第九話  「フィートの心 エネの気持ち」


「ねぇフィート君。ここが儀式の場所?」
塔と街から少し離れた小高い丘に僕とエネはやってきた
街の方は先輩に任せたからまぁ大丈夫だろう・・、
雷の力をつけただけあって攻撃のバリエーションも増えたことだし、
アンジェリカさんやリー先生も応援するだろうからね
ともあれ、彼女にもらった本を持ちこの島で風が集まる『風所』というポイントにいる
ここは風術師の墓場としても使われていて
アルマティで死んだ風術師の遺骨が埋められているところだ。
こうした場所は他の属性の魔術師にもある。
まぁ学んだ属性の強い場所に眠ったほうが安らかになれるんだろうね
「そうだよ、まぁ何にもないんだけどね。
どうやらレイアードの連中も街の方に周っているみたいだし・・ここら辺には誰もいないかな」
ここに来る途中に街で火柱が上がった・・あれはたぶんレイアードの連中の合図か何かだ
それだったらここら辺でうろうろしているわけにもいかないだろう
「そう・・、あの・・フィート君・・」
「ああっ、儀式って言ってもそんなに時間がかかるわけでもないよ」
本のガードを解除して中身を解読・・そしてそれを行使すれば完了だ。
僕の力だと・・大丈夫だろう
「そうじゃなくて・・、フィート君・・そのクリスティアって人を・・殺したの?」
・・・・、そっか。やっぱりアンジェリカさんが教えていたのかな
「・・そうだよ。アンジェリカさんから聞いたのかな?」
「・・うん、フィート君の生い立ちから法王になるまでを・・」
やぁれやれ、僕の弱みでも握るために調べていたのかな
「そっか。僕がどれだけ汚い男か・・わかったかな?」
「ううん、フィート君の気持ちはわかる・・つもり。
女の子を騙していたりしていても・・フィート君私を助けてくれたもの・・
だからそれでも私はフィート君が好き・・」
・・エネ・・
「・・ありがとう。確かに僕は母親に裏切られてから女性を道具としてしか見ていなかった。
一種の女性不審って奴かな。でもエネは違っていた。
いつも曇りない心で僕に接してくれた・・
だから君だけは僕が心の底から安心できる存在なんだ」
「・・フィート君・・・」
「でも・・格好悪いだろ?女に騙されて女を騙すようになった魔術師なんて・・」
「ううん!フィート君はハイデルベルクで一番かっこいいよ!」
・・・・・うわっ、
絶対僕・・顔が赤くなっているよ・・
「ははは・・ありがとう。じゃあはじめるから少し離れていて・・大丈夫、何かあったら僕が守るから」
「うん・・」
少し離れて心配そうに見つめるエネ・・、まぁそんな大層なものじゃないさ
古ぼけた本・・、題は『創造の書』と偽装されているけれども
中身は難解な文字とそれを理解できないようにプロテクトされているんだよ。
それも解読用の魔法をかけてやれば簡単に観覧できる・・。
アンジェリカさんもクリスティアもこの術の精度が悪かっただけの話だ

・・・・

「よし・・解除成功。
『天空に舞いし疾空にて聖空の皇女よ、
契約の書に刻まれし太古の言霊を元に再びこの地にその御魂を集いたまえ
・・・シルフィスティア!』」

ザザザザザ・・・!!

不意に風の声が変わった・・、成功だ。
解除をした本は音もなくバラバラの紙片となり風と共に宙に舞った。
役割を終えたからか・・

『私を呼び起こすのは貴方ですか』

不意に周囲に女性の声が響く、台詞は質素だがその声は全てを癒すが如く柔らか・・
それだけに相手の言葉にみそめられてしまいそうだな
「そうですよ、風の皇女シルフィスティアですね?」
『いかにも、数百年ぶりに私を具現化させようというつもりですか?』
「ああっ、貴方と契約を交わしたい・・どうか、その姿を見せてくれないかな?」
『・・・』
返答は無し。しかし無音のまま舞っていた紙片が僕の目の前に集まりだす・・
宙に舞う紙片にどこからか蒼く輝く風が何重にも混ざり合う
蒼い風・・僕も見たことがないくらい神々しさがある、これが聖霊・・か
やがて風と紙片が入り混じった状態でそれは静かに光ったかと思うと女性の姿となった
「・・綺麗・・」
後ろでエネが簡単の息を漏らす、
一糸纏わぬ裸体で張りのある乳房や美しいくびれ・・
肌の色こそ青いが正しく芸術って奴だ・・しかし
「・・・、何のつもりです?それが本当の顔ではないでしょう・・」
水色の長い髪を流し憂いが漂う美女・・しかし僕には良い感情が湧かない
『貴方の中にある弱さの鏡・・です。契約を交わすとなれば脆弱な心ではいけません』
・・随分とネチッこい試練だね。まさか・・クリスティアの姿で具現化するとは・・
「それはどうも・・、僕に力を貸して欲しい」
『契約・・本当に交わすつもりですか?』
「ああ、冗談で貴方を光臨させたりしないさ」
『契約のためには貴方が大事にしているものを贄として出さなければなりません
・・それでもいいのですか?』
契約・・、何故これほどまでの高位聖霊が封じられていたのか
疑問だったけれどもそんな条件だったのか・・
「大事な・・」
『貴方の心は見えています・・そこの女性・・それが貴方の一番大事な者
・・それを失っても契約を続ける気ですか?』
「・・フィート君・・」
・・エネ・・
「・・、残念だけど彼女は僕の命よりも大切な人だ。契約の餌になんてできないよ」
『・・ならば話は終わりですね・・』
「だけど、貴方の力是非とも欲しい」
・・我侭だけど、我を通す事は大事だからね。
『都合の良い話・・ですね。そんな要求が受け入れられるとでも思っているのですか?』
「まっ、自分でもそう思うけど・・何も無償だとは言わないよ」
そう・・、シルフィスティアの力の変わりにくれてやるモノぐらいある
『・・貴方の全根源魔力を差し出す・・そのつもりですか』
「流石は頭を覗いているだけあるね。言葉は不要かい?」
手にありったけの魔力を球形にして表す・・
『・・・・、自分の存在意義を失ってまで私を求めるわけですか・・』
「僕の地位や魔力なんてそんなに価値があるわけじゃないよ。
それより周りで僕を見てくれる人のほうがよほど大切だ」
法王の名に執着してきたけれども・・
ルザリアの生活でそれもどうでもいいものと思えてきた。
それは・・先輩がいて、皆がいて・・そしてエネがいてくれたおかげだ。
『・・悠久の時の中で貴方のような考えを持つ魔術師は初めてですよ・・』
「そうかもしれないね、何時の世の魔術師も己の力のみに執着しているものだし・・」
『・・わかりました。特別の契約として貴方の大事な者を捧げるのは止めます』
「・・・」
『変わりに・・私が認められるほどの力があるか・・試させてもらいます!』

ゴウ!!

動作もなく風が走った!?
「フィート君!!」
後ろからエネが声をかける・・それでようやく気付いた
・・僕の肩がスパッと深く切れていて血が噴きだしている
あまりに鋭いから痛みなんてまるでない・・これが風の皇女の実力・・
「くっ!いけぇ!!」
とりあえずは『狂風』で先制しつつ回復魔法で肩の傷を治す・・。
傷口が見事なまでに綺麗な分回復も早い・・が狂風のほうは・・

チュイン、チュイン・・

見えない風の弾丸はシルフィスティアの見えない防御壁に当たるも波紋を残して消し去られた
『私は風を統べる者、無意味は事は止めて諦めなさい』
「僕の頭を覗いているのならその忠告は無意味だということはわかっているでしょう」
尚も狂風で攻撃するが・・まったく効果がない。
並の魔法ではかき消されてしまうほどの防御結界・・、
狂風でさえ効かないとなればアルティメットノヴァを放っても効果は薄いか・・
後効果があるならば・・『ノヴァ・インフェルン』
・・これはあまり使いたくない。エネが傍にいるんだ。制御に失敗すれば・・

ゴウ!

「うわっ・・っと!」
そうこうしている間にも強烈な真空刃が放たれる!
超一流の剣士の真空刃ばりの速さで動作が全くない・・、
風の音を聞いて避けるので精一杯だな・・
「フィート君!」
「大丈夫!僕は勝つ!」
っと見栄張ったのはいいけど・・、どうする・・・
『勝算がなく、まだ私に挑みますか・・ならば・・』
!!・・シルフィスティアが軽く手をかざした・・がそれだけで四重の立体魔方陣を・・

来る!

『エクスカリバー』

ゴゴゴゴゴ・・!!

唸る風・・彼女の前に白い巨刃が現れた。
伝説に現れる聖剣の名を持つ魔法だけあって・・これはまずい・・
「結界!!」
『無駄です』

轟!!

空を裂く巨刃・・!僕が知っている限りの最大限の結界を張るが・・、
シルフィスティアの言う通りか!

パァァァァァン!!

結界はエクスカリバーに触れると同時に破壊・・、乾いた音とともにバラバラに弾けた!
強烈な刃は勢いを衰えることなく一気に襲い掛かったが
結界を張った瞬間に体をしゃがんだので土壇場で回避できた・・。
風が読めなければ今ので真っ二つだろう・・
・・口惜しいけれども法王といえども魔法では聖霊にはかなわない、
ましてや風の魔法では向こうのほうが遥かに高位だ
力比べするだけそれは意味がない・・か
『・・気付きましたか・・』
「ああ・・、じゃあ行かせてもらうよ!」
魔術師のマントを脱ぎ静かに構える、
気孔を学び先輩と会った時に教えてもらった拳法の真似事だ。
魔力でシルフィスティアに認めてもらうんじゃない・・
僕自身の力を認めてもらう・・それしかない
対魔術と対刃加工されたマントを脱いだ以上今着ているズボンとシャツは
全く防具としては期待できないが・・・、死中に活有り。頼ってはいけない
『では・・いきますよ』
今度は全身を包むが如く展開される四重魔方陣・・、エクスカリバーを超える魔法・・!?
「させない!」
風魔法で脚力を上げ一気に勝負に出る!
シルフィスティアとの距離は一気に縮まるが・・、結界が厄介だ。
だけどやるしかない!
『これが・・試練です。グランディスカリバー』

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

エクスカリバーを何発も連続発動をした!?正しく刃の雨だ!
今からでは到底避けられない・・
「フィート君!!」
エネ・・僕に力を!!!

コオオ・・!!

「轟け!僕の力!!『陽砲』!!」
相打ち覚悟の大勝負!!両手を包む程度の陽気球だが熱で風の維持が難しくできる!
僕の体が切り刻まれる前にこれをシルフィスティアに・・!!
『・・・』
「うおおおおおおお!!」

キィン!!

陽気が触れることなく・・体が吹き飛ばされる!!?
うわあああ!!
『・・・・』

・・っく、何がどうなった・・?陽砲で刺し違えるつもりだったけれども・・
それより前にシルフィスティアに吹き飛ばされたのか。
「フィート君・・」
「エネ・・?」
エネがすぐ傍にいる・・それほど吹き飛ばされたのか・・
『いいでしょう、貴方を認めます』
「・・えっ?ちょ・・ちょっと・・」
どういう事だ?勝負はついてないし地に背中をつけたのも僕なのに・・
『貴方の心、そして覚悟を見せてもらいました。魔術師としてではなく一人の戦士として・・
私を扱うだけの力を持っているでしょう』
「じゃあ・・」
『契約を交わします。風を操りし術師にして戦士フィート=オーキシン。
我が名はシルフィスティ・・風の司りし者として汝の力となりましょう』
そう言うとシルフィスティアは再び紙片となり蒼く輝く風が僕にまとわりつく
「シルフィスティア・・、契約の名のもとに我に力を与えたまえ・・」
僕の言葉に応えるように紙片と風は僕の腕に集まりそれは一つのブレスレットになった
装飾がされていない正しく腕輪、
蒼く素材がなんなのかわからないが・・感触でいえば金属か
「・・フィート君、大丈夫?」
「・・ああ、大丈夫。なんとか契約ができたみたいだよ」
「でも・・擦り傷とかが・・」
「こんなの先輩なんかは傷のうちに入れちゃくれないよ。
ともあれ、我侭を通せてよかったかなエネを生贄になんて出せないからね」
「・・ありがとう。フィート君♪」
嬉しそうに微笑みながら僕に口付けを交わすエネ・・、このまま愛を咲かせたいんだけど・・
先輩達が釘を刺したからなぁ
「ん・・、じゃあ続きはルザリアに帰ってからにしようか♪」
「うん♪でも・・」
「わかっているよ、面倒事はきっちり終らせておかないとね」
先輩達が待っている・・はずだ。
まっ、待っていなかったらそれはそれでいいんだけどね

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