chapter 7 「silence operations」
マーターに世話になって一月が経過しようとしていた
その間特に異常がなくライオットは射撃場でその腕を磨いていた
相変わらずフォックスは単独行動、麗華は無表情、アザリアは無愛想となっており
ティーゲルとヘンドリクセンは色々と作戦を練っているかのようであった。
そして、ついにマーターは行動を開始しライオットもそれに参加する事になった
「奇形ES細胞の取引がされるという情報が入った、今回の作戦はそのバイヤーを確保してルートを突き止める事だ」
作戦会議室で軽く説明をするヘンドリクセン、だが普段と違いその顔つきは真剣そのもの、
気の良い兄貴分から一転、元軍人のそれに相応しい顔つきに変わっている
だがそのブリーフィングにいるのはティーゲルとライオットのみ、他の面々は予めその役割が決まっているようだ
「・・で、具体的にはどういう状況だ?」
いつもながら煙草を吸いながらのティーゲル、地下空間故に換気は大変なのだが一応誰も文句は言わない。
・・もしかしたら言えないのかもしれないのだが・・
「情報だと都市郊外のコンテナ倉庫地区で取引が行われるらしい。他の都市からの物資を一箇所に纏めるところだ・・
民家もほとんどなくコンテナ管理している会社も余り真面目に仕事をしていない」
「・・裏でコソコソやるにはもってこいの場所なんですね・・」
「そういうことだ、それにコンテナが山のように詰まれて迷路さながらの空間になっている。
視界が通りにくい分見張りの配置は多いと思うがそれはこちらも同条件だからな
最小限の人数で状況を把握しつつ取引現場と連中の退路を奪った処で合図を送り一気に襲撃する・・ってところだ」
「妥当だな・・、でっ、俺達の役割は・・?フォックスは勝手に動いているぞ?」
ここに来て以来彼女の姿はほとんど見かける事はない。
元々は有名な暗殺者、その分独自の情報ルートがあるために彼女なりに動きマーターと連携を取るという事になっているのだ
「定時連絡はしているさ・・。でっ、ティーゲル。お前はコンテナ倉庫地区の外で待機してくれ、合図があればそれと同時に突入だ。
ライオット君、君は中に入り取引現場を抑える方に回ってくれないか?」
「僕がですか・・?」
「アサシンとしての身のこなしに期待しているんだよ、それでなくてもその風貌と体躯だ。
遮蔽物が多く視界が悪いコンテナの山の中じゃ見つかりにくいだろう」
彼の言うとおり、ライオットは地味と言えばいいのかアサシンとして適正があるというのか・・
元々気配が少ないのだ。それゆえにこうした潜入任務には向いているとヘンドリクセンは判断したのだろう
「それと、電波妨害や傍受される恐れも十分に考えられる。通信機は支給するが使用するのは突入時以降にしてくれ」
「わかりました。最善を尽します」
「その意気だ・・、それじゃ作戦開始時刻とコンテナ倉庫地区の見取り図、予想される取引現場とリカバリーポイントを説明するぞ?」
「あぁ・・ライオットはこうした任務は初めてだ、親切丁寧に説明してやれよ」
「図解でわかりやすい説明してやるよ、名づけて『リクセン先生の猿でもわかるブリーフィング』って処か」
「・・・、あの・・そこまでしていただけなくても・・」
それはこの二人の自分に対する評価が垣間見えた瞬間であった・・
ともあれ、猿でもわかるかどうかは別としてリクセンは作戦について詳しく説明をし
必要な道具を揃え彼らに渡すのであった
・・・・・・・
巨大な企業が都市を支配し成長を続けるとなると当然の事ながら資材という物が必要になる。
それらはどうしてもかさ張ってしまうために郊外に専用のスペースとして保管されるのが専ら、
この都市もそれに違わず郊外に『カンパニー』専用のコンテナ倉庫地区が存在している
化石燃料の枯渇しきったこの時代、大型車両や空輸は電気駆動と人工石油を併用しているのだがそれでもコストがかかる
そのため資材運搬のコストは貨物列車を使用するのが最も効果的とされ
こうした資材置き場に隣接する形で専用の貨物駅は存在している
ただ常に動き続ける都市ゆえにここで置かれる物は急を要しない物が基本で急を要する物は真っ先に運送される。
それ故積み下ろしがされると後は人気が全くなくなるのだがセキュリティはそれほど優秀ではない
コンテナ一つとっても専用車が必要となり中身がわからない以上手を出す輩などほとんどいないからだ
コングロマリットと言えども足元を救われないようにコストは最小限に食い止めるのが鉄則、それゆえに必要以上の過敏な警備は必要がないとされ
その結果、コンテナ倉庫地区は犯罪行為の温床となっているのである・・
「作戦開始まで・・後20分・・」
そんな中、その敷地に隣接する道路に停車する軽自動車の中でライオットは時刻を確認する
裏組織に属していたと言えども車の運転ぐらいはでき、ヘンドリクセンから預かった車両にて出向いたのだ
マーター本拠地はあの地下水道の一角のみからの移動しかできないのかと思っていたのだが
実は他にも出入り口があり地上に専用の車庫まで用意されていた。
・・まぁこちらは廃車置場をカモフラージュにしてスクラップに囲まれた物ではあるのだが・・
目的地周辺はカンパニー以外の倉庫がズラリと並んでおり人気は全くない。
街灯だけが静かに道路を照らしているだけで中心部の賑やかさやスラム街の騒々しさなどとはほど遠く同じ都市の一部とは思えないぐらいである
とは言え、人気がないという処に注目する者は必ずいる・・それは犯罪関係でなくとも・・
待機地点であるここに来る途中に路肩にまるで列のように停車をしている車があった。
彼にはそれが何なのか初めはわからなかったが、車が小刻みに上下に動いているところを見て
大まかな予想はつきそれを見たわけでもないのに彼は赤面をしてハンドル操作を誤りかけたとか・・
「装備よし・・侵入経路・・よし・・」
自分の装備を今一度確認し、車窓からどう中に入るか確認をするライオット・・
服装はいつもの青いジャケット、腰のベルトには携帯通信機と作戦に役立つツールが詰められたウェストバックをつけ
ジャケットの内側にはホルダーに納められた黄金のマグナム・・
軽装であるが身のこなしが物を言う潜入任務、持つべき装備は最小限が鉄則と言える
「実戦か・・、お嬢さんを守るためにも・・切り抜けないと・・」
「気合が十分な割には震えているんじゃないの・・?」
「ははは・・武者震いと言いたいところだけど・・実際緊張しちゃうよ・・って・・」
自分一人しか乗っていないはずの車内から女性の声が響いた事にようやく気付き慌てて後ろを振り向く
そこには・・
「あんた・・本当にアサシンなの?」
彼の額に銃口が当たる、そして呆れ果てた表情で嫌味を言う銀髪のゴスロリ娘が一人・・
「ア・・ザリア!?どうしてここに!?」
「皆が動き出しそうだからついてきたの・・一番間が抜けてそうなあんたについてきたんだけど・・全く気がつかなかったみたいね」
「・・あ・・う・・」
これじゃ無能と呼ばれても仕方がないライオット、穴があったら入りたい心境である・・
「まぁいいわ。私が同行してあげる・・」
「!?ダ・・ダメだよ!」
「騒いだら相手にばれるわよ?」
「・・っ、だ・・だから・・ダメだって。君は自室で待機だったんだろう?」
今回は重要な任務故に流石にアザリアを出向かせるわけにはいかないとヘンドリクセンは判断しアザリアを監視させていたのだ
「頭領が現場にいなくてどうするのよ・・、ほらっ、リクセンに連絡して?」
「・・それはできない、相手に電波を感知されないように突入時まで使用は禁じられているんだ」
「じゃあ事後報告で決まりね」
「このまま大人しく還るって案は・・?」
「そんなの嫌よ、別にあんたに守ってもらおうって気はないから・・」
冷めた視線で軽く息をつく、本人はそう言っていても見捨てるわけにもいかないライオット
単独行動で潜入するが故に付近に関係者がいない事をこの時ばかりは呪った
(・・どうする・・?マスター達との連絡はつけれない、車で移動して直接連絡を取るにしても作戦開始時間までもう・・)
思いもしなかった異常事態にライオットは悩みに悩む
「そんなに深く考えなくても・・」
「・・・わかった、作戦は変更できない。君は僕が守るよ」
「・・私がいるのに気付かなかったくせに?」
「それはそれだよ・・、それで・・そのグロックで戦うつもりか・・」
彼女が手に持つはあのグロック、本人はこれが不良品である事にまだ気がついていないらしい
「ええっ、弾ならしこたま持ってきたわ。多少狙いが反れても・・」
「アザリア・・君に伝えないといけない事がある」
「・・何?」
「そのグロックは不良品だ、調整がまるでできていない」
「・・えっ?」
その事実に初めて教えれたアザリア、目を見開き驚く
「リクセンさんは君が人殺しになってほしくなかったんだ、でも君の仇討ちを否定するつもりもない。
だからそのグロックで君を試していたんだよ」
「これで・・」
「自分の命を預ける銃の不調も気付かなかったら戦場で生き残る事はできない、それに気付き戦う意志があるなら手を貸す・・って」
「・・・、リクセンが・・そんな事を・・」
「僕が介入すべき事じゃなかったんだけど、この状況じゃ告げるしかなかった・・。どうする?」
「・・・、・・・私は・・その事がわからなかった、あんたが手を貸してくれて的を射る事ができたから・・大丈夫だと思っていた」
「・・・・・」
「ライオット、このグロック・・調整したら私は戦える?」
「あぁ、力まなかったらね」
「私、戦うわ」
「・・・・そう・・」
重くゆっくりとしたアザリアの言葉に頷くことしかできないライオット
「じゃあ、開始までにグロックの調整をするよ、試射できないから完璧とまではいかないけどなんとか戦えるようにする・・」
「・・お願いするわ」
自分の得物を彼に渡すアザリア、以前の時のような荒っぽい動作ではなく今度はグリップを彼の方に向けての丁寧な物となった
・・・・・・・
作戦開始時間までには何とか間に合わせたいと奮闘するライオット
それ故車内では無言のままで調整が行われた、専用器具などを要する作業なのだが幸いダッシュボードの中に簡素ながらも
調整用具が詰まったケースが入っておりそれを使って半分解に再調整を行う。
流石は過激組織が所有する車両だけにこうした器具が備え付けられた事はライオットにとっても意外ではあったのだが
この状況では好都合、彼女のためにもきちんとした武器に造り替える・・その一心で彼の指は高速で動き続けた
「これで、よし・・」
作戦開始ギリギリな時間で何とか調整を終わらせたライオット、仕上げにマガジンを入れてようやく安堵の息をもらした
「大丈夫・・?」
「実際に撃ってみないとわからないけど、店で調節した勘で言うなら問題はないはずだ」
「わかった・・あんたを信じるわ・・ありがとう」
つっぱっていた割には礼儀正しく礼を言いながら銃を受け取るアザリア、
両親が殺された故に過激な性格になったようなのだが基本的には思いやりがある子のようで
ライオットは照れくさそうな頭を掻いた
しかしもう行動の時間、問題が解決したとなれば後は動くのみ・・
「それじゃ、行くよ。僕が先行するから・・しゃべらず、物音を立たず後をついてきてくれ」
「うん・・」
顔つきが変わるライオットに圧されるアザリア、以降二人は言葉を交わさずに車を降りコンテナ倉庫地区へと足を踏み入れた
・・・・・・・
セキュリティが不完全なコンテナ倉庫地区と言えども外周は有刺鉄線付きのフェンスに覆われていた
彼一人ならばそれを乗り越えていけるのだがアザリアがそこを通るのには無理がある。
しばし悩んだ末にライオットは彼女をおぶってフェンスを越える事にした
彼の身のこなしが優秀である事とアザリアが小柄であった事が幸いし、鉄線に触れる事無く何とか敷地に入る二人・・
因みにアザリアは彼に背負われる事を渋々了承しつつも小さなふくらみが彼の背に触れた瞬間には無意識に手が出たのだが
そこは条件反射・・傷つきながらも彼は耐える
忍耐力は一流なのかもしれない・・
そして踏み入れるは整備されていない砂利地に規則正しく積み重なれたコンテナの数々。
事前ブリーフィングではこのコンテナ群はカンパニーの企業別に別けられているらしく
それらをわかりやすくするために網の目状に整備されいるようだ。
そのために通路は遮蔽物が多いもののコンテナがそびえ立っている分迷いやすい
当然の事ながら通路には見張りがいるものと思われライオット達はコンテナの上を登りながら付近を警戒し移動をする
だがアザリアというイレギュラーがいる以上それも難しい部分がある
鉄製のコンテナというのは踏みと意外と音が響く、腐ってもアサシンなライオットは足音を鳴らさずに歩行する術を知っているものの
アザリアはそうはいかない、戦闘訓練はおろか潜入訓練も受けていない彼女・・
それを如何するかライオットは高速で頭を働かせる、思えば色々な意味で苦労人である
だが余り時間をかけるわけにもいかない、色々考えた結果ライオットはジャケットを脱いでそれを音が立たないようにゆっくりと裂き
彼女の靴に巻きつけた。布地を底に引いて音を響かせないようにしたのだ
「・・・(これで大丈夫?動けそう・・?)」
「・・・(ちょっと歩き辛いけど・・大丈夫、いけるわ)」
足首で括られたジャケット、それを確かめるためにアザリアは軽く跳ねるのだが動くには問題なさそうで何とかこの問題も解決できた
「・・・(現場を突き止めるまで気付かれるのは避けたい、ゆっくりでもいいから音を立てずについてきて)」
「・・(わかったわ)」
何時になく緊張感がある戦場にアザリアはすっかり萎縮して彼の指示に従う。
この姿をヘンドリクセンが見たらどう反応するか、見物である
だが今のライオットにはそんな事を考える余裕すらなく彼女が敵に見つからずに作戦を遂行できるルート探索に思考回路を集中させるのであった・・
・・・・
資材用のコンテナ置き場と言えども全てがきっちり積み上げられているわけではない
階段状にコンテナを積み上げた山や凸凹になっている山も少なくない・・
それはライオット達には好都合で死角が多く移動しやすい状況になっている、
二人は身を低くしながら頂上付近まで上がりコンテナ最上部の様子を確認する
相手も馬鹿ではない、通路にだけ見張りを配置する訳もなくコンテナの上で見張りをしている黒服の男が2人確認できた
「・・(あの姿、兵装・・XYZのギャングで間違いない・・)」
スコープの一つでも欲しい視界のなのだが流石は元アサシン、敵の様子を正確に把握している
「・・(ねぇ、上に上がらないの?)」
「・・(ダメだよ、上には見張りがいる。幸いこの位置からして見つかる事はないだろうけど・・。っ!)」
彼女の方を見ながら静かに説明するライオットだが不意に顔色を変え彼女を強引に抱き寄せた!
「!?!?」
反射的に悲鳴を上げそうになるアザリアだがそれよりも早くライオットが口を押さえる!
「(動かないで!下の通路に一人いる!)」
「・・・・」
身を縮め下を歩く見張りをやり過ごす・・視界にはその見張りは入ってこないのだが
砂利を歩く音や気配でどういう状況なのかある程度はわかる
「・・(通路とコンテナ頂上の配置か・・)」
「・・!!(も・・もういいでしょう!?)」
「・・(あぁ、ごめん・・)」
「・・(すけべ)」
凄みのある睨みをするアザリア、彼にとってはこちらの方がよほど怖いようだ
「・・(それで・・どうやって切り抜けるの?)」
「・・(敵の数は把握できていない、けど頂上部の敵を先に排除したら物音が出る・・先ずは通路を徘徊する敵を排除する)」
「・・(でも・・銃声がするわよ?)」
「・・(実弾は使わない、リクセンさんからもらったこれを使う)」
そう言うとベルトにつけたバックから取り出したのは小型拳銃、ポケットにも入りそうなほどの大きさのオートマチック。
ライオットはそれにサイレンサーを取り付けて準備を整えた
「・・(それは・・?)」
「・・(SWのM39タイプを麻酔銃に改造した物だ、これで敵を排除する・・わざわざ専用のサイレンサーまでついているしね)」
そう言いながら通路を歩く男の背中に照準を合わせる
「・・(待って、相手が通信とか持っていたらまずいんじゃ・・)」
「・・(兵装を見る限りそれらしい物はもっていなかったよ、あくまで周囲の見張りのみらしい)」
静かにアザリアに言いコンテナに身を隠しながら再び照準を合わせる・・
プシュ!
かすかな物音とともに麻酔弾は発射され、警戒をしていた男の後頭部に直撃した
その瞬間に男は短く悲鳴を上げて地に倒れた
「・・(大丈夫、気付いていない・・)」
周辺の様子を確認しながら息をつく、彼にとっては市街地での撃ち合いよりも緊張した射撃であっただろう
「・・(この調子でこのままいくの?)」
「・・(気付かれるわけにはいかない・・君も一緒なんだから特にね・・)」
そう言い再び弾を込める
その時
ゴス・・ドス・・
遠くから微かに物音がした・・、警戒しながらライオットが確認するとコンテナ頂上で警戒していた見張りが力なく倒れていた
「・・(あれは・・)」
「・・(マーターの別働隊みたいだね、僕が眠らせたのが通路側の見張りの最後だったようだ)」
「・・(だとしたら・・もう大きな声でしゃべっていいの?)」
「・・(あのね、見張りがいなくなっただけだし増援だった考えられるんだから・・もう少し我慢して)」
「・・(わかったわ・・。じゃあ・・どうするの?)」
「・・(コンテナの上を伝って怪しい場所を探る、行くよ)」
「・・(わかったわ!)」
ライオットの手を取りコンテナの頂上に上りきる、見張りが眠りこけた今視界に動く物はおらず静寂のみが広がっている
「・・(なんとかなるか・・いや、なんとかしてみせる)」
ここからが本番、大きく深呼吸をしてライオットはコンテナを伝って行動を開始するのであった・・
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