第六話  「信じなくてもいいんじゃないですか?」


ジャッカルの襲撃を難なく退けた後も進路はのらりくらりと北へ・・
まぁ当初から懸念されていた寄り道分のロスは俺のルート設定の良さのおかげで取り戻せている
ルザリアから帰された従者は他国へのルートに関しては全くの素人だがエイリーク司祭をお乗せする名誉ある仕事は是非とも
自分がしたいっと思い、知ったかでいたようだった
それでルザリアに滞在した時に見た実際の地図と草原の危険性に恐れをなしてボロが出た・・ってところだったんだそうだ
座席に残った地図を見たが・・すごいすごい・・、そいつ、草原都市めぐりでもするつもりだったのかいね?
まぁそんな事もあってアグリアスも俺の事を「役立たず」とは言わなくなり一応は丸く収まった
・・相変わらず戦闘は不参加で無能を演じておりますが・・

「たぁぁぁ!!」

今日も馬車を狙っての魔物の襲撃・・ダンケルクに近づくに連れて回数が増えている
ダンケルクは自然が豊かだが冬になると雪に閉ざされる国だからな・・そのために冬眠などで多くの食料を必要とする魔物が
結構あるために人を襲撃する習性がついたようだ
っても今俺達を襲っているのは人間ほどの大きさもある黒蟻
まぁビックアントってまんまなネーミングの化け物だ。
殻が固く集団でくるのが難儀で見た目や顎の牙の動きからしてイヤン度数も中々に・・
「ってな訳だから遭遇した場合には注意しようね♪皆♪」
「・・あの・・クロムウェルさん、誰に向かって言っているのですか?」
俺の隣で突っ込むエイリークさん、まぁ司祭様なだけに戦闘不参加。戦闘補助の魔法も使えるらしいのだが
それほどの相手でもない
格言う俺は・・役立たずですから・・
「馬が殺されないように追っ払っておけ」
っと言われた程度です・・、まぁ怪物を見て暴れ出す事もあるんだが俺のテクにかかればすぐに治まるから問題ない
ってな訳で現在うじゃうじゃ地中から湧き出てくる蟻んこの相手をしているのは
シトゥラ、アグリアス、レスティーナの女性三人衆
「いっくよ〜!!『フレイムタロット』!」
レスティーナが使用する符術、護符を投げそれが対象に張り付くとともに爆発するという代物で
符はまるで生き物のように飛ぶ
しかし流石はこの草原の大地に住まう蟻だけに耐久性は優れているらしく爆発の中でも生きているのが何匹も・・
どういう構造かは知らないが符術というのは術者の負担は少ない代わりに決定打にもなりにくいらしい
しかし
「いくぞ!!」

斬!斬!!斬!

爆発で怯んだビックアントをアグリアスが無造作に切り裂く・・
道場剣術で常に正眼の構えだがその一撃はかなり鋭い
黄金の鍔と綺麗な刃の剣・・ロザリオのような形の直剣だがかなりの業物だ
白銀の鎧を纏い鋭い剣を振るう姿は正しく神殿騎士
寸分狂わずビックアントを仕留めている
なるほど、見事な連携・・性格の違うレスティーナと組んでいるわけだ
因みにレスティーナが仕掛けない敵にはアグリアスは攻撃していない
・・たぶん、アグリアスが突っ走ってしまえばエイリークやレスティーナに危険が及ぶからだろう
いつでも主の守りにつけるように最小限の動作で相手をするわけだ
まぁそれだけこの数での相手は厳しいのだが・・

「ふ・・、これは焼いても食えなさそうだな・・」

二人以上の戦果を上げる白髪の麗騎士シトゥラ、双剣なだけに対多数戦はお手の物
振るうはいつもの骨で出来た剣ではなく騎士使用のショートソード
タイムの計らいで支給されただけに飾り気はない実用物・・、骨剣よりも長いのだが難なく振るっている
「っ・・!?シトゥラさんに集まっているよ!?」
不意にレスティーナが叫ぶ・・。単独で動いているシトゥラに狙いを定めている
地面からボコボコ這い出てくるのだがシトゥラは冷静そのもの・・
「まぁ、任せろ・・」

ザッシュザッシュザッシュザッシュ!

シトゥラが舞を踊るかのように剣を振るう・・左右別の相手を斬りそれも急所ばかり狙っている
・・まぁ実戦剣術って奴だな
自分への損傷を少なくさせるために相手の急所のみを重点的に狙う・・道場じゃ卑怯とされる戦法も戦場では
必要不可欠な生存術になるのさ
しかし・・あの動きからして着ている鎧は俺と同じダミーアーマーだな
・・ほんと、見た目で判断できないくらいの出来だぜ
「・・シトゥラ殿・・援護を・・」
「いやっ、私だけでも十分だ。ふん!!」
最後の一匹の脳天にショートソードが突き刺さる・・ビックアントは奇妙な叫びを上げてひっくり返り動かなくなった
・・ざっと50匹はいた蟻んこだがまぁいとも簡単に仕留めたもんだ
「シトゥラさんすごい〜!!」
その戦いぶりにレスティーナも感激している
「・・そうか?もう少し歯ごたえが欲しかったもんだが・・」
「・・感服します」
おおっ!アグリアスがシトゥラの腕を認めた!!?・・そういえばいつの間にか「〜殿」付けになっているし!
・・っうか、他人を認めることあるんだな
「大層なもんじゃないさ。まぁ・準備運動程度か・・」
「きゃ〜♪」
人気者だねぇ・・、おっと、いけねぇ
虫系の魔物は同族が殺されるのを見ると集まる習性があるんだった・・ボサッとしていると面倒だ
「はいは〜い、戦闘お疲れさん〜。出発するから乗った乗った〜」
「クロムウェル〜!もうちょっと休ませてよ〜!」
「馬車の中で休みなさい、蟻の体液にかぎつけて他の魔物が寄ってくるぜ?さっさと離れたほうが身のためなんだよ」
「・・ふん、そうした知識は豊富なんだな」
・・シトゥラとは正反対な対応のアグリアス・・ハッキリしているもんだぜ
「クロムウェルの言う通りだ。余計な戦闘をしないためにも出発したほうがいい。」
素直に馬車に乗り込むシトゥラ・・
「ふん・・エイリーク様、本日は外でよろしいのですか?」
「ええ、たまには外の景色を良く見ておきたいので・・」
そう、今日はエイリークが俺の隣。何だかアグリアス以外で交代しているんだよ・・
馬車内ってのは中々に気が滅入るらしいな
「クロムウェル〜、粗相しちゃだめよ♪」
笑いながらレスティーナが乗り込み出発〜、粗相もクソもあるかい・・元々そこまで気を使うつもりないんだしな

・・・・・・・・・

もうそろそろ草原も中盤から終盤へ・・
風も少々冷たくなってきたのだが風景には変わりがない。ここいらになると草原都市などはほとんどない
集落もまぁ全くだな。
この時期の遊牧民は暖かい南の方へと移動をするんだだからフィン草原の北の方はほとんど無人
まぁ西のシュッツバルケルに近い方向にそっち方面の貿易の窓口である都市が一個あったんだがな
「・・寒くないか?」
「え・・ええ、ありがとうございます」
何だかやたらとキョロキョロしているエイリーク、てっきり寒くて何か羽織る物がないかと探しているかと思ったんだが・・
「・・どしたの?」
「いえ、外の景色を見るのも・・久々ですので・・」
なるほど、過保護な環境なわけだもんな。
タイムに聞いた話だとエイリークは超名門貴族であるヴァレンシア家出身で正しく温室の薔薇
代々三神教の枢機卿などの偉いさんの職に就いてきているという宗教の家系なわけ
まぁそんな処だからこのお嬢さんはかなり世間知らずなところがあり、天然気質になったようだ
「ふぅん、俺は見飽きたけどな・・」
「ふふっ、クロムウェルさんはずっとそこですからね」
「まっ、自分から言い出したからな。今更交代してくれとも言えないわけさ」
「・・ご立派ですね、貴方に三女神のお導きを・・」
感服したのか俺に向かって拝みだした・・これだ、事あるごとにお祈りをする・・
俺には理解できん・・・・
「あ・・ありがとよ」
「・・・・・、クロムウェルさんは〜、神を信じていらっしゃらないのですね?」
「!?・・そ・・そんな事ないデスヨ!女神様マンセー!」
「目が泳いでいますよ・・?」
流石のエイリークも突っ込んできますか
「あはは・・まっ、もうお分かりの通りの不良騎士だからさ。」
「ですが、信じて祈祷を捧げれば神はきっと微笑んで・・」
エイリークは信じて祈れば救われると本気で思っている、その真っ直ぐな信仰心はいいが・・
目に見えないあやふやなモノを崇拝するのは操られる危険をはらんでいる
まぁ・・このお嬢さんには人を疑う事を知らないんだろうけどさ
「そうだといいな・・」
「・・クロムウェルさん、貴方も神の教えを信じていたからこそ神殿騎士に志願したはず・・それなのに・・」
・・それは嘘なんだけど、ばれたら面倒だからな・・
仕方ない
「神様が信じられなくなる体験って・・・世の中にはあるんだぜ?」
「・・え・・?」
「東国カムイは知っているか?」
「・・・は、はい。御本で読んだ程度ですが・・」
「そうか、今でこそハイデルベルクとの物流の甲斐あった食料事情が良くなったが昔はそうじゃなかった
・・島国のために一度凶作が起こるとそれこそ悲惨な状況になっていたんだ
その光景はエイリークにも俺にも想像ができないほどのモノだった」
「・・・・・」
「たび重なる飢饉、食料も全くないその地で恐ろしい事が行われたんだ。」
「恐ろしい事・・?」
「極限までの空腹に正気を失った親が隣の子供と自分の子供を交換して・・殺して食っていたらしい」
「!!!!!」
電撃に打たれたかのようにエイリークが固まる
まぁ温室育ちには全く理解できないだろう・・俺でも信じられなかったもんだからな
「最も、カムイ国王がそんな事を表沙汰にはしないし上流階級からは作物を耕すための蟻にしか見ていないものだからな
だが、俺はそれを体験した人を知っている」
・・そう、俺の生き方に影響を及ぼしたあの人・・
「そ・・その人は・・」
「幼い頃に親に売られたその人は妹を連れて逃げた・・自分も飢えに苦しみながらな。
それからその人はありとあらゆる事をしながら生きた・・妹に優先的に食べ物を与えながら」
「・・」
「その人はいつも飢えと戦っていた。ただ妹のためだけに自分を犠牲にして生きていたんだ
・・そんな純粋な人に何の幸福も訪れないのはおかしいじゃないか?」
「で・・ですがその人も信じて祈れば今からでも・・」
「もう遅いよ・・」
「えっ?」
「その人は・・俺を庇って死んだ」
ナタリー=グレイス。いつも勝気で、おちゃらけていて、優しくて・・強い人
俺の中では育ての親よりも大切な人だ
「・・・」
「妹の成長を見届けて、これからは自分のために生きるって言ったのに・・結局はいきがる俺を・・」
俺の話にもはや言葉もでないエイリーク
周囲は馬を足音と馬車の車輪の音以外は何もなく相変わらずの草原にはどこか空しく風が吹いていた
「・・そんな事が・・あったのですね・・」
「ああっ、だから俺は神なんてモノを早々信じることができない。
だけどあんたのように真っ直ぐに神を信じる者を否定するつもりもない・・だから守らせてもらうさ」
「ありがとうございます。クロムウェルさんは、辛い思いを沢山してきたようですね」
「ま〜、そうだな。それなりに波乱万丈ってやつかな・・だがその人の死も俺にとってはマイナスばかりじゃない
必ずプラスになった処もある
・・その人に会っていなかったら俺は今でも馬鹿やっていただろうしな」
「あの・・その人の名前を・・教えてもらってもいいですか?」
「ああっ、ナタリー・・ナタリー=グレイスさ」
「ナタリーさんですね・・。神よ・・その者に貴方の祝福を・・」
静かに姉御の冥福を祈るエイリーク、俺もそっとポケットにしまっているお守りを握った
東国独特のお守り、布の袋に女性の髪を入れるっと言う物だ。俺のには姉御の遺髪が少し、入っている・・
火葬した時に同伴していた女盗賊のジャンヌに促されてやったんだが・・な
あの時はそうでも言われなきゃ何もできなかった・・
姉御・・次は幸せになってくれよ
「・・悪いな、染みったれた話になっちまって。」
「いえ・・とても大事な経験をさせていただきました・・ありがとうございます」
「礼には及ばないさ・・さっ!この話はここまで!そろそろダンケルク国境かな?」
周囲の光景は相変わらずの草ばっか・・まぁ街道に沿っているから進行方向ははっきりしているんだけどさ
そんな中、遥か地平線に山の陰が見えた
・・ダンケルクだ。領土の中を横たわる山脈であれを超えたらもはや未踏の地とされている
冒険者魂がくすぶられる環境なんだがダンケルクは雪国、その中でも山を越えた最北なんざバナナで真空刃が出せるくらいの
気温になるってわけで人がほとんど寄り付かない
噂では伝説の種族「竜」が住まう世界とも言われているが・・無駄に寒いのは嫌だから興味もわかねぇ
ともあれ・・ようやく目的地に近づいてきたって実感が湧いてきたな
これからだ・・

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