第六話  「黒き破片 災いと共に」




「ふふふ・・生まれて初めて、緊張感がある戦いができそうですね」


「戦いに緊張感を持たぬ者は勝者にはなれん・・」


火燐の里の地下室で対峙するアイゼンとホカゲ・・。

互いに間合いを少しづつ詰めながら軽くやり取りをする。

だがホカゲの顔からは笑みが消えておりいかに目の前の老人を警戒しているのかがサブノックには感じ取れた

床は彼女が切り落とした本棚が散乱しておりかなり悪い状態で間合いを詰めるのも楽ではない

かと言ってそう無謀に突っ込んで倒せるような相手ではない事は双方良くわかっており徐々に近づいているのだ

「・・流石・・」

表情を変えずに呟くホカゲ・・対しアイゼンはそれに応えず鯉口を切る・・

その瞬間!


斬!


ホカゲとはまだだいぶ距離が開いていたアイゼンが正しく刹那の瞬間で踏み込みホカゲの目前に現れ無造作にホカゲの右腕を跳ね飛ばす!

「くっ!」

流石のホカゲもその神速の踏み込みは見切れなかったようで唸り声を上げながら飛びのく

その動きはかなり早いのだがアイゼンには及ばずその気になれば追撃もできるのだがアイゼンはその場に立ち止まった

「・・ふむ・・、気を失っているだけか・・。よしよし、このバケモノ相手に良く闘おうとしたものじゃ」

ホカゲには目もくれず瓦礫の中気絶しているミズチの様子を見て安堵の息を漏らす

「必殺の間合いでも見逃し敢えてミズチさんの様子を見る・・。『抜刀のアイゼン』も耄碌としたものですね」

右腕を切り落とされているのに顔色一つ変えないホカゲ・・

切り口からは血が滴っているのだが彼女はまるで何事もないように涼しい口調で言ってのける

「腕を貫通した傷を瞬時に治す御主じゃ。必殺の間合いといえどもうかつには仕掛けられんでの」

「・・・・ふふっ、流石です・・」

「まぁ、ミズチの様子も気になったからのぉ・・ほれっ!サブノック殿!任せるぞ!」

そう言うと片手でミズチを掴みサブノックに向けて放り投げる、老人がなせる業には到底思えない・・

「承知いたしました・・!」

何とかミズチを抱きかかえるサブノック、ホカゲの攻撃が相当効いたのか動きがぎこちない

それでも片手で軽々とミズチを受け止めるのは流石と言うべきか

「さて・・、いい加減少しは本気を出してはどうじゃ?次は本気で行くぞ・・?」

再び抜刀の型を取り鋭い眼光をホカゲに浴びさせるアイゼン・・普段好々爺な彼が今では正しく剣鬼の如く闘気を放出させている

「・・いいでしょう。貴方が登場する事は想定していませんでしたからね・・。では・・」

血が滴り白い衣袖を紅に濡らした右腕を軽く翳す・・、

すると切り落とされた右腕が音もなく宙を舞い彼女の元へと戻っていき、切り口が血で濡れた袖の中に潜っていく

「・・ふふふ・・、流石は居合いの達人・・切り口が綺麗だと繋がるのも早いです」

元ある場所に納まり右手を動かすホカゲ、満足そうに笑みを浮かべている

「・・便利なものじゃの」

「それなりに疲れるんですがね・・さぁ・・では参ります。いでよ・・人の心なりし刃・・」

両手を合わせ印を切るホカゲ

それとともに彼女の背から碧色の光が放たれそれが剣の形へと変化していく

半透明に光る碧色の刃・・、両刃のそれは大陸の剣に近く剣の腹には梵字が描かれている

それも彼女の背より上下左右に大剣が四本、斜め四方に短剣が四本・・まるで綺麗な光輪を描くかのように規則正しく浮き

それはホカゲの背より生えた剣の翼のようにも見える

「・・奇怪な得物よの・・」

「呪詛剣『叡智』・・手に持たぬ剣にしてこの里の秘剣です・・では・・」

緩やかに手を前にすると剣は音もなくその輪を解き切っ先をアイゼンに向ける

「・・ふん・・」

「行きなさい」

その瞬間、剣は矢の如く瞬時にしてアイゼンに襲い掛かる!

常人ならばその刹那に串刺しになるものだがアイゼンは襲い掛かる刃を避けながらも前に出る!

「・・・霧拍子・・」

神速の踏み込み衰えず次々とホカゲの『叡智』を紙一重で避けながら

アイゼンはホカゲの目前へと迫り愛刀『月華散水』を超高速で抜き払う!

「・・怨!」

閃光の如く襲い掛かる刃に対しホカゲは両手を前にして印を切り・


キィン!


瞬時に張った手のひらの障壁でアイゼンの居合いを受け止める!

障壁により居合いの威力を殺されたアイゼンはわき目もふらずに飛びあがる・・

その瞬間に『叡智』が後ろから襲い掛かり地に突き刺さった!

刺さったのは短剣2本、残った6本は執拗に飛びあがったアイゼン目掛け宙を昇る!


チッ!チッ・・!!


空中では流石に行動が制限させる・・アイゼンは襲い掛かる6つの刃を体で最小限で避けるものの所々浅く斬ってしまう

だがそれで終わる彼ではなく傷を受けながらも体を捻りながら再び刀を鞘にしまう・

「・・っ!?」

それが何なんか理解したホカゲ、顔色を少し変え『叡智』を呼び戻す!

8本の剣は再び輪となり彼女の目の前に今度は盾として光を強める

「・・大・斬・鉄・・!」

ホカゲが防御姿勢を取った直後、アイゼンは体を捻りながら空中で居合いを放つ!

それとともに刃から放たれるは特大の真空刃

完全にホカゲを捉え真っ向から突き進む!!


パァン!


空を裂く刃は『叡智』とぶつかるがアイゼンの真空刃の勢いは止まらず『叡智』を碧色の粒子へと粉砕しホカゲを捉える!

「ぐ・・う・・ぁぁぁぁ!!」

防御を突き破られまともに真空刃を受けるホカゲ・・咄嗟の障壁を作り出すも衝撃で吹き飛ばされ壁に強打した・・

「・・ふぅ・・、久々で氣が余り練れなんだか・・・全く持って歳は取りたくないものじゃの・・」

華麗に着地しながら愚痴るアイゼン・・頬と両腕を軽く切っており血を流しているが本人は全く気にしていない

「お見事です・・アイゼン殿・・」

アイゼンの戦いに思わず見惚れていたサブノックはようやく彼に声をかける

「よしなされ、軽傷と言えども手傷を負ったのじゃ・・剣士としては引き分けよ」

軽く笑うアイゼン、彼にも戦いに対するプライドと言うものがあるようだ・・

「・・くっ・・ふ・・ふふふふ・・見事です・・。あの状況で、しかもあれだけの瞬間でこれほどの威力を持つ攻撃をするとは・・」

壁に手を付きながらゆっくりと起き上がるホカゲ・・

口からは血が流れているがそれをふき取ろうともせずアイゼンを賞賛している

「御主はべらぼうに強い、あの叡智なる刃も確実にわしの急所を捉えていた。

じゃが・・戦いには腕と経験が必要とされるその若さでは限界もある・・そういうわけじゃ」

「これは・・一本取られたようですね・・」

「さて、覚悟願おうか?女子を殺すのはいい気はせんが・・容赦はできん」

「・・そうはいきません。まだ・・宴は始まってもいないのですよ・・?」

追い込まれても不敵な笑みを崩さないホカゲ・・、それにアイゼンは怪訝な顔をする

「往生際が悪いものじゃな・・」

「ふふふ・・。では、私を追いつめて礼にこれからは私がすべき事を軽く話してあげましょう・・」


「貴様が・・しようとする事・・」

「そうですよ、サブノック様・・私はこれより里に封印されし宝玉、そしてあの僧寺院に納められし宝玉を使い冥府魔道の扉を開きます。

大方は貴方達が思い描いたのと同じ・・ですね・・」

「・・やはり・・な・・」

「そこで・・場所のヒントを軽く教えておきましょう・・。

場所を突き止めて私を止めにくるならばどうぞ・・それが宴の始まりです」

「不要じゃ・・ここで仕留める!」

有無を言わさず神速の居合いを放つアイゼン・・その刃がホカゲの首を刎ねる・・

・・が・・

ホカゲの姿は霧が霞むかのように消えていった

「・・、幻像・・か。すでに暗ましたようじゃな・・」



”私は・・古代の栄光の名残が残りし遺跡にいます。・・待っていますよ・・”



空に響くホカゲの声・・それが消えるとともに彼女の不気味な気配は完全に消え去った

「・・勿体ぶるのぉ・・まぁあの狂い巫女もこのような薄暗いところで幕引きにはしたくなかったのじゃの・・」

「・・ですが・・『古代の栄光の名残』・・ですか・・。心当たりはありますか?アイゼン殿・・」

「うぅむ・・、カムイは古来より遺跡は多いからの・・。まぁいいわ、面倒事はツクヨがなんとかするわい」

軽く言い放つアイゼン、そんな彼の態度にサブノックはまたツクヨがアイゼンに対して毒舌を放つことは間違いないと直感するのであった・・



「う・・ん・・」



そんな中ミズチが呻きながらゆっくりと目を開ける・・

「ミズチ・・気が付いたか・・」

「サブノック・・様・・?ああっ!ホカゲは!!?」

思い出したように飛び起きるミズチ・・意外に元気らしい・・。

「退けたぞ、意外に元気じゃの・・。こりゃ杞憂じゃったか」

「え・・あ・・アイゼン様?・・では・・」

「危うい処を助けていただいた」

呆然とするミズチにサブノックが軽く説明してやる、こうしたやり取りももはやなれたものである

「そうですか・・ありがとうございます!あの・・ツクヨ様も・・ですか?」

「あ奴は調査を続けておる。まぁ・・わしが直感的にこちらに向かった方が良いと踏んできたんじゃよ」

「・・そうでしたか、ツクヨ様は何かおっしゃってませんでしたか?」

「ははは、まっ・・昔からわしの直感は当てになるんでな。反論などさせんわ」

二人は改めてこの老人の凄さを垣間見るのであった

「さて・・、あの巫女の狙いはわかった・・とりあえずツクヨと合流するか・・」

「・・それはそうとアイゼン殿、あの扉・・気になりませんか?」

ふとサブノックが見やるは奥に続く鉄の扉・・先ほどの戦闘で偶然なのかそこに被害は及んでおらず中への侵入を拒み続けている

「・・ふむ、宝玉についての情報もまだあるやもしれんな。まぁ・・金目の物しかなければそれはそれでありがたいか・・」

「・・ア・・アイゼン様・・?」

元里の住民、老人の戯言に冷や汗を流す

「冗談じゃ。いちいち真に受けんでもよろしい・・。むっ・・鍵が掛かっておるな・・」

鉄の扉は錆び付いてこそいないが頑丈に施錠されている・・

「そうともなればなればよほど重要なものが納められているのでしょうね」

「ですが・・鍵なんて何処にあるかわかりませんよ?この地下室もほとんどの人が知らなかったのですし・・」


「・・・ふん!!」


ボキ!


二人の言葉を無視してアイゼンは力を込めてドアノブを捻り・・金属が折れる音が派手に響いた

「さて、いくぞ・・」

「「は・・はぁ・・・」」

目の前の人物がバケモノに見えてきた二人・・そんな事は露知らずアイゼンは遠慮もなく奥の部屋に入って行った

・・・・・・・・・・

鉄の扉で封じられた部屋は火燐の宝物庫であった

金銀財宝・・とはいかないのだが宝剣や何かの書物の山、挙句には金の甲冑等と趣味の良い物まで納められていた

「・・派手ですね・・」

金の甲冑には流石のサブノックも言葉を失う・・

「有力族の戯事じゃ。こんなもの戦にとって何の役にも立たぬ・・それを宝として納め、火燐に魔退治を依頼した報酬として渡したのであろう

・・そう考えてみればここにあるのはあながち、処理に困る訳有り品の集まりのようなものなのかもな」

苦笑いするアイゼンだが・・その表情が瞬時に引き締まる・・。

周囲に散らばるガラクタに等しき宝・・その奥に小さな祭壇のような物がありその台座に小さな金属片が置かれていた

それは漆黒にそまっており原材料がなんなのか知る由もない・・

「・・ぬぅ・・何やら独特な気配を放つ金属じゃな・・」

「っ!?あれは・・」

思わずその祭壇まで走るサブノック・・目を皿にして金属片を見やっている

「サブノック様・・、それが何かわかるのですか・・?」

ミズチの言葉に軽く頷きながら金属片を取りそれを見つめる

「・・間違いあるまい・・。これは『アラストルの破片』だ」

「・・あらすとる・・とな?」

「一体何なのですか?その金属片は・・?」

「・・今の世が栄える前、天上界と地獄がこの世界を舞台にする争いが起きた。

天魔戦争・・、天地戦争とも言われるそれは激戦を極め結果今の大陸が形成されたと言われている。

その戦争の終盤、天上界の聖天使ハシュマリムと地獄の闘士アムドゥシアスが最終決戦として死闘を繰り広げた。

結果は相打ち・・双方の得物は粉砕し世界に散らばったとされている。

そしてアムドゥシアスが持っていた剣こそ『アラストル』なのだ」

壮絶な説明にミズチはしばし呆然とする・・それほど凄まじい物がここに保管されていたとは夢にも思わなかっただろう

「ふむ・・世界中に散らばった・・な。まぁ剣の破片にしてその小ささ・・凄まじい激戦であったろう」

「はい、アラストルは闇の剣。その力は人の憎悪等の負の力を増幅します・・」

「・・・・・で、でも・・里の皆は正気でしたよ!?」

「アムドゥシアスとハシュマリムの決戦により粉砕されたアラストルはその力を失いただの金属片となっていたはずです

それが・・ここにある破片は明らかにアラストルの魔力を取り戻している・・」

「何らかの原因がある・・わけじゃな?」

「おそらくは世に溜まる悪意に反応しているのではないかと・・。それがホカゲの一件と関係あるのかは不明ですが・・」

静かに唸るサブノック・・

そして良く見れば金属片が置かれている祭壇の前に丸い窪みのようなものがあるのに気付く

「・・宝玉は金属片の前に安置されていたようじゃな・・。ふむ・・その金属片、確かに只事ではない代物のようじゃ」

「放っておけば何かしらの災いが起こるでしょう。これは小生が持っておきます・・小生ならば同じ身故に大きな影響はありません」

そう言いサブノックはアラストルの破片を懐にしまった

「それがよかろう。何やらこの一件・・少しは先が見えてきたようじゃの・・。おっ・・?」

「・・どうしました?アイゼン様・・」

「・・ふむ、この短剣・・。ホカゲが使っていたあの『叡智』と似た気を放っておるの・・」

見れば書物の中にポツンと置かれたいかにも装飾品っぽい青銅の短剣・・。

ミズチにとってはどう見ても普通の物にしか見えない

「持ち帰ってみますか。何かしらの力になるかもしれません」

「・・そうじゃな。では・・還るか・・ミズチ、必要な物があるならばまたここにくればよかろう。

これだけの山奥じゃ、そうそう盗人も入り込めんじゃろうからの」

軽く言うアイゼン

その言葉に二人はこの老人があれだけの山道を辿ってきた事に気付き

全然疲れていないアイゼンを改めて凄い人物と思うのであった・・


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