第三節  「偽りとなりて真を追う」


再びプラハ。
ユトレヒト隊の拠点である木造館ではロカルノが出かけていても
いつもと大差のない生活を送っていた
クラークはゴロゴロと寝そべったり、かと思えば薪を割ったりと力仕事を担当・・。
キルケはお祈りをしながらも家事一般をこなしいつもの明るい姿を見せている
クローディアも家事を担当しているのだが
先日起こったハイデルベルク騎士団との非公式な訓練以来、どこかそわそわしく落ちつかない
神父はいつも通り・・、彼の生活が狂うことはそうそうはないらしい。
そしてセシル、いつもならば街に繰り出して遊びまくるのだが今回は自室謹慎にあったかのような
大人しさ、それにより館の空気も微妙なものとなっているようだ


「キルケ〜、今日のおやつ何〜?」
無気力な状態で台所に入ってくるセシル・・
やることが全くないようで黒いメイド服で何かの生地を作っていたキルケが驚いている
「セシルさん、今日はシフォンケーキですよ?でもどうしたんです?退屈そうな顔して・・」
「退屈なのよ〜、もどかしいのよ〜、やる事ないし〜」
「・・・、まぁセシルさんが退屈な方が世の中平和ですよ♪」
「キルケ・・、その刺のある言葉は誰に習ったのよ・・」
「もちろん、セシルさんのおかげですよ♪」
三角巾をつけた少女が爽やかに笑う・・が、それがなんだか怖い
「はぁ・・、でも帰ってこないわね〜、ロカルノ」
「そんだけ相手さんも忙しいんでしょうかね?結構位の高い人なんでしょう?
王都で待たされているとか・・」
「待たされる・・っというか、拒絶されているのかも・・ね」
「???」
「まっ、いいわ。それはそうとして最近クローディアったらどうしたの?
なんだかピリピリしていると思ったらそわそわしているし・・」
「ああっ、クロムウェルさんのせいですね」
「あいつぅ?まさか・・襲われたの?」
「まさか・・、そんなことしたらクラークさんとクローディアさんに輪切りにされちゃいますよ」
「違いないわね、じゃあなんなの?クロムウェルなんて他人に役立つことなんてしないでしょう?」
退屈しのぎに台所の椅子に座り耳をかたむけるセシル・・・
「うふふ・・、クローディアさんの肩を押したんですよ。
なんだか口滑らしてクローディアさんがクラークさんの事を
好きだってことを伝えちゃったかもしれないんですって」
「なるほど・・、だからあの挙動不審用なのねぇ。
まぁ、十数年も熟成された想いなだけにおかしくもなっちゃうもんねぇ〜」
「そうなんですよ、でもまだ動きがなさそうで・・。
クロムウェルさんも言っちゃった事ですし私もクローディアさんに強力な媚薬でも盛りましょうか?」
「・・・・」
「やだな〜、冗談ですよ♪じょ・う・だ・ん♪」
テヘっと笑いつつもそれが冗談に聞こえないセシル・・・
彼女もたくましくなったものだと思った時に玄関の扉が開き、ロカルノが帰ってきた

「ロカルノ!おかえり〜!遅かったじゃないの!」
待ってましたとばかりに走り出すセシル
冗談も交えて飛びつきチョークスリーパーでもしようかと思ったセシルだが
ロカルノの真剣な空気に思わずためらってしまった
「すまない、思った以上だったのでな・・」
「え・・えらく不機嫌そうね・・」
「不機嫌で済む事ならばいい、クラークは?」
「あっ、自分の部屋で得物の手入れをしていると思うわよ?」
「そうか、すまない。全員食堂に集めてくれないか?」
「え・・ああ・・わかったわ」
深くは話さないが口調からして深刻なことだとよくわかる
言われるままにセシルは全員を食堂につれていくように走った

・・・・

館には作戦室のような代物がなく住民が集まる場所となれば食堂か談笑室ぐらいだ
しかし、真剣な話をするということで談笑室は却下、面々はすぐさま食堂で向かい合った
「さて、騒々しいことになっているみたいだけど・・、どういうことだ?」
一応はリーダーということなので取り仕切るクラーク・・。
だが、シャツとズボン姿で見る限りにはだらしない
「私からの依頼だ。・・引き受けてくれるか?」
「まっ、身内の願いだ・・構わないぜ?でっ、どうしたんだ?」
「私の義理の妹が危険にさらされそうなのだ。それを極秘裏に支えて助けてほしい」
重く口を開くロカルノ。
『草』にも話していないフレイアの生い立ち
自分とセシルが決められていた時の流れを変えフレイアが産まれるようにした事
そしてその事がハイデルベルクに送られた脅迫文と一致していることなど静かに話した
それが終わる頃にはセシル以外の面々は言葉もでない様子で唖然としている
「・・・、つまりロカルノの母親ミュンの願いをかなえるため、歴史を変えてフレイアが誕生したの。
だけどもそれ以外の歴史は変わらず結局ミュンはロカルノを守るために死亡した。
そのショックでフレイアはロカルノを恨むようになったみたい・・、今の今まで忘れていたけど」
妹とのすれ違いは知っていたがその流れを今思い出したセシル・・
「歴史が変わった際の記憶の統一だ。私も脅迫文の事を聞くまで忘れていた・・。
だが、その事を聞いた途端、鮮烈に思い出したよ・・」
「そんな事が・・あったのですね」
静かに聞いていたクローディアだが複雑な事情に思わず唸ってしまう
「しかし、歴史をいじくったことをその脅迫文を送りつけた奴は知っているということか・・。
一体どうやって・・」
「生半かな人間じゃわからないですけれども・・
超高位の神官などで時空を歪めることができる人がいます。
その人でしたら歴史を歪めたことなどは察知できるとは思いますが・・・、
だけどそれでもフレイアさんは普通の人間ですよ。」
流石は魔術には詳しいキルケ、それでも謎が多いようだ
「それは相手にとってもどうでもいいことかもな・・。わかった。じゃあどうする?
王さんに話して情報部に張りこんで・・」
「いやっ、残念ながらフレイアは我々の存在を知っている。
私がいれば拒絶するしお前達でも警戒して王に直訴するだろう。
・・それに、できればあいつの出生の秘密は知らずにいてもらいたいんだ
・・、それがかなわないにしろ私がそれを伝える義務もある」
「じゃ・・じゃあどうするんです?そうともなれば城の外から監視するってことですか?
それもフレイアさんにそれを気付かれないように解決するってことに・・」
「あくまで希望だ。現実になればそうともいかないだろう。
だが・・、正当な理由で城内に入って様子を伺うことについては策がある。
フレイアは警戒するが立ち去れとも言えなくなるだろう」
「へぇ・・、そんな妙案があるんだ、ロカルノ・・」
流石は言いだしっぺっと驚くクラーク
彼にしてみれば敵が動き出したところをボコる・・っというのが
常勝手段なのでそんな難しい注文には思いつくはずもないのだ
「・・幸い、私達の中にはハイデルベルク国でも高い地位を持つ女性が二人いる」

「「・・・へっ?」」

「キルケにセシル・・、すまないが人肌脱いでくれないか・・」
間抜けな声を出す二人に真剣に頭を下げるロカルノ。
しばし気の抜けた空気が支配したが淡々と作戦が練られていった。




それより数日後・・、王都にてある一つの話題が上った
国民的アイドル(誤)聖騎士セシルがハイデルベルクへと帰還したとのことだ。
さらには異端審問会により追放されたまま行方が知れてなかった
アーサー司祭の娘キルケゴールを保護したということでさらに噂は広まった
・・・、どうやら国民にとってみればユトレヒト隊の名は知れども
その面々の中にセシルやキルケの名が入っていることには気付いないようだ
それはともかく、話題は所詮話題でしかあらず二人の姿を見たものは城外ではいない。
知らない間に城へと入っていったようなのだ

そして中では・・

「セシル=ローズ。1度は我等に見切りをつけていたがこのたびの再入団、私も感謝している」
カーディナル王の直々の言葉・・、いくら元聖騎士とは言えども
一騎士に対してこのようなことをするのは異例だ
「王自ら勿体ないお言葉・・痛み入ります」
対し王と距離を置き正装で悠々と応えるセシル・・
いつものだらしない格好でも青い戦闘服姿でもなく女性儀礼用白いドレスの上に
白銀の鎧を着た姿だ。
・・その姿は正しく聖騎士、純白と白銀の光に包まれた長い金髪の美女
慎み深い接遇は同じ場にいた兵達も思わず見惚れたとか・・
「そして、キルケゴール。国教司祭アーサー殿の死、そして貴公の異端決議。
王の私としてもその一件は真に遺憾としている。今まで辛い思いをさせて申し訳ない」
今度は王が頭を下げる・・・、それには隅で立っていた大臣も目を丸くして驚く
「勿体ないお言葉・・。しかしありがとうございます。父も天国で喜んでいるでしょう」
金髪のおさげはそのまま、しかし司祭の娘として相応しい衣装ということで白い法衣を着ている。
その姿はまるで可愛いらしい人形のようだ
「うむっ、キルケゴール、貴公は我が計らいで城内の教会に準司祭としてつくといい。
父の名に恥じぬように民を導いてくれ。
そしてセシル、ブレイブハーツの一員として地方を治めてほしい・・っと言いたいところだが
貴公はキルケゴールを保護してくれた身。
彼女が落ちつくまで神殿騎士としてしばし支えてやってくれ」
「御意に・・」
「・・ありがとうございます」
深く頭を下げて礼をする二人・・
顔こそ見せないがカーディナル王も心底この光景を面白がっている
・・恐らく大臣はその他の兵達がいなかったら腹を抱えて転げまわっているだろう・・
以前会った時の彼女達とはその態度は全然違う・・・特にセシル・・
「うむっ、では今日はゆるりと休んで明日からの生活に備えるがいい。誰か、二人を案内しろ」

「はっ!」

すぐさま兵の一人が機敏に動き、二人を案内する・・。
王の間を退室する時、セシルは再び王に対して一礼をしたがその時、軽くウィンクをした。
それを見て王のニヤリと笑って見せたようだ

・・・・・

兵士に案内されること10分・・王の間を出て一階に下り、
中央のホールを通り城の東側の渡り廊下を歩いて隣接する教会へ・・・。
堀の内の庭にある教会は王族は高位司祭専用ということらしく建物としては小規模だが
外見などは御立派の一言に尽きてしまう。
兵士は教会の中にはいり礼拝堂を超えて2階の空き部屋に案内した。
扉は開いておりすでにきちんと清掃が終わっているようだ
「ここです。今日はゆっくりお休みください。
明日になれば司祭様も戻ってこられますので司祭様の今後のことお聞きになるとよろしいです」
ピチッとした制服の兵士・・、顔が高揚しながらそう話す。
・・どうやらセシルと話をすることに興奮しているらしい
「態々の案内ご苦労様です、忙しい中私達のために・・」
落ちついた口調のセシル、
それは聖騎士の名に恥じない慎み深いものでありそれにより兵士はさらに顔を赤くする・・。
これが普段は露出の激しい服でだらしなくあぐらを組んで腹を掻いている女性だったと知ると
おそらくこの兵士は誰も信じられなくなるだろう・・・
「いえっ!それも我等の任務!で・・では失礼します!」
伝説の騎士と話ができたことで有頂天になる兵士、敬礼をして素早く去っていった
「さて、シスター。今日はもうお休みになさいますか?」
「そうですね、今日はもう疲れました」
お上品な口調のまま部屋に入る二人・・

バタン・・・

・・・・・くた〜!!・・・・

部屋に入った途端にズルズルと壁にもたれる二人・・
「つ・・疲れた・・」
「私もです・・・、何なんですかね、この堅苦しさ・・」
「私達、自由奔放な生活に浸りすぎていたのね・・、昔はこんなの普通だったはずなのに・・」
「これが・・、犯人が動き出すまで続くわけですね・・」
「・・は・・・はは・・。余り先の話を言わないでよ、キルケ」
「すみません。こうなったらロカルノさんに少し追加報酬を願い出ましょうか」
「名案ね。じゃあ今日はもう休みましょう?」
そう言いながら儀礼用の服をパパッと脱ぎ出すセシル・・。
部屋には大きめのベットが二つほど並んでおり後は
教会内だけに祈祷するスペースが設けられている
他にも一通りの設備があり流石は王が用意しただけのことがある
ともあれ、生活の場を見まわしてふっとキルケが思い出す
「そういえばセシルさん?」
「んっ?何〜?」
「何だか気持ち悪かったですよ。あの口調・・」
「やかましい!」


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