第四話「interludeU〜踊る裏交差点〜」


ルザリア騎士団に迷惑男が訪れてから数日が経過した

流石に毎日シゴキが続くと体を壊してしまうが故に

正当性を確保するためにタイムは彼に休日を与えた

・・もっともそれまでに脱出できないように細工が施されている

例え伝書屋にて助けを求める書面を渡そうにも騎士団に直結され

彼が訓練場に監禁されている間にルザリアのあちこちに彼のことが掲示された

大げさに警戒する必要はないが手助けを求めるようならば拒否しろ・・っとの事。

それにクロムウェルのサインがあったが故に大半の者は同意したようなもの・・

暴れ牛と呼ばれる男だがこの都市への貢献度は高い

悪ふざけはするものの基本的に善人に対して迷惑をかける行為はしないのだ

そしてさらに効果的なのがマーロウに付けられた首輪。

爆破物以外にも発信装置ともなってもいたりその移動は筒抜け、

極めつけはハイデルベルク騎士団の情報部から新米を二人ほどよこして休日のマーロウの尾行をさせている

これはクロムウェルからの命令、オサリバンの元へ直接駆け寄り強引に連れてきたのだ

まぁ一応は任務という事で訓練がてらという事で新米達もさほど嫌な顔をしなかったとか・・

 

「・・けっ、うるさい街だぜ・・」

 

愚痴りながら表通りを歩くマーロウ、

連日のシゴキにより地獄の筋肉痛に悩まされているのだがそれでも無理を押して街に出ている。

でなければやっていられないのだろうだがそれでも彼には監視の目が幾つもある。

何気にすれ違う人々も彼に気付かれないようにチラリと様子見をしているのだ

流石は貿易都市の民、

どこからともなく厄介者が流れてくる土地柄なだけに

ここに住む者達は不審人物と思われる者に対しては水面下で連絡を取り合い警戒をしている

その情報が騎士団へと流れ事件などの早期解決へと繋がる件も少なくない

優秀な指導者がいるだけで治安が上がるものではない

本来『治安』というモノは役割を担う者のみに課せられたモノではなく

そこに住む者全員で築き上げていくモノ・・

そこらはルザリアでは皆わかっており見事に形にしている。

余所では騎士団に不審を抱く処もあるのだがここの住民はタイムを信頼しており情報を流す理由になっている

それこそが代表者に求められる魅力(カリスマ)というものか

 

しかし、彼らの名誉のためにことわっておくが情報を連携すると言っても

外部の人間へ常に不審な目を向けているわけではない

寧ろ外国からの露天商などにも気さくに接している、

貿易都市という名を持つ都市、住民が余所者を毛嫌いしては成り立つわけもないのだ

人が沢山流れ込み物が入り交じる、

そんなある種特殊な環境故にそこに暮らす者は
門を広げ人を招きつつも

不審物への警戒に力を入れているのであった

 

「・・はぁ・・首輪とれねぇしあのクソ教官には言いように使われるし・・

ろくな事がねぇな・・クソ!
・・だがこのままじゃ終わらせねぇぞ・・」

 

忌々しげに愚痴りながらマーロウは大通りから裏通りへと足を踏み入れる

ルザリアに来て日が浅い彼なのだがその歩に迷いはなく建物に挟まれた細い通路を進む

するとその行き先を遮るように立つ大男が・・

一人は褐色肌のスキンヘッドでサングラス着用、

黒いスーツを着ており明らかに真っ当な職には就いていない

もう一人は白肌の金髪男だが額から頬に掛けて入れ墨が彫られておりこちらは着ている物は粗雑、

ならず者感が非常に漂ってくる

「お待ちしておりました、坊ちゃん」

「おう、・・ったく。よもやお前達を使う事になるとはなぁ・・」

「団長を口説き落とすのは上手くいかなかったので?」

「ああ、忌々しい奴がいてな・・」

スキンヘッドの男が差し出す煙草をふんだくって咥えながら愚痴るマーロウ

察するに二人は彼のボディーガードと言ったところ

「坊ちゃんが騎士団屋敷でお過ごしになられている間に街で変な張り紙が貼られていましたよ。

坊ちゃんの事を気をつけるように・・っとの事です」

「んだとぉ・・?」

今更ながらに気づき地団駄を踏みながら怒るマーロウ、

その姿は余りに滑稽でよく似合っている

「回収しては怪しまれるのでとりあえずは放置しておきました。

でも、昨日になって金髪で柄の悪い男が回収していましたよ」

「・・くそ、おい・・その男・・クロムウェルって野郎だ。

・・・殺せ」

「・・よろしいので?」

「ああっ、どんな手段を使ってもいい!俺をトコトン馬鹿にした罪ってのを教えてやれ!」

「御意に・・・では殺して近くの川に流して参ります」

一礼して裏通りを歩いていく男二人、その姿はマーロウには逞しく見えており

「ケケケッ、覚悟しやがれ。クソムウェル・・俺の馬鹿にした罰だ」

一人ほくそ笑みながら煙草に火を付け裏通りにて吉報を待つ事にした

 

 

──────

 

その一方で今日も元気にルザリアの街を練り歩くクロムウェル

つまらない事務仕事も一段落が付きタイムの邪魔もできないので

こうして自由気ままに外を歩いているのだ

もっとも、あくどい事を企む人間に取っては何気なくうろついている彼の姿が

巡回している騎士と同じように見えている

ここの裏業界ではルールがある

『クロムウェルの前では仕事をするな』

それは鉄則であった・・。

例え表社会の道を踏み外した場所であっても彼の恐ろしさは行き届いている

暴走牛(スタンピート)の異名を持ち騎士団との関わりも深い男クロムウェル、

もはや彼に逆らうのは不可能であり抵抗の素振りも見せてはいけないとされている

 

「ん〜、カムイに詳しい奴なんていないよなぁ・・。

ここは西国一帯の貿易行路の終点だからこっから東に行く奴なんてほとんどいないだろうし

やっぱクラークさんにでも聞いてみるかぁ・・」

 

表通りをブラブラ歩きながら最愛の女性との旅行計画を練っている

彼がぼやくようにルザリアは西のフィン草原都市群などを横断する貿易ルートの東側終点。

ハイデルベルク行きの物品が届く地点でありここからハイデルベルク内の都市に運搬される

故にカムイの情報に詳しい者は余りいないのだ

逆にルザリアにいながらもフィン草原都市群やサマルカンド地方の情報は入ってきたりもする

人の流れは情報の流れでもある

 

「・・ってもクラークさん旅行なんてしないだろうからなぁ・・クローディアに・・

いや、あいつも遊ばなさそうだな・・」

 

ここで情報を集めようとしても無意味、

知り合いであるクラークやクローディアに頼もうとするも

二人ともそんな観光に回るタイプではないと思いため息をついた

事実クラークは出不精、クローディアに至っては貧乏性なのでそんな遊びなど考えもしないであろう

唯一遊んでいたと思われるのはクローディアの姉にして彼の恩師である女剣士ナタリー。

よくしゃべり遊び慣れていると思いきや・・

その実、
妹にばかり尽くしてきた故にその手の情報には詳しくなかった

彼女は明るく身勝手かと思われる態度をしていたが

その内面は献身的であり自己犠牲の精神を常に持っていた・・

だからこそその死は多くの人に影響を及ぼしそこにいる青年の心にも深く刻まれている

「あ〜あっ、まっ・・現地の奴に聞けばいいところもあるかな・・んっ?」

だらしなくポケットに手を突っ込みながら表通りを歩く中あからさまに彼の進路に立ちはだかる男二人

 

「よぉ・・ちょっと付き合えや」

 

見るからにゴロツキ、睨む瞳は殺気立っているもクロムウェルは涼しい顔をしている

「付き合う?・・おいおい、そういう趣味はねぇよ。男二人いるんだからチチクリあってろよ」

「ふざけるな、お前に用があるんだ」

スーツ姿の褐色肌男が腕を鳴らしながら威圧する

「・・ああっ、そっち。いや〜、兄ちゃん達ガタイがいいし柄が悪いからさぁ・・

その手の奴って同性愛が意外と多いんでなぁ・・てっきりそっちのお誘いかと思ったぜ」

「舐めやがって・・こっちこいや、ぶっ殺してやる」

「──ふぅん、いいぜぇ?ただし・・」

 

「・・あぁ?」

 

「何があっても・・後悔すんじゃねぇぞ」

 

 

 

─────

 

 

30分経過

裏路地にて手下の帰りを待つマーロウ、

地べたには煙草の吸い殻が徐々に増えていっており本人もどこか落ち着かない。

クロムウェルを襲うように手向けたのはルザリアまで同行させただけあってその力量を信用している者達

だが、相手は自分を散々に痛めつけた教官クロムウェル。

普通ならばほくそ笑んでいるところ、心の中では不安にかられている

 

「・・くそ・・くそっ!何を焦ってんだ俺は!あんな奴なんて今頃二人がぶっ殺しているはずだ!」

 

自分を納得させようとそう叫ぶも安心できない

そこに・・

「坊ちゃん・・」

あの黒スーツの声がした、

一瞬舞い上がり声のした方を振り向くマーロウであったが瞬間顔が真っ青になった

「お前ら・・」

細い路地を這いずりながらやってくる部下達、

さっき襲撃に向かわせたと思えないほどボロボロになっており

体中痣だらけ、サングラスも綺麗に割られておりそのまぶたは大きく腫れ上がって視界を遮っている

関節もやられたのか体の動きはギコチなくもう一人の入れ墨を入れたゴロツキの方も見るに耐えない

入れ墨に対抗してなのかインクにて顔中落書きがされている・・

そのために腫れ上がった顔が目立たないのは彼なりの気遣いであったのか否か・・

「申し訳ありません・・、あいつは・・」

「な、なんだよ・・それ・・、お前らが負けたって・・」

「しょ、勝負になりませんでした・・。

何とか坊ちゃんの事はばれずに済んだかと・・う・・・」

それだけを報告しに命懸けで帰還した二人、

だがそれ以上は意識が持たなかったようで糸が切れた人形のように倒れ込んだ

「嘘だろ・・なんで・・」

恐怖にかられるマーロウ、そこに・・

 

「よぉ・・坊主、そこらは俺達の領域なんだよ。邪魔だからどっか失せろや」

 

顔に無数の切り傷が入った傷物スキンヘッドなヤクザが大股でやってきた

東国に影響でも受けたのか腹にはサラシとドスを刺しておりいかにも危ない人という雰囲気を出している

「な・・なんだよ、俺はベネディクト家の御曹司なんだぜ?」

「うるせぇよ、坊主。何訳のわからん事をいってやがるんだ?あぁ?」

得意の家自慢も通用せず・・

そもそもそれが本当に通用すると思っている時点で致命的ではある

「・・あっ、そうだ!あんた裏の人間だろう?ちょっと殺しを頼まれてくれないか!?」

「はぁ?坊主の癖して物騒な事を頼むもんだな・・察するにそこに寝ている奴は失敗でもしたのか?」

「・・ああっ、そうなんだ。金なら弾む!一生遊んでいけるほどくれてやってもいい!」

自信満々に言うが安易にその筋の人間に頼むものではない事をマーロウは知らない

何故ならつけあがるから、提示金額を払おうとも「貴族がヤクザに殺しを頼んだ」という事実は十分脅迫材料になる

それはこの男も考えているようで少し考えた後にニヤリと笑い態度を一変させる

「ようし!いいだろう!どんな奴だ?今日中に川に沈めてやるぜ?」

「そうか!相手はルザリア騎士団にいるクロムウェルって野郎だ!」

「!!!!!!!!!」

クロムウェルの言葉にヤクザの顔が凍り付く・・先ほどまでの威勢は全く消え去り青冷めている

「お、おい・・どうしたんだよ?」

「てめぇ・・本気で・・言っているのかよ?」

「当たり前だ!俺はあいつに殺されそうになったんだぞ!

こいつらも役に立たないしあんたに頼むしか復讐しようがない!」

「・・坊主・・てめぇ、余所者だな?」

「・・えっ?・・ああ・・そうだ」

「──、なら教えておいてやる。この都市にいる限りあいつには逆らうな・・それが利口だ」

「なっ、なんだよ!お前も裏の人間だろ!何ビビッてんだ!」

「うるせぇ!俺達だって苦汁をなめさせられているんだ!

いいか!あいつはスタンピートって二つ名を持つ何でも屋で間違いなくここで一番強い野郎だ!

しかも騎士団と手を組んでいやがって抵抗した連中は片っ端から消されちまった!!

あいつ一人でどれだけの組が消滅したと思っていやがる!!」

罵声を放つヤクザの目には涙が浮かんでいた

「う・・そ・・だろ?」

「冗談でこんな事話すか!今やルザリアの裏で生きるにゃあいつの目の届かないところでこそこそするしかねぇ!

てめぇ・・あいつとどんな関係なのかは知らねぇが目を付けられているなら今すぐここから出て行け

それがてめぇの身のためだ」

「お・・おい!本気かよ!一人で適わないんなら集団で襲えば勝てんじゃねぇかよ!?」

「──数集めて囲もうが結果は同じだ、あいつは俺達とは違う・・

だが道理を踏み外さなければ危害は加えねぇ・・。

被害もでかかったがあいつがいるから裏にも通すべき筋はできたんだ。

俺達はあいつとはもうやりあわねぇ・・

振り替えしそう言うヤクザの顔はどこか満足そうである

「あんた・・」

「あいつに目を付けられるには相応な訳があっての上だ、てめぇがそれを改めるか、

尻尾を巻いて逃げるかは俺が決める事じゃねぇ

とっとといきな・・・」

「・・・ああ・・」

そう言い静かに裏通りの闇に消えていくヤクザのおっさん

クロムウェルがこの都市に住み着いてもうかなり経つ

騎士団に協力する以前では彼らもそれなりに大手を触れたのだが、

彼がタイムと結びつき騎士団の一員として活躍するようになってからはそうもいかなくなった

治安向上と維持を目的とする組織が最強の力を得たのだ、

小競り合いを起こそうにも以前ならば幹部は逃れていたがクロムウェルという男が加われば例外なく全滅

機嫌が良ければ一度は見逃す事もあるが不機嫌であれば瞬殺されるのも珍しくはなかった

今去っていった彼もクロムウェルに果敢に向かっていった一人、

手合わせする前までは自分達が勝つと信じていたのだが

結果は余りにも無惨、今でも満足に食事が出来ない仲間すらいる

そんなクロムウェルに彼は心の底から恐怖を覚えた、そして頭にある疑問に思い尋ねた

──てめぇの腕なら俺達を皆殺しにできるだろう、何故生かしておくんだ──

っと・・

それに対しクロムウェルは面倒くさそうに頭を掻きながら応えた

 

「やろうと思えばやっている。・・がっ、俺もお前らの空気は嫌いじゃねぇ。

馬鹿な真似しやがらなければ必要以上に手は加えないさ

・・ってかお前もルザリアの裏住民なら同じ処に住む裏同士でつまらねぇ争いなんてしないで

余所から来る馬鹿を追い払えよ」

 

・・っと。

自分も真っ当ではないがこの都市のためにやれる事をやっている、

それに裏社会の生き残り達は彼を理解していくようになった

まぁ、恐怖によって支配されている感はぬぐえないのだが・・

今去っていったヤクザも標的がルザリアではなく近くの都市だったのならば

もしかしたらマーロウの依頼を受けていたのかもしれない

少なくとも、貴族相手の恐喝は道から外れていないという考えは持っていたのだろうが・・・

 

 

 

・・・・・・・・

 

しばらくして

彼への復讐を考えていたマーロウであったがヤクザのおっさんに諭されそれを断念せざるおえなかった

しかし都市から逃げるわけにはいかない。

おそらくは首輪が爆発するから・・

そんな訳でどうすることもできない道楽息子は気絶した手下を放っておき大通りを当てもなく歩きだした

 

「・・あのゴロツキめ・・一丁前に俺に意見なんて述べやがって・・」

 

愚痴りながらも反論できないマーロウ、何とも言えない状況で煙草を咥えようとするのだが

いつの間にか目の前に通りを封鎖するかのような人だかりができているのが見えた

皆何か熱中しているようで何かを見ている

「・・んだぁ?ありゃ?」

見ない光景に疑問に思うマーロウ、次の瞬間・・

 

 

バキィ!

 

 

離れている彼の元まで聞こえる打撃音、そして人だかりの中から飛び上がる何か・・

「・・な・・」

天高く飛び上がった何か、それは人・・体を捻りながらそのまま地面へと激突した

何が起こったのかわかないマーロウ、

だが倒れている男は手に刃物を手にしていた事からまともな状態ではない事はわかる

そして

 

「再犯にゃ容赦しねぇって言わなかったかぁ?ええっ、おい・・」

 

人だかりから姿を見せる黒服の男・・もはや意識すらない男に近寄る

「・・ク・・クロムウェル」

 

「あらまっ、完全にノびてら・・良い当たりだったから二日は目が醒めないか。牢獄で拘束されてな・・・

ん・・?よう、マー坊!非番楽しんでるかぁ?」

手早く気絶した男を拘束しながらマーロウに気付く笑うクロムウェル

対しマーロウは顔を引きつらせている

「う・・うるせぇ!何が楽しむだ!」

「ははは・・まっ、休みで外に出回るほどならもうちょいシゴイても問題ないって事だな

おまけに・・なんか臭ぇと思ったら喫煙か。

それ吸った分だけ体力減るぜ?いいのか〜?」

「黙れ!誰がお前なんかの言う事なんて・・!」

「親切に忠告してやってんだよ。まぁ実感するだろうさ・・明日の訓練は辛いぞぉ♪」

「・・ぐ・・うるせぇ!人を虐めて喜んでいるんじゃねぇ!」

「いっぱしな口を聞くなミソッカスが、それに俺を仕留めたきゃ他人に頼らず自分でやるんだな」

「・・っ!!!?な、なんの事だよ!?」

「俺が気付かないとでも思ったのか?・・まぁ、別にいいか。んじゃ俺はこいつを連行させる。

体を休めておけ〜、あんまだらけてると吐こうが泡吹こうが容赦しねぇぞ?

まっ、心停止したらライトニングブレイカー(電気ショック)してやるよ♪」

「・・・くっ・・!」

気絶した男を担ぎながらルザリアの街に消えるクロムウェル、

対しマーロウな何も反論する事ができず忌々しげに煙草を地面に叩きつけるのであった


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