第七話  「intelureV〜男の意地〜」




マーロウがテント群に配属になってから数日が経過した。

しかし、すぐに任務に付けるわけではなく毎日やる事と言えば体力強化と剣術指南。

それに加えて基本的な捕縛術を学ぶぐらいとなりその講師はもっぱらニクス、スクイード、シトゥラの三人となった

ニクスは優しく丁寧、スクイードはとにかく熱い、シトゥラは淡々と

三者三様、だがどれもキツイ事には違いはない。

それでもマーロウは必死についてきており、真面目に取り組んでいる。

その変わり様にルザリア騎士団内でも彼の見る目が徐々に変わってきたという・・

 


「よし、それでは実戦を想定した訓練を行う。僕が素手で殴りかかるからそれを流し捕獲してみろ」

 

「じ、実戦って・・室長、マジっすか?」

 

 

屋外の訓練場にて訓練着で対峙するはスクイードとマーロウ、

時は昼過ぎ、仕事も落ち着いたところで相手を務めている

「冗談で言うわけないだろう?現場に出れば常に実戦だ。

手加減はするが手は抜かない・・、いくぞ!」

問答無用で駆けだし殴りかかるスクイード、その拳には気迫が篭もっている

いつもクロムウェルにボコボコにされ、

周囲に阻害される彼だが訓練は欠かさず行っており実直ながらもその能力は騎士団内でも上位に入る

それ故に体術も中々のものであり単調ながらも当たれば只では済まないだろう

「うわっ!!」

鋭い一撃だがマーロウは上手く回避してスクイードの腕を掴む

ここに来る前ではあり得ない反応速度、

それだけたたき込まれたモノは無駄にはなっていない

そして教わった通りにその関節を決めようと次の動作に入る・・

 

しかし

 

「甘いぞ!」

 

それよりも早くスクイードが周り込み逆にマーロウの手を取られそのまま投げ飛ばされる。

その動作は実に鮮やか、

鎧を着て刃物を携帯する騎士だがそれで相手を確保するのは体術にて行う

その方がいかなる場合にも対応できるからだ

特に投げ技や絞め技は護身の基本故に重点的に学習する事になっている

「ぐえっ・・・あ・たた・・」

「ふぅ、受け身ぐらいきちんと取れ。

投げられるなとは言わないが怪我を回避するぐらいの事はしないと体が持たないぞ?」

体を軽くほぐしながら言うスクイード、

その態度は正に一部署の長にふさわしい品格がある

「わ・・わかってますよ、でもそんな動きするような奴なんて滅多にいないでしょう?」

「はぁ・・マーロウ君。

現場に出てないから実感が湧かないかもしれないが

ここは大国ハイデルベルク西部の一大貿易拠点として有名な都市だ。

故に色んな人種が集まる、人が集まればトラブルも起こる

『そんな人間いないだろう』なんて考えはいざという時に自分の身を危険に晒すぞ」

「でも・・さぁ・・」

「まぁ、君も現場に出ればわかる。テント群には変わり者も多いからな?なぁ・・ニクス君」

軽く声をかける先にはノート片手に今までも動きをチェックしていたニクスの姿が・・

的確にデータ収集を行うその姿は正しく・・女子マネージャー?

 

「そうですね、テント群の住民の中では元アサシンの人も何人かいます。

理由はわかりませんが今でもマーロウ君程度なら造作もなく息の根を止める力量は持ってますよ」

 

軽く言うニクスなのだがマーロウの顔がおおいに引きつった

「嘘だろ!?だ、だったらなんで取り締まらないんだよ!アサシンだぜ!?」

「『元』って言ったでしょう?私達を信用して明かしてくれたのよ?

それに再び犯罪に手を染めるようなら先に逮捕しているわ」

「ニクス君の言う通りだ。少なくともテント群に住んでいる以上は相応の罰を受けた後と見ていい。

あそこはただ余所から人が集まるという場所ではない、様々な過去を捨ててやってくる人も多いんだ」

「な、なるほど・・」

「わかってくれたら幸いね。でもマーロウ君、体術の動作にキレが今ひとつないわ。

あれじゃ素人にも決める前に抜け出される可能性があるわよ?」

ノートを見ながらサクッと言う

だがそう言う分析能力が高いニクスが言うだけに事実・・

「え・・?っかしいな。俺は最速でやったつもりなんだけど・・」

故にマーロウも反論ができない、

実際彼女の手直し通りにすると上手くいくのだ

「慣れだな、体術はただ剣を振るうのとは違い動作の手順も多い。

投げ技もそうだが絞め技はきちんと関節を決めないといけない分最初はどうしても動作が遅くなるんだ・・。

不安が残るなら訓練するといい。

・・変態かベイトさんならスピードアップのアドバイスをくれるかもしれない」

「変態って・・クロムウェルか。それはわかるけどベイトってあの恰幅の良いメイドだよな?

そんな事聞いて意味あるのか?」

「通常のメイドならな・・。

ベイトさん以外にも屋敷に務めているメイドさんは全て変態の実家で働いていたメイドさんらしい。

全員優れた体術を習得しており特にベイトさんは投げ、締めにおいて極めて優れた技術を持っている。

変態でさえ捕まったら抜け出せないほどの力量だ」

スクイードも一目を置くヴァーゲンシュタイン四メイド

その中でもベイトさんの腕は皆惚れ惚れするぐらいでありその技術を教授してもらおうとする騎士も多い

まぁ、それが本職という訳ではないのでたまに手合わせをする程度ではあるのだが・・

「そうですね。何度かクロムウェルさんが捕まっているのを見ましたが〜、

もはや無抵抗に近かったですし・・

加えて関節が明らかに曲がってはいけない方向に折れていましたし・・」

「そんな奴だったんだ・・・」

「身の回りの世話以外にも体術指南として一役買ってくれている。変態よりも頼りにはなるだろう」

ここぞとばかりにクロムウェルを批判するスクイード室長、

シトゥラとの仲を取り持ってくれた恩人でもあるのだがそれでも馬が合わないらしい

「すげぇな・・、そんな環境だったからあいつはあんなに強いのか・・。

じゃあ、俺もそのメイド達に鍛えてもらったらあいつを倒せるか?」

「マーロウ君、そんな簡単には行かないわよ。

クロムウェルさんはメイドさんに世話になる以上に自分を鍛えてあれだけの強さになったんだから。

大体あの人、傭兵公社出身なのよ?」

「・・なんだよ、傭兵公社って?」

ニクスの説明に何が何だかわからない様子のマーロウ、

貴族社会で道楽生活を行ってきた分、世間知らずな様子であり

スクイードとニクスは顔を合わせ動じにため息をついた

「・・元軍事国家であったグラディウスの国営の傭兵組織だ。

依頼によりありとあらゆる任務をこなす集団で名実ともにこの周囲最強の組織だった」

「え、ええ!?国がそんな事やっていていいのかよ!?」

「批判は多かったがな、任務成功率の高さにより事実上黙認はされていた。

それに戦争の道具以外にも賊の討伐等も行っていたからな・・

下手な騎士団に頼むよりよほど頼りにされていたそうだ」

「それに、戦争参加にしても自国への侵攻さえ依頼を受けていたから・・

そういう点での公平さもあって黙認されてきたそうね。

因みにクロムウェルさんは傭兵公社の中でも最強とされている『第13部隊』出身よ。

そのブランドは今でもすごいらしいわ」

「へぇ・・そんなブランドあるのか・・」

「意外かもしれないがな。傭兵公社に参加していたというだけで力量は一流と見られる事も多い、

有名部隊ならば士官候補としてスカウトされる事もざらだそうだ。

最近ハイデルベルク騎士団の傘下に入ったニース村の騎士団長も13部隊出身で

上層部でも一目を置かれるほどと呼ばれている

それほどの逸材があんな森の中の村で自衛団をやっていた事には驚きだったけどな」

「すげぇなぁ・・俺も入っておけばよかった・・。ってか田舎団長なんて楽勝だろ?」

とことん考えが甘いマーロウ、自分でも傭兵公社に入れると思いこんでいるようである

「何を言っているのよ、大体第13部隊に所属していた事からすでに超人じみているのよ?」

「・・超人って大げさな・・」

「──認めたくはないが、変態の力量からして決して大げさではない。

それに第13部隊と言えば伝説に近い存在だ。

たった7人ばかりで軍事大国を退けたり傭兵公社崩壊に当たってその争いの終止符を打った事でも有名だからな」

「たっ!たった7人で!!?」

「少数精鋭って言われているからな、

あり得ないホラ話に聞こえるが・・僕もリーダーであるクラーク=ユトレヒトと手合わせしてわかった。

彼らが集えば敵などいないだろう」

「えっ、室長ってあのクラーク=ユトレヒトと手合わせした事があるのですか!?」

「変態に触発されてね・・結果は散々さ。

何せ変態でさえ勝てない腕を持っているのだから・・軽くあしらわれたよ」

「世の中、バケモノがいるんだなぁ・・」

「その通り、上には上がいるが自身を鍛える心を失わなければいずれはその領域に到達する事も可能だ!

そんな訳で休憩を終わりにする!

組み手からもう一度やり直すぞ、現場に出てもひとまず安心できる程度には慣れるようにしろ。

ニクス君、データの収集を頼む」

暑苦しくそう言い放ち再び構える

こういうところが嫌われるところなのは御約束・・

「了解です、ではマーロウ君。どんどん投げ飛ばされてね?」

「人ごとだと思って・・、だがやる気出てきた!室長!いくぜ!!」

気合いを入れ直し立ち上がり再び構える、

やや熱血じみてきたのはスクイードの影響か・・

擦り傷等気にも止めずに彼はそのまま激しい訓練を再開するのであった

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

嫌な奴相手でもクソ真面目に訓練に付き合う、

それがテント群担当課室長スクイードの評価できる点である

自分の元に所属し現場に出る事が決定された以上それが誰だろうとも

きちんと教えなければならないと懸命にマーロウにそれをたたき込む。

彼一人なら精神論向きだしなハードなモノとなったのだが、

より効果的に結果を出そうと的確にアドバイスを送るニクスの甲斐もあって

訓練は非常にスムーズに進んでいった。

ニクスの観察力と助言は的確、スクイードは妥協を許さず常に真剣に行う性分・・これで結果が出ない訳がない

マーロウ自身のやる気もあり数日にて基本的な技術の習得を見事に果たした

無理矢理クロムウェルにシゴカれてからもう随分と経つのだが

逃げ出す事のできない環境故に打ち込むしかなかったマーロウ

だがその成果は確実に目に見えてきており

上達するという事に対して満足げに笑う姿も見かけられるようになった

しかし、それでも一般的な騎士に比べてみれば実力はまだまだ。

騎士学校での基礎訓練を得て配属された者達とは違いその体力も知識もまだ同じとは言えない

それは本人も承知、だが学校での経験が全てではない。

大切なのは本人の志なのだ

そして最低限の能力を得たと言う事でついにマーロウはテント群担当課の騎士として任務に付く事となった・・

 



テント群担当課という部署はルザリア特有のモノと言って良い。

貧民、難民が暮らしている訳でありそれが群れを成して生活をするのは

治安上問題があり通常撤去させるのが専らなのだ

余所ではそれが社会問題になっており公園にてテントを張り暮らしている都市もある

そしてそれらの撤去を担当するのが騎士団

 

だがルザリアではテント群の存在は領主の放漫運営のために黙認されており

騎士団もその生活の向上に手を差し出している。

そのために設置されたのがテント群担当課である

土地区画整備に始まり戸籍調査、炊きだし、就労補佐を行い貧民達の救済を行う

だが他にも余所から来る者達の管理なども重要、

犯罪者など曰く付きの者などをいち早く見つけ出す必要もあるからだ

その仕事の成果は上々、

ルザリアのテント群は貧民達にとって天国とさえ言われておりそこを目指す者すら出始めている。

だが安易にそこに住まわす事を認めていたらテント群はどこまでも大きくなってしまう

そこでタイムはテント群の住人にそこに住まわす条件を提示した

 

一つ、都市に対して何らかの無料奉仕を行う事。

 

一つ、居住するに至っては自身の経歴を事細やかに記す事。

 

一つ、最低限の常識を元に争い事を起こさず慎み深く生活を行う事

 

一つ、騎士団からの命令には忠実に従う事

 

これを守れなかった者は追放処置され二度とルザリアの地を踏む事を許されない。

しかしそれをきちんと守れば都市の一員として認められる事もある。

特に騎士団主導で行われるテント群住民の都市内美化活動は商業地区の商人達には好評であり

その働きようからスカウトされる事もある

故に働き者はいつかは正規雇用にたどり着ける環境が整えられていると言える

無論、怠けていつまでも炊きだし目的でテント群に居座る者はつまみ出される

貧民と言えども意欲の有無では大きく違うのだ

そうした取り組みの中、

住民の権利のようなモノはないのだがテント群という存在は都市内で評価を上げてきている

本来、無頼者の集団であるはずモノが都市活動を縁の下でサポートしているのだ

プラスはあれどもマイナスはない、

あるとしたら妙な美意識を持つ貴族連中が嫌悪感を出す程度・・

だからこそ、その管理を行うテント群担当課はルザリア騎士団の中でも他担当と同等なくらい重要な部署となっていた

 

 

「さて、ここが私達のフィールドよ。マーロウ君の性格上休日でも近寄ってはいなかったでしょう?」

 

「・・ああ、それはそうだけど・・なんか・・思っていたのとは違うな・・」

 

テント群の広場にて説明を行うニクス、それに対しマーロウはしきりに周囲を気にしている

無理もない、まるで軍のベースキャンプのようにテントが区画分けされきちんと整理されているのだ

通路もゴミ一つおちておらずそこが貧民層が暮らす地域とは到底思えない

「ルザリアのテント群はひと味違うって事よ。下手な都市より治安はいいかもしれないわね」

「嘘・・じゃなさそうだよな。貧民が住んでいるって感じが全然しないし」

「そこがタイム団長やスクイード室長のすごいとこよ。

本来撤去してしまうものを活用してこれだけ立派な空間としているんだから」

「でも・・貧民だろ?」

「は〜い、マーロウ君。ここで働くならその考えは捨てなさい。

ここには様々な過去を持つ人が訪れて生活をしているの、

相応の失敗があってここに辿り着いたのでしょうけどそれ以前には立派に働いてきた人がほとんどよ。

だからここの皆は下手な貴族よりも教養も良識も持っているわ。

その結果テント群としてのコミュニティーが確立しているの」

「失敗で全部失ったって訳か・・貧民にも色々あるんだな」

「それはそうよ。成功する者がいれば失敗する者もいる・・それが世の中だもの。

ああっ、因みに身元調査以外でここの人に過去の経歴を訊くのは禁止事項よ?」

「えっ、なんでだよ?」

「過去を捨てて新しく生きていこうとしているのに古傷掻きむしられちゃ嫌でしょう?」

「──なるほどな・・、ってかそれってナーバス過ぎないか?」

「マーロウ君も没落したらその人も気持ちが理解できるわよ」

「・・・死んでも御免だ」

「よろしい、それじゃ区画の説明するね。

現在地はテント群中心の広場、炊きだし等はここで行うの。

あそこにあるテントが仮詰め所として使わせてもらっているわ」

「仮詰め所・・?」

「現場での休憩や調書などを取る時に使用する小屋みたいなものよ、

他の地区は都市内にきちんとした物があるんだけど

ここはテント群だからね」

「なるほどなぁ・・、ってかちゃんとしたの建てないのかよ?」

「まぁそう言う案は出ているみたいだけどね。それじゃ区画の説明ね。

都市周辺を囲む壁に近いところから東西南北に大きくブロック分けされて整備されているの。

それでブロック内でも番地分けされているわ

各テントに番地を表示した布が縫い合わされているのが目印ね

基本的には大きな通りを挟んで番地分けされているから大まかな位置はすぐ慣れていると思うわ」

「すげぇな、そこまで整備しているのかよ・・」

「基本的には普通の街と考えていいと思うわよ。

それで、この大通りの先にテント群を治めてくれているセイレーズさんが住んでいるわ。

後で挨拶に行きましょう」

「治めている・・?ここを統治しているのって俺達じゃないのかよ?」

「私達だけでやっている・・って考えは傲り以外の何物でもないわよ。

テント群の住民の中での代表者として協力しているの。

だからこそテント群なんて特異な状況下でも把握ができているの、

こんな仕事、騎士だけでこなせる訳ないでしょう?」

「・・そういうもんなのかぁ・・」

「ここにやってくる人は大抵騎士に対して良い感情を持っていないからね。

とりあえず今日はテント群全体の把握と
セイレーズさんの挨拶程度でいいでしょう」

ニコリと笑うニクス、スクイードからマーロウを頼まれており彼がやる気を出すように色々と考えているのだ

そう言うニクスも新米ではあるのだがそれだけ彼女が優秀なのである

「色々大変そうなところだな・・。ってか、ニクスだって貴族なんだろう?

わざわざこんなところで働くために志願したのかよ?」

「私?・・まぁ、色恋目当てで親のコネ使った訳じゃないからマーロウ君と全く同じじゃないわよ♪」

何気に一言が鋭い、しかも笑顔で言う分その一撃はマーロウの心にチクチクと痛みを与えている

「・・ぐ・・、ズバっといいやがって・・」

「ふふっ、私はここで生まれ暮らしているから純粋に騎士に憧れていたのよ。

部署はどこだろうと関係ないわ、ここだって特殊だけど立派なルザリアの一部なんだしね」

「・・ニクスは立派だなぁ・・」

「私だけじゃないわよ、マーロウ君も、

一応はタイム団長やクロムウェルさんにチャンスをくれたのだからこれを機にがんばってみなさい。

大変だけどそれは貴方にとってマイナスにはならないわよ」

「・・・・、忠告は受け取っておくよ」

 

同じぐらいの年齢、しかし人としてはかなり差が出ている事にマーロウは何とも言えない顔つきになる

同じ貴族出身である事も彼には大きいらしく自らの未熟さを恥ずかしく思いだす

そこに・・

 

「おやっ、ニクスさん。お勤めご苦労様です」

 

飄々とした声で近寄ってくるは紫色のラーメン髪な青年ことフィート

カジュアルな服装で顔は紛う事なき美男子、だがどことなくホストっぽい雰囲気を醸し出している

「ああっ、フィート君こんにちわ」

「こんにちわ、毎日大変ですね・・っと、こちらはあの有名なマーロウさんですね」

「ええっ、そうよ。マーロウ君、こちらはフィート君よ」

「え・・?あぁ・・ちわっす」

いきなり説明されてもどうすればわからないがために軽く会釈するマーロウ

それだけの社会適応能力は出てきたようだ

「こんにちわ、先輩に目を付けられて五体満足な人は久々に見ますねぇ・・」

「・・??先輩?」

「ああっ、クロムウェルさんの事よ。

フィート君はクロムウェルさんとコンビを組んでる魔術師さんで


今でも騎士団に協力してくれる事が多いの」

「──まぁ、半強制なんですがね。

それにしても〜、ボンボンだけど骨があるって言っていただけの事はありそうですね。

思っていたよりもしっかりしているじゃないですか?」

「・・あんな、フィートだったか?そんなのは当人目の前で言うなよ」

「ははは、これは失敬。まぁがんばってください、テント群は人手が不足して大変ですからねぇ・・

ニクスさんが所属して少しはマシになりましたがまだまだ充実しているとは言えませんですし」

「そうなのよねぇ、

クロムウェルさんとアンジェリカ教官がフィート君を強制的にテント群配属させようかとも話していたわよ?」

一応は何でも屋を続けているフィートなのだが最近は騎士団絡みの仕事が多い

それは一重にクロムウェルのせいでもあるのだが・・

まぁ手伝って貰おう以上報酬は必要、法王レベルという事でその額は中々のモノでありそれだけで十分生活はできている


「はははは・・・冗談・・じゃなさそうですね・・。まぁ、マーロウさんがいれば大丈夫でしょう!」

「・・素直に喜べないぜ・・」

「──それはそうとマーロウさん、

随分と物騒な首輪をしているじゃないですか?・・これはアンジェリカさんですね・・」

そう言い首に付けられた質素な輪を見つめる・・

「っ!わかるのかよ!?」

「ええっ、外せないようにプロテクトされてますねぇ」

「そうなんだよ!ここから出ると首が吹っ飛ぶって脅されてよ!どうにかならないか!?」

「・・これは本人以外解けませんね。それに〜、首が吹っ飛ぶなんてのは嘘ですね」

「マジか!?・・んだあのアマ、嘘だったのかよ」

「ええっ、全身木っ端微塵に爆砕されますよ。

察するに個人が特定できないほど痛ましい肉塊が飛散する事になるでしょうねぇ

まぁ、お下品なアンジェリカさん風に言えば『綺麗な赤い花火』ってところですか」

「!!!!」

軽く言われた新事実にマーロウの体は硬直される

確かに首が飛ぶのと全員滅茶苦茶になるとでは結果は同じでもショックは違うだろう

「確かタイム団長を馬鹿にした発言をしたんですってね・・

まぁアンジェリカさんの目の前で言わなかった分運が良かったですねぇ・・

もし言っていたら『亜空間にばらまかれて』いましたよ?」

「アンジェリカ教官って団長のことになるとムキになるの?」

「・・・、まっ、そうですね。アンジェリカさんにとっては数少ない友人なんでしょうからね。

もっとも、ただの友人では・・なさそうですがね」

「ただの友人じゃない??」

「う〜ん、まぁニクスさんにはまだ早い関係ってところですか。

まぁそれでなくてもタイムさんに好感を持っている人は多いんですから〜、

そんな発言して良く無事なものです」

腐れ縁と言う訳でフィートはアンジェリカの事を良く知っている

故に彼女がタイムに対して抱いている感情も看破しておりそれをふまえた上で小馬鹿にしているようだ

「・・無事じゃねぇよ、こんなもん付けられたしクロムウェルにしばかれたし・・」

「それは勉強代って事で素直に受け止めておくものですよ。

何も知らずに先輩に逆らえばそれでは済まないでしょうからねぇ。

前科者の先輩への恐怖心から見て取れるでしょう」

「・・・・ああ」

「まっ、下手な真似しなければ先輩も理不尽に手を上げませんから・・がんばるといいですよ。

ではっ僕はこれにて失礼します」

「ああっ、行っちゃうんだ。なんなら手伝ってもらおうと思ったのに・・」

「残念ながら、男の世話をする趣味は持ち合わせておりませんので・・勘弁してください」

そう言い爽やかに笑いながらフィートは去っていく

年下の少年なれどその後ろ姿はどこか堂々とした物が感じ取れた

「・・変わった奴だな・・フィートって」

「何でもアルマティの法王に選ばれたほどの魔術師らしいよ?」

「アルマティ?ほうおう?」

「・・・もう、室長も言ってたけどもう少し世界についての常識って言うのは学んでおいた方がいいわよ?

アルマティって言うのは都市名、南の海に浮かぶ島に存在して魔術の最高峰とされているの。

法王って言うのはそこでの最高の魔術師である称号、

アンジェリカ教官もアルマティ出身でフィート君と法王の座をかけて争った事もあるらしいの」

「・・・つまりはとんでもねぇ魔術師ってわけだな。そんなのが二人もここにいるとは・・」

「何かの縁なのかもしれないわね。さぁ、じゃあ行きましょう!」

笑顔で張り切り先導するニクス、対しマーロウは少し緊張したのかぎこちない足取りでそれに続き

テントの群れを分ける大きな砂利道を進んでいくのであった

 

・・・・・・・・・

 

その後、ニクス達は一時間ばかりかけてセイレーズとの面会とテント群の巡回を済ました

セイレーズもマーロウの事は特に興味もない様子であり騎士団としての認識がされた程度であった

貴族に対して嫌悪感などは特別持たないのだが

やはりマーロウ自身の人格は嫌いとまではいかないが好きではないらしい

それに対しニクスはセイレーズのお気に入りのようであり軽い世間話に華を咲かせていた

だが職務という事でニクスの方から話を切り上げそのままテント群の見回りに入ったとか・・

そういう管理は徹底されているのがニクス、若いのにそれだけの信頼を得るだけの事はある

見回りと言っても常日頃から犯罪が横行するような場所でもなくマーロウの案内がてら連れて行く程度、

以前ならば複雑に入り組んでいたのだが区画整備がされてからは実にわかりやすくなり

案内は実にスムーズに進み二人は再び広場へと戻ってきた

 

「はい、これで一通り回った事になるわ」

 

「・・ふぅ、どこもかしこも同じかと思ったら結構わかりやすいもんだったな」

 

大きく伸びをして感想を言うマーロウ

彼が言う通り番地の区別などはわかりやすくされている。

通りを開けているのもあるのだがテント毎に目印のような物を設置しておりそれでどこなのかわかるようにしてある

「そこら辺の工夫はされているしテント自体それほど大きな物じゃないからすぐに慣れるわよ」

「・・だな、うし、がんばってみるか!」

「・・ふふっ、やる気じゃない?最初見た時とはまるで違うわね」

「う、うっせ!逃げられないから仕方なくやっているだけだ!」

「はいはい、わかったわ」

ふてくされるマーロウに対し静かに笑うニクス

穏やかな午後の光が二人を照らしそのまま順調に屋敷に帰還するかと思ったその時・・

二人の後ろ、広間のど真ん中の地面が不意に淡く光り出す

「・・ん・・?何だよ?あれ・・?」

マーロウがふとそれに気づき不審そうに見つめる、

その間にも光は形を模りその力を強めていく

「・・何?これ・・、魔法陣・・!?」

警戒を強めるニクス、その瞬間に法陣は完成し一際強い光を放った

光が失われた魔法陣は静かに消えそこには一匹の犬と思われる生物が立っていた

シルエットとしては大型犬、

だが皮膚は鋼鉄の丸い鱗のような物で覆われており足にはまるで金属のような
鋭い爪が生えている

頭部も同様、耳も鼻もない球形の物であるが口は鋭い牙が並んでおり涎が垂れている

目はないものの殺意は全身で放っており一種異様なる姿を見せていた

それは自然界に生息しゆるはずもない半鉱物の猛獣、

こんな都市の中に存在するはずもない災い・・

 

「魔法生物・・!?それに今のは転送召還・・!」

 

それが何なのか理解したニクスはすかさず剣を抜きマーロウを庇うように前に出る

「お、おい・・何だよ?こいつ・・」

「わからない──けど、おおよそ大人しい性格じゃないわよ。

マーロウ君は下がって、勝てる相手じゃないわ!」

強引に彼を制すニクス、そのまま異形犬の前に出た

彼女の装備は官給品であるロングソード、

女性が持つという事でロングソードの中でも軽量化が加えられているのだが

無駄な装飾など一切ない実戦用の物であり切れ味は鋭い

だが防具の面では不安が残る、

騎士制服には一応の防刃加工はされているが魔物の刃を防ぐような設計はされていない

その上に装着している板金鎧も巡回という事で最軽量を施したダミーアーマー

防具としての効果に期待はできない

「だ、大丈夫なのかよ・・?」

「マーロウ君は連携はおろか実戦の経験もないでしょう!無理に出たら怪我じゃ済まないわ!」

「だからと言ってニクスは・・」

「私は先輩なのよ!いいからそこで見ていなさい!」

珍しく叫ぶニクス、それほどまでに余裕のなさが伺える・・

だが次の瞬間ニクスを敵として取られた異形犬は身を屈めたかと思うと異様な跳躍で彼女に飛びかかる!

「っ!?この・・!!」

咄嗟に身を下げながら迎撃を行う、大きく口を広げて噛みつこうとする獣にロングソードを叩きつける!

 

キィン!

 

鋭い一撃だがそれは異形犬の体を切り裂くことは出来ず弾かれてしまった。

しかし衝撃はきちんと伝わっており異形犬は身を翻して飛び退いた

「・・・くぅ・・!何・・あの体・・まるで鉄じゃない・・」

手がしびれたのか軽く振って構え直すニクス、顔つきに余裕は感じられない

「鉄って・・どういう事だよ・・?」

「あんなの自然界にいる訳ないでしょう?

人造の魔法生物の一種・・さっきの光はあの犬を転送する魔法の一種でしょうね・・。

対人・・剣士を想定しているのかあの鱗は金属に近い成分、

今渾身の力で斬ってみたけどあの通りピンピンしているわ」

「な・・まずいぜ!?それだったら逃げないと!」

「マーロウ君!ここで逃げたらテント群の皆は危険な目に遭うのよ!・・私達で何とかしないと・・!」

「だけどっ!どうするんだよ!」

「普通でダメなら気転を利かすのよ!回路(サーキット)発動(オープン)・・実戦使用は初めてだけど・・・!!」

強く念じてニクスが魔術を行使する・・、

するとロングソードの鍔の部分に小さな立体魔法陣が展開され

その刃の色が淡く赤色に変色していった

「魔法・・って奴か・・?」

「騎士学校じゃ習うものよ、もっともこれはアンジェリカ教官が教えてくれて改良をした物だけど・・

これで・・焼き切る!」

そう言い気合いを込めて駆けるニクス、対し異形犬もニクスを完全に獲物と認識したのか真っ直ぐに駆けだした

 

「てぇぇぇい!」

 

再び飛びかかる異形犬、今度は鋭い爪で引っ掻こうとするもそれよりもニクスは速く切り込む

そして熱を帯びた刃が鉄の体を持つ獣の頭を深く切り裂いていった

新米の彼女にしてもそれを思わせない見事な一撃、それは普段の訓練の賜であり

彼女でなければ恐らく怖じ気づき攻撃にならなかったに違いない

・・しかし・・

体を深く切り裂かれた状態でもさらに動き続ける異形犬、

痛覚などは存在しないらしく自身の事などおかまいなしに腕を走らせ、

ニクスの右腕から胸元にかけて切り裂いた!

「っぅぅぅ!!」

「ニクス!!」

激痛と衝撃で吹き飛ばされるニクス、

異形犬は体に深く剣が刺さった状態で着地しつつゆっくりと彼女を見やった

身体機能は低下しているもののまだ戦闘は可能のようだ

対しニクスの方は思わしくはない。

右腕からは血が噴き出し、ダミーアーマーは綺麗に切り裂かれていた

通常ならばパニックになるもニクスは冷静に傷口を見て回復魔法にて傷を治そうと行動を開始する

「・・ニクス!大丈夫かよ!?」

そんな彼女に血相を変えて近寄るマーロウ

「私は大丈夫、でも・・戦闘は無理ね。

マーロウ君は逃げて・・屋敷に駆け込んで室長達に応援を求めて」

「っ、そ、そんな事したらニクスは・・」

この状況で逃げ出す事はニクスの命を危険に晒す事になる

それはマーロウでも十分理解でき、だからこそ戸惑っている

「大丈夫だって。増援まで逃げ回れば済むわ、相手も相当な深傷だし・・

さぁ、速く行きなさい。これは命令よ」

強い口調で言うニクス、その前方では異形犬が体を振り彼女のロングソードを落とした

それと同時に黒みがかった液体が飛び散るのだが動きが止まる気配は全くない

「・・冗談じゃねぇ!ニクスだって戦っているんだ!ここで退けるか!」

「マーロウ君!」

「俺はボンボンだ・・、だけど・・それでも・・意地ってもんがあるんだよ!!」

精一杯の強がり、そして彼は携帯するロングソードを抜き構えた

「ダメよ!マーロウ君!」

それを強い口調で止めるニクス、自身の傷を見た時以上に顔は青冷めており

必死に彼を止めようとしている

「うるせぇ!俺だって・・ルザリアの騎士だ!!」

「・・マーロウ君」

「いくぜ!腐れ犬野郎!でやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

捨て身に近い一撃、しかし基礎はみっちりとたたき込まれたが故にその動作は基本に充実、

気迫の篭もった上段斬りは動きの鈍っている異形犬の体を真っ二つに切り裂いた

体を両断された異形犬、

しかし叫び声を上げる事もなく体を小刻みに痙攣させたがそのままピクリとも動かなくなった

 

「はぁはぁ・・やった!やったぞ!」

 

返り血を浴びて息を切らすマーロウ、しかしそんな事に構わず敵を始末出来た事に興奮をしている

「ど、どうだ!ニクス!俺だってやればできるんだ!」

「うん・・今のは良い一撃だったわ・・・っ!マーロウ君!後ろ!」

咄嗟に血相を変えるニクス・・

「・・えっ・・?」

何かと振り返ったその前にはあの異形犬が爪を立てて正に目の前に迫っている。

倒したはずの敵が何故・・、そう思う間もなく鋭き爪がマーロウの顔に近づく

歴戦の猛者ならばまだ反応できるものの、

新米の彼にはとても動けるはずもなく呆然としている

もはや回避は不可能、そして当たれば人の皮膚など容易に切り裂かれる



だが・・

 

バキィ!

 

鋭い爪がマーロウの顔を切り裂くよりも速く、襲撃者の体は吹き飛ばされた

「間に合ったようだな・・」

そして軽く声をかけるは黒服の金髪男、クロムウェル

咄嗟に跳び蹴りにて異形を軽く蹴り飛ばしたようなのだが、

犬に対して致命傷は与えられていない

「クロムウェル!?」「クロムウェルさん!」

「よぉ、大変だったようだな、・・まっ、俺が来たからには安心しなさい」

「安心しろって言われてもよ!

こいつらどこから湧いてきているんだ!?一匹だけかと思ったのに・・」

先ほど両断した死骸は目の前に転がっている、

今唸りながらクロムウェルに敵意を出しているのは別の一匹・・

「テント群だけで10匹ぐらい目撃された。フィートとぶらついている時に遭遇して駆除してきたんだ。

全く・・ここの住人の大半が都市内で活動する時間帯で助かったぜ・・怪我人はニクスだけだ」

「あら・・それは、恥ずかしいですね・・」

「んな事あるかよ。ともかく・・さっさと仕留めるか・・ライトニングブレイカー!!」

警戒する異形犬に対し全く動じずクロムウェルは突撃・・その右手は激しく放電をしだす

後はそれを叩きつけるのみ、

雷の拳は異形犬の横腹に深々と突き刺さりその瞬間その体は粉々に爆砕された

 

「・・つ・・つえぇ・・」

 

苦戦した相手を物ともせずに倒した事に呆然とするマーロウとニクス、

そんな彼を気にも止めずにクロムウェルはニクスの様子を見だす

「ふぅん・・爪で引っ掻かれたか・・でも深傷って訳でもないな」

「そうですね・・でもしばらくは力仕事は無理そうです」

「・・だな。屋敷で良く診て貰え、アンジェリカなら痕が残らないようにしてくれるだろう」

「ありがとうございます・・。マーロウ君も・・ありがとう」

「え・・あ・・おう、ちょろいもんだぜ」

突然ふられた事に軽口を叩く・・が、彼にまだその実感が湧いていないようだ

「な〜にがちょろいもんだ。俺が加勢しなきゃその顔がパックリ切り裂かれていたんだぜ?」

「う・・そ・・れは・・」

「・・まぁ、よくやった。お前にしちゃ上出来だ。

初実戦がこんな素敵な魔物なら大抵は腰抜けて使い物にならないが

お前はそれでも仕留める事ができたんだ」

「だが・・ニクスが怪我しちまった。素直には喜べねぇよ」

「ば〜か、うぬぼれるな。

怪我人出さずに切り抜けるにゃ力不足もいいところだ、現状のお前の実力で最善を尽くせただけ満足しておけ」

「・・わかった・・」

「うし、住民の一人に通報を頼んだ、

もうじきスクイード達が到着するから後始末はあいつらに任せて、お前達は屋敷に戻れ。

ニクスはそのまま治療、マー坊はタイムに状況を報告しろ。

俺は他にいないかフィートと見回りをする」

的確に指示を出すクロムウェル、

普段とは違うたくましさが垣間見えニクスもマーロウも素直にそれに従うのであった・・



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