第三節  「傷を持つ少女」


ローズ親子の壮絶な親子喧嘩が開戦されたのだが
ロカルノとアミルは遠慮なく問題の少女との面会に向かう
ただ、思った以上にセシルが健闘しているためにメイドにも被害が被りかねないと危惧したウィンクが
案内を中断して交代にこの館に勤めているウサミミとポチを案内役として指示をした

「はうぅ・・セシル様、大丈夫でしょうかぁ・・・」
「だ・・大丈夫ですよねぇ、ロカルノ様ぁ」

案内しながらも後ろの方向を気にするウサミミとポチ、年齢的に主であるソシエを心配するのが普通なのだが
ソシエの力を知っているだけにその矛先は完全にセシル
彼女達はその戦いの模様は知らないのだが超高性能万能メイド長でもあるウィンクが仲裁に入ることになっている自体
異例なことであるのでかなり不安そうである
「回復薬はたんまり持ってきている。死にはしないだろう」
「「死には・・」」
「首が180度回っているぐらいは起こりそうだが・・」
「・・ロカルノさん、それ、普通に死にます・・」
「ふっ、そんなことよりも問題の少女の様子はどうなんだ?」
首が180度回っているセシルを「そんなこと」で済ませるロカルノ
堂々な態度もここまでくれば超一流・・・
「それが・・私達が話しても何も答えてくれないんです。いつも部屋の隅で怯えていて・・」
顔を曇らせるウサミミ、同じように珍しい種でもある兎人の彼女がその少女の世話をすることに
ウィンクから言われたのだが顔色からしてそれもうまくいっていないようだ
「・・・まぁ、若くして体験をするには酷だろうからな」
「ロカルノ様、何か良い案ありますか?」
「さて・・な。心の傷というものは体の傷とは違って治りが遅いものだと良く言われる。
こうした事は他人がどうこうできる事でもないようだ」
「そうですかぁ・・」
「まぁ、少しずつでも話しかければ効果も期待できるだろう・・声をかけるのを忘れないようにな」
ロカルノのその一言にメイド二人の表情は少し明るくなり
「「はい!」」
っと元気良く答えた
「しかし・・島が突然現れた・・か。高位飛竜族の里もそうだったな」
「そうですね。幻術の一種でそうさせるのは可能です・・が、集落や島を隠すとなったら相応の技術が必要になります
・・その原住民には何か特殊な資質があると見たほうがいいですね」
ロカルノの隣でアミルが説明をする
こうしてみるとやはりセシルよりもアミルのほうが彼のパートナーとしてうまく勤めている気がしてならない
「まぁ・・それだけの範囲を視界に入らせない事自体、人間にはできない芸当だ。」
それだけに悪用されてはとんでもないことになる
それは言わずとも全員わかっているようで、その後は誰もしゃべらずに
問題の少女が入る部屋へと案内された

・・・・

「ここです」
短くポチが言い、馬鹿でかい屋敷の中でも最奥と言って良いほど奥ばった突き当たりの部屋の前へ案内した
「・・・・、なるほど。この位置だとそう簡単には逃げ出せないか」
最も、気が狂いそうなほどの規模を持つ屋敷なだけに始めてきた人に出口がわかるはずもないのだが
「あまり人が多いと怖がりますので、私とポチはここでお待ちしています」
「わかった。ではアミル・・行くぞ」
「はい・・」
緊張した面持ちでゆっくりと扉を開く
待っていると言った二人も心配そうな視線で彼らの姿を追った
「・・失礼する・・」
部屋の中は至って質素、客人用のために造られたようで宿の一室とほぼ同じ
ベットと小さな机がある程度は後は広いスペースとなっている壁には大きな出窓となっている
パッと見で掃除が良く行き届いており清潔感に溢れている
そしてその部屋の住人はベットにも座らず部屋の墨に小さくうずくまっていた
「・・・・」
空ろな目の兎人女性、碧色の流髪が綺麗にととのっており着ている物はここのメイド達の私服なのか
白いワンピースと黒いロングスカートをはいている
「・・・・・、隣、いいかな?」
アミルはこうした事は苦手と見てロカルノが静かに女性に問いかける
「!!あ・・・ああっ!!」
しかし、女性はロカルノを見るなり顔面蒼白になり逃げ出そうとする
「・・落ち着くんだ」
「あああ・・・いやぁ!!」
逃げる女性の腕を掴むロカルノ、それに対し女性は咄嗟に彼の顔を平手をかます!

パァン!

彼ほどの戦士ならば目を瞑ってでも避けられる攻撃だったが、微動だもせずそれを受け止める
横からの強い衝撃にいつもつけている仮面は吹き飛び乾いた音を立てて床に落ちた
「あ・・・ああ・・」
「私は君に危害を加えるつもりはない・・信じて欲しい」
いつもは仮面に隠れているロカルノの緋眼、それが優しさを灯し彼女を見つめている
・・セシルに対しても見せたことがない穏やかな表情・・
それに女性の顔のこわばりは幾分かは緩まった感じがした
「す・・すみま・・せん・・、私・・人が・・・」
「構わない。こうした事ではよくあるショック症状だ・・・少しは落ち着いたか?」
「はい・・」
「よし・・」
そう言うと掴んでいた手を離す、彼女も確かに落ち着きを取り戻したようで
もう暴れようとはしない
「辛い体験をした事は聞いている。
だが・・残念だが君の命はまだ狙われている」
「!!」
「ロカルノさん!」
「・・いずれわかることだ。そして今の君にはそれを受け止め前に進む意志が必要だ
・・ショックが大きいが言わせて貰った」
「・・・・」
「私やこの屋敷の人間は・・君の力になるためにいる。君を自由にするために協力しよう」
「・・私・・」
ゆっくりとロカルノを見つめる女性、恐怖に染まったその瞳の中にわずかに違う物があるのを
ロカルノは見逃さなかった
「今はまだ動かなくていい。ゆっくりと身体を休み現状と向き合ってくれ
それから・・君の身に起こった事を話してくれたらいい」
「・・ありがとうございます・・」
「・・・ふっ、構わないさ。私はロカルノ、こちらがアミルだ。・・君は?」
「シーラ、っと言います」
少女シーラがゆっくりと言う。・・どうやら彼には心を許したようだ
「・・良い名前だ。とりあえずは身の回りの世話は外にいるウサミミとポチがやってくれる
不便なことがあれば何なりと言ってくれればいい」
「はい・・わかり・・ました・・」
「・・よし、ではっ、私達は一旦席を外そう」
仮面をとりながら立ち上がるロカルノ
するとシーラはそれを引き止めるように声を上げる
「あ・・あの!」
「んっ?」
「信じても・・いいんですよね・・?」
「もちろんだ。私が嘘をついたとならば、この命を君にあげてもいいさ」
静かに言いながら仮面を装着するロカルノ、その堂々とした物言いは
いかにも頼りがいがあり彼女は少し微笑みつつ無言で頷いた

・・・・・・

それよりロカルノとアミルはシーラの相手をメイド二人に任せて
ソシエの元へと向かっていた
ロカルノの説明によりシーラもウサミミとポチに少しずつだが話をするようになり
二人も必死になりながら何とか彼女と仲良くなろうとしていたとか
「・・ロカルノさん、頬がはれていますよ?」
だだっ広い廊下をゆっくりと歩くアミルとロカルノ
一度通った程度では絶対に迷ってしまうものだがそこはロカルノ、すでに屋敷の構造は完全に頭に入っているようだ
「ふっ、蚊が刺した程度だ。・・あいつの一撃に比べたらな」
「・・あいつって・・セシルさんは平手なんか・・・しませんよね?」
「そんな女らしさがあったら苦労はしない」
「・・そ・・そうですか・・」
「それにしても・・命を狙われる訳ありの少女・・か。キルケを思い出すな」
今来た廊下を振り返りながら軽く呟く
「えっ・・キルケさんもそんな経験があったのですか?」
「もう随分前にはなるがな。キルケは異端審問会という物好きな連中に犯罪者扱いにされていたんだ
さらにはその命を狙う者がいてそこを私達で救出した・・っというわけさ」
「・・・そんなことが・・」
「人に歴史あり・・っとでも言うか。だからシーラも今のキルケみたいに明るくなるさ」
「そうですね、きっとキルケさんみたいに明るくなります」

・・まぁ彼女みたいに少し違った道を歩くようにはなってほしくないのだが・・

そうロカルノは心の中でちょっと呟いた
「ふっ、ならばその障害となる者を駆除しなければな」
「・・どうするのです?」
「詳しい状況を聞かないうちに問題の島に行っても得るものは少ないだろう。
まずはシーラが自分からあの島で起こった出来事の詳細を言い出すのを待つしかない。
それからだ」
「・・わかりました。」
「それと、今回の相手は人間になるが遠慮はしなくてもいい。
所詮は人の道を外した外道に他ならないのだからな・・」
「その判断はロカルノさんにお任せしますよ」
「・・ふっ」
にこやかに笑うアミル、飛竜時のパートナーとしてロカルノの事を心底信頼しているようだ
・・このことを知ったらセシルは不機嫌もいいところになってしまうだろうが・・
「まぁ、しばらくは進展はないだろう。その間に私はウィンクさんとともに海賊の情報を仕入れる
アミルは・・あの親子喧嘩に巻き込まれないようにしてくれたらいい・・」
「は・・はい・・」
広大な敷地の割には耳を澄ませば聞こえる打撃音・・
それにアミルは一抹の不安をかかえるのであった


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