第参話  「火影」


カムイは大きく分けて三つの島からなる

大陸に近くその文化が混じり大陸貿易の拠点ともなる西島

カムイの都があり一番規模が大きな本島

未踏の地が多く秘境が多き北島

人口は本島が一番多く、文化としては西島が一番優れている。

人が少ない北島は他の二島に比べて自然と秘境が多く冒険者達には人気が高い


その中で西島にある港町ワカツは大陸から来た人間が

本島や北島に行くための唯一の船便があるためにかなりの賑わいを見せている

大陸からの文化も入り混じった町でありカムイ独特の木造住宅以外にも石造りの建物も良く見かけられ

独特な雰囲気に包まれている。

その中でも僧寺院は純カムイ製の造りであり周囲を木の塀で囲み常に門番がいる

周辺には建物がなく公園となっているのだが憩いの場という雰囲気はなく僧寺院をこの街から隔離するため、そう感じさせる





「・・・ふむ、街にあって街ではない・・そのような感じだな」



公園の入り口から僧寺院の門を見るサブノック

服装からしてカムイの民ではないのは丸変わりなのだがそこは貿易が盛んなワカツ、誰も不審そうに見ない

「何かあった時に周辺に被害がでないようにとの処置であの僧寺院が建てられるのと同時に公園も建てられたみたいです。

・・そのせいで公園なのに人の出入りはほとんどありませんね」

同じくサブノックの隣で様子を伺うミズチ、薄山吹の着流し姿のまま様子を伺う

この区画は余り人通りが良くなく多少店がちらほらある程度・・。

地面は一応レンガで舗装されているが余り整地はされておらず砂が溜まっている

「・・なるほどな。何かあって被害をこうむるのは・・どこの民でも同じか・・」

「僧は優秀らしいのですが、それでも年に数回ぐらい怪奇があの木の塀から逃げ出す事があるらしいです。

でも・・サブノック様、目がいいですね・・」

隣にいながら感心するミズチ、一応は物陰に隠れて僧寺院の門を監視しているのだが彼らがいる地点からは

門はほとんど見えないぐらい離れておりミズチも詳しい様子がわからないのだ

「ふっ、まぁ・・・訓練したからな」

適当にはぐらかすサブノック、彼が悪魔である事はミズチには告げていない

里を焼かれ全てを失ったミズチに余計な事を言わない方がいいとツクヨが言ったからだ

彼女が言うにはミズチは普段は明るく振舞い、彼女の家に勉学を学びに来る子供の相手もよくしているのだが

夜中にうなされているのをよく見かけるらしい

「・・流石です・・。私も精進しないと・・」

グッと拳を握りやる気を見せるミズチ、この健気な仕草にサブノックは愛娘の姿を思い出し静かに微笑む

「・・がんばるといい。さて・・今のところ異常はなさそうだ。

外部からの侵攻となれば小生達でも気付くだろう・・一旦宿に戻って作戦を練ろうか」

「はい!わかりました!」

元気良く踵を返すミズチにサブノックはやや呆れながらもその後をついていった


・・・・


彼らが宿泊している宿はワカツの表通りにある大陸風の宿。

3階の表通りに面する一室を借りておりそこからはワカツを行き来する人々や僧寺院がある区画の緑が見える

部屋は中々の大きさでこの国では珍しいであろう椅子やベットなどが取り揃えており

ミズチは最初椅子を怪訝な顔で見つめていたりした

「いつ動き出すかわからんが、異常があったら小生が先に攻める。

・・それで、まだ聞いていなかったが君は戦闘はこなせるのか?」

椅子に座りながらミズチに尋ねるサブノック・・対しミズチはどこに座って良いかわからずベットに正座をしている

「はい、これでも近接戦闘は得意です!」

「ふむ・・そうか。得物と戦法は?」

「えっと〜・・これです!」

荷物袋から取り出すは青銅のような独特の碧色の金属で出来た直剣。

鍔の部分がこの国に伝わる呪具『勾玉』を模した物を四つあしらっている

さほど長くはなく大陸の剣グラディウスと同じかそれより少し長いか・・

「・・ふむ、普通の剣ではないな」

「呪詛剣『森羅』です!火燐の人間は特殊な呪術により強化された武器を扱います。

これもその一つで持ち手の力を高める効果を持ちます!」

「なるほどな・・己に有利に働く呪か・・。東国は珍しい物ばかりだ」

「後はこの符ですね。火燐の戦士である戦巫女は皆この符を使い式神を召喚して戦います。

式神をメインに戦う人が多かったですけど・・

私は苦手なので初歩的な式神術しか行使できません」

頭を掻きながら申し訳なさそうなミズチ

「・・いやっ、気にする事はない。ではその符を使って援護をすれば問題はなかろう。後は小生の背を守ってくれればいい」

「それですが、サブノック様。わ・・私も・・できれば・・みんなの敵を討ちたい・・です」

ゆっくりと彼を見つめながら呟くミズチ、目に暗い炎が燻っているのをサブノックは見逃さなかった

「・・・・、機会があれば・・だな。だが君は若い・・・復讐に己が身を黒くさせないほうがいい」

「・・・・・・」

「不満そうだな・・?」

黙り込むミズチに静かに言うサブノック、彼とてミズチの身の上は知っている・・

だが、それゆえの忠告なのだ

「そ・・そんな事は・・」

「・・目を見ればわかるさ」

「う・・」

「まぁ・・小生が言う事でもないのだが・・。憎しみは憎しみしか生まない、復讐に執着すると自身の身を滅ぼす。

君は若い・・。人生を不意にすべきではない」

「サブノック様・・」

ジッとサブノックを見つめるミズチ、瞳の暗い炎は幾分治まったようだが完全に鎮火はしていない

それを見通したサブノックは少しため息をつく

「・・まっ、余計なお世話・・っと言ったところだ。

では異常があった時は頼む・・、小生は全力で向う故に遅れぬようにな」

「わ・・わかっていますよぉ・・これでも身のこなしには自信があるんです!」

わざとらしく頬を膨らませるミズチ、その仕草が妙に愛らしいが彼女の今までの情報からして


(寧ろ、身のこなしのみに自信がある・・っと言う感じだな)


っとサブノックは内心少しだけ毒づくのであった。




・・・・・・・
・・・・・・・






二人がワカツに滞在して数日。

僧寺院には曰く付きの物を納める者こそいたのだが他に異常はなかった・・

サブノック達はそれとなく旅行者としてワカツを徘徊しつつ街そのものにも異常がないか調べる事にしたのだが

多少のいざこざはどこにでもあるもの・・、こちらも目立った異常もなく平和そのものであった

因みに妙な誤解をさけるためにサブノックとミズチは「兄妹」ということで宿の人間には説明をしている

別に夫婦でもなんでも勘違いされて結構だとミズチは言っていたのだが人の噂は恐ろしいもの、

万が一にでも妻の耳に届いては恐ろしい事になるとサブノックが強く願い出たらしい。

聖魔と呼ばれ、剣豪の力を持つ一騎当千の彼も妻の威光には弱かったりする



「・・あ〜あ・・、今日も何も起こりませんねぇ・・」



その日も異常なし・・。日が暮れて宿に戻りながらミズチは愚痴る・・

ベットに寝転びながらも一応は本職の赤い巫女服を着用している

中々様になっているのだが本来神聖なる女性が着用する衣なだけに愚痴っている今の彼女にはどこか「嘘っぽい」感じがしてしまう・・

「・・杞憂・・なのかもしれんが、油断はできん。とは言え・・アイゼン殿達から何の連絡もない故に他にやる事もあるまい」

「それはそうですが〜・・」

苦笑いのミズチ・・どうやら忍耐強いわけでもないらしい

「まぁ・・じっくり事を構えたほうがいい。敵はこちらの都合に合わせてはくれないからな」

「むぅ〜、サブノック様は冷静ですね〜」

「何っ、燻らせているだけさ・・」

「・・?」

「動くべき時には、遠慮はしないっということだ」

ニヤリと笑いながら壁にかけられている斬馬刀を取り出す・・、布を解いた刀身は綺麗に磨き上がっている。

黒き両刃の大刀は飾り気が全くなく完全なる実戦用・・。

握りは長いのだが両手でなければおおよそ持ち上がれるような物でもない

それなのにサブノックは軽々とそれを持っており、刃先を静かに見つめている

「・・それが・・あのゼンキ様の・・」

「君も知っているのか?」

「ええっ、この国で武に関わる者にとっては伝説的ですし・・ツクヨ様も良くあの御方の事を話されていましたので・・」

「ツクヨ殿が・・?」

「そうなんですよ!私も四天王の話は小さい頃から聞いていて憧れていたのでそれとなく聞いていたんです!

それで〜、どうやらツクヨ様って・・ゼンキ様に想いを寄せていたみたいなんです!」

目を輝かすミズチだが、サブノックは唖然としている

あの冷静な女性からは中々に想像し難い・・

っと言っても、あくまでミズチ側の感想みたいなのだが・・

「あのツクヨ殿が・・な」

「訳ありって感じが伝わってきました!いつも冷静で礼儀正しいツクヨ様がゼンキ様の事になると口調を荒げていましたし・・」

「・・はぁ・・」

女というのはよくわからん・・、サブノックは内心そう呟いた

「歴戦の英雄達の裏に隠された恋心!いや〜、素敵ですねぇ・・」

妄想の世界に入っているミズチを軽く無視しながら彼は夜のワカツを窓から見渡す

賑わいを見せる街とは言え流石に夜は静かなもの、ただ万国共通と言うべきか・・酒場の明かりだけは消える事はない

ただ・・彼には見えた

僧寺院から広がる常人には見えぬ『炎』を・・

「・・・、ミズチ・・出番だぞ!」

「えっ!?何か・・って・・。僧寺院に異変なんてないじゃないですか〜」

彼女の目には静かなワカツの景色が広がるのみ・・だがサブノックはその間にも準備を整えて出発しようとしている

「行くぞ」

さっさと部屋を後にするサブノック!

「ま・・待ってくださいよ!」

ミズチは少し遅れながら彼の後を走ってついて行った・・



・・・・・・・



夜のワカツは静寂そのもの、異変が起きている事に今一つ信じられないミズチだが

サブノックは遠慮なく走り続ける。

場所的には室内戦ともなるので斬馬刀は宿においたままにしている・・

だが、彼ならば魔力によりそれを呼ぶ事もできる故に問題ない

対しミズチは巫女姿の状態で背中に呪詛剣『森羅』を下げ腰には小物入れを帯に挟ませている

中には符が沢山しまわれており取り出しやすいように工夫されている

「・・そろそろ視覚でも捉えられてくるな・・!」

街角を曲がり僧寺院に通じる通りに出た時、ようやくミズチも異変に気付く

「これは・・」

寺院そのものが燃え上がっているかのように見える・・。だが、それは紫色の幻の炎・・。

実際に物質を黒き墨と灰に帰すモノではなくそれは人や物の恨みが作り出す怨念の光

「・・寺院に納められた物が暴走でもしたのか・・。禍々しい気だ」

「で・・ですね・・。それだけはっきりと見える怨念は初めてです・・、もしや・・」

「・・ああっ、恐らく寺院内は別世界に変化しているだろう。急ぐぞ!」

「はい!」

駆ける速度を上げて公園内に突入する二人・・

そこはもう異形の空間、どこからともなく目が大きく見開いた不気味な和製人形が飛びかかってきた

口には鋭い牙がついている

「甘い!」

常人ならば脅威ともなる呪われた人形の襲撃だが、流石に悪魔が相手ならば役者が違う。

サブノックの拳により脆く粉砕された・・

「すごい・・、そこそこ危険度が高い雑霊だったのに・・」

すぐ後ろで改めてサブノックの事を感心するミズチ・・。

「この程度、大した事でもない・・。っ・・また来るぞ」

木の陰から飛び出てくるは何かの小太刀、だが異形と化しており刃の中心部から大きな口が開いている

それはまっすぐミズチに食らいつこうと飛来する!

「・・っ!こんなもの!」

一瞬怯むもののミズチは襲い掛かる小太刀を華麗に回避しその峰を掴む!

そのまま軽く呪文のようなモノを唱えたかと思うと・・


バチィ!


突如彼女の手から白い雷は放たれ小太刀を瞬時にして黒コゲにした

「・・いっちょあがりぃ・・」

大きく息をするミズチ、どうやら戦闘にはまだ完全に慣れていないようだ

「・・・その調子だ。雑魚には用がない・・一気に突っ切るぞ!」

「はい!」

どこに異形が潜んでいるかわからない、だが急がなければならぬ事態故に多少強引だが二人は夜の公園を駆け抜ける・・!

僧寺院の門まで奉納されていたかと思われる武器や物が異形と化して襲い掛かってきたのだがサブノックの強烈な拳により

どれも瞬殺、歩の進みを止められることなく僧寺院の門まで辿り着いた

「・・強固そうですね・・」

門は木製だが何重かに重ねられているらしく頑丈に造られている

おまけに内側からカンヌキがかけられているようでちょっとやそっとでは開いてくれなさそうだ

「ふむ・・、ならば仕方あるまい」

「・・えっ?」

顎をさすりながら右腕に付けられた銀色の腕輪に手をかけそれを外す・・

「ミズチ、すまんが少し持っていてくれ」

「あ・・はい、綺麗な腕輪です・・ね」

サブノックの行動が何を示すのか彼女には全く理解できない

そんな様子に彼はフッと笑いながらも脚幅を広げる・・

「変・・身!」

気合とともに篭った声でそういうと彼の体を閃光が包みこみ・・・

次の瞬間にはそこには人ならざる異形が立っていた

漆黒の甲虫のような皮膚を持つそれは正しく悪魔、背には同じく漆黒の竜翼、体の表面には赤い紋様が光っており禍々しい気を放っている

顔はまるで兜の飾りのように三本の角が生えており瞳は血のような赤、だがその瞳からは禍々しさは感じられない

「あ・・え・・」

「・・ふぅ、行くぞ・・ミズチ」

「その声は・・サブノック・・様?」

「・・ああっ、これが小生の真の姿だ。ふん!」

説明をしながら軽く門に拳をぶつける、軽く叩くような動作だが門はこなごなに砕け吹き飛ばされる

その様子にミズチは目を丸くして驚きを口をパクパク動かしている

「・・・、呆然としている時間は後だ。行くぞ」

「・・・え・・・あ・・はっ、はい!」

サブノックの真の姿に圧倒されながらも事態を何とか把握しつつ彼の後に続いて僧寺院の内部へと走って行った


・・・・・・・・・


僧寺院内部は何者かによる異常な力により異界化されていた。

内部だけに薄い紫の霧がかかっており視界は悪い。さらには延々と続く畳部屋・・そこはさながら迷宮と化していた

そのことにサブノックはいち早く気付き少し進んだ後に立ち止まった

「異界化により迷宮となっている・・。うかつには動けんな・・」

周囲には延々と広がる畳と木柱・・そして紫の霧がその視界を遮っている

「これほどまでの力を出すなんて・・一体・・」

「・・、おまけにここに奉納された曰く付きの物も使役として扱うらしい・・所々、こちらを伺う気配がある。

それに・・」

「・・それに?」

「ここの僧ではやはり太刀打ちできないらしい」

呟くように言うサブノック、見れば数歩先の畳床にうつぶせに倒れている。

霧が霞んで良く見えないので良く目を凝らしてそれを発見したミズチはそこに死体があるとは思わなくて短く悲鳴を上げてしまう

「見たところ無限回廊・・だな。結界そのものを打ち破り目的の物の元まで一気に行きたいところだが・・」

「・・これだけの場を作り出す力があるならば結界を解除するのは容易ではありませんね」

「そうだな・・。だが、グズグズしてもいられない。ミズチ、何か方法はあるか?」

「結界そのものを解くのは力場を造りだす器か術者を倒せばいいのですが、

私達が結界内にいる以上器がその結界内にあるとは考えにくいですね」

「ならば術者を探し出すしかない・・か」

「うかつに動けば相手の思うがままになります。ここは・・任せてください!」

腰の小物入れから符を一枚取り出し軽く念じながらそれを放り投げる


「急々如律令!」


キッと表情を引き締めるとともに符に描かれた赤い星型の紋様が輝き出し符が焼き消える。

その次の瞬間、符があった空間には老人を描いた小さな能面が宙に浮いている

顎の部分から口を開いているかのように上下二つに分かれているが噛み合わせはいいらしくカタカタと音を立てている・・

「・・これは・・」

「式神『翁』です。結界内にはそこを動くためにまやかしではない正しい道があります。

常人には区別できないのですがこの『翁』がその道しるべとして案内してくれます」

「なるほどな・・。だが正しい道があるとは・・」

「こういう迷宮型の結界は術者がその中でも自在に動き回るようにするために存在するものです。

術者が獲物を確実に捉えるためだとかも言われていますが〜、『翁』の導きならばそれを見通してくれます」

「そうか・・」

顎をさすりながら呟くサブノック、結界を張るような念を入れる奴ならば結界の抜け道があることなど把握しているはず

・・そうともなれば他に手を打っているに違いない・・そう考えているのだ

そして彼の思惑は見事的中し突如霧がかった天より複数の異形が舞い降りる!


「「「キィィ・・」」」


それは小人のような体をし額に角が生えている。

体は赤くげっそりしているのだが腹だけは異様に膨れており目からは凄まじい殺気を放っている

「餓鬼・・、それも三匹も・・」

「知っているのか?この異形を・・」

「罪人が死してその罰を抗うために地獄にて裁かれた姿です。

食べる事を禁じられたが故に生物に対する執着心とその罰に対する恨みは凄まじく

戦巫女の中でも注意が必要な魔物です・・」

「・・なるほどな・・。それが複数で、しかも我らが行く手を防ぐとなると・・何者かに使役されていると見て間違いないだろう」

「キィィ!!」

二人の会話を余所に餓鬼はミズチを見つめながら奇声を上げる

「やはり・・悪魔よりも女子の肉の方が好みらしいな」

「何を感心しているのですか!?」

余裕を見せるサブノックに思わずツッコむミズチ、だがそれを隙があると見たのか三匹の餓鬼は一斉にミズチに向って飛びかかる!

その途端にミズチの顔つきが変わり背中に下げた剣を手に取りながら一歩下がる!

「・・っ・・破!」

まず一匹に的を絞り鋭い斬撃を放つ!

「ギィィ!」

刃は見事餓鬼の体を真っ二つにさせる、その間にも残った餓鬼はミズチに食らいつこうとするのだが・・

女体に執着しているかのようで近くにいる強大なる力を持つ聖魔の存在を忘れていたらしい。


餓鬼達の後ろから鋭い後ろ回し蹴りを放つサブノック・・。

それにより一匹は頭をひしゃげながら迷宮の奥深くまで吹き飛ばされる

残りの一匹も続けざまに放たれた手刀により叩き落とされる

「・・ふん、他愛もない」

絶命した餓鬼達は自然発火しその体を消滅させていく・・、その様を見ながらサブノックは軽く息をついた

「・・サブノック様・・すごいです・・」

凄まじき力量のサブノックにミズチは呆然としている

「この程度、何でもないことだ・・。さぁ、急ごう・・。この御面が導いてくれるのだな」

「あ・・はい!『翁』・・お願いね!」

ミズチの頼みに翁の面はカタカタ音を鳴らしながら先導していく、フワフワ浮いている面はどこか頼りなさげだが

文句を言わずに二人は警戒しながらそれについて行った


・・・・・・・


『翁』の先導により二人は延々と広がる畳の迷宮を進み続ける・・

不必要なまでにクネクネと曲がり続けるうちに畳と柱のみの迷宮は何時しか和室がいくつも広がるフロアへと変わって行った

道中、何度か餓鬼が襲い掛かってきたのだがサブノックは元よりミズチも全く動じずにそれを排除しつつ迷宮の奥を突き進む

・・・

「・・この先が・・再奥ですね」

襖を開けて和室を渡り歩く事十数回、突如として翁の面が燃え出しその姿を消す

これは結界を張った術者の干渉によるものですぐそこにいることを証明しているのだとミズチは説明する

「では・・この襖の先か・・。いくぞ、ミズチ」

「・・はい!」

呪詛剣『森羅』を手に持ちタイミングを合わせて一斉に襖を蹴り破る!

そこに広がるは紫の不気味な霧こそ消えていないが今までとは違う僧寺院内の広間・・

異界から抜けたようだがまだ結界の中にいる事らしい。

広間には祭壇がありそこに寄り添うように倒れている女性が一人

スラっと長い赤い髪の巫女でうつぶせに倒れている

「巫女・・、ここの者か・・?」

「いえっ、あの巫女装束は私達『火燐』の戦闘用の物です!そして赤髪となれば・・もしかして・・」

里の生き残りがいる・・彼女の心は高鳴りピクリとも動かない赤髪の巫女に近寄ろうとする


「・・待て!危険だ!」

「・・えっ?」



ふと立ち止まりサブノックの方を向いた瞬間、天上より巨大な物体が襲い掛かる!

「きゃっ!」

真上に敵がいるとは思わなかったミズチ、咄嗟に飛び退くも体勢を崩し転んでしまう・・・

彼女に襲い掛かったのは巨大な狼の異形、全身針金のような白く固そうな毛に包まれているが

喉元に毛は生えておらず赤い宝玉が埋め込まれて不気味な光を放っている

目つきは先ほどまでの餓鬼以上に凶暴さを放っており鋭い牙はまるで金属のようにギラついている・・

「あの宝玉・・。もしや・・!」

妙に目を引く宝玉にサブノックの瞳は鋭く尖る

それに気付いたのかミズチに襲い掛かろうとしていた魔狼は急にサブノックの方を向き唸り声を上げる

「サブノック様!気をつけて!」

「・・承知している!お前はその巫女を保護してくれ!」

そう言いながら先手を打つサブノック、魔狼の眉間に拳を突きだてる!

ギィン!

鈍い音と衝撃が魔狼を揺るがすがそれに動ずる事無く魔狼はそのままサブノックに突進する!

「・・うぬっ!」

すかさず突進する魔狼の体を逸らし蹴りを放ちながら距離を開ける

「・・打撃は得策ではないらしいな・・」

呟きながら右手を見つめる、魔狼に向けて放ったその拳からは血が吹き出ている・・。

「サブノック様・・大丈夫ですか!?」

気絶している巫女を介抱しつつサブノックに向って叫ぶミズチ、加勢しようと剣を取り出している

「心配無用だ。どうやら奴の毛は鋭利な刃物で出来ているらしい・・」

「ならば・・私が!」

「無用だ。お前だと押し倒されたらなす術もなかろう・・」

「う・・」

確かに、体格差が大きすぎる。さらにはサブノックの強力な一撃を食らっていながらもそのまま突進してくる力からして

捕まったら最後、そのまま引き裂かれる事は間違いなく押し黙ってしまうミズチ

「安心しろ・・戦い方なぞ色々あるものだ・・」

そう言いながら再び構え手で魔狼を挑発する、攻撃的な魔狼はそれが頭にきたのか大口を開けてサブノックに飛びかかる!

サブノックは襲い掛かる獣に身動き一つ取らずに待ち構え


GAAAAAA!!



雄たけびとともに噛み付いてくる魔狼の口にあえて自分から腕を噛ませる。

鋭利な刃物な魔狼の牙は強固なるサブノックの皮膚を貫き深々と食らいつく!

「サブノック様!」

「・・ぐ・・、ふん。計算の内だ!」

そう言うと右手で腕に噛み付く魔狼の顎を掴み強制的に口を開かせる!

噛み付く力に打ち勝つには相当な力が必要だが、食らいつく魔狼よりもサブノックの力は上回っており

徐々に魔狼の口が開かれていく

そこに


ズボォ!!


深く突きを放ち喉元深くまで腕を突き進める!

強烈な嘔吐感が魔狼を襲い逃げようと暴れるのだが上顎をサブノックに掴まれてどうしようもない

「・・表面がダメなら内側から破壊すればいい!・・はぁ!」

サブノックが気合声を上げた瞬間!

パァン!

凄まじい衝撃とともに魔狼の体は吹き飛ばされ、壁に激突する・・。

その体は黒コゲになっており胸元の宝玉も衝撃でポロリと落下した

「サブノック様・・何をしたのですか・・?」

一瞬の逆転劇唖然としているミズチ・・、介抱の事をすっかりと忘れている

「何、体内で雷撃を放っただけだ。流石に耐えられなかったらしい」

紫の炎に包まれて消滅する魔狼、それには目もくれずに畳の上に落ちた宝玉を拾い上げる

「・・ふむ、これが対の宝玉なのか・・?ミズチ、見てくれ」

「あっ、はい・・。里にあったのと良く似ている・・気がします」

「・・気がする・・だけのか・・?」

「・・・すみません」

サブノックから渡された宝玉を見つめるミズチだが結局は断定はできないらしい・・



「う・・ぅ・・」



「!?・・大丈夫ですか!?」

思案に暮れているその中、赤髪の巫女が唸りながら目を醒ます

真紅の美しい瞳はとても美しく、妖艶でもある

「ホカ・・ゲ様?」

「くっ・・、何故、私の名前を・・?」

頭を押さえながらゆっくり起き上がる赤髪の巫女・・ホカゲ

「私も『火燐』の戦巫女をしているミズチと言います!」

頬をほころばせるミズチだがサブノックはまだ事態を飲み込めていない

「・・知り合いか?」

「ええっ!『火燐』の戦巫女を代表する力量の御方です!私は・・位が低いのでお会いしたことはなかったのですが・・」

「うぅ・・!っ!この禍々しい気配!そこの異形・・何者です!?」

意識がはっきりするにつれて目の前に立つ悪魔の姿に警戒をするホカゲ

丸腰なのだが手刀を構えて応戦する気になっている

「大丈夫です、ホカゲ様。サブノック様は人に害なす存在ではありません」

「・・どういう事なのです・・?」

「経緯を説明しよう・・。この結界もあの魔狼が消滅したせいか・・徐々に解除されていっているようだしな」

そう言うと人形態に変身をしながら、サブノックは簡単にこれまでの事を説明しだした

・・・・・・

『火燐』の滅亡、生き残ったミズチは宝玉の行方を追って行動を開始し、

聖魔の力を借りてここまで来た事を説明するとホカゲは目を閉じ深くため息をついた

「そうだったのですか・・」

感じからしてホカゲは『火燐』が滅んだ事を知らない様子であるがそれに対してさほど嘆いてもいないようにサブノックには見えた

「それで・・ホカゲ殿はどうしてこの寺院に?」

「私は・・ここにお世話になっていました。とある任務の協力ということで滞在しつつ行動をしていたのです

それが・・突如として目の前が揺らめく感覚に襲われて気がつくと貴方達がいたのです・・」

ホカゲは淡々と説明をする、ミズチとは違いこの状況であっても冷静沈着だ・・。

「そうだったのですか・・」

「ですが・・よもや里が焼き払われて宝玉が盗まれていたとは・・」

「・・・、でも、この対となる宝玉があれば大丈夫です!悪事に対して扱えさせません!」

そう言うと魔狼から取り戻した宝玉を取り出しホカゲに見せる

「・・対なる宝玉・・、よもやこの寺院に保管されていたとは・・」

「ミズチ様は知らなかったのですか?」

「ええっ、安置されている以上その情報は極一部の人間しか伝わっていませんでした・・。

すみませんが・・少し見させてくれませんか?」

「あ・・はい・・どうぞ」

ゆっくりとホカゲに宝玉を渡そうとするミズチ

それにサブノックは異様な緊張感を覚える!

「待て!ミズチ!」

「えっ・・?」

咄嗟にサブノックがミズチを蹴り飛ばす・・!

その瞬間、彼女が手を差し出していた空間に何かが走る・・

それは正しく刃の一閃・・、見ればホカゲの肩に小さな小人が体に似合わない巨大な鎌を手に下品な笑いを浮かべていた

もしサブノックが動かなかったらミズチは腕を一本丸々切断されていたであろう

「・・、意外に鋭いようですね」

落ち着き払ったように微笑みながらミズチが手放した宝玉を拾うホカゲ・・

「貴様・・、操られているのか!?」

構えながら警戒するサブノック、ミズチに至っては仲間であり生き残りの突然の強行がいまだ信じられないようで

口を開く事も出来ずただただホカゲを見つめていた

「操られる・・?私は私ですよ・・」

「・・・ではっ、貴様が・・」

「察しがいいですね。その通り・・。この結界を張ったのは私です・・そして『火燐』を焼き払ったのも・・」

「・・!?」

軽く言うホカゲだがミズチはその真実に衝撃を受ける

「式神を扱う者がいてもしやと思いましたが・・やはり生き残りはまだいたようですね・・。

最も、取るに足らない力量の様子ですが・・」

「・・何故宝玉を手に入れる・・貴様の目的は何だ!?」

「さて・・、それを説明するつもりは元よりありませんよ。

障害とならばここで排除しようと思いましたが・・まぁ、いいでしょう。

ここらでお暇させてもらいます」

「させるか!」

二コリと笑うホカゲの顔目掛け神速の一撃を振るうサブノックだが、手ごたえはなく

ホカゲの体は霧が霞むようにその姿を消して行った

「・・ちっ、元より戦う気はなかった・・か。ミズチ、追うぞ!ミズ・・」

振り向いた先には呆然としているミズチの姿が・・

「そんな・・嘘・・ですよ・・ね。ホカゲ様が・・里を焼き払って・・皆を殺したなんて・・」

うわ言のように呟くミズチ、サブノックの蹴りなぞ大した事はないのだが精神的な傷はかなり深いようだ

しばらくはまともに動けない状態に見える

「ミズチ、しっかりしろ!」

「そんなのって・・そんなのってないですよ!酷すぎます!!」

頭を振って否定するミズチ、現実を受け入れるには彼女はまだ幼い・・

そんな彼女を放って追うわけにもいかずサブノックは頭を掻く

だが・・

「こっちだ!急げ!」
「くっ・・おのれ!!」

周囲に響く僧達の怒号・・。

いつしか結界は完全に解かれあの紫の霧は蜘蛛の子を散らすが如く消えうせている

そして

「「いたぞ!!」」

サブノック達がいる部屋に一斉に押し込んでくる。

未だショックから立ち直れていないミズチを見ながら彼は静かに手を上げるのであった・・


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