第十壱話 「狭間に消える命光」
そこは奇妙な空間であった
地はなく周囲には透き通る赤い空が広がり、薄く白い雲が高速で漂っている
一見すれば赤と白がどこまでも渦巻くだけの世界であるがそこにただ一つ、縄が巻かれた巨大な岩が浮かんでいた
岩肌は夥しい血がこびりついており異空間の風が吹く中、その上でミズチはゆっくりと目を開いた・・
「う・・あ・・サブノック・・様・・?」
意識が朦朧としながらも視界に入るサブノックの姿が確認できた
しかしそれはかつて見た彼の真の姿よりも一回り大きく、逞しく、禍々しい
どうやら自分の体を抱き上げて守っていてくれたようだ
「目覚めたか・・?」
声の主は確かにサブノック、それにミズチは静かに微笑み頷く
「うむ・・・・少し、まずい事態に陥った・・」
「・・・えっ・・?ここは・・」
サブノックの言葉にミズチはゆっくりとサブノックの腕より降り周囲を確認する・・
それに顔色が急激に変わりだした
「サブノック様!ここは・・!」
見たこともない空の色、そして異様な風・・ミズチは半狂乱状態になる
「小生達がいた世界でない事は間違いない・・。そうだな・・?ホカゲ」
「えっ!?」
驚いてサブノックの視線の方向を向く・・
そこには全身血に塗れよろめくホカゲの姿が・・、あの禍々しき蟷螂の姿から人の姿に戻っていたのだが相当弱っているのが一目でわかる
「・・・、ええ・・その通りです・・」
「ホカゲ!」
「ふふっ、ようやく起きたようですね・・ミズチさん・・」
力なく笑うホカゲ、だが瞳に浮かぶ狂気は未だ燻っている
「サブノック様!一体どうなっているのですか!?」
「小生はアラストルの力を得てホカゲを追いつめた・・、だがその瞬間閃光に包まれ気がつけばこの世界にいたのだ」
静かに説明するサブノック、アラストルの力を得た姿のままなのだが右翼の傷は深いらしく再生しきれていない
「ここは、貴方達の世界と違う世界の狭間にある空間・・。天もなく地もない何もない空間・・ですよ」
「どういう事!?扉が開ききれなかったわけ!!?」
「・・そんなところですね。サブノック様の力の強さに儀式に必要な力が足りなくなってしまいましてね・・。
私の体を触媒にサブノック様の力を利用して狭間まで招いたのですよ・・」
血に染まった体・・しかしその口調は実に穏やかなものであるのだが
未だ治らぬ傷口からは尚も血が吹き出ており一見すれば致命傷である
「・・そのようだな、それ故に小生は奴に手が出せなくなってしまった・・。奴を仕留めると同時に小生の力で儀式を終わらせてしまうのでな」
「ふふふ・・、その通り・・。サブノック様が手を出せなくなった以上・・私の勝利・・ですかね。
じっくりと傷を治せばいずれ扉を開く事もできるでしょう」
「・・・そうかな?何故小生が閃光に包まれた時にミズチを近くの浮遊岩に投げずに庇ったか・・わからぬか?」
「・・ミズチさんに託そうというのですか?・・酔狂な・・」
ニヤリと笑うホカゲ・・はっきりとミズチを見下した歪んだ笑みだ
それにミズチは黙りながらもホカゲを鋭く睨みつける
「やってみなければわからん。ミズチ・・決着の時だ・・」
「・・わかりました・・。参ります・・」
サブノックの心意気に一礼しミズチは彼が見守る中、剣を静かに構え出した・・。
「本気のようです・・ね、いいでしょう。こちらも本気でお相手しましょう・・」
血に塗れた体を動かしジッとミズチを見つめるホカゲ
満身創痍なれど放つ気配は鋭くまるで獲物を見つめる肉食獣かのようだ
流石の彼女もここまできては平静を保てないらしい、だがそれがなお更恐怖に思えてきたミズチは思わず唾を飲み込む
「この時を・・どれほど待ったか・・!」
「ふふ・・、好かれたものですね・・。サブノック様との戦いに備えるため、手ごろに相手させてもらいますよ」
そう言うと再び音もなく彼女に背に現れる『叡智』
一度はサブノックの力に消滅させられたそれは八剣全て刃が欠けており見るも無残な姿となっていた
だがそれでも武器としては十分通用する、折れていない限り剣は剣なのだ
「残念だけど・・貴方はもうここで終わりよ・・」
『叡智』をジッと見つめ深く深呼吸しながら目を瞑り精神統一をする
そしてミズチの背に音もなく現れる真紅の四剣・・
緩やかに宙に浮く紅蓮の刃にホカゲの顔色は少し変わる
「鳳雛・・、里で見つけたようですね。ですが・・落ちこぼれの貴方がそれを使えるようになるとは・・」
無表情に近いホカゲ、だが声からしてかなり驚嘆しているのは間違いない
「全てはこの時のため・・火燐最後の一人として同胞を殺した貴方に天誅を下す!!」
そのままミズチは呪詛剣を構え闘気を放出する
背に鳳雛、腕に森羅、足に建御雷・・ホカゲを屠るためだけに無謀な修行をした成果が今問われる・・
「いいでしょう、前言を撤回し・・全力で貴方を仕留めますよ」
対しホカゲも相手の隠し玉に気が変わったらしく殺気をむき出しにさせる
背に浮遊する刃を持つ二人の巫女、本来ならば力量はかけ離れているものの
手負いのホカゲに完全武装のミズチ・・現在の状況からしてそれは拮抗しているとサブノックは踏んだのだ
「存分に暴れよ・・。見届けてやる・・」
「はい!」
サブノックの言葉に大声で返事をし、ミズチは勢い良く駆け出す!
風魔の具足『建御雷』の加護にてその動きは俊敏、獣戦士の如くホカゲに肉薄する
それをホカゲは動じる事なく『叡智』を放ち足を止めようとする・・
だが、ミズチは襲い掛かる刃を正確に見切り次々と回避していく
アイゼンに言わせるならば”無駄が多い”動作ではあるがそれでも高速で
襲い掛かる叡智の刃が彼女の体に触れてすらいないのは評価ができよう
「いけっ!」
多少体勢を崩しながらも前進を止めないミズチ、お返しとばかり今度は『鳳雛』をホカゲ目掛けて一斉に飛ばす!
真紅の四剣は直線的なのだが鋭く、ホカゲを完全に捉えている
「・・・っ!」
襲い掛かる刃にホカゲはふらつきながらも回避する、もはや叡智を戻し盾とするほどの力も残っていないようで
その動作はミズチよりも大きい
だがそれでもその瞳に焦りはなく確実に回避している
しかしそれはミズチもわかっており鳳雛の先制で仕留めるつもりは毛頭なく、
四剣全て避けられた処に合わす形で呪詛剣で切りかかる!
「・・くっ、そんなもので!!!」
ミズチの剣がホカゲの脳天に当たる瞬間・・
ドォン!!
「く・・きゃ!!」
突如として凄まじい衝撃がミズチに伝わり吹き飛ばされる、見れば刹那の間合いにてホカゲが正拳突きを放ったらしく
突き出した拳から煙が立ち昇っている
普通の攻撃ではないのは明白、吹き飛ばされたミズチは岩肌に激突しながらも尚衝撃は止まず
『森羅』を地に突き刺してようやく堪える事ができた。
しかし間髪入れずホカゲから放たれる『叡智』
体勢が整わず片膝をつけているミズチはそれを回避するには間に合わない・・
「泪!」
危機的状況の中で符を取り出し式神を召喚しようとするミズチ・・、
しかし放たれた符は空を舞うのみで使役される者は現れない、その不可解な現象にミズチは目を大きく見開き少しだけ唸る
本来ならばありえない状況、それがこんな危機的状況に起こったのだ・・。
そして次の瞬間、碧光の八剣は次々と彼女に襲い掛かる!
ドス・・ドスドス!!
最小限の動きでそれをやり過ごそうとしたミズチ・・
大剣は回避できたもののそれよりも小さく速い短剣はそうとはいかず三本、肩、腕、腹を貫通させる
「う・・ぐぅぅぅぅ!!!」
そのあまりの激痛にうな垂れ苦悶の表情をあらわにするかよわき巫女・・
ある程度戦闘をし瀕死の体験をした者であるならばまだ耐えられるのだが
ミズチは戦士としても女性としても痛みというものの経験が乏しい
それ故味わった事のない激痛を堪えるのに必死になっている
「忘れたのですか・・?ここは狭間の世界・・、元いた世界の理は通用しないのですよ・・。
式神を使えない事ぐらい、少し考えればわかるはずでしょう」
「ぐ・・はぁ・・はぁ・・・!」
血の吹き出る傷口を押さえながらミズチはホカゲを睨む
相当な負荷がかかっており戦闘するには無理があるように見えるのだがサブノックはその姿をただ見守るのみ・・
「苦しいでしょう・・楽にしてあげますよ?」
「・・うるさい・・、わ・・たしは・・負けない!!」
「口先ではどうとでも言えますよ・・」
腕を軽く上げると共に叡智が再び彼女目掛け切っ先を揃える
「もう・・負けない、負けられない!」
痛みを気迫でかき消し、鳳雛を出現させるミズチ・・
刃が互いを捉える中、しばし緊迫した空気が流れる
そして
「叡智!」「鳳雛!」
二人の声と同時に碧と真紅の刃が一斉に飛び交う!
刃の数はホカゲの方が多い、それ故ミズチは鳳雛の刃を回転させ真紅の戦輪として数の少なさを補っている
スピードは互角、だが徐々にミズチが圧されだし短剣2本が鳳雛を抜けてミズチに襲い掛かる!
傷ついていれども足はまだ無事なミズチ、咄嗟に飛びのきそれをやり過ごす
「しぶといですね・・」
「・・鳳雛!」
苛立つホカゲに対し咄嗟にミズチは鳳雛に命令し、四剣を集わせ大戦輪と化し高速回転させながらホカゲに襲い掛かる
その様を見て顔色が変わる、飛び散った叡智を集めそれを盾として襲い掛かる巨大な戦輪に備える!
パァン!
ぶつかる刃、その衝撃は凄まじく叡智の刃が数本砕け飛ぶ、鳳雛も無事ではなく皹が入り吹き飛んだ・・
凄まじい力のぶつかりだがそれに目もくれずミズチはすでに駆け出している
決着をつけるため森羅を手に握り捨て身の特攻をかけるのだ
「鳳雛!もう一度だけ・・力を貸して!!」
鬼気迫る声に応えるように真紅の四剣は紅の光と化し森羅に集う
そして音もなく森羅の刃を覆うように出現するは真紅の巨刃・・四剣は一つの刃となり倒すべき怨敵を完全に捉える
「・・な・・に!?」
対しホカゲはサブノック戦で傷ついた体と今しがた砕かれた叡智の衝撃を体に受けたようでよろめいており決定的な隙を作ってしまった
驚愕の顔・・、そして巨刃は音もなくホカゲの胸を貫いた
ホカゲの顔とミズチの顔が間近に接し、ミズチはキッとホカゲを睨み、ホカゲは吐血しながらも少しだけ笑みを浮かべている
「皆の仇・・ここで・・散りなさい!」
「ふ・・ふふ・・、見事です・・。ミズチさん・・手負いとは言え・・落ちこぼれの貴方が私を仕留めるとは・・」
落ち着きはらったホカゲの顔は今までにない晴れ渡ったモノでありそれが違和感を出している
「私は・・負けられないの!」
「執念は人を変える・・。貴方が成長した要因でしょう・・ただ・・、これだけは覚えておきなさい。
貴方達の世界には災いの力が満ち溢れている・・サブノック様の体に埋め込まれたあの力が・・」
「・・力・・?それって・・アラス・・トル・・?」
止めは刺したと思い鳳雛を消滅させる・・体を貫いていた巨刃より解放されたホカゲは抵抗するわけもないフラフラと後ずさりながら笑う
胴体の生命線に当たる部分を貫かれ心臓はおろか内臓まで完全に切り裂かれているのに未だに彼女は話す事ができる
それはホカゲが人外であることの証明と言えるか・・
「そう・・です・・。天魔戦争により砕かれたアラストルの・・破片・・。それは・・心の弱い者を・・・破壊の衝動へと駆り立てます・・」
「貴方も・・アラストルに操られていたと言うの!?」
「ふ・・ふふ・・どうやら、私の先祖は・・アラストルの破片に関わり・・その血を受け継いだ私は・・生まれながらに力を・・持っていた。
ですが・・全てを破壊する欲は、ありませんでした・・よ・・」
「じゃ・・じゃあどうして!?」
「・・・ふふふ・・里に保管されていた欠片を見て、それを手にした時・・わかったのですよ・・。
自分の力、呪われし血筋と破壊を望む欠片を・・ね」
後ずさりをしながら巨岩の端に辿り着くホカゲ・・
「貴方は・・本当は最初から・・狂って・・いなかった・・・?」
「生まれつきであろうが後であろうが・・どちらも同じ・・ですよ。それに、生まれつき破壊の衝動はありました・・。
それが二度アラストルに関わった事に・・より・・破壊が・・破滅になっただけです・・」
「ホカゲ!」
「気をつけなさい・・。
アラストルの破片の力が・・何故戻り始めたかわかりませんが・・・私のような人間は・・必ずまた現れる・・必ず・・・」
ニヤリと笑いその体がゆっくりと倒れ狭間の世界に落ちていく・・
最後に見たホカゲの顔は酷く穏やかでまるで何かから解放されたかのような笑みをしていた
「・・見事だ・・。ミズチ・・」
決戦に水を差してはいけないと今まで見守っていたサブノック・・決着がつきミズチに歩み寄り彼女を称えた
だが、頭の片隅では散り際のホカゲの言葉が気にかかっていた
「サブノック様・・、ホカゲは・・」
「今は奴が小生らの世界を破滅しようとしてお前がそれを阻止した・・それでよかろう」
「・・・はい・・」
森羅を肩に納めゆっくりと頷くミズチ・・自分にそう言い聞かせているかのようだ
決着はついた、そう安堵の息をついた瞬間・・
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
突如として巨岩は震えだす!周囲の空気の流れは乱れ白い気流は高速で動き出す!
「な・・何が!?」
「ホカゲの死によりこの世界のバランスが崩れたのだ!急いで脱出しないと小生らも危険だ!」
「脱出・・!?どこに!?」
ピシッ!!
慌てるミズチ、それに追い討ちをかけるように今までの激戦に耐えてきた巨岩に大きな亀裂が走る
「うぬ!?岩が持たん!?」
「サブノック様!あれを!!」
唯一の足場の崩落に焦るサブノック、だがミズチは上空にある白い光に気付きサブノックに告げる
「あれは・・もといた世界への扉か!?」
「わかりません・・ひょっとしたら別の世界への入り口なのかも・・」
「どの道今はあの光を信じるしかあるまい!いくぞ!」
そう言い崩れはじめる巨岩からミズチを抱き上げ超高速で飛びあがる!
彼らが飛びあがった後、巨岩は崩れさし赤い空の彼方へ消えていく
「この狭間自体が消滅する・・!?くっ・・・間に合ってくれ!!」
自らの力全てを込めて上空に光る白い渦へ突っ込む!
周辺の空気が歪み景色が崩れていく中、二人の周りは閃光に包まれその姿は消えて行くのであった・・
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