・・」
こうなっては流石のソシエもロカルノに任せるしかない
「私も行くわ!」
「ダメだ、全速飛行を行うといっただろう・・お前じゃ引き剥がされる」
「え・・・」
「いけるな、アミル」
『いつでもどうぞ、手綱はありませんのでロカルノさんもお気をつけて』
そう言うと身を屈めロカルノを背に乗せるアミル
「ふっ、甘く見るな・・」
『了解です・・ではっ・・行きます!』
そう言うと竜は翼を広げて勢い良く呼びあがる!
その衝撃で船は大きく揺れるがアミルは気にすることはない様子
「・・アミルらしくない離陸ね・・」
セシルが呟いた途端に、アミルは巨体を捻り屋敷の方向に向いたかと思うと
その身に虹色の立体魔方陣を展開させ
『加速!』

轟!

猛烈な勢いでの飛行を開始した
「・・あれは、よほど気をつけないと落下してしまうねぇ」
疾風の如く飛び去る飛竜にソシエを顎をさすって驚く
「アミルさん本人はともかく、ロカルノさんに掛かる衝撃は凄まじいはずです。」
「・・大丈夫よ、ロカルノはタフだもの」
ウィンクの心配にセシルは軽く笑いとばす
「まぁそれはいいとしよう!ウィッグ、貴重品持ってこっちに乗りな!私達も急いで屋敷に戻るよ!」
ソシエの叫びとともに突如現れた飛竜に唖然としていた面々は我に返り
大急ぎで作業に取り掛かっていった

・・・・・

『大丈夫・・ですか・・?ロカルノさん・・』
大海原を疾駆するアミル、一直線に屋敷に向かっているために念波での会話を始める
ここいらは航路としてはあまり活用されていないために周辺を気遣う必要はない
「・・ふっ、慣れているさ・・」
竜の首に腕をかけながら極力身を屈めている
それでなくても猛烈な爆風が彼の身体にぶつかっているのだ
『わかりました・・もう少しで到着しますので・・』
「わかった。屋敷の間近になれば減速してくれ、頃合を見計らって飛び降りる」
『はい・・』
「それと・・」
『??』
不意にロカルノが硬い竜鱗に触れると神経を集中してほのかな光を作り出す
『ロッ・・ロカルノさん・・』
「緊急事態だが無理はするな・・、微量もいいところだがサポートはしてやる」
『はい・・』
竜の巨体にとって人が放つ治癒光など足しにもならないのだが
彼の心配りが彼女の不調を癒す力となっていく
「だが・・少し妙だな・・」
『妙・・ですか?』
「ああっ、貴族の別荘であるウィンヒルはそれなりに海賊に対する警戒はされているはず
加えてソシエさんの屋敷は丘の頂上付近だ
ドッグエリアがあるにしてもそうそう近寄れるはずはない・・」
『そうですね。・・貴族の別荘地である以上海面に不審船が現れたら何らかの動きはあるはずですし・・』
「・・臭うな・・、急いでくれ」
『はい・・』
ロカルノの注文に素直に従うアミル
さらなる加速をして水平線にかすかに見える陸地に向かって飛翔していった

・・・

アミルとメルフィを比べたらダントツでメルフィの方が飛行能力に優れているのだが
アミルはアミルなりに効率よく段階的に加速魔法を発動させており高速飛行でも非常に安定している
そのために寧ろメルフィに乗ることは無謀に近くなっているのだが・・
そんなわけで段階的に加速をしつつ竜翼は風を切りながらもついには眼下にソシエの屋敷が見えてきた
だが不思議なことにソシエの屋敷のみ煙が吹き出ており
少し距離を置いた貴族の別荘には何の変化もない
さらには海岸線も異常はなくこれだけ見たのならば屋敷でボヤ騒ぎがあった程度かと勘違いしてしまうほどだ
「・・・どうやら、ある程度の読みが当たったか・・。
アミル、減速しながら旋回・・、畑に再接近してくれ・・そこで飛び降りる」
『わかりました・・』
「私が屋敷に向かっている間に一通り周辺の海の様子を確認してくれ。
ただし敵と遭遇してもむやみに攻撃するな・・
その身体だ、おまけに人質でも取られている可能性もある」
『はい・・では・・』
グン!っと翼を広げ減速しながら華麗に旋回するアミル
まだかなりの速さなのだが畑に接近させる
「よし!任せたぞ!」
そう言うとロカルノは仮面に手を抑えながら飛び降りる、相当な慣れがなければ到底出来ない行動
それでも彼は楽々とそれをこなし耕した柔らかい土の上に着地した
「保険が効いていればいいのだが・・」
そう言うとロカルノは槍を握りしめ屋敷へと突入していった

・・・・・・

屋敷の中は静寂そのもの・・
だが戦闘があったのか大廊下の壁には血がついておりそれがまだ真新しいものだとすぐに気付く
今いる地点はそれほど荒らされてはいないのだが通路の先が妙にコゲ臭い
「ちっ・・」
小さく唸るロカルノ、周辺を確認しつつ煙が立ち昇っていた地点へと向かおうとした
・・が、その時

ジャキ!

不意に廊下の隅から武装したメイドがレイピアを構えて飛び出る
「ぬっ・・、無事だった・・か」
「「ロカルノ様・・」」
ロカルノの姿にメイド達も急に力が抜けたようにヘたれこむ
よくみれば所々ケガを負っているようだ
「他の面々は無事か?」
力が抜けたメイド達により声をかける、腕などに切り傷を負っているが手当ては済んでいるようだ
「はい・・重傷者もおりますがアゼフ様とハイデルベルク騎士団の援軍によりなんとか撃退できました・・」
「・・ふっ、保険は機能したようだな・・」
「貴方様の動きだったのですか・・」
「念を押していたのだ。それで、状況は?」
”残念ですが・・シーラ様が連れ去られました・・”
ふらっと姿を現すアゼフ、見れば血で染まっている脇腹を抑えており手に持つロングソードの刃には血が滴っている
「アゼフ」
「私が異変に気づき突入した時にはすでに敵とここの方々と交戦状態に入ってました。
相手は屋敷に火をつけ全員殺すつもりだったようです」
「・・ふむ・・」
「私としてはシーラ様の元に行き彼女の護衛を優先すべきでしたが乱戦でしたのでそこに辿りつくまで時間がかかってしまい
彼女の部屋に向かった時にはすでに・・」
珍しく苦い顔をするアゼフ
その姿にロカルノは・・
「いやっ、お前の判断は間違ってはいない。奴らのほうが一枚上手と言ったところだ」
「申し訳ありません。屋敷の鎮火と獣人の援護にまわっていました。
連中も無理してでも屋敷を焼き払おうとはせずにシーラ様の誘拐を最優先しすぐに退散していきました」
「・・引き処を心得ているな・・」
「ええっ、そしえ地下ドックに余っていたここの戦闘船を奪われました。」
「・・・やれやれ・・面倒だな・・」
「ですが何とか幹部らしき人物の身体に小型の発信能力を持つ鉱石をつけておきました。
特殊な波動を起こすモノです・・向こうに気づかれずに居場所がわかるでしょう」
「・・上出来だ。ともかく死者がでなかったのは幸いだ。・・ソシエさんにもまだ合わす顔があるというもの・・」
「ですが・・」
アゼフの報告に口を挟むメイド達・・
「何だ?」
「少し変なのです。ソシエ様やウィンク様が不在とはいえ我々は周辺を警戒し、シーラさんを死守する心つもりでいました
ですが・・全員急に頭がフラフラして・・」
「・・・・」
「それに、周辺状況も異常ですね。海賊の数からして数隻で襲ってきたはず。貴族達はそれなのに慌てることがありません
加えて煙が出ているのに今でも無反応です」
「それについてはおおよその見解はついている。・・とにかく、負傷者の手当てをしよう
・・ソシエさん達が帰ってきたら・・巻き返すぞ」
苦汁を舐めさせられたまま終わるロカルノではない
仮面の中の緋色の瞳は静かに燃え始めていた・・

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