第七話 「弔い巫女」
火燐の里から得られる情報は得た三人、この後の状況を調べるがために一度ツクヨの道場へと戻った
相も変わらず田舎の村は時間の流れが遅く始めてサブノックが訪れた時と同じ空気のままである
そして、ツクヨの道場もこの一件が始まってから彼女が勉学を教えている子供達も休校と言う事で畑仕事を手伝っており静けさが漂っている
三人が道場に着いた時にはツクヨがすでに道場に戻っておりその感覚によりも三人が帰ってくるのを感づいていたらしく茶を淹れて待っていた
アイゼンはさも当然のようなのだがサブノックとミズチはやはり、驚きを隠せなかった
・・・・・
「・・なるほど、ホカゲがそのような事を言っていた訳ですか」
「はい・・何か心当たりはあるのでしょうか?」
一通り里で起こった事を報告した後に唸るツクヨ・・
流石の彼女もすぐにはわかりかねぬようだ
「『古代の栄光の名残』・・から察するに、古代遺跡かその王族の墓などがあげられますが・・
いかんせん、この国はそのような遺物が多いものですからね、特定する材料が足りません」
「なんじゃ、だらしがないのぉ・・」
「・・うるさいですよ・・。貴方もわからないのに私を責めないでください」
二人のやり取りも最早お約束の状態である・・
「なれど・・、急いで調べないとホカゲが儀式を始めてしまいます。特定を急がねば・・」
「まぁ、サブノック殿・・急いても仕方あるまい」
「そんなっ、アイゼン様!」
悠長な事を言うアイゼンにミズチが驚く・・、確かに世を滅ぼしかねない事態が迫っているのに急がないと言うのはかなり危険な事である
それに対してはサブノックも同感であり怪訝な顔をしている
「落ち着け、ホカゲなる女はあの感じからしてわしらが場所を突き止めて押し寄せるまで儀式は開始せんじゃろう」
「・・・左様でしょうか?」
「左様さ。扉を開き異形を呼び寄せる事を第一として行動をするのであるならば
僧寺院にて宝玉を奪った後にさっさと始めたらよかったであろう。
それを最早何も残っておらぬ火燐の里に来てサブノック殿達と退屈しのぎとばかりに交戦した・・。
おまけに儀式を行う場所の手がかりまで言い残して・・な」
「話を聞く限り私も同感ですね。
おそらく儀式が始まるのはその舞台に私達が脚を踏み入れてから・・、それまでは大人しくしているでしょう」
「なるほど・・確かに小生達と闘う事の方が扉を開く事よりも大事・・っという訳ですな」
「うむ、まぁその分わしから逃げただけあってそれ以上の備えのようなものはあろうがの・・。
さて、そうと決まればその舞台を特定させる事じゃな・・。ツクヨ、期待しているぞ?」
二コリと笑うアイゼンだが、ツクヨは仏頂面になる
「・・面倒事はいつも私なのですね・・」
「ツ・・ツクヨ様・・、落ち着いてください・・」
「わかっています・・。この人に任せれば何時になるかわかりませぬし私一人で探すには限度があります。
王に頼んで怪しい遺跡に調査隊を派遣してもらいましょう・・。事情を話せば理解してくれるでしょうし」
諦めに近い感じでため息を付く・・
「まぁそう落ち込むな、近くの遺跡ならばわしも探してやろうぞ」
「当然ですよ・・。まったく、人前に出たら暴れるところは相も変わらずですからね・・・」
「御主も口の悪さは変わらぬわ・・。さて、方針が決まれば後はこちらの備えじゃ・・
わしらはともかく、サブノック殿とミズチはこの先の戦いには苦戦を強いられるであろうからのぉ」
サブノックは強力な力を持ってはいるものの最強とも言える戦巫女が相手では相性が悪いと言わざるを得ない
ミズチに至っては相手が巨大すぎる、むしろ今まで生き残った事を賞賛していいほどだ
「・・左様ですね。小生は・・いざとなればこの破片を使用しようかと思います」
取り出すはあのアラストルの破片・・漆黒の金属片はかすかにだが息づいているかのように黒い波動を放っている
「・・先ほどから気にはなっていましたがそれが話にあった破片ですか・・」
「うむ、・・じゃが・・その破片をどうする気じゃ?」
「この破片を小生の体に埋め込みその力を我が物にしようかと・・。アラストルは強大な魔剣、破片と言えどもその力は秘められています
アラストルの力を得ればホカゲの結界を打ち破れるかと・・」
冷静に言うサブノックだが顔は思いつめている
「・・危険ではありませぬか?」
「確かに、強大な魔の力は破壊の衝動を誘発すると言われています・・ですが・・大丈夫です」
「心配無用じゃ、あの剣術馬鹿の魂を継ぐ者がそのような欠片に遅れなど取るまい・・」
鼻息を付きながらアイゼン
それだけにサブノックの心に刻まれた漢の事を信じているのだ
「ならばお任せしましょう・・後は・・ミズチですね・・」
「う・・」
俯くミズチ・・自分が力不足なのは重々承知している
それゆえにツクヨからの指摘は彼女にとっては心苦しいものである・・
「これより先は死闘が待っています。復讐心だけでは乗り切る事はできません・・覚悟はありますか・・?」
「はい・・、ここまで来て私一人傍観はできません!最後まで・・戦います!」
「・・ふむっ、こうまで言うなれば戦わせぬ訳にもいくまい」
「・・・アイゼン殿、しかし・・」
反論するツクヨだがアイゼンは至って真剣そうにミズチを見つめている
「命を投げ捨てる訳にもいかぬが未熟なれど戦場に赴いた身じゃ・・。その意志は尊重すべきじゃろう?」
「アイゼン様・・」
「但し、今のままで戦いに行けば正しく無駄死にじゃ。それなりに力を持たねば同行は認めぬ・・良いな?」
「はい!」
深く頭を下げるミズチ、それにアイゼンは目を細めている・・
彼とて人の子・・これから向う死闘に彼女を連れて行く事の厳しさは身に染みてわかっている
「しかし・・力を身に着けると言えどもそれほど時間はないのでは・・?」
「そこじゃ、ミズチ自身の実力はしれていよう。それを補う分装備を充実させるのじゃよ・・この短剣なぞを使ってな」
そう言いながら懐より取り出すは火燐の地下宝物庫に保管されていた青銅製の短剣。
両刃のそれは実用的な小太刀等とは違い儀式用を思わせる
現に刃は鈍く光っておりそれ自身が武器として使用できるかは疑問が残る・・
「・・何やら特殊な剣のようですね・・」
見た目で判断しない・・否、できないツクヨだけにこうした訳有りの得物には直感が働く
「ホカゲが使用した物と似た気配を出しておったのでな・・。
まぁ使い方はわからん、同じ里の者ならば扱い方もわかろう。
それと・・他に何か一つ持ってこようかの・・」
そう言い腰を上げるアイゼン、態々この若い巫女のために自身の武器を貸そうと言うのだ
その心使いにミズチは無言のままで頭を下げる・・
「・・では、私は早馬を使い王の元へ向います。これよりは伝書によるやりとりになるかと思いますので・・そのつもりを・・」
「ツ・・ツクヨ殿・・、乗馬をなさるのです・・か?」
「・・はい、それが・・何か?」
「あ・・いや・・何でも・・」
目が見えない女性が乗馬を・・さらに王の元まで飛ばすのだ・・。
正気の沙汰ではないがそこはツクヨ、心眼の持ち主故に全く動ずる事はない
「サクラに伝言を伝える故に翌日に戻ってこよう・・それまでの留守は頼むぞ」
「わかりました・・。お二人とも、お気をつけて・・」
ツクヨとアイゼンが出発するのを見送り、サブノックとミズチは他に誰も居ぬ道場の留守を任される事となった
・・・・・・・・
「さて・・名もなき剣か・・。どのようなものかわかるか・・?」
「うぅん・・、こうした武器はあまり使わないものでして・・」
二人が出発した後、道場にある子供用の机を片付けて動き回れるスペースを確保した後、改めて青銅の短剣について調べる二人
「ふむ・・試しに剣に向けて力を込めてみたらどうだ?」
「は・・はい!・・・臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!えい!!」
印を十字に切りながら叫ぶ!すると青銅の短剣が白く輝き出すのだが・・
フゥ・・
輝きは一定を保ち何事もなかったかのように消えて逝った
「ふへぇ・・・、どうして!?何もおきないなんて・・」
「うむ・・力が足らんのではないか?」
「う゛・・で・・でしたら!!」
懐より符を取り短剣に貼り付ける!それとともに符の赤い星紋様は光だし・・
「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前!」
再び印を切る!
今度は白い光は符に集まりそれが符を通し増殖され短剣全体を包み込む
パァァァ・・ン!
すると、短剣はまるでガラス細工が砕けるかの如く軽く音を立てて粉砕された・・
「え・・・ええぇ!?」
目の前で崩れる短剣に驚きと落胆が溢れるミズチ・・だが、サブノックは目を細めて唸っているだけだ
だが次の瞬間、変化が訪れる
「むっ・・ミズチ!?」
「え・・あ・・・!?」
サブノックの声とともにミズチはそれに気付く・・、
見れば自分の背中に上下左右四本の透き通った紅の大剣が規則正しく浮いていたからだ
「・・・これは・・ホカゲの『叡智』と良く似ているな・・」
確かに、『叡智』に比べてみれば色は真紅であり斜め四方の短剣はないが
上下左右に浮かぶ大剣は透き通った色合いやら剣身に浮き上がる梵字まで全く同じである
「劣化版『叡智』・・ですね?あ・・!?」
呟きながら背に生えた羽の如く浮かぶ剣を見つめるミズチ・・だがその瞬間、脳に強い衝撃が走る!
「どうした?ミズチ!?」
「何・・!?頭の中に・・何か入って・・あ・・これの・・使い方・・なの・・ね」
頭を押さえながら独り言を呟くミズチだがそれはすぐに治まったようでありゆっくりと呼吸を整えている
「大丈夫か・・?ミズチ・・」
「・・・・・・・はい、あの青銅剣は鞘でありその封を解いた者にこの刃を授けると頭の中に声が響いてきました」
「・・頭の中に・・」
「はい・・。持ち手としての資格は認められたようでこの剣、
呪詛剣『鳳雛(ほうすう)』の扱い方を脳に焼き付けるように予め短剣にそのような呪が封じられたようです」
「ふむ・・ならばその『鳳雛』・・か、真紅の四剣は扱えるのか?」
「扱い方は大丈夫です・・実際やってみないと自信がないのですが・・」
「・・うむ、ならば小生が相手をしてやろう」
「よろしいですか?」
「よろしいも何もそのために小生はここにいるのだ。遠慮をせずに打ち込んで来い」
そう言いなが拳を鳴らし構えを取るサブノック、流石に剣は取らずに徒手空拳での相手をするつもりのようだ
「わかりました!お願いします!」
一礼をしながら同じく構えるミズチ・・こちらも徒手空拳、だが背には真紅の剣『鳳雛』が回転をし、梵字を浮かばせる戦輪と化している
彼女が軽く手を振るうと四剣はその状態を解除して一斉に切っ先をサブノックに向ける
「ふっ、確かに使い方はわかっているようだな」
「ええ・・。では・・行って!!」
サブノックの方を指差し強く念じると共に鳳雛は連続して突きを放つ!
四本の刃は代わる代わる鋭い突きをサブノックに向けて放つのだが、
相手は相当な武術の心得を持つが故にどれも紙一重で回避される
「っ、ならばまとめて!」
すると四剣は刃を重ね一点集中にサブノックに襲い掛かる!
「うぬっ・・でぇい!」
四本重なった殺傷能力は極めて高い一撃、サブノックは四剣の腹を叩きその方向を変えながら飛びのく
実体がなさそうな半透明の刃・・しかしそれを叩いた時に伝わってくるのは明らかに金属のソレであり
回避しながらもサブノックはその剣の特殊さを改めて実感している
「・・まだです!」
さらに念じるミズチ、今度は四剣は再び規則正しく四方に広がり回転しだす
さしずめ特大の回転鋸のように高速回転しながらサブノックを追う!
「っ!なんとぉ!」
この展開は予想できなかったサブノック、対応が一瞬遅れるが咄嗟に体を深くしゃがみ襲い掛かる戦輪をやり過ごす!
当たれば必殺の一撃・・だが外れたとなればその慣性により大きな隙となる
急いで四剣を戻そうとするミズチであったがそれよりも早くサブノックが踏み込み彼女に対して拳を突き出し・・
「・・・!!」
鼻先で寸止めをする
「・・ふぅ、中々厄介な武器だが・・。手で扱う物ではない分懐に入られた時には大きな隙ともなろう・・
ホカゲの叡智のように咄嗟に剣を盾ともできようが・・」
「攻撃をしながら防御に回らせるには決定的な隙ができそうですね・・今みたいな・・」
「うむ、そこらは自分の力で何とかするしかあるまい。
ともあれ、その『鳳雛』はお前の力となる・・扱いを熟知すればこれからの闘いにも役に立とう」
「はい!がんばります!」
軽く印を切った後で礼を言うミズチ、印を切ったと同時に鳳雛の四剣はフッとその姿を消しそこには何もなくなった
「アイゼン殿が戻られるまでしばし練習しておけばよかろう。庭に薪置き場があったが故に薪割りついでに慣らしておくのはどうだ?」
「妙案ですね!では・・がんばってみます!」
新たな力を身に着けたミズチは時間が惜しいとばかりさっそく庭に飛び出す
その姿に若さがにじみ出ている事を感じ苦笑いをこぼすサブノック、彼女の生還を静かに願いながら一人道場の片付けに入りだした・・
・・・・・・・・・・
一夜明け、ミズチは夜を徹して新たなる武器の戦い方を体に染み込ませサブノックは家事をしつつ道場で瞑想を続けていた
双方とも敵に遅れを取っている故に寝ようにも眠れないのだ
そして夜が明けきった時にフラリとアイゼンがやってきた
こちらは至って元気・・だが少し眠たそうなのは再び出かける事を反対した妻を満足させるため・・だったとか
「・・この歳で女子を満足させるのは・・百の猛者を叩き伏せる事よりも疲労を誘うものよ」
っと愚痴るように呟くのだがその相手の二人は何と言っていいのかわからなかったとか・・
・・・
「ふむっ、なかなかに切れ味は鋭いようじゃな・・」
それはさておき、軽く休憩を入れてから三人は道場の裏手にある薪割り場へと赴き昨晩からのミズチの訓練の成果を見ることにした
溜めておいた木材は全て薪にされておりその切れ味は実に綺麗、ササガケの一つもなく滑らかな木目を覗かせている
だが・・
「・・・・調子に・・乗りすぎたのか?」
「・・すみません・・」
雨風を凌ぐために作られた薪小屋がズタズタにされており木の柵等も切り飛ばされていた
何も知らない人間が見たらおそらく『妖怪「鎌鼬」の仕業だぁぁ!』っと叫ぶ事間違いなしな荒々しい状態だ
「何っ、制御しきれんと切ってしもうたんじゃろ。心配無用だ、どうせツクヨの所有物じゃからな」
「「はぁ・・」」
同時刻、王都カムイへと到着して間がないツクヨは直感的に凄まじい不快感を感じ取ったとか・・
「まぁ、それなりにうまく使いこなしているようじゃな。後は防御か・・」
「・・わかりますか?」
「わしはホカゲと闘ってその奇怪な剣を見切っておるのじゃぞ?弱点を探すなど造作もないわ」
「恐れ入ります・・」
「そこでじゃ・・、御主のために持ってきた物がある。居間まで来なさい」
そう言いながらさっさと道場内に入っていくアイゼン・・
そこの後片付けをする者は誰もいなかったとか・・
・・・・・・
「さて、御主のために・・っと言うわけじゃないのだがな・・。
この具足を持ってきた・・『建御雷(タケミガツチ)』風の魔を封じたと言われる特殊な具足での・・。
身のこなしの上げる効果がある」
持ってきた布袋より取り出したのは見たところ赤黒い使いこまれた木製の具足、
脛を守るそれはかなり軽そうだが良く見れば内側に金属板が重ねられており見た目よりもきちんとした防具である事が伺える
「身のこなしを上げる・・。それでしたらこれをつけたらアイゼン様のような踏み込みができるのですか!!?」
「たわけ、御主のようなひよっこに成せるものかよ」
未熟者にアイゼン一喝・・
「うぅ・・」
「・・まぁ、そこまではいかぬが今までの身のこなしとは別人のようになるのは間違いない。
初動が早ければいかなる事態にも対応できる『鳳雛』を破られていようが剣で対処するなり
身を引く事もできるわけじゃ・・それなりの反射神経は必要じゃがな」
「・・わかりました、がんばります!」
深く礼をして『建御雷』を受け取り早速身に着けてみる。それは元々女性用なのか彼女の足にピッタリ納まった
「・・ミズチの足にピッタリですね」
「まぁ、元々はわしの弟子用に造ったものでな。これができた時にゃそやつもちょうど今のミズチみたいな華奢な女子じゃったわい」
「そうなんですかぁ・・。その御方は今ではこれを使わないのですか?」
「補助を受けての身のこなしに頼っては成長せんと言い出しおってな。自らそれを脱ぎ鍛錬をしよったわ・・
まぁ、元々才はあったから今ではそれをつける必要もない。・・・少々、男を見る目が悪い奴じゃったよ」
昔を思い出しながら呟くアイゼン
だがその華奢な女子は今もその男の傍にいながら剣士としての高みを目指し、女としての幸せも手に入れている・・
「・・う゛・・じゃあ・・余りこれに頼ってはいけない事・・ですか?」
「それは御主次第じゃ。今回は間に合わせじゃからの・・。それにわしの弟子は剣士、御主は戦巫女・・戦いの仕方も違うものじゃて」
「・・わかりました、ありがとうございます!」
「うむっ、しばしそれに慣れるが良い。後はツクヨからの便り待ちじゃからのぉ・・」
大きく伸びをするアイゼン、
これから大事が起こるというのに全くのマイペースな彼にその隣に座りながらも
ホカゲの動向を気にしているサブノックはその度胸に呆然とするのであった・・
・・・一方・・・・
島国カムイの中でその政が行われる王都カムイ、異国の城の天守閣にツクヨは到着し王との謁見をしていた
大国ハイデルベルクで見かける城のような絢爛豪華さはないものの
それらは実にしっかりと作られており飾り気の少ないところからすれば要塞に近い
そんな中内装はそれなりに艶やかであり畳も良い草を使用している
「二度もお世話をかける事となり恐れ入ります・・」
薄紅の着物姿のまま深く礼をするツクヨ、
周囲は人払いされておりその礼の相手は目の前に居る青年とその隣にいる気品溢れる中年女性に向けられている
青年は紋付袴姿で黒髪を綺麗にまとめられている。彼こそがカムイを統一している王でありかなりの若さ故におおよそ威厳というものはない
隣の女性は成熟した体に白き十二単を包み長く美しい黒髪を黄金細工の髪留めで軽く止めている
かなりの美貌を持ちその表情は正に母性に満ち溢れた大人のモノ・・それ故なのか見た目からでは彼女の歳は想像しがたい
「いえっ、かまいませんよ。ツクヨ殿・・。貴方がわざわざここまで赴くには相応の訳があるはずですからね」
ピンっと背を伸ばした状態で青年、否現カムイ国王のタケルが言う、顔も穏やかならば声もまた然り・・
「ありがとうございます・・タケル様」
「それで・・、今度はどのような用件なのですか?以前にも増して慌てているように感じ取れたのですが・・」
隣の女性が軽く尋ねる・・、それにツクヨは少し笑みを溢しながら返答をしだす
「・・わかりましたか?」
「長い付き合いですからね・・。目が見えぬ代わりに体が貴方の感情を表現していますよ」
「・・ふふっ、恐れ入ります・・。お願いの件ですが・・実は再びカムイを揺るがす大事が起ころうとしているのです」
「・・っ!?真ですか・・?」
タケルが目を丸くして驚く、この国は争いが続けられてきた歴史を持つが故にその事には一番警戒をしているのだ
「先の僧寺院の件もそれに関係しています。
ある一人の戦巫女の暴走によりこの国・・否っ、世界を巻き込みかねない事態が起ころうとしているのです」
「・・・・・・・、戦巫女ですか・・。
有力貴族の反乱計画ではないところはまだマシと言えますが・・他の国を巻き込む事となれば笑えませんね」
「左様です、イザナギ様・・。その巫女はある儀式を行いこの世界と別の世界を繋ごうとしているのです・・。
私とアイゼンはそれを追っていたのですが儀式の準備が整ってしまいました・・」
「・・なんということだ・・」
「そこで・・、その巫女は儀式の場所に関する手がかりを残しました。『古代の栄光の名残』に関係する遺跡にて、巫女は儀式を行う・・っと。
それで、タケル様の御力で何とかそれに該当する遺跡を調査をして頂きたいのです」
「『古代の栄光の名残』・・王家の墓か、古代古墳か・・。確かにカムイには色々とそれらしいものがありますね・・、いいでしょう・・。
ツクヨの頼みとあるならば疑う余地などありません。すぐに調査隊を派遣するように・・」
「わかりました・・母上」
母イザナギの進言に頷く青年王、同じ思惑を考えていたようで異論を唱えない
「私も及ばずながらご協力します。
ですが・・相手は人を事も無げに殺害する狂い巫女、深追いせずに異常を感じたらすぐに引き返すように強く申し出てください」
「了解です・・。誰か・・」
頷きながら襖に向かい声をかける、その瞬間に側近が一名、一礼しながら音もなく部屋を歩き王の命令を静かに聴く
側近はそのまま素早く部屋を後にし早速に調査隊の編成に向っていった
「・・編成はすぐに終わるでしょう。後は場所の目星をつけるのに数時間と行ったところですね。
ツクヨ殿、その間ごゆっくりしてください」
「勿体ないお言葉・・」
「ふふふ・・そう遠慮しなくても良いでしょう、本来ならば貴方はこの子を顎で使っても良い身分なのですよ?」
「イ・・イザナギ様・・」
とんでもない発言に流石のツクヨもタジタジになる、対し王の母イザナギは悪戯っぽく微笑んでおりツクヨの様子を楽しんで見ている
「冗談ですよ、先日は忙しかったようですが今日はまだ時間があります・・少し、お話でもしましょう」
「・・畏まりました」
「そうだ、ツクヨ殿。アルベルト殿は最近はどのような様子でしょうか?」
突如としてタケルがツクヨに尋ねる、様子からして最初から彼はそのアルベルトの事が気になっていたようだ
「アルベルトですか、自分の生まれた地を一目見たいと旅立ってからは定期的な便りは届いてますが・・、
道中道草を食って人助けをしながら・・未だ辿りつけていないようです」
「・・彼らしい・・。でも・・・彼はもう一度・・私の元で働いてくれるだろうか・・」
「受けた恩は返す性格です。必ず再び・・ここにやってくるでしょう。いつになるかはわかりませんが・・ね」
苦笑いのツクヨ、かつての人が良い弟子の姿を思い出しているのだ
アイゼンが「坊ちゃん将軍」と冷やかしただけあってその人柄は純朴、困った人がいると放ってはおけず
さらには女性には弱い分一度係わり合いを持つと中々旅立てないのである
「貴方はアルベルトと仲が良かったですからね・・。安心なさい、再びこの地に戻り貴方の右腕として働いてくれますよ」
「母上・・」
「・・イザナギ様・・それともう一つ、お伝えしたい事が・・」
「・・なんでしょうか?」
「先日は慌しかったのでご報告が遅れましたが・・・、ゼンキ殿が亡くなった事がわかりました・・」
ツクヨの静かな一言にイザナギの表情が少し固くなる
「・・・・・、そうですか・・。彼は・・立派に散りましたか・・?」
「・・ええ、最後を看取った御方がアイゼン殿の元に赴きその話を伝えてくれました。最後に純粋に人のために剣を振るった・・と・・」
「ゼンキが・・ですか。ふふっ、歳を取ると人柄も少しは変わるらしいですね・・。貴方は・・変わらないようですが・・」
「・・・・・・・」
イザナギの言葉に無表情のツクヨ・・常人には何を考えているかわからないのだがイザナギには彼女の内側が痛いほどわかる・・
「・・これで・・よかったのですか?ツクヨ・・」
「・・・・、ええ。これでよかったのです・・、あの時のゼンキ殿は・・剣にしか目がいかなかったでしょう。
それに・・私はもう恋慕を募らせるまでも若くはありませんよ」
「何をおっしゃるのですか。まだまだ子を産める歳でしょうに」
イザナギの子供っぽい笑みにツクヨは顔をしかめだす
「相手がおりませんよ・・。それに・・私の想い人は一人です・・いえ・・一人でした」
「お堅いですね。アイゼンを少しは見習った方が楽ではありませんか?」
「・・子供に手を出すようにはなりたくありませんよ、それに・・彼の事です。今頃私の家でまた何か破壊している事でしょう」
軽く毒舌、でもそれは半分正解であり今彼女の家の薪割り場は悲惨な状況となっておりサブノックがなぜか後片付けをしていたりする
「まぁ・・アイゼンは寧ろ豹変した・・っと言ったほうがしっくりきますからね・・。
ふふふ・・懐かしいものです。
ですが・・四天王も居場所がわかるのは二人・・アルベルトもこの地を離れ、アイゼンのお弟子達も同様に大陸に渡りました。
有能な人材がいなくなるのは少し寂しいものですね」
「イザナギ様・・」
「ふふっ、すみません。どうにも・・仲間の連れが旅立っていくのはこの歳には少し堪えましてね」
昔を思い出し寂しそうに笑うかつての指導者・・
国を導いた者はその役割を終え次の世代へ引き継いだ。そして導くための剣となった者達も同様に・・
時に置いていかれ、人に忘れられても彼らの志は消えず、今再びそれを燃え上がらせようとしていた
災いを退けさせるために・・
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