第七節  「業火は剛火の刃へ・・」


地方の町プラハ
他の町に比べて治安がいいという事以外はとりわけ珍しくもない町だった・・が
今この町の表通りにある一つの鍛冶屋が話題となっている
平均として扱いやすい一品を心がけ誰でも合った代物を造ってくれるということで
余所の騎士団からも注文がくるほどの盛況ぶりなのだ
しかしそれを造っているのは犬人の少年一人・・、それゆえに入荷待ちが相次いでいる。
本来ならば待ちきれず他の鍛冶匠に移るのだが
その評判の良さと手にした時の期待の裏切らなさの影響でキャンセルはほぼゼロの状態である
店の名前は『HOLY ORDERS』・・、それは小さな店だった・・


カランカラン・・

表通りに面している入り口の扉が音を立てて開きクラークとロカルノは店内に入った
「いらっしゃい〜、あっ、クラークさんにロカルノさん!」
カウンターにて長く伸ばした黒髪の女性が笑顔で声をかける・・。
鍛冶屋なんてイカツイ商売をする店には
似合わないくらいの美貌を持ち落ちついた町娘の格好をしている。
やや気が強そうな顔つきだがそれも笑顔でいっそう可愛らしくなっている。
黒い長スカートと白いシャツというこざっぱりとした服装だが
変に着飾るよりも彼女には合っているようだ
「よう、繁盛しているな。シャン」
気軽にクラークが声をかける・・、女性の名はシャン。
店の主の良きパートナーでこの店の会計云々の切り盛りをしているのだ
「はい、おかげさまで。忙しくってリュートもバテ気味ですよ♪」
にこやかに話すシャン・・
「確かに店ができた時に比べて商品が増えたな」
小さなカウンターの周りには棚が置かれており
一通りの剣、鎧、兜、篭手なのが簡単に置かれてある。
どれもオーソドックスな物だがすっきりとした鉄製の外見で飾りなどはない
「あっ、これはディスプレイ用です。実際は注文を受けてから作って届けることにしたんですよ
希望とあれば飾り細工をしたりもできますよ」
「へ〜、じゃあここに置くだけじゃおっつかないくらいの依頼なんだ」
「ええっ・・この壁にかけているのが全部です」
シャンがカウンター後の壁にところ狭しとかけてある伝票
・・その一つ一つが武器や防具の依頼書のようだ
「・・大盛況だな・・。だったらこの店建てた時にもう少し大きくしておけばよかったか?」
「いえっ、このくらいがちょうどいいですよ♪
ともかく中にどうぞ、もう月間の受注量を超えちゃったんで
お客さんが来ても断るしかなかったんですよ」
「そうか。じゃあ主人の顔も見ようかな?」
少し笑って中に入るロカルノとクラーク・・、シャンも快く工房へと案内した

・・・・・・

カウンターに対して大きすぎるくらいの工房、中にはテーブルやらの休憩空間も儲けており
ここで篭って作業することも十分可能な設備。
一階のほとんどを工房に使ったようだ
そしてその奥で広いテーブルに乗せられた剣や篭手なのに札をつけている犬人の少年・・
オーバーオールの分厚い生地の服をきて頭には少し汚れが目立つタオルを捲いている
「リュート、クラークさんとロカルノさんが来たよ!」
店主・・リュートに対しシャンは声をかける・・、
リュートは犬耳をピクンっと上げたかと思うと嬉しそうに振りかえる
「あっ!クラークさんにロカルノさん!ご無沙汰してます!!」
顔に煤をつけているが本人は全く気にしていない、栗毛の髪をタオルで括りいかにも作業中だ
「よう、忙しい中悪いな!」
「いいですよ、この名札さえ張り終わったら今月の出荷物は終わりですし」
「ほう、繁盛している割にはきちんと量は管理しているな」
「力仕事ですからね、僕が無理せずできる量を地道にやっていくしかないですよ」
「それもそうか。しかしどうだ?・・住み心地は?注文があるなら増築もするぜ♪」
流石は自分が手がけた建築物だけにクラークも意見が欲しいようだ
「抜群です!生活空間を全部2階にしたからその分集中もできますしここもちょうどいい広さです!」
対しご機嫌なリュート、心の底から満足しているようで今の生活が気に入っているようだ
・・すぐ近くに脅威もいたのだが何とか撃退もできているので正しく理想の生活か
その時工房の窓から鋼の鷲が飛んできたシャンの肩にピタリと止まった
「あらっ、フィアラル。今日は早かったわね」
肩に止まった鷲にシャンはやさしく頭を撫でてやる、
鷲は無言だが嬉しそうに目を細め彼女に懐いている
「ん・・?なんだ、その鷲?」
「ああっ、これは僕とシウォングのディ君が頑張って造った鋼の鷲『フィアラル』です。
僕達の家族ですよ」
「ほぇ〜、ってことは擬似生命か・・。よく出来ているな〜!
ん・・待てよ。そう言えばセシルが『町で銀色の鳥がいたわ、今夜は銀の焼き鳥で決定ね!』
って騒いでいた時があったな・・」
「・・フィアラルは金属でできてますから食べれませんよ・・」
「それを噛み砕こうとするだけの力が何故かあるんだ・・奴には・・」
そう言ってロカルノはレーヴァテインを取りだしセシルの歯型が付いた剣身を見せる
「こ・・これ・・まさかセシルが・・?」
「・・うむ・・」
「「人間じゃ・・ない・・」」
流石に冷汗を流すシャンとリュート
「今日店に来たものこれが原因だ。この剣とクラークの剣を合わせて一本の剣にしてもらいたい」
「それがこいつだ。重いぞ・・」
そう言いクラークがブレードを、ロカルノがレーヴァテインをテーブルに置く
それを見るなりリュートの目の色が変わった
「ロカルノさんのは・・強力な炎の魔剣ですね・・。
だいぶ痛んでますけどそれでも実戦にはまだなんとか耐えられるぐらいです。
そしてクラークさんのはこれまた戦闘向きに特化された片刃ブレード・・、
打撃にも十二分に扱える頑丈な造りですが・・。
重量があると手入れがされていないですから頑丈だという長所以外のバランスを崩してますね」
「ははは・・、バランスってことを考えたことあまりなかったからな・・」
リュートの指摘に苦笑いするしかないクラーク
「いやっ、それを置いても立派すぎる武器ですよ。・・これを合剣するのですか?」
「ああ、炎の力を弱めることなく刃をこのブレードの物として再生して欲しい、礼なら弾む」
「ロ・・ロカルノさん・・。炎の剣を使うのですね?」
依頼主がロカルノと分かり思わず身を乗り出してリュートが聞く
「あ・・ああ・・、まぁそうだが」
「そうか〜!ついにロカルノさんが本腰を上げたわけですね!わかりました!
これ以上悲しみを増やさないために全身全霊を込めて仕上げて見せます!!」
「そ、そうか・・では報酬額は・・」
「いえっ!これは僕やシャン達の悲願であり切り札です!!お金をもらうなんでとんでもない!
さぁ!そうと決まったら早速構想を練って仕上げますね!出きたらすぐ知らせます!!」
目が燃えているリュート、もはや何も耳に入らず・・
「・・なぁ、ロカルノ。リュートの奴何か勘違いしていないか?」
さしずめ対セシル用の最終決戦兵器の依頼と思っているらしい
「・・・まぁ、そっちの方への起用も含めての依頼だ。間違いではない・・だろう」
「セシルの恐怖が完全に拭い去ったらリュートももっとがんばれると思います・・、
完成したらそっちの方もお願いしますね!」
フィアラルの頭を撫でながらシャンも真剣な顔で言う
「は・・はは・・。まぁロカルノが氷狼刹を抑えれたら完全にセシルを封じ込めれるわけだしな・・
期待されてるぜ?」
「・・、その分の不満は私に向けられるのだろうがな・・」
「定めだ。諦めれ♪」
熱心なリュートを見つつロカルノは深いため息をついた。
「・・ああっ、それと私の槍と鎧の修復を頼む。少し痛んでしまってな」
思い出したように持ってきた袋から二品を取り出した
「これは・・、う〜ん・・・・槍の方は良い物を使ってますので大丈夫ですね!
でも鎧は新しいパーツを組み込まないと少し難しい・・かな?」
テーブルに置かれた『戦女』と『要塞』を見てリュートは早速の鑑定、
業物のオンパレードで鼻息が荒い・・
「・・だろうな。ひしゃげている上に肩が切り裂いてあるものな・・」
「材質も良い物を使用しているみたいですけれども・・、この鎧。ただの代物ではないですね・・
パーツとパーツを金属がつないでいるみたいですけれども・・」
リュートの言う通り肩部分と銅部分をワイヤーがつないでおり
それを固定するように黒い金属板がくっついている
「魔力を込めたらその金属板は解放されて鎧を自動的に脱げるように改良してもらった」
「・・そ・・そんなすごいことを・・」
「お前の師匠に造ってもらった物だ。修復を頼むのもやはり彼女を継ぐ者が一番いいだろう」
「わ・・・わかりました!ではこの鎧!師匠よりも良い物に仕上げて見せます!」
感涙のリュート・・気合十分で早速構想を練りだした

・・・・・・
・・・・・・

それより数日経った朝
クローディアやセシル達から特に連絡がないままにリュート渾身の一振りが完成した・・
「あっ、お二人さん!ようやく完成しましたよ!!」
まだ朝の時間なのに工房にてハイテンションなリュートに
訪れたクラークとロカルノもやや押され気味。
シャンもまだ眠いらしくややフラフラしながらお茶を入れてくれた。
窓の外からはまだ朝の霧霞が覆っており早朝だということがしっかりとわかる
「すまないな・・、本来ならば休暇中となっていたのだろう?」
「いえいえ!今回に限っては僕も本気ですから!ささっ、すでにできてますよ♪」
そう言うと二人を工房のテーブルへと招いて奥から布で捲いた剣を持ってくる
「ロカルノさんが魔力が低いということで魔力の消費を抑えて
高威力の炎撃を実現できるように改良を加えました・・どうぞ」
「うむ・・」
静かに頷き布を解く・・・、そこには真紅の鞘に収まるバスタードソードタイプな紅の剣が・・、
レーヴァテインだった握りにさらに装飾が加えられており赤龍の翼のような鍔の飾りとなっている。
そして鞘も根元に赤い宝石が埋められ、
それを囲み鞘の中央を走る『今一瞬の全てを委ねる』っと金の装飾文字が刻まれており
正しく儀礼用の宝剣のようだ
「すげぇな・・。ものすごく高い剣っぽいな」
「まぁ、装飾が良くてもキレが良くなれければな・・どれ・・」

ジャキ・・

金属が擦れる音とともに姿を現す剣身・・。
片刃だったブレードは1度溶かされて全くの別の物として再生した
両刃のなった剣身は鏡のように輝いており光をかざすと少し赤みを帯びている・・。
そして一番の特徴は刃の根元にある6つの紅い石
「この石は飾り・・ではないな」
「流石ですね、これは炎の力を発する魔石『炎晶石』です。
魔力に反応して炎を呼び起こす代物です。もちろんそれがなくても切れ味は一級品です」
「しかし・・、6つも魔力を送るほどの力は私にはない」
「いえっ、それも一工夫してます。
レーヴァテインの炎に力を送り炎力を起こさせれば
それが6つの炎晶石へと流れそれを源に炎が巻き起こります。
でも、炎を飛ばすことはできないので
完全な近接攻撃として使用するしかないですね・・試しにどうぞ」
「む・・わかった・・」
立ちあがり魔剣を手に取るロカルノ・・
適当な空間を確保して柄に力を込める・・!!

ボウ!

レーヴァテインが赤く光ったかと思いきや炎晶石の周りから火が起こりまっすぐ伸びる!
それは刃を包みロカルノの身長を越える炎の刃ができた・・
しかもその刃は全然揺れることなくまるで紅い水晶のような形をしている
「すごいな・・」
「炎晶石の位置、レーヴァテインの炎の力のバランスをまとめて
初めてこのような炎刃ができるんです。
もはや風が吹いても揺るぎることのない強靭にして全てを溶かす刃ですね。」
鼻高々にリュートが説明・・
「でもよ、そんだけ熱いんだったら刃が溶けないか?」
クラークが手を上げて質問をする、それにリュートは少し含み笑いをしながら解答する
「それも計算してます。この刃は鍛える時に火元と同じ炎晶石を砕いてそれで研ぎました。
だから普通の鉄よりも各段に炎に強いのです。・・まぁ持ち手は熱いですけどね・・」
「確かにな・・。おまけにこの炎刃発生中は耐えず魔力が消耗される・・。
色んな方向から考えても連続して使用できるものでもなさそうだ」
「切り札・・っと考えておいてください。その為の実刃です。
まぁ魔力の込めようによっては今よりさらに大きな炎刃を作れますよ。」
「一時的に使用するには頼りになるってわけか。・・お前にしては極端な設計だな?」
「安定性を求めていてはセシルを封じ込めれません・・。
それに通常戦闘ではクラークさんのブレードの刃だけでも十二分に耐えれますよ。
本当ならば片刃にして打撃にも力をいれたかったのですが・・、
相手が相手ですから必殺の一撃を常に出せる威力にしたかったのですよ。
でも、ベースが片刃ですから一方の切れ味は少し弱いです。
・・気にするほどでもないのかもしれませんけれども・・」
「なるほど、一応は死角なしか。」
「いえっ、実はそうはいかないんですよ・・。
炎晶石は魔力に応じて炎を出す魔石ですが注入する魔力以外にも
石自体に魔力を蓄積しないといけないんです。・・でないと割れちゃいますから・・。
それを解消するのが鞘に埋めたあの緋石です。
納めた状態で魔力を注げば自動的に緋石が反応して炎晶石へと流れていきます
・・また炎晶石の蓄積魔力の残量がわかるように細工もしてますので
少なくなってきたら緋石は透明になってきます・・、気をつけてくださいね」
「ううむ・・正しく手の込んだ剣だな」
その緻密な設計に基づく剣の出来にロカルノも唖然としている
「でもよ、確か炎晶石とかってめちゃくちゃ希少で高価なんじゃないか?」
「ああっ、これは僕の師匠『ミョルキル』が造った物です。
錬金技術では僕もまだまだですから・・それにこの緋石はシウォングのディ君から貰った物です。
こんな反応を示し炎晶石と相性が良い魔石は初めてですよ。
・・たぶん世の中で一つの魔石ですね」
「・・・そうともなれば・・金額的には・・」
「ん〜、まぁ全部どこかから取り寄せて造ったとしたら・・・お城が買えるんじゃないですかね?」
「「!!!!!」」
その高価さに王子と貧民は驚く・・
「炎晶石一つにしても一般市場からしてみれば高価も良いところですから・・
それを研磨用も含めて7つも使用、さらには世に一つしかない大魔導師の緋石を使い
おまけに二振りの銘剣をその力を削ぐことがなく合剣したんです。
合剣技術もかなり難位が高いですしね・・」
「それを・・ほんとに無料でいいのか?」
「もちろんです!この剣はロカルノさんが扱ってこそ相応しいもの!
そしてこの剣でなければあの魔人は倒せません!!」
・・その恋人を目の前にしてリュートも良く言う・・
「そ・・そうか、ではありがたく受け取ろう。でっ、この名は?」
「レーヴァテインしかわからなかったですから
僕やシャンは『レーヴァテイン・プラス』にしてましたけど・・
クラークさん、このブレードって名前なかったんですか?」
握りだけ残ったブレードを見てリュートが首をかしげる
「確か・・『ディブレード』だったかな?なんか意味があるみたいだったけど
切れ味試すのに夢中だったから憶えてないや」
「ディブレードですか・・、ならばこの際、剣の名前も組み合わせますか?
ディブレードにレーヴァテイン・・合わせて『ディ・ヴァイン』なんてどうです?」
「『ディ・ヴァイン』・・ディバインのもじりか・・。良い名だ」
「じゃあその剣は『ディ・ヴァイン』で決定だな!リュート、ご苦労さん!」
「いえっ、僕も久々に全身全霊をかけて良い物が造れました!感謝しますよ!」
「そうか・・、ともあれ礼を言う。これならば私が使うのにふさわしい物だろう」
剣を収めながらロカルノが言う・・。
その剣の姿は彼の緋色の瞳と同じく高けき輝きを帯びていた

「あ・・、それと戦女と要塞の修復はこれから行います
・・けれどもギミックの内容がまだよくわかっていないので
ディ・ヴァインよりも時間はかかると思います」
「まぁ致し方ない。何も鎧に護ってもらうつもりでつけているのではないし
戦女の変わりにこいつがあるからな」
「よかった!じゃあ出来たら追って知らせますね」
満面の笑みのリュート、ほとほと朝からハイテンションである
そこへまだボーっとしているシャンがやってくる
「リュート・・・、槍の修復に取り掛かるんなら・・少し休んでいい?」
「おおっ、シャンも試し斬りに協力してくれたか!」
「あ・・いえ・・先日からリュート発情期なんで・・その・・全然寝かしてくれないんです・・」
顔を赤らめるシャン・・よく見れば下腹部もそこはかとなくポッコリとなっている
「さいですか・・」



この日、業の火は一人の男の決意と一人の犬人の思いこみにより剛の火となり
不浄を照らす光となった


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