第四話  「黒煤の里」


結界が解かれ一斉に僧達が動き出す中、ショックでまともに動けなかったミズチのためにサブノックは

今回の事件の核心にいると思われるホカゲを追う事もできず取り押さえられた。

それなりに鍛えられた僧達だがサブノックが本気を出せば瞬殺できる

だがこれ以上騒ぎを大きくするわけにもいかないと判断し、多少殴られながらもサブノックは無抵抗のまま牢に放り込まれた

ミズチはそれでもしばらく反応を示さなかったという


・・・・・・・・・・・


そして数日後・・

僧寺院の一室、大広間に設置された頑丈な木の牢獄に放り込まれながらサブノックは静かに姿勢を整え瞑想をしている

対しミズチはその隣の牢で壁に持たれるように三角座りをして俯きながら黙り込んでいる

そもそもは何かに憑かれた者は僧達の中で不祥事を起こした者が戒めとして閉じ込められておく場所らしく

一般の牢獄に比べればかなり環境は良い・・

「・・・ふむ・・・、あれから何も動きはない・・。拷問の一つあってもおかしくないのだが・・」

「・・・」
静かに呟くサブノックだがミズチから返事はない・・

彼女にとっては自分から全てを奪った人物がよもや自分と同じ里の者とは夢にも思っていなかったので

そのショックから未だ立ち直っていない

「・・・・、ふぅ・・。ままならぬものよ・・」

焦ったところでどうなるものではない。

力を封じる結界が張られているのだがその気になればこの程度の牢獄など彼にとっては粉砕する事などたやすい

だが、僧寺院の人間は無関係であり寧ろ被害者の立場でもあり手荒な真似はできない


「・・・、ホカゲ様は・・」


不意にミズチが口を開く・・

「・・ん・・?」

「ホカゲ様は・・・、里の中でも英雄視されるほど素晴らしい御方でした・・。

難しい任務も進んで引き受けどれも完全に遂行して・・私達の中でも憧れの存在でした」

「・・・そうか・・」

「それが・・何で・・こんな事を・・」

拳を握り絞めるミズチ・・やるせない気持ちが彼女の身を焦がしている

「それを見極めなければならない」

「え・・?」

サブノックの静かな一言に顔を上げるミズチ、顔は涙でグチャグチャになっており酷い有様だ

そんな彼女の顔をサブノックは軽く見やり再び目を閉じる

「ミズチの話であるとあのホカゲという女が何故そんな事をしたのか、そしてこれから何をするのか・・知らなければならない

そして・・それを阻止しなければならない」

「サブノック様・・」

「小生は手伝うのみ・・、悪が動くのを滅ぼすがためにここにいる。お前はどうだ・・?

このまま無気力に牢獄で塞ぎこんでいる場合でもないだろう」

「・・・そう・・ですね・・。ありがとうございます・・。私、もう迷いません・・」

塞ぎこんでいた彼女にようやく活力が燻り出す

「それでいい。まぁ・・動こうにも動けない状況なのだがな・・」

説得したところでなす術がない現状に苦笑いをこぼすしかないサブノック、その様子に涙で顔を濡らしながらもミズチは微笑む

少し空気が和みつつあるようだがその時、彼らが囚われていいる部屋の扉が静かに開かれ

黄色い袈裟を着けた老人僧がゆっくりと近づいてきた

針のように鋭い眼光を放ち髪の毛は一本としてない。

それ故独特な気配を周囲に撒き散らしながらサブノックの前に立ち止まった

「・・さて、尋問か何かか?あの状況では小生らが何を言っても信用はされんと思うのだが・・」

「・・・お前達を釈放する・・」

静かに目を閉じながら老人僧が言う・・

口調からして本人的には納得がいっていないようだ

「えっ!?・・どうし・・て・・?」

「・・理由は言うだけ無駄だ。詳しい事はわしも後で説明してもらうのでな・・」

舌打ちをしながら牢を開ける老人僧

急な応対にサブノックとミズチはしばし怪訝な顔を崩せなかった・・


・・・・・・


僧寺院から解放され公園を歩く二人

街はいつもと同じ活気に満ちており数日前にここで重大な事件が起きたとは誰も気付いていない

そして、公園の入り口付近には見慣れた人物が二人、立っていた

「すまなんだぁ・・・。遅くなってしもうた・・」

アイゼンとツクヨ、二人の動きを完全に把握していたかのように軽い口調で叫んでいる

「アイゼン殿・・、一体これはどういう事なのです?」

「貴方達が寺院に捕らえらた事はあの夜にすでにわかっていました。そこで昔取った杵柄を使うために王の元へと向ったのです」

淡々と説明するツクヨ、相も変わらず何を考えているのか全く理解できない

「あぁ・・、まったく・・門番の阿呆がわしらの話に耳を傾けなんでなぁ・・尻を蹴り飛ばしてようやく通じたのじゃ」

「・・は・・はぁ・・」

未だに血気盛んな老人侍に言葉を失うサブノック、だがアイゼンの隣にいるツクヨは顔を曇らせている

「・・ただの恥ですよ・・

まぁ王の命により僧寺院に直筆の書を認め二人を解放した訳です・・」

「・・さ・・流石は四天王・・。王にそれだけ早く許可を頂けるなんて・・」

「なぁに・・あの坊主の世話をやった事もあるんでな。さぁ・・もうここにいる理由はない。

説明せずに無理やり釈放させた事にこの僧寺院の連中も殺気だっておるしな」

「・・なるほど、王の命令で強引に釈放させたのですか・・」

「まだはっきりとした事はわかっておらん。いらん世話をせんほうがいいのでな・・まぁ事後報告するということでなんとか納得させたわ・・・

とりあえずは御主達が泊まっていた宿に戻るぞ。まずはそれからじゃ」

さっさと踵を返すアイゼン、老人とは思えないその活発さにサブノックとミズチは圧されるばかりであった・・・


・・・


その後軽く情報を交換した後にサブノック達が泊まっていた宿に向う一行

数日行方知れずになっていたのだが宿の人間は何も言わずそのままにしておりその間の滞在費用はアイゼンの懐から出される事となった


「ふぅ〜、やれやれ・・一息つけるか・・。ツクヨ、茶を頼む」


「・・欲しければ自分で淹れて下さい」


相も変わらずなアイゼンとツクヨのコンビ・・

そのやり取りにサブノックとミズチは止める事もできず乱闘にならないか見守る事しかできない

まぁ、双方そこまで子供じみてもいないので争いはすぐに自然鎮火するのだが・・

「・・それで、火燐の巫女がこの事件の首謀者・・だと言うのですね・・?」

「はい、そうです・・ツクヨ様。犯人は間違いなく先ほど話したホカゲ・・でした・・」

「ふむっ・・自らの生活の場を焼き払ってミズチを殺そうとする・・。よもや狂人に近いの・・」

顎をさすりながら呟くアイゼン、その言葉にミズチは俯く・・

無神経な発言と受け止めたツクヨは咳を一つ付き、さりげなくアイゼンの脇腹を突いた

「・・しかし、ホカゲは非常に落ち着き払っていました。何かに憑かれた気配もありません・・」

「・・・、そうですか・・。いずれにせよホカゲという人物について詳しく調べる必要はあります。

・・・それに・・あの宝玉の事も・・」

「そちらでは何かわかったのですか?」

「あぁ・・詳しい事はわからなかったがあの僧寺院の宝玉についてはある程度情報を吐かせた。

なんでも・・『冥府魔道の扉を開く鍵』になる物らしい」

軽くアイゼンが言う・・だがサブノックの表情が途端に引き締まっていくのをツクヨは見逃さなかった

「・・何か、わかりますか?サブノック殿」

「おそらく、冥府魔道とはこことは違う世界。もしやすると小生が以前いた魔界に近いものなのかもしれません。

そうなれば扉が開いたら異形が大量にこの世界に押し寄せる・・」

「大惨事・・どころではないな。再びこの地が血に染まってしまう」

「・・絶対阻止・・ですね。ともかく、その宝玉とホカゲの事をもう少し密に調べた方がいいでしょう。

私達は王の許可の下あの僧寺院に宝玉の事を詳しく聞くとしましょう。

・・説明も求められていることですしね」

「そうじゃな・・。あの爺、寺院内にホカゲという危険人物が入り込み身内が殺されておるのに

それもこちらのせいだと言い出しかねぬ態度じゃったからの・・

聞く事だけ聞いて後は首の皮をちょいと薄くしてやるか」

ニヤリと笑うアイゼン・・その笑みに聖魔であるサブノックは背筋が凍りつく感覚を覚えた

口は軽く陽気ではあるがこの老人の実力は底が知れない・・

「手荒な事は遠慮してください。何があっても止めませんので・・、それよりもサブノック殿とミズチは・・

焼け落ちた火燐の里に赴きホカゲと言う人物について調べてください。

家屋のほとんどは崩れ落ちましたが無事なのも多少は残っていたはずです」

「・・わかりました。今回の一件についての真相も多少見つかるでしょう・・ですが・・ミズチは・・」

変わり果てた生活の場に再び行く事になるのだ。それもかつて信頼していた人物を調べに・・

「・・大丈夫です。それに、火燐の里は一般の人間からその存在を知られないために山奥深くの秘境にあります

私の案内なしに辿り着くのは至難の業です・・」

決意に満ちたミズチの顔・・、もう彼女に迷いはないようだ

「・・わかった、案内を頼もう。ただ・・無理はするなよ」

「はい!」

決意を胸に秘めミズチは叫ぶ、彼女を止める物は何もない


そして二人はかつての彼女が住処としていた場所の成れの果てへ旅立つのであった・・・



・・・・・・・・・・・・


国の表舞台に立たずに裏で動き人の脅威を払ってきた組織『火燐』

あくまで裏方に徹するがために彼らはこの国の動乱時にでも表に出ようとはしなかった

否、ミズチに言わせると人々の争いに付け込んで暴れようとしていた魔を払ってきたとの事らしい

それ故その存在はほとんど人々に知られる事はなくその棲家も人の生活とはかけ離れている地点に存在していた

一番最寄りの村に行くのにも山を三つ越えないといけなくそこは正しく四方を山に囲まれ山麓にある小さな平地に切り開かれた土地に存在した・・

否・・存在していた

徒歩ならば軽く数日は掛かるところだがサブノックが悪魔の姿になりミズチを抱きかかえて飛行しているがために

思ったよりも早く里の跡地を発見する事ができた

「・・ふむ・・。ここまで深くまで入った処にあるものだな」

「外部との接触を断つためです・・。ですが・・サブノック様の力があれば村から目と鼻の先ですね」

「空が飛べれば山の高さなどは関係がないからな・・。しかし・・ここが焼かれていたのをツクヨ殿は気付かれたのか・・

近くにおられたのか・・?」

周囲には道らしいものはなくまさに陸の孤島と化している環境・・よくその状況から里が焼かれている事に気付き

ミズチを助けたものだとサブノックは感心しきりだ

「ここらに生息している花を取るため・・っと言っておりました」

「花・・か。全盲と言えども見た目には気を使っているのだな」

「違いますよ、特殊な薬の材料となる物で道場に勉強に来た子が病気にかかってその治療のためなんだそうです」

「そうか・・」

どちらにせよ全盲の女性が花を識別する事には違いなくツクヨの『心眼』というのが至極便利なものだと実感するのであった

そうこうしているうちに視界に里跡がはっきりと見えてくる

確かにほとんどの家屋は炭化されて朽ち果てているのだがまだ何とか半壊しているだけの家屋もある

それでも酷い有様であり正しく成れの果て・・

「・・・、とりあえずは広場と思しき地点に着地する・・。案内はできるか?」

「は・・はい。家屋の位置から大体わかりますので・・」

「わかった、では・・降りるぞ」

そう言い急下降するサブノック・・、音もなく滑空をしながら黒煤が地に広がる里へと降りたって行った

・・・周囲には鳥の囀りが響き渡り、そこだけが異様な静寂が支配しているようであった




・・・




里はメチャクチャな有様であるが死体がそのまま転がっているのではなく一箇所にまとめてミズチとツクヨが土葬したらしい

広場の一角にはまだ綺麗な花が一輪、少し盛り上がった土に刺されていた

それ以外は半壊しているが全部焼け落ち家の柱の焼け跡ぐらいしかなく無事な建物は一つとしてない

強いて言うならば井戸がそのままの形で残されているぐらいだ

そしてそこの空気は大規模な火事の後であるからなのかどこか異臭が漂っている

「・・むぅ・・、酷いな・・」

「・・ええっ、以前は皆を供養している事に必死でしたから気がつきませんでしたが・・長老の家が半壊程度で済んでいるようです」

「長老宅・・か。重要な情報は残されていそうだな・・」

「はい・・あの大きな屋敷です・・」

彼女が指差すはかなり大きくどっしりとした藁葺きの屋敷・・っと言ってもその半分は焼け落ちており内部は丸見えなのだが・・

それでも重厚な造りのおかげなのか倒壊する様子は微塵もない

「ふむ・・行ってみるか」

「はい・・・」

炭と化した木材を踏みながら二人はもはや人が住むことがない廃墟へを脚を進める


・・・


倒壊した部分は調べようがない。無事だった屋敷内部を調べようと玄関から中に入るのだが・・

「・・ここで誰か殺された・・か」

玄関先の土間はどす黒い血で染まっておりかつてそこで血の池が出来ていた事を示している

土は血を吸い不快感を覚える臭いをかすかに出している

「ええ・・ここでは・・大婆様が背中を貫かれて死んでいました・・。ホカゲが後ろから突き刺されたのでしょう」

「・・・そうか」

軽く手を合わせ見た事もない犠牲者の冥福を祈りサブノック達は中を進んでいく・・

屋敷はかなり大きいのだが何か重要な情報が隠されている箇所もなくどこにでもある屋敷でありおかしいところは何もない

一通り屋敷の内部を見回り怪しい箇所はないかと調べた後書斎には一段落を着く事にした

「うむ・・、カムイの造りは独特ではあるが普通に生活の場としてのみ扱っていたようにしか思えんな・・」

書斎は屋敷の中でも全くの無傷・・趣がある木彫りの置物からこの屋敷に住んでいた者が読んでいたと思われる書物などもそのまま

重厚な造りの本棚に四方を囲まれておりここだけかつての里の生活の名残が残っていた

「そうです・・ね。重要な情報はまた別の場所に保管していたのでしょうか・・」

「ううむ、そうかもしれんな・・。極秘の情報というのは人の手に届きにくい場所に置いておくもの・・

里で一番大きな屋敷に置いているとは限らん・・か」

「・・他にそれらしい物はなかったですけど・・ね・・。まさか・・民家との一部をそれと利用してそのまま焼け落ちたとか・・」

「・・・、余りそう考えたくはないんだが・・な」

軽く息をつき周囲を見渡すサブノック・・

元々余りこうした頭脳を使う事には慣れていないがゆえにどこをどうすればいいのかわからないらしい

だが、その感は元々は鋭い

「ミズチ・・」

「・・はい?」

「この書斎・・、他の箇所と違って全くの無傷だな・・」

「え・・あ・・そうですね。他の部屋は火事の影響で崩れている箇所が多少なりともあるのに・・・」

周囲を凝視するミズチ・・、疑いを持ってみれば何か怪しく見えてくるもの・・

「・・少し調べてみるか」

「そうですね・・」

手分けして書斎を調べ出すミズチとサブノック・・元々細かい事を気にしない性分な二人であるがため

主を失った書斎の後の事などどうでもいいがために空き巣のような荒っぽい調べ方・・

棚に納まっていた本も兵法や武術に関する物ばかり、軽く取り中身を見てそれが関係ないとわかればポイっと捨てていく

そうこうしているうちに書斎の床はあっという間に本に埋もれていき棚から本は全てなくなった

そして空になった棚の天板から太めの紐が静かに落ちる・・

どうやら本と天板の間に寝かせており隠されていたようだ

「・・・、棚から出た紐・・か。何か仕掛けがあるのは間違いないな」

「そ・・そうですね・・。引いてみますか?」

「無論だ」

「でも!突然床がガバ〜!って開いて下に剣山とかあるかもしれないですよ!?」

なにやら警戒しきりなミズチにサブノックは呆れている

「・・そうだとしたながら刺さる前に何とかすればいい・・」

そう言い問答無用に紐を引く


ガタ!ゴトゴトゴト!!!



ソレと同時に本棚の後ろから何やら物音がしだす

それは次第に大きくなっていくと同時にその隣にある本棚が静かに床に沈んでいく・・

カラクリで収納するようになっているらしい

そしてその本棚があった箇所には壁に大きな穴が空いており地下に続いている

「隠し通路・・か。どうやら・・この先に秘密があるらしいな」

大穴の先には灯りは全くなく暗闇が続いている・・

「・そ・・そうです・・ね。こんな仕掛けがあるなんて全然知らなかったですし・・」

「よし・・、ではっ、警戒しながらいくぞ・・」

「・・はい!」

おかまいなくズンズン暗闇に入っていくサブノック

対しミズチは大きく深呼吸をした後に意を決したようにゆっくりとその中に入って行った


・・そして・・書斎には誰もいなくなった

だが・・

「・・キキキキ・・」

窓からゆっくりと顔を見せる灰色の皮膚をした小人、体に似合わない大きな鎌を持ち

血のような赤く不気味な目でサブノック達の入って行った隠し通路をジッと見つめているのであった・・


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