第壱話  「武人 異国に立つ」


紅き葉の樹が風に揺れている

心地よい風は頬を優しく撫で通り過ぎていく

それは大陸とは全く違う地形、穏やかな平野が彼方まで続き小川のせせらぎが静かに聴こえてくる

異国と称され常に戦乱が駆け抜けた地カムイ

穏やかな空気とは裏腹な歴史を抱え、今それが終わった地はどことなく哀しさが感じられた


「武人さん、でっかい刃物持ってどこ行くんですかえ?」


清らかな川に船を浮かべ船頭が客に尋ねる

この地は川が多く移動手段として船が用いられることも多々あり質素ながらもそれを稼業としている者も多い

船頭もかなりの腕の様子で巧みに船を操りながらも客に対して会話ができるようだ

「知人宅・・っと言ったところか・・」

黒髪に赤黒三白眼、さらには見たこともない黒い軍服のような姿の男・・サブノック

彼の背丈ほどもある巨大な得物を布で包んだ状態で置いている

「へぇ・・あのじいさんにそんな知り合いがいたとはなぁ・・」

「それよりもよくこれが剣だとわかったものだな?」

「何、この国は血生臭い事が多くてねぇ・・あっしも若い頃にゃ女房守るために刀握ったもんでさぁ

・・それに、そんな刀持って国を守った剣豪がいましてなぁ・・」

「・・ほう・・」

「『剛剣のゼンキ』たった一人で千人は切り倒した正しく剣豪って侍さぁ」

「・・・」

ゼンキという名に思わず目を細めるサブノック、彼がここに来たのはそのためでもある・・

「まぁ一世代も二世代も前の話ですがねぇ・・ところで武人さん。あの庵のじいさんのところに何の用なんですかい?」

「なんだ・・?その物言いは・・まるで訪れる者もいないような言い方だな・・」

「ええ・・、まぁなんと言いますか・・あっしもこの職をしておりますがあそこを訪れる者はほとんどいないんですよ。

まぁ自前で船を持っているみたいですので移動にゃ不自由していないでしょうが・・客らしき人を乗せたのは

滅多にありませんでねぇ・・以前もお侍さんと女武芸者に舟を一隻貸しただけなんでさぁ・・」

「ふむ・・」

「まぁあそこは道らしき物もないから船じゃないと不便極まりない箇所ですし・・付近の連中には

変わり者って有名でしてねぇ」

「なるほどな・・。まぁ確かに人里離れた場所に住む者は普通とは言えないか・・」

苦笑いのサブノック、腕を組みながら静かに川の流れを見やる

「なんでもお孫さんとじいさんの二人だけみたいですよ?・・おっと見えてきた・・」

川沿いに広がる森の中からひょっこりと小さな船着場が見え船頭はそこに近づけさせる

「よかった、船がある。こんなところで相手さんが外出していたら退屈そのものですからねぇ」

ニヤリと笑う船頭にサブノックは応えず静かに懐にしまった小さな紙の袋を握るのだった


・・・・・
・・・・・


船着場に到着し少し先を進むと小さな農園と中々趣がある家屋が一件

自給自足とまではいかないまでもそれなりに色々と栽培しているらしく野菜などが未熟な状態で日の光から栄養を取っていた

船頭に帰りも利用するかどうか尋ねられたサブノックだが待たせるのも悪いと思いすぐその申し出を断り

船は再び川の流れに乗って消えていった

「・・さて・・、留守でなければいいが・・」

愛刀を担ぎ家屋を見やる・・

カムイ独特のつくりで完全な木製、大陸のレンガ造りとは違い一見脆そうなのだが同じ木製家屋で生活をしていた

サブノックにとってはあまり違和感は感じられなかった

そしてふと目をやると・・

「・・あ・・あのぉ・・」

木の陰から怯えるようにこちらを見ている少女が一人、サブノックの悪人面、さらには馬鹿でかい荷物を見て

よからぬ輩と判断したのかこれでもかというぐらい警戒をしている

「失礼、小生はサブノックという者。ここはアイゼン殿のお宅と伺って参ったのだが・・」

「あ・・先生のお知り合いさんでしたか・・、失礼しました」

ホッと胸を撫で下ろす少女・・山吹色の着物が良く似合っているが・・その手に握っているのは

切れ味のよさそうな包丁と首のない鳥・・

どうやら鳥をしめる作業中だったらしい

「アイゼン殿はご在宅かな・・?」

「あ、はい!ちょっと待ってくださいね!」

急いで家屋の中に入ろうとする少女だったが・・



”そんなに慌てずともよい・・”



突如男の声が聞こえゆっくりと玄関の扉が開く、軽い着流しの老人・・しかしその体は逞しく禿あがった顔も武士としての風格がある

「あっ、先生・・」

「禍々しい気と懐かしい気が入り混じった感覚・・、ふっ・・なるほどな」

サブノックの姿を見ながらニヤリと笑う老人・・アイゼン

「御仁がアイゼン殿ですか?」

「左様、その布に巻かれた物には見覚えがある・・もう数十年も顔を合わせていない者が得物じゃったが・・な。

さて・・どういう事か・・」

「その者の願いにより大陸より参った次第です」

「・・・・左様か、ともあれ上がりなされ。サクラ、茶を入れておくれ?」

「あっ・・は〜い!」

元気良く中に入っていくサクラに対しアイゼンの表情はやや曇りつつもサブノックを中に招き入れた

・・・・・・

「さっ、畳という物は体感した事はなかろうが・・サブノック殿か。ゆるりとなされよ」

「・・かたじけないです」

こじんまりとした居間に招かれたサブノック、見慣れない床板に驚きもしたが思ったよりも肌に合い

少し微笑みながらゆっくりと座る

「大陸の椅子のような物はこの地にはなくてな・・さて・・

察するに、御主があの剣術馬鹿の最後を見取ったか・・」

ゆっくりと言うアイゼン・・、その一言にサブノックは驚愕する

「・・わかりましたか・・」

「ふっ、剣士たる者、己が愛刀を他人に渡すなど滅多にないことじゃ。それがあの男の事ならばなおさら・・」

「・・・」

「あの漢は・・御主と手合わせして破れたのかな?」

「いえ・・、小生はただ看取っただけです。

ゼンキ殿は肺を病んでおられました・・それで修行の旅を続けることができなくなりとある町で療養することになったのです。

そこであの仁は人の優しさに接し残る余生をその地で過ごそうと決意なされました」

「・・・・、あの・・孤高なる奴が・・な・・」

「・・・そしてその町が盗賊に襲われた時、あの仁は病に蝕まれた体を押して盗賊達を掃討されました

最後に・・満足な一振りができたと・・」

「・・・・・・・、そうか・・。剣のみに生き、最後に人と接し自身の剣の高みを見たか」

「これがあの方の遺髪です・・どうぞ、お納めください」

懐より小さな紙袋を取り出しアイゼンに渡すサブノック

アイゼンも無言のままそれを受け取り静かに合掌するのだった

「・・・・、すまなんだな。それで・・御主はあ奴の魂を継承したのか」

「・・わかりますか?」

「ふっ、カムイの剣士は鍛えた技を魂とともに継ぐ者へと受け渡す。双方それなりの器がなければならぬがな・・

我が流派も魂の継承にて引き継がれている」

「・・なるほど・・」

「ふふふ・・、御主、人ではあるまい?」

「!!」

「まぁ爺の目はそれなりに捉えられるということじゃ。

人外の力にあ奴の剣・・ふふふ・・・うちの弟子程度は軽くもんでやれるかのぉ」

不敵に笑うアイゼンにサブノックはこの人物自身只者ではないと感じる

「小生は・・大陸では『悪魔』と呼ばれる種です」

「『あくま』・・っとな。まぁ感じる気配からして物の怪の類に似ておるが・・。

気にするほどでもあるまい」

「流石に動じませぬか」

「はっはっは!これでもこの肝は動じないようにできていてな!何事にも動じなければ剣士は務まらぬ者よ

それに・・」

「それに?」

「種でその者を決めるつもりはない。御主が何者であろうが善人には違いあるまい」

「アイゼン殿・・」

「まぁよい。あの男の遺髪、しかと受け取った。処でせっかくカムイに来たのだ・・何か予定はあるのかな?」

サクラが出した茶を啜りながら話題を変える

大陸にはない淡い緑色の茶、ほのかに柔らかな香りがし癖がない

「特には・・。村には妻と子も残しております故・・」

「ほほう!子持ちか!そこらはあ奴とは違うな!はっはっは!」

豪快に笑ってみせるアイゼンにサブノックは呆然と目の前の爺を見つめる

「は・・はぁ・・」

「いやなに、闘争に身を置く者としてその心構え、真に結構。

じゃが、発つ前に一人会ってもらいたい者がいるんじゃよ」

「小生に・・ですか」

「ああっ、生前あの男がわしと同じほど親しかった者じゃ。っと言っても・・もう何年も会っておらぬのだがな・・」

ふと庭の光景を見ながら目を細め呟くアイゼン

先ほどまで豪快に笑い飛ばしていた老人とは思えないほど深く哀しみにつつまれた瞳を浮かべる

「・・、わかりました。慣れぬ異国の旅です・・後生のために異国の地というモノも学んだほうがよいでしょう」

「かたじけないな、サブノック殿・・」

「いえっ、これも何かの縁・・それに私がいない時を想定して妻も一人で何でもこなせるようにならなければいけません・・

多少帰宅が遅れるのも良い事でしょう」

「・・堅苦しい男よ、わしの弟子もそのくらいだったらのぉ・・」

サブノックの言葉にアイゼンはふか〜くため息をつき静かに愚痴る

「御仁ほどの腕のお弟子ならばさぞかし名高い剣士でしょうな」

「馬鹿を申すな、まだまだヒヨッコよ。

多少剣のイロハを覚えて荒波に身をもまれた程度のもんさ・・・それで口の悪さがなおればな」

同時刻、海を渡った遠い地でその弟子は何故か知らないが苛立つ不思議な感覚に襲われたとか・・

「・・ふむ、それほどのものなのですか?」

「ああっ、仕官への道もあったがそれに従うような上品な奴でもなかったわ・・まぁ正反対の者もいたがな。

じゃが・・それでよかったかも知れぬな」

「・・・?」

「何、この静かなる地の小さな家に仕えても何も変わらぬのさ。

己の剣をひたすらに鍛え高みを目指すという剣士の性がそれにはひっかかるのじゃろう」

「剣士の性ですか。・・ですが、争いがないのは結構な事だと思いますが・・」

「左様、じゃが・・なさ過ぎるのも考えものなのさ。平和にボケてしまえばいざという時に碌に動けん。

腰に下げる物もただの重りじゃ。・・・そこらが難しいものよ・・」

「なるほど・・。勉強になります」

老人ゆえに達観した考えにサブノックは感服する

元々堅苦しいところからして彼にはこの地の剣豪とは相性がいいらしい

「世辞を言っても何もでんぞ?ともあれ今日は馳走しようゆるりとなさるがよい、サクラ」

「は〜い♪」

奥で元気に返事をする少女サクラ、明るく素直に返事をしまるで彼の孫のようだ

「今日はこのサブノック殿をお泊めする。お前の料理の腕の冴えを見せてやれ」

「は〜い♪腕によりをかけますねぇ♪」

そう言うとニコニコしながら庭を通り過ぎるサクラ

手には鳥の首を握っておりもう片手には良く切れそうなナタを持っている

・・客人用にまたシメるようだ

「・・失礼ですが、お孫様ですか?」

「・・あ・・・ああ、・・・家内だ」

今までとは違い、バツの悪そうな顔になるアイゼン・・

「ぬっ・・さよう・・です・・か」

恐ろしいまでの歳の差に言葉を失いかけるサブノック

そして異国カムイと言うの処は摩訶不思議な地であると心に刻み込むのであった・・


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