第八話  「貿易都市厳戒令発動」




異様な事態・・って言えばいいんだろうな。

テント群で突如として姿を見せた半鉄半肉な犬・・

爪の鋭さからして明らかに戦闘用のそれはフィートやアンジェリカが見た結果

練金による魔法生物「ハティ」って奴なんだそうだ。

もちろん、自然発生しないし街の中に突然出没する事はない。

 

都市部と言えども魔物騒ぎってのは全くないという訳でもない、

稀なんだが隠れ魔術師が持つキメラが暴走して都市内を暴れ回るなんてのはあり

地方じゃそれを討伐を冒険者達が行っている

だが今回のはニクス達の証言からするに召還、

つまりは偶然ではなく最初からテント群に被害を出すためにハティをばらまいたという事になる

幸い、マー坊に襲いかかっていたあの一匹でとりあえずは頭打ちらしくそれ以降出現する事はなかった

・・が、突如として現れる魔物。安心はできないが対策は練らないと行けないわけで

今もカチュアとキースが詰め所に待機して状況を見守っている

そんな訳で俺とスクイード達は現場を切り上げてそのまま屋敷の団長室に直行、

この一件に対する報告をする事になった

 

「・・ニクス君、怪我の状態はどうかね?」

 

重苦しい空気の団長室、その中で主であるタイムが深刻そうな顔で尋ねる

今ここに集まるはキースとカチュアを除くテント群担当課、フィートとアンジェリカ、

そして俺と結構な人数
だがそれも当然な状態なんだよな・・

「あっ、はい。この通りもうなんともありません」

腕を見せて完治をアピールするニクス、屋敷に到着するなりアンジェリカが診たんだ。

傷の跡も全くわからない・・回復系が専門じゃねぇが一流は違うもんだなぁ・・

「とりあえずは痕が残らないようにきちんと治したけど最終的な治癒は自然治癒になるわ。

無理をしたらその分痛みも走るから無理は禁物よ。剣を握るのは認められないわ」

「・・まぁ、大事に至らないでよかった。

さて、では事態を整理するとしよう。

ニクス君、マーロウ君、あの異形・・ハティだった。そしてあれは街中で突然現れた・・それで間違いないな?」

「ええっ、広間の地面に突然魔法陣が描かれてそこからハティが出現しました。

私とマーロウ君はその中の一体と交戦をして勝利を収めるも

いつの間にか二匹目が襲いかかり危険な状態に遭いましたが

クロムウェル教官の助力によりその場は切り抜けました」

「うむ、マーロウ君。新米ながらも魔物に立ち向かいニクス君を守った事は評価できる、ご苦労だった」

「・・え・・あ・・うっす・・」

褒められる事になれていないんだろうな、戸惑ってら

「では・・ニクス君達はハティの出現を確認したようだが・・クロムウェルやフィート君はどうだったんだ?」

「直接出現したのは見てないが空気で異常は察知したよ、

案の定曲がり角で出会い頭にあの気持ち悪いのと鉢合わせたしな・・

後は住民に被害が出ないように二手に分かれて速攻で殲滅、テント群住民に怪我人はいなかったぜ」

「僕の方も同じですね。召還の法陣が確認できればその出元をある程度特定できたのですが・・

こればっかりは素人目にはわかりませんね」

「・・そうか。結局どこの誰がしでかした事かわからない・・か」

「ある程度は特定できるんじゃないのかしらね、ハティの製造なんてそうそうできるものじゃないわよ。

それを12匹、そしてそれを一斉に転送するなんて並大抵の技量じゃできないわ」

・・確かにな・・ってか・・

「もしかして〜・・アンジェリカさんがやったとか?」

「・・・・・、馬鹿な事言っていると吹き飛ばすわよ?」

「スミマセン・・」

いや・・そんな事本気で思ってはいませんよ?

ただ・・やりかねないのがアンジェリカさんですから・・

「だが・・それだとどうします?見回りを強化させましょうか?」

難色を示すはスクイード、まぁこんな事なんて初めてだからな・・

「今のところ・・同じ事が起こるのかどうか確定はできない

・・が目的もわからないところ、見回りを強化させる必要はあるな。

すまない、スクイード君、テント群の巡回を強化してくれ。

それと団員全員、正式鎧の着用を徹底させる・・

ハティの一撃はダミーアーマーの装甲を安々と切り裂くほどだ、身のこなしと鋭さからして油断はできない」

確かに・・まぁ身動きが取りやすい分装甲薄いからなぁ・・

ニクスの様子を見た時も綺麗に裂かれていた

まぁ・・それように造られた物じゃないから当然っちゃ当然なんだけど・・

「まぁ妥当だな。俺もテント群の見回りに協力してやるよ・・」

「そう言ってもらえると助かる・・。後ニクス君は屋敷で待機、マーロウ君も同じだ」

「「えっ!?」」

・・本人達はまだまだやれると思っているらしい・・

「剣を握る事になれば腕に力を入れるのは必至、今のニクス君に戦闘をさせるのは許可できない。

それはマーロウ君も同じだ、前回はニクス君がハティにダメージを与えていたからこそ倒す事ができた。

現状の力量からするに危険な現場に出す事は認められない」

・・妥当だ、それにニクスも即戦力扱いだがまだ騎士としての経験は浅い

命を賭けた戦闘なんて数えるほどしか経験していないはずだからな

「・・わかりました・・」「冗談じゃねぇ!」

・・マー坊・・?

「団長は俺を一応は騎士としてテント群に配属させたんだろう!

それにニクスが怪我をしているんだ!その代わりを勤めないでどうするんだよ!」

「・・君は全てにおいて未熟だ。相応の覚悟もない、前回のように上手く事が運ぶとは限らないぞ?」

「そんなのは承知だ!

例え重傷を負ったり命を落としたりする可能性があろうとも俺はニクスの代わりをやってみせる!

でなきゃ何のためにクロムウェルにしごかれたかわかんねぇ!」

「・・マーロウ君・・だが・・」

「許可してやれよ、タイム」

「クロムウェル・・」

「こいつは貴族の甘えを捨てて、

自分の身を危険に晒してでもニクスの代わりとして任務に付きたいと言っているんだ」

「・・クロムウェル、あんた・・」

「マー坊、良い覚悟だ。だがな・・さっきみたいに油断していると今度は死ぬぞ?

周りに認められたければ常に緊張して必ず生還することだ・・できるか?」

「お、おう!!俺だってやる時はやるんだ!!」

・・決意は固い・・か。

「うっし、お前・・ここに来た時よりも随分成長したぜ?

ようやく男になれたな・・
そんな訳だ、タイム?」

「・・やむを得ん。

ではマーロウ君、自身で出来る範囲で巡回任務に付いてくれ。

ただし無茶はするな。

気負うのは君の意志だがそれが過ぎて、全て自分で片を付けようとすると必ず自滅する

自身の未熟さを理解しつつ可能なことをこなすんだ」

「了解!!」

気合いとともに敬礼をするマー坊、ううむ・・やる気に満ちているなぁ・・

煙草吹かしてだらけていたボンボンとは思えない

表情を崩さないがタイムも内心意外だろうなぁ・・

「ふっ、少しはマシな面構えになったな。今の心を常に保て、ならば負けはしない」

「シトゥラさん・・ありがとうございます!」

「熱いねぇ・・阻害されているところも加えてスクイード2号だな・・」

「うるさいぞ、変態・・。だがマーロウ君の心意気は買おう。

しかし無理はしなくてもいい。

先ほどの同じ大通り周辺の巡回を中心にしてくれ、

いざとなればセイレーズ老が援護をしてくれるだろう」

「了解です!」

「・・まぁ、これでひとまずテント群の方針は決まったわけですね。

ですが〜、幾ら貧民街と言えども大都市の中で召還による襲撃を行うとは・・いい気はしませんね」

フィートも不快感を露わにしている・・まぁ、エネが住んでいたところだからな。

「まぁ、ドタバタした都市だけどそんな事今までなかったもんな・・」

「それだけ大事って事ね。同時に10匹も召還するところ偶発的な事故でもない・・

明確な目的はわからないけど警戒は強めて然るべきよ」

「アンジェリカの言う通りだ。他の部署でも警戒を強める必要がある・・」

深くため息をつく・・が・・

 

「団長!大変です!」


ノックもせずに慌てて入ってくる騎士・・

 

「どうした!?」

 

「ルザリア全地域で正体不明の魔法生物が出現!市民を襲いかかっています!」

なんだとぉ!!?

「予感的中か!!フィート、アンジェリカ!手を貸せ!

タイム、俺達は展開してハティどもを排除していく!
騎士団の指揮は任せるぞ!」

「わかった!頼むぞ!」

くそ・・、なんだってんだ!!

ともかく今は被害が出るのを防ぐしかねぇ!

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

いつもは賑やかなルザリア

だが今はまるで別光景とも言えた・・、

騎士団屋敷を出た俺達は手分けして敵を駆逐するように展開した。

広域で一気に殲滅できるフィートとアンジェリカは工業地区と住宅地区を頼み行動を開始、

工業地区は建造物が多いし住宅地区には子供なども多い

一刻も早く被害を食い止めなければならない。

対し俺はそのまま商業地区、とりあえずは街で一番賑わっている広場まで出た。

道中ハティが数匹うろついていたのだが速攻で片付けた、

手間取っちゃ大事に至るからな・・

だがそれ以上に意外なのが露天商を含め通りを歩いている人は一人もいない事

店なども戸をしっかりと閉めており外敵の侵入を拒んでいた

流石は貿易都市、住んでいる奴らも異変にゃ敏感だし

露店でやってくる奴も魔物に対する対策は出来ているって訳だ。

恐らく通りに店を出していた奴や通行人は商業地区の騎士が総出で避難誘導を行ったのだろう

 

「見事なりルザリア騎士団、異常の対応はハイデルベルク一ってか・・」

 

広場に立つも周囲には誰もいない、

あちらこちらで広げられた露店もそのままで避難はすでに完了しているようだ

そして通りにちらほらと姿を見せるはあの鉄ワンコ、ハティ・・

敵の姿が確認できなくても素早く避難させたのは正解だな、

非戦闘要員があんな爪食らったら致命傷は確実だからな・・

さて・・それじゃ・・

 

「店の従業員!!戸締まりはきちんとして騎士団からの合図が来るまで外に出るんじゃねぇぞぉぉぉ!!!」

 

腹の底からの大声、周辺で戸を閉める店員達に注意喚起させるのと同時に俺に標的を集めるため・・

案の定ハティ達は俺という敵を認識したようで早速数匹こっちに向かって走ってきやがった。

目らしき物がない分・・音とかで認識するようだな・・

まぁ俺に標的が移ったのならちょうどいい、まとめてブッ倒してやる!

「表面金属でも関係ねぇ、俺の拳が止められると思うなよ!」

飛びかかってくるハティの顎目掛けて拳を突き上げる!

報告じゃこいつの表面の金属は刃物を通しにくい、だがそんな事はお構いなしだ

確かに堅い事は堅いんだが貫けないほどじゃない!

一撃で急所を狙い顎もろとも砕き頭部を粉砕、魔法生物とは言えどもベースは犬だ

急所を破壊されれば生命活動は停止する。

まずは一匹・・

そしてその動作のまま腰を捻り背後から飛びかかるハティの首に肘鉄、

初手での反動を付けて素早く放つそれは軽くハティの体を粉砕する・・二匹目。

その後ろからさらに飛びつき噛みつこうとするは三匹目、

鋭い敏捷性を持っているがこいつらはどうやら単独行動が基本らしい

連携っぽく見れるものの動作がバラバラだ。

そんな訳で二匹目をさらに殴り飛ばし三匹目の進路を妨害、

だが流石に魔法生物、咄嗟に横に飛び退きその反動で飛びかかろうとするのだが・・

「遅ぇよ」

正拳突きの動作からそのまま前回りをして叩きつける踵落とし!

浴びせ蹴りの応用で動作がでかいがまともに当たればただではすまない。

現にまともに受けた三匹目のハティは頭部がグッチャグチャです♪

第一波はこれで終わり・・、素早く起き上がり次に備える

同種の血の臭いをかぎつけて通りからまた数匹走ってきやがった

そういう性質でも持っているんだろうかね

一般人には驚異的な強さなんだろうが俺にしちゃ物足りないな

「めんどくせぇ!サンダーショット!」

拡散型の雷弾、アンジェリカの特訓によりだいぶ離れていても命中精度を上げる事が出来た。

何事も改良が大切・・色々説教されながらも弾速を上げグレードアップした

金属な体なら感電は必至、

投げ飛ばされた同種は回避できても俺の雷撃までは無理らしく

真っ向からぶつかって
感電しながら倒れた・・纏めて三匹、これで計六匹

テント群で遭遇したのが12だったか・・、規模的にはもうちょいいてもおかしくはねぇか。

っと、後ろの工業地区に通じる通りから七匹目突進・・

やはり能がねぇな・・一気に叩きつぶすか・・

「ちょろちょろ・・邪魔なんだよぉ!!」

本当の突進って奴を教えてやる!

 

バキ!

 

勢い付けての跳び蹴りぃ!

大口開けたハティの喉に深々と突き刺しそのまま粉砕しながら見事に吹き飛ばして絶命・・

口広げりゃ防げると思うなよ?

「ふん、ざっとこんなもんか」

 

『お見事、ですが遠距離で仕留めた相手の死亡確認をしないのはいささかうかつですよ』

 

んあ・・この声は・・

「アイヴォリーか、どしたんだ?ってかその服装・・」

私服と言えばいいのか・・、

いつものメイド服とは違いスラッとしたカッターシャツに黒いズボン姿、

キチンとネクタイを締めたその格好はキャリアレディそのものなんだが・・

巻き毛な髪型とはいささか雰囲気が違うというかなんというか・・

「タイム団長よりも命令が下りまして私達四名、街内にはびこる魔物の排除に馳せ参じました。

テント群への援護は不必要と判断し、ベイトは貴族地区、

ジョアンナは工業地区、ミーシャは住宅地区へ援護に回っています」

「なぁる・・それでアイヴォリーは商業地区の援護か・・。

俺はここでハティどもをおびき寄せていたんだけど・・・状況はどうなっているんだ?」

「商業地区担当の騎士達は露天商達の避難を最優先させ、商工会詰め所に集合しているのを確認しました。

それから大通りを闊歩するハティを・・おおよそ20匹仕留めた後にこちらに参ったところです」

20匹もか・・

「流石はアイヴォリーだな、俺なんて7匹ちょいだし・・」

マーシャルアーツを基本とした足技を得意とするアイヴォリー、

優雅な貴婦人としてその振る舞いからは想像もできないほど強い。

蹴りってのは基本威力が高いが隙は大きい

しかしアイヴォリーの技は全くの隙がなく激しい蹴りの連撃を放つ

なんせ手数と威力で圧倒的なボクサー、ジョアンナに対しガチで互角なんだからなぁ・・

「遭遇した数が多かっただけです。それよりも坊ちゃん、蹴りの動作が遅いですよ?

それでは隙ができます」

そりゃ、あんたから見ればな・・

「アイヴォリーみたいに見事に繋げられないさ・・そんじゃ急いで他の援護に回らなくてもいいな」

「ひとまずは・・人数の多い商業地区の避難が完了できたという事は工業地区は住宅地区も同様でしょう

貴族地区に関しては外出者が元よりほとんどいない様子ですので

非戦闘員の保護はそれほどまでに重要でもないようでした」

まぁ・・そうなるな。

こんな事態じゃ一番危険なのは商業地区の露天商だ

工業地区や住宅地区等は立てこもって救助を待つことも出来るしな

ただ商業地区と違ってその二つは子供や女がいる事が多い、

だからこそ早急な対応のためにフィートとアンジェリカを出向かせたんだよ

「流石に手際はよろしい事で・・、よし、そんじゃ他にいないか一緒に見回るとするか」

「そうですね。ですが・・都市機能が麻痺しかかっている事が気がかりです・・」

「死者を出すよりかはよほどマシだ。異常事態には違いないんだからな・・」

原因についてはこれから・・とりあえずは鬱陶しいワンコの駆除を先行させると致しましょうか。

 

 

・・・・・・・・・

 

結局その後も10匹弱、商業地区を闊歩しているハティを始末した

ってか俺が仕掛けるよりも速くアイヴォリーが軽々と仕留めるのでほとんど出番はなし

・・アイヴォリーさん・・久々に遠慮無しに闘えるのが嬉しいのか猛攻です・・

まるで風船を針で割るかのようにハティを砕いていく様は凄まじいの一言に尽きるな

しかも俺とは違い一撃一撃は鋭く速い、勢いもあるが隙はなく鬼神のような立ち回りでした・・。

まぁなんだ、ただ蹴っているだけだが馬鹿でかいハンマーを振り回しているのと同じだからな

 

 

そして、ハティの気配が途切れた処で格地区の騎士達の連携が取れた

後はフィートとアンジェリカが索敵を行いハティの気配が無いことを確認したところで

ひとまずは厳戒態勢は解除される事になった

幸い死者はいない・・が怪我人は予想よりも多かった。

無防備な通行人にあんなのが襲いかかったらひとたまりもないからな

避難や迎撃に回った騎士達も護衛対象を守りながらの戦闘となったので手傷を負った者も少なくない

結果としては素直に喜べない状況のまま住民達は帰宅する事になった

・・がその顔は当然、浮かないものとなった



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