番外 「静かな恋の物語」


クロムウェルとシトゥラがダンケルクに向かい秘密任務に行っていたその間
ルザリアでも少し変化があった
・・っとは言え争い事ではなく静かな出来事でそれを知る者は一部の人間のみで・・

「・・大丈夫?」

「・・ありがとう・・、全く・・こんなことで寝込むなんてね」

ルザリアの中でも静かな住宅地区・・その中でも通りを入ったところにあるボロボロの宿の一室を借りているは
ルザリア騎士団に所属する魔導教官アンジェリカ
いつも涼しい顔をしている彼女だが今は顔を赤くして寝込んでいる。
そしてそれをタイムが気遣い濡れタオルを額に置いてあげているのだ
「流行風邪・・じゃなさそうね。すごい熱いもの・・」
普段は仲が悪そうなタイムとアンジェリカだがこうなる状況だとそうもいかないらしい
「まぁ、私にしかかからない病気よ。薬もあるから・・心配しないで・・」
っと本人は強がっているものの全然大丈夫そうではない
「そうもいかないわよ。もうすぐこの街一番の名医がくるから・・ちゃんと言うこと聞いていてね」
「名医を呼んでも無駄だと思うわよ・・」
自分の病状をよく把握している感じのアンジェリカ、しかしだからと言って何もするわけもいかずに
タイムは遠慮なくルザリア内での一番と名高い医者クライブに連絡を入れていたのだ
「それじゃあ私はもう行かないといけないから・・安静しておいてよ」
「・・・わかったわ・・」
意外におせっかいで心配性なタイムにアンジェリカも従わずにいられず素直に応じる
タイムも心配しながらも部屋を後にした

・・・・

「・・・、完治したと思ったんだけど・・そうもいかないようね・・」
一人になって思わずもらす本音。
かつて身体を蝕んでいた病気を自身の薬にて回復に向かわせたのだが完治したというわけでもないらしく
副作用で高熱を出しているのだ
「クロムウェルがいないこんな時に・・倒れるなんて・・つくづくついてない女ね」
苦笑いするアンジェリカ・・
そこへ

コンコン

”アンジェリカさん。タイムさんから連絡を受けた医者です・・”
「はい・・噂のクライブさんね。どうぞ・・」
優しげな男の声に反応しアンジェリカが入室を許可する・・こんなボロ宿に客なんて用事がある者しかいなく
すぐにタイムが言っていた人物だと悟ったらしい
「失礼します」
ゆっくり扉を開けて入ってきたのは無精ひげを生やし髪は短く揃えた白衣の青年。ヒョロっとしておりいかにも
人がよさそうな顔つき・・
「・・!・・あ・・」
その顔を見るなり何故かアンジェリカの心は強く反応した・・、それが何なのか彼女には理解できていない
「アンジェリカさんですね、タイムさんからの連絡でお伺いしました。見たところ・・高熱のようですね」
ベットの隣に座り早速病の種類を観察している
「せ・・せっかく来てもらったけど貴方には無理よ。これは独特な病なんだから・・」
「話は聞いていますよ。蟲の寄生と毒による症状ですね。
うう・・ん・・、これはそのために使用した薬の副作用・・ってところですか?」
ずばりと言い当てられアンジェリカはキョトンとしてしまう・・
「そ・・そんな情報をいつ・・」
「先ほどのタイムさんからの連絡で軽く聞いただけです。後は僕の推測ですね・・」
「・・・」
「当たってますか?」
二コリと笑うクライブにアンジェリカはそっぽを向きながら・・
「その通りよ。薬の調合は机のメモに記してあるわ」
「ううん・・・副作用で起こした症状をまた薬で治してもまた別の副作用が出ますからね。ここは体の力を増す栄養剤を投与したほうがいいですよ」
「・・そういうものなの?自然治癒なんて待っていられないからいつも薬でやり過ごしたんだけど・・」
「それはいけませんよ。荒療治にはツケがまわって来るものです。今回の熱もその結果なのかもしれないです」
「痛み入るわ」
きっぱりと言われてしまい苦笑いするしかないアンジェリカ・・対しクライブは病状を詳しく知るために彼女のおでこに手を当てたり
口の中を診察したりしている
「やはり・・少々熱が高いですが異常というわけでもないですよ。しばらく安静していれば完治します」
「・・じゃあ、寄生に対する薬はこれが完治してからね」
「ダメですよ、この調合法は身体に負担が大きい。それにもう貴方の身体は治っているはずです」
「貴方の体じゃないのに良く言えるわね」
「医者とはそういうものです。心配でしたら僕が薬を調合しますよ」
爽やかな笑みのクライブにアンジェリカは思わずまたそっぽを向いてしまう
「・・・・・、ふぅ、なんでも自分でしないといけないと思ってきたのに・・ね。貴方に任せるわ」
「ありがとうございます。とりあえずは栄養食を作りますのでゆっくりとしてください・・調理場をお借りしますね」
そう言いクライブは医者の黒鞄を持ちそそくさと隣の部屋に入っていく
アンジェリカはその姿を目で追いかけ、彼が部屋からいなくなると深くため息をもらす

(・・何?この胸の高鳴り・・病気のせい・・?)

クライブの顔を見た瞬間から心がざわつき落ち着かない
その原因がわからず内心かなりの動揺を覚えている
「・・もう、嫌になるわね」
ぶつぶつ呟いているうちにクライブがスープ容器を持って入ってきた
「お待たせしました。栄養食ですよ」
「せっかくだけど食欲がわかないのよ・・」
「ダメですよ。大体食欲があるのなら病気にならないもんです」
そう言いクライブは再びアンジェリカの隣に座る
スープはコンソメのように薄い色がついており食欲を誘う良い香りが漂っている
「それが医者の定番文句?」
「まっ、そうですね。食事を拒否する患者さんは結構いますので・・あっ、先に言いますけど無理やりにでも食べさしますよ」
二コリと笑いながらも本気、クライブさんの仕事本骨頂・・
「わかったわよ・・頂くわ」
「ありがとうございます。では、あ〜んしてください」
スプーンですくって口元に運ぶのだがアンジェリカは慌てだす
「な・・何のつもりよ!一人で食べれるわ!」
「病人は大人しくしてください。」
「で・・でもっ!んぐぅ!」
慌てえるアンジェリカの口に無理やりスプーンを突っ込む。意外に強引なクライブさん・・
「こうした時は意地を張らないもんです・・」
「ん・・・むぅ・・」
恨めしそうにクライブを睨むアンジェリカだが素直に彼の言うことに従う気になったのかゆっくりとスープを飲み
口を離す
「・・意外に美味しいじゃない・・」
「まっ、患者食は食べやすく美味、そして栄養価が高いというのが基本ですからね」
「・・貴方も変わっているわね」
「真っ当な医者というのは変人ぐらいがちょうどいいんですよ。はい・・」
続けてスープを口に運ぶクライブ、もうアンジェリカは抵抗せずになすがままに彼に身を任せていた

・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・

数日後・・
クライブの治療は的確に的を得ていたようでアンジェリカは翌日には全快し無事職務に戻っていた
薬も投与せずにこれほどまでの回復となったことは彼女が一番驚いており彼の腕前を認めざるおえなかった・・のだが
「・・・・・(はぁ)」
仕事に戻ってからというものの身体の調子は全く問題なし。しかし心の奥底には何かすっきりとしなく
自由時間の講義室にて一人深くため息をついている
流石に講義中に注意散漫でいることはできず集中しているのだが自分の時間ともなると途端にモヤモヤとしたモノが
胸を駆け回っている
「あの医者・・変な物でも入れたのかしら・・」
思わず思ってもない事を愚痴ってしまう
そこへ

「アンジェリカさん・・」

ふらりとタイムが講義室に入ってきた。
「タイムさん・・どうしたの?そのクマ・・」
スーツ姿でビッチリと決めているタイムなのだが目には隠そうにも隠し切れないすんごいクマが・・
「す・・少し寝不足なだけよ」
何だかフラフラしているタイム・・、原因はアンジェリカ以外の騎士団員は全て承知。
クロムウェルがルザリアから出かけて数日経ち、その間に重大な事件が起こらなかったら必ず発動する病気のようなもの。
最近では仕事には差し支えがないくらいまで改善してきたので特に問題はなくなってきたので
騎士団員もあまり気に留めないようになってきている
「そう・・で、どうしたの?」
「いや・・何だか元気がなさそうだから・・身体は大丈夫?」
「お互い様よ」
二人ともどこか上の空・・加えて三大美女の一角を担っているシトゥラも外出中ということでいささか華やかさが鈍っているルザリア騎士団である
「わ、私は大丈夫よ・・ほらっ・・」
「そういうのを空元気っていうのよ。・・今頃クロムウェル達は草原のど真ん中付近ね」
「・・ええっ、何でもエイリーク様達の荷物に不備があったから寄り道をしたみたい」
何だかんだ言いながら道中タイム宛に手紙を出していたクロムウェル。
ハチャメチャな性格なくせにタイムの事になると結構マメになるらしい
「そう、まだ先が長いんだから気をつけてね」
「・・・迷惑はかけないわよ。ああっ、クライブから預かり物があるの」
「!!」
クライブ・・っという言葉に身体中に電気が走ったように硬直するアンジェリカ
「どうしたの?」
「な・・な・・なんでもないわ!」
っとは言うものの何故か心臓が高鳴っており半パニック状態になっている・・もちろん、それを悟られないように
必死で平静を装っているのだが
「そう、・・お薬ですって。説明書きも一緒にもらったから渡しておくわ。今日終わったら診療所まで来てくれって」
小さな瓶に詰められた液体とメモ書きを取り出し講師用の大机に軽く置くタイム
「診療所・・あの医者、結構な地位だったのね」
「言ったでしょ?ルザリア一の名医だって・・。まだ病み上がりなんだから今日は早い目に帰ってもいいわよ」
「・・様子を見るわ、薬もあるみたいだしね。ありがとう・・タイムさん」
「いいのよ。じゃあ私はこれで・・」
そう言いながらタイムはフラフラ〜っと出て行く・・どちらかといえばタイムの方が重傷のように見えているのだが・・
しかしアンジェリカもそんな事を気にしていられずにクライブの注意書きに目を通した
「・・・、寄生毒の解毒薬?安全性は折り紙付きって・・余計な事を・・」
注意書きに穴が空くように見つめておりちょっと毒づくアンジェリカ
しかしその内心はよくわからない期待感が溢れている

結局その日はすでに講義が終了していたので早々に帰ることにしたのだった

・・・

クライブの診療所、ルザリアの住宅地区にそれはかまえており広さはそう大きくはない
寧ろちょっと大きめの民家を改造したような感じだ。
壁は全て白で統一し医者を表す看板をかけているので辛うじてそれだとわかる程度・・
世界中を跳びまわっているクライブなだけに自分の拠点に多数の患者を入院させるわけにはいかない・・っということだ
それ故内装には今まで彼が記録してきた莫大なるカルテや医療設備が大半を占めており入院患者ようのスペースはほとんどない
ベットも一つ二つしかなくナースの仮眠ベットになっていたり・・
それでも入院が必要な患者の場合はクライブの知り合いで良心的な医者の元へ運んでそこに入院させるという処置をしている
患者もクライブが太鼓判をつけるので不安の欠片もなく身を任せるのだとか・・
「ごめんください・・」
小さな玄関から中に入る。病院独特の空気が廊下に漂っていた
「ああっ、アンジェリカさん。どうしたのです?」
出迎えてきたのはナースではなくクライブ・・いつもの白衣姿だ
「どうしたもこうしたも貴方が呼んだのでしょう?」
「え・ええ、ですが意外に早かったものですのでいささか驚きまして・・」
「早退よ。しかし・・薄暗いわね。それに受付もいないの?」
窓は幾つもあり通常生活なら支障はない程度の光量は確保できている・・しかし如何せんそこは病院
あまり暗いイメージを持つのはよろしくはない
「ああっ、今日は休業日なんですよ。特別な患者さん以外は来ませんので・・」
「なるほど・・じゃあ私は特別なのかしら」
「まぁ、ルザリア内で唯一の病状を持ってましたから・・胸を張って特別ですね」
爽やかに笑うクライブ・・、それにアンジェリカは不機嫌そうに自慢の鍔広帽を取りながら中に入っていく・・
「余計なお世話よ。」
「まっ、それはいいとしましょう。・・では診察室へ」
手招きしながら奥へと進む、彼の後ろ姿にアンジェリカはどこか安堵を覚えつつ静かに続いて行った

「でっ、体調はどうですか?」
小さな診察室、昼下がりの光が差し込んでいるが灯りはそれだけなのでそこそこに明るい程度
部屋にはカルテと医療専門書がほとんどで触診と問診専用に使われているみたいだ
「至って良好よ・・あの病気についてはね・・」
「ん・・?何か他に併発したのですか?」
意外そうにクライブが聞いてくる、彼としても治療の成果には自信があったようだ
「熱も引いたし身体は羽根のように軽くなったわ。さっき貰った薬のおかげもあるかもしれないけど・・」
「あれは僕の調合した薬の中でも特にバランスが取れたものですからね・・東国医学も取り入れましたので完治は間違いないですよ」
「そう・・でもこの間からやたらとそわそわして落ち着かないのよ・・」
博識のアンジェリカでもそれがなんなのかわからず・・
「今もですか?」
「え・・・あ・・、今は何ともない・・わね・・」
「ふぅん・・、何かの病状なのかもしれないですね。」
「そうみたい、仕事中は何とか抑えられるのだけどね」
「わかりました。じゃあとりあえずその原因を調べますか・・音を聞きますので前を開けてください」
聴診器を取り出しアンジェリカの診察を使用としたのだが・・
「い・・いやよ!!」
何故か狼狽するアンジェリカさん、今までにない慌て用に思わずクライブも固まる・・
「あ・・の、診察なんで別に疚しいことではないのですが・・」
「と、とにかく嫌!!」
大げさに胸元を隠すアンジェリカ・・目も白黒している
「・・わかりました。では問診はいいですか?」
「ええ・・ごめんなさい」
自分でも何故そうするのが嫌なのかわからず混乱気味のアンジェリカ、それにクライブは全然悪びれもせずに
微笑む
「いえ、大丈夫ですよ。男性医師に裸体を見せるのは抵抗がある女性もおおいですからね」
「そうじゃないの・・そうじゃ・・」
「??」
「何だかわからないけど・・貴方に見せるのは恥ずかしくて・・」
「・・・、わかりました。じゃあソワソワする状況を教えてもらえますか?」
「ええっ、この間の診察からかしら・・。何をするにも落ち着かなくて胸がドキドキするのよ」
「そうですか、ううん・・動悸が激しくなるような成分はこの間のスープには入れていないんですけどねぇ
ずっとその状態が続くのですか?」
「仕事中と・・何故か今は落ち着いているわ。さっきまで・・ソワソワしていたんだけど・・」
「そうですか・・仕事は集中しているかと・・僕に会うのは・・医者という立場上安堵感を覚えるんでしょうかね」
その割には胸を見せてくれていないのだが・・
「・・ごめんなさい。心理的なモノからくるのは間違いないと思うのだけど・・」
「ふぅん・・・、ちょっといいですか?」
スッと手を伸ばすクライブ、それにアンジェリカはキツク目を瞑る
「・・・いや!」
「いいから」
ゆっくりとクライブの手がアンジェリカの頬を触れる・・アンジェリカの身体はビクっと硬直したのだが
次第にゆっくりと目を開けた
「・・・・あっ・・」
何時の間にか顔が真っ赤になり脈が速くなっているのがわかる・・しかしそれは嫌な感覚ではなく
寧ろ快い
「・・・・、心の病とは良く言ったものですね」
苦笑いのクライブ・・それにアンジェリカは・・
「な・・何よ!?病気がわかったんなら教えなさい!」
普段の冷静さを完全に失い思わず狼狽してしまっている
「わかりました。まぁ原因はどうやら・・僕にあるようですね」
「・・貴方が・・」
「まっ、俗世間で言うところの『恋煩い』ってところですかね」
「!!!」
笑いながらそう告げるクライブに耳まで真っ赤になるアンジェリカ・・
ここまで感情が高ぶっている彼女を見た者は未だかつていない
「これは処方箋の出しようがない・・か」
「な・・何を勝手に結論出しているの!?まだそうとは・・」
「うう〜ん、僕が手を触れようとしただけで顔が高揚してますからね。そういう症状は一つしかないですから・・ねぇ」
「だからって私が貴方に惚れているって?うぬぼれるのもホドホドにしておきなさい!」
「まぁ可能性ってことですよ。消去法で辿りついた結論なのでアヤフヤではありますから・・
答えは貴方の心の中のみってところですか」
「・・・」
恨めしそうにクライブを睨むアンジェリカ・・
「誤診だったら謝りますよ」
「・・・私にはよくわからないわ。恋なんて・・・したことないもの」
「恋愛経験があるなら普通気付くものですからね・・。」
「うっ・・」
「まぁそうした意味での患者も何度か出くわしましたので大体はあってますかと・・。その対象が僕だというのは・・初耳ですがね」
クライブも照れくさそうに頬を掻きながらそっぽを向く
「・・馬鹿、私の面目丸つぶれじゃないの」
「誰にも言いませんよ。ここまでひけらかしちゃいましたからもうソワソワしないでしょう」
「・・・・」
ぐうの音もないアンジェリカ、初めての恋は彼女の性格に似合わず酷く恥ずかしいものとなってしまった
「寄生毒の治療はあの薬で完治できるはずですし、恋煩いの方も・・大丈夫だと思いますのでこれでもう問題ないですね
後は規則正しい生活をすれば・・」
流石に彼も気まずいのかいつもよりも早口で説明する
しかし
「・・貴方は・・どうなの?」
「・・はい?」
「だから、貴方は・・どうなのよ」
消えそうなくらいの小さな声、それを聞いてクライブは微笑み
「僕に好意を寄せてくれているのなら、喜んで受け止めてあげますよ。忙しい身ですけどね」
「なら・・」
ガバッと席を立ちクライブに抱きつく
「私が逃げないように・・虜にしてみなさい」
わざとかどうか強がるアンジェリカ、しかし彼に抱きつきその温もりを感じた瞬間
素直に自分はこの男の事を愛していると理解した
「善処します。片手間にその強がりを治療してあげますよ」
「前途多難よ?」
「望むところです」
二コリと笑いどちらかとなく口付けを交わす・・
静かな診療所の中で二人は奇妙な形で結ばれていった


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