第弐話 「烈槍と抜刀」
異国の地カムイ、島国と言えども統治の形態は大陸と変わらず王が統治している
ただ大陸とは違い幾つかの島が連なったカムイでは遠方の島々まで
監視の目が届かず何度か謀反を起こす事件が起きてきた
また王の一族の後継者を巡る戦乱も起こりこの地は絶えず争いが起こり作物が育たぬ地獄の地とも言われてきた
だが長きに渡る闘争も『四天王』と呼ばれる剣士を引き連れた王女の出現とともに終焉を迎える
四天王は王女の志の元に剣を振るい欲にまみれた偽りの後継者を切り払い
王女はその想いに応えるがために王位を継承した後に大陸との国交を結び国内の飢餓問題の解決を急務とし、
見事に成し遂げる民は平和に導いた彼らを「英雄」と称え崇めた
しかし長きに渡る戦の日々に四天王と呼ばれた剣士達も戦いに疲れそれぞれの道を歩む事にした
・・そして、四天王の存在は時とともに人々の心から忘れ去られていった
「・・その中の一人がゼンキ殿・・っと言うわけですか」
「左様、『剛剣のゼンキ』身長代の斬馬刀を軽々と振るいその一太刀は正しく必殺。剛の者に相応しき兵(ツワモノ)よ」
カムイの歴史を軽く聞きながら田舎道を歩くアイゼンとサブノック
アイゼン宅で一夜を明かした後、アイゼンの案内で川を下り、畑が延々と続く道をのんびりと歩いている最中
ふと思い出すように彼が語りだし、サブノックはそれを静かに聞いていたのだ
周囲には畑しかないのだがそれを手入れしている人はおらず広大な平野には二人のみ
大陸とは違いこの地の人口は少なく余り手を加えなくても育つ作物を大規模に植えて育てる農業が盛んで
こうした光景はカムイで良く見かけるのだ
「それで、その四天王の一人にこれから会いに行くわけですな」
「そういう事じゃ。まぁ、わしと同じく寂れた生活を送っているのだが・・な」
「同じく・・?」
「・・ああっ、わしもその四天王の一人なんじゃよ。『抜刀のアイゼン』と言われてもてはやされたものよ・・
まぁ今となっては辺鄙な地に隠居している爺にしか見えぬが・・な」
かつての栄華と今の生活を見比べてやや自嘲的な笑みを浮かべるアイゼン
一国を代表するが如くの剣士があのような田舎に住んでいることにサブノックはどこか触れてはいけないモノに触れた気がして・・
「・・すみませぬ・・」
静かに謝る・・。
「何、謝る事はない。わしが四天王の一人という説明をしていなかったしな。
・・それに、あの地で余生を過ごすのも自分で決めた事じゃ」
「・・なるほど。しかしアイゼン殿・・何故あのような地に?
王家に仕えた者ならばそのまま女王とともに国を導く事もできたでしょうに」
サブノックの問いかけにアイゼンはふと寂しげな笑みを浮かべる
「新しい世を築くのに血に塗れた殺人狂は不要じゃ。それに・・わしは・・わしは、闘う事に疲れた。
だから身を引いたのじゃ・・。そして自分の剣と向き合いそれを継ぐ者とともに暮らす事にした
・・まぁ、今は武者修行という名目で大陸のほうに渡ったのだがな」
「御仁ほどの御方が・・」
「人を殺めて罪悪感を感じん者はおらん。・・・いるとすればそれは異常者じゃ。わしらは・・・・、目的のために殺めすぎたのじゃよ」
腰に下げる黒鞘の刀を軽く叩くアイゼン
刀、それは剣士の誇りにして人を殺めるための『力』
だが殺めることが全てではない・・。
・・老人はそれを伝えるがために三人の孤児を引き取った・・
「左様でしたか・・」
「ふっ、ただ悪党をこらしめるだけではない。戦というのは自分の意志とは関係なく戦わされる者はほとんどじゃ
何に罪もない者を切り伏せた数など空に浮かぶ星ほどはあろう・・
あ奴もそれを感じたからこそ身を退けたのさ。人の争いは醜き事この上なく・・悲惨じゃ」
「・・・・」
「・・っと、暗い話になってしもうたの。仁も不思議な者じゃ。
このような戯言、弟子達にも言った事がなかったのにのぉ・・やはり奴を継ぐ者だからか」
「はぁ・・、して、これから招くお方はどのようなお人なのでしょうか?」
「ん・・?おおっ、『烈槍のツクヨ』という女武芸者よ。
自己流の『ツクヨ流闘槍術』の開祖にして珍しき十字槍を使う。
その槍に狙われて生き残った者はおらぬと呼ばれたほどの猛者じゃ」
「なるほど、しかし女性ながらにしてそれほどの腕を持つとは・・」
「まぁ少々特別なのさ、わしの弟子も世話になったしな・・。
っと、見えてきた。あの村じゃ」
アイゼンの言う方向を見れば畑の景色が開けそこに小さな木の塀が建てられている
「あれは・・?」
「戦があった時の名残じゃよ。争いに乗じて野盗なども出没したからの・・
平穏になった今でもたまに見かける熊等自然相手の盾として残している村も多いのじゃ」
「なるほど・・、そういえば妻の育った地も城壁がありましたな・・」
最も、その妻がいた都市のモノはこことは比べ物にならない規模であったのだが・・
「人と自然が共存するためには境界する線が必要なものじゃからな」
軽く言いながら二人はゆっくりと塀を潜り村中へと入って行った
・・・・・・・
その村は正しく過疎地帯、塀の中は殆ど田畑のみで木造の質素な家屋が数軒あるのみ
貧しい生活がそこにはあるはずなのだが村民は皆笑顔、掛け声を上げながら土を耕したりもしていた
「ふっ・・、生活は貧しくとも心は豊かなものじゃ・・、都の人間にはわからん価値じゃろうて」
「そうですね・・。田舎のほうが生活は苦しくとも心は貧しくない・・。ままならぬものです」
「人は完璧ではない・・。このような生活が一番人として幸せなのかもな」
行き交う村人に軽く声をかけ、アイゼンはサブノックを連れて村の外れにある道場に向った
広い敷地は手入れが行き届いており道場もこじんまりとしてこそいるが頑丈な木を使用しており中々重厚感がある
「お〜い、誰もおらんのかぁ!」
庭先でアイゼンが遠慮なく叫ぶ、その態度にサブノックはやや唖然とする
庭に人はいないのだが道場の戸が開いているので人がいることには違いはない
だがアイゼンが叫んだのちしばらくしても返事はない
「・・、お留守でしょうか?」
「ふむ・・子供達を連れてどこかに行きよったかのぉ・・」
腕を組み唸るアイゼン
「子供達・・?」
サブノックが聞き返したその時・・
”お待たせしました・・。今日はお勉強はお休みですよ”
不意に透き通った女性の声が・・見れば裏手からゆっくりとこちらに歩いてくる女性が・・
薄紅色の着物姿にスラッと長い黒髪、そして両目を塞ぐように巻かれた白布の眼帯
落ち着き払った女性だが年齢を感じさせない不思議な雰囲気と怪しき美しさを漂わせている
「おおっ、そうじゃったか・・久しぶりじゃの、ツクヨ」
「ご無沙汰いたしております。少々庭の手入れをしておりましたので・・・。
それで・・隣のお方は・・・?
あの御方に似た気を放っておりますが・・」
「小生はサブノックと申す者です。御仁は失礼ですが・・目が・・」
「全盲なれど心の眼は開いておりますよ、サブノック殿・・。それに・・」
「まぁ、立ち話もなんじゃ・・上がらせてもらえるかな?」
「・・そうですね、では・・こちらへどうぞ」
少し微笑み二人を招くツクヨ、アイゼンはそのままズケズケと中に入るのだが
サブノックはツクヨの不思議な雰囲気に少し呆然とするのであった
・・・・・・
道場内はスッキリ整理されている、本来道場としてのスペースには畳が引かれ勉強用の小さな机が規則正しく置かれていた
ツクヨはそこを素通りし居間に通す、飾り気がない居間はきちんと整理されているが数本の槍が壁にかけられている
そのどれもが十文字の刃をしており濡れるような美しい光沢を放っていた
どれも相当な業物だ・・
「どうぞ・・」
ゆっくりとお茶を出すツクヨ、彼女自身が言ったようにその動きに乱れはなく健常者となんら変わりはない
「・・んっ?良い葉を使っておるな?」
「ふふふ・・、懐かしい戦友に対して粗茶では失礼でしょう?」
「御主にしては、少しは気が利くようになったか」
「余計な気遣いですよ・・」
憎まれ口をききながら二人は静かに笑い茶を飲む、深い話はこの二人には無用のようだ
「それで・・やはりサブノック殿は・・あの御方の魂を継いだのですか・・?」
「・・左様です・・」
「あの剣術馬鹿を看取ってな・・、まぁあ奴らしくなく最後の最後に人のために剣を振るったそうだ」
「・・・、そう・・ですか・・」
少し声が震えるツクヨ、目を布で覆っているが故にその心中はサブノックには解らない
目は口ほどに物を言うとは良く言ったものである
「遺髪じゃ・・、半分・・主がもっておれ・・」
アイゼンが差し出す小さな紙袋を貰い静かに祈るツクヨ、その手は先ほどまでとは違いほんの少しだけ震えていた・・
「確かに・・。それで、リュウビ殿は・・」
「さてな・・、国内で暇があれば探していたが何の手がかりもない。こりゃ・・大陸に渡ったと見たほうがいいだろう。
かつては『四天王』と呼ばれた阿呆どもも今ではわしらだけじゃ」
「そうですね、思えば懐かしいものです・・。貴方とだけはたびたび交流こそありましたが・・」
茶を啜りながらフッと笑う、それに対しアイゼンも思わず苦笑いをもらす
「クローディアか・・。確かに、世話になったものよ」
「確か・・大陸に渡られたとか・・その後の便りは?」
「クラークと結ばれて仲良くナタリーの墓参りに来よったわ」
「まぁ・・、そうでしたか。あの子も純粋でしたから・・ね」
そう言いながら口元を緩める、どうやらクローディアとはかなり親しい間柄らしい
「純粋ゆえに一度線を越えると凄まじいものじゃ。あやつら・・師の元へ訪れる前夜も交わっておったようじゃ
けしからん、まったくもってけしからん」
そう言いながらも顔は笑っているアイゼン、弟子達の不器用な恋愛に苦笑いのようだ
「相も変わらず・・妙な事には鋭く感じるお人ですね。良い大人なんですからそっとしておくものですよ?」
「はっはっは!ちょっとした悪戯じゃて」
ニヤリと笑いながらも茶を啜るアイゼン、ツクヨも苦笑いしつつ同じように茶を啜るのだった
「・・処で、お二人はもう用事はございませんか?」
「あぁ、サブノック殿は大陸に妻子を残してわざわざ参ったわけじゃからな・・、御主に顔を見せるだけ頼んだのじゃ」
「・・左様ですか、ならば無理にお頼むするわけにもいきませんね・・」
「・・?ツクヨ殿、何かあったのでしょうか?」
「ええっ、少し面倒事に遭いまして・・、人手が欲しいと思っていたところなのです」
気まずそうに話すツクヨだがそれにアイゼンは眉をひそめる
「御主ほどの女傑がな・・、じゃがサブノック殿も忙しい身じゃ。わしが手を貸してやろう」
「いえっ、小生の力が役立つのであるならば協力させてもらいます」
思わず身を乗り出すサブノック・・、彼にしてみれば悪の臭いを嗅ぎつけた感じなのか・・
目が鋭い光っている
「・・よろしいのですか?」
「お手前ほどの御方がお困りとなると相当な悪事のはず、それを見捨てるわけにもいきません」
「・・助かります」
静かにサブノックに向けて頭を下げるツクヨ、全盲の女性とは思えないその優雅な動作に思わずサブノックも姿勢を正し頭を下げる
「それで、何があったんじゃ?」
「ええっ・・それは・・彼女から説明してもらいましょうか・・」
「「彼女?」」
「今、帰って来ました」
少し口元を上げそういうツクヨ、その数秒後に庭に若い女性が一人現れるのであった
・・・・・・
「お二人とも、お手伝いしていただけるなんて・・ありがとうございます!」
ツクヨの隣に座り深々と頭を下げて礼を言う女性、
丈の短い薄い山吹色の羽織を着ており肩にかかるほどの黒髪を後ろで軽く結った活発そうな女性、
まだ少し幼さが残る雰囲気を出している
「ふむ、御主の新しい弟子か?
子供のために道場を改築し学習塾にする事と言い、大陸から来たあの坊ちゃん将軍の事と言い御主も人に物を教えるのが好きよの・・」
「違いますよ、ふとした一件で彼女を保護しただけです。
それに、アルベルトもこの国を救った英雄なのです。
いい加減『坊ちゃん』という表現を止めてあげないと耳に入った時にまた落ち込みますよ?」
表情こそわからないのだがかつての教え子であろう人物に対する小馬鹿にした発言に少し苛付いているらしい
「なぁに・・、あの坊ちゃん。国を救ったと言うのに女子に礼を言われただけでも顔を真っ赤にしよっていたからの
女も満足に抱けないのは坊ちゃんの証拠さ」
ニヤリと笑うアイゼンにそっぽを向くツクヨ
「・・あの子にはそんな遊びはできませんよ。
・・話が反れました。・・彼女はミズチ。『火燐』の人間です・・否、正式には・・人間でした」
『火燐』という言葉にアイゼンの顔つきが途端に険しいモノに変化するのをサブノックは見逃さなかった
「・・お二人とも・・『火燐』とは一体・・?」
東国の事情を知らないサブノックが説明を頼む、流石の聖魔も異国の事情にはついてはいけないようだ
「東国の秘密組織・・とでも言ったところかの。
対魔組織『火燐』・・この国に巣食い害をなす魔物を滅ぼす組織の一つじゃ
太古からこの国の影として動いてきた組織のだと聞いていたのだが・・」
「・・なるほど・・」
「その通りです、アイゼン様」
ジッとアイゼンの目を見つめるミズチ、姿勢の固さからして相当緊張しているようである
「して、ミズチ・・じゃったか。『火燐』から脱退した・・っと受け止めていいのか?」
「・・違います、『火燐』は・・崩壊しました」
苦い顔つきで呟くミズチにアイゼンの目は針のように細くなる
「・・、魔においては無敗を誇る対魔組織が滅ぶ・・?・・・」
「本拠地としていた里が焼き払われたそうです。
彼女はその現場に居合わせていなかったのでその原因は謎ですが炎の中生き残りを探しているうちに煙を吸い気絶をしました。
その翌日に近くにいた私が異常に気付き里で気絶している彼女を見つけ、保護をしたわけです」
ミズチの肩を軽く撫でながらツクヨが言う
「そうでしたか・・。しかし、対魔組織が滅ぼされるほどの魔物が現れた・・そういうことでしょうか?」
「そうですね、ですが・・焼き払われた里に安置されているはずの宝玉が失われていたのです・・」
「宝玉・・とな?」
「一族に伝わる封魔の宝玉と呼ばれる物です。
それ一つでは意味を成す物ではありませんが対となる宝玉が揃えば大きな災いを呼び起こす・・
そう聞かされておりました」
「むぅ・・左様か。話を聞く限りその宝玉目当てで里を襲撃した可能性が強いじゃろうが・・
対となる宝玉の行方などはご存知か?」
「いえ、残念ながら・・私は里の中でも地位が低かったので・・詳細はわからないんです」
沈みながら手を握り締めるミズチ、自分の不甲斐無さに苛立っているようだ
そんな彼女の背をツクヨは軽く撫でてやりながら少し微笑む
「それで、対となる宝玉の行方、そして里を襲った者の正体などを私とミズチで色々調べていたところなのです」
「・・なるほどな。いざともなれば国を揺るがすほどの大事にもなろう・・。
何なりと言ってくれ・・、この老いぼれでよければな」
「小生も同感です。何なりとお手伝い致しましょう」
「お二人とも・・ありがとうございます・・!!」
深く頭を下げるミズチ、故郷を焼き払われたが故にその小さな体からは決意がにじみ出ている
「・・して、具体的には何をすればよろしいのでしょうか?」
「・・ここ数日、対となる宝玉の場所を探り検討が付きました」
「ほぉ、意外に団通りがいいの・・。意外に」
「貴方と違って使いはそれなりにいますので・・。少々遠いのですがワカツにある僧寺院に安置されているようです」
毒舌を交わしながらのツクヨとアイゼン。
ツクヨとアイゼンの会話は普段からこのような感じらしい
「ふむ・・ワカツか・・」
「・・アイゼン殿、ワカツとは・・?」
「ここら一帯で一番大きな海辺の街じゃ。島が連なったこのカムイで交通の要所として国内への船便なども出ている。
地図を見ればわかるがカムイは大きく別けて島が三つにわかれていてな・・。この地が一番大陸に近いんじゃよ・・
それ故大陸から渡来してきて都に行くにはワカツを必ず通る・・。かなりの賑わいを見せるところじゃな」
「なるほど・・、しかし僧寺院とは・・」
「大陸で言うところの・・教会の一種ですね。普通のお寺とは違い曰く付きの武器や防具、道具を奉納してそれを清める施設です。
それ故、油断をすると奉納品の呪いに憑かれるので一般人の立ち入りは禁止となっています」
丁寧に説明するツクヨ、流石に子供相手に物を教えているだけの事はある
「あそこに勤める僧は皆揃って呪落としに精通しておる・・、それ故に力もあろうが〜・・安心はできんな」
顎をさすりながら唸るアイゼン
対魔組織の里を焼き払った敵であるためにそこが無事とは言いがたい
何よりも敵の正体が未だにわからないのだ
「一般人の立ち入りは禁止されております、異常がないか外から見張るしかないでしょう・・。
私が行きます」
食い入るようにツクヨを見つめるミズチ、布で両目を封じている彼女は静かに頷く
「・・ではっ、小生も参りましょう」
「・・サブノック様・・ありがとうございます」
「ふむっ、では・・そちらは二人に任せようか。わしとツクヨはこの一件の情報をもう少し調べてみよう。
よいな?ツクヨ」
「元よりそのつもりですよ。貴方は裏の世界に色々通じていましたから・・私よりも深く情報を得られるでしょうし・・ね」
「・・抜かせ。ではっ、連絡方法なども決めておくか・・」
静けさが広がるツクヨ宅にて、四人はその後2時間に渡り練っていた・・
その会話の途中でツクヨとアイゼンの間にだけ『毒』が出回っているいたのは言うまでもなかった
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