ニ章  「戦女」


深淵たる森の中・・
清い空気が満ち、見たこともない木々がそびえたつ。
その中にポツンと建つ廃墟のような小屋・・。
義理の父母に教えられた名工が住むところなのだが、
(よくこんな所で気が狂わないな・・)
下界と完全に遮断された暮らし。義理の父母の所でそれは経験したがここはそれを上回る・・。
ともあれ、煙突から煙が出ているところをみれば人が住んでいるはずなのでノックしてみる事に・・・

コンコン・・

入り口の蔦に覆われた扉を叩く
「・・誰だ・・?」
奥からしわがれた声が返ってくる
返事が早かった事に驚くロカルノ・・。
しかし驚いてばかりもいられない
「俺はセイレーズさんにここに行けと言われたロカルノです。
是非一つ、武器を作ってもらいたいと思い参りました」

・・・・・・

返答は無し、しかしゆっくりと足音が近づいてくる

ギィ・・

「・・ほぅ、手紙にあったセイレーズの義理の子か・・。まっ、入れ・・」
黒く皺くちゃ老婆が現れ、ロカルノにそう言う
見たところ、簡単なローブ姿でかなりの高齢と思われるが杖などは
使用していなくしっかり歩いている
「はい・・、では・・」
ともあれ、中に入る。
威厳漂う老婆に少し押され気味だが養父の知り合いということもあり平常心は保てている
「・・・それで、武器が欲しいと・・?」
テーブルに茶を置きながらギロリとロカルノを見て言う
「・・はい」
「若造が自分専用の得物を求めるか・・、言う限りにはそれなりに腕があるのだろうな?」
「3年、セイレーズさんに鍛えてもらいました。それ以前は国の剣術で・・」
「・・・ほぅ、あいつの元でそれだけやったか・・・・。まっ、いいだろう。
それで、どんな得物がいいのか?剣か?刀か?」
「刀は触った事がないので・・。セイレーズさんの言うには俺には槍が合っていると言われました」
「槍・・か・・。ふっ、しばらくは槍も作っていないからな。どんな物になるか保障はできんぞ?」
意地の悪いようににやける老婆
「使えるものであるならばかまいません。後は腕で補えば良い事です」
「・・・・ふっ、いいだろう・・。では少し待っておれ・・」
静かに席を立ち、奥の間へと入っていく
しばらくはロカルノもやることもなく入っていった扉を見つめる

そして

「・・あった・・、これならどうだ」
手に持つ槍をロカルノに投げる
「!・・・これは・・」
受け取った槍はスタンダートに黒い柄、そして矢の如く鋭い刃・・なのだが、
刃が少し欠けてきており柄にも埃が溜まっている
「セイレーズにかつて貸した槍でな・・最も、使わなくたってかなり年が経ったがな」
「・・・・・」
「まっ、今までわしが造った槍の中ではいいできだろう」
「・・ですが、この欠けているのは・・」
「心配いらん、いいか、坊主。良い素材ってのは、例え欠けてももう一度火を入れれば甦る。
そういうモノさ・・」
少し笑いながらテーブルに腰を下ろす・・
「これをもう一度火をいれて強化する。細身の槍だが切れ味、破壊力も群を抜く代物にな・・
だが、その前に一つ聞きたいことがある・・」
「・・・・何なりとどうぞ」
「お前があの夫婦の元で暮す訳だ。
これでもわしは素性のわからん者へ武器を与えたりするほどの酔狂ではない・・」
「・・・、手紙には詳しく書かれてなかったのですか?」
「お前が北国ダンケルクの第一王子ということだけだ・・、
わしが知りたいのはその位を捨ててまで何故お前があの世捨て人の世話になったか・・」
「・・・・・・わかりました」
ふぅ、っとひとつため息をつくロカルノ
「俺が国を捨てたのは父のやり方が許せなかったこと。
そして貴族という位が嫌になったことの二つです。
・・俺は、小さな頃から王になるべく教育されてきました。
王は神の分身であり民はその駒でしかない。
あの男はそういう考えをしていました」
「・・・・権力者によくある思想だな・・」
「俺も最初はそうだと思っていました・・、物心ついた時からそう教えられてきましたからね・・。
ですが、そんな考えが間違いだと思う出来事がありました。
偶々、外出時に他の人間とはぐれてしまった時、俺はある一家と出会ったのです・・。」
「・・・・」
そこから先は少しロカルノも言うのをためらっているようだ
「・・暖かな家族でした。俺をよくしてくれて、同じ年ぐらいの娘が明るく接してくれて・・
その時に民は駒なんかじゃないと確信が持てました・・、
その後俺はそのことをあの男に言いましたが・・」
「勝手にはぐれて自分と違う思想を言い出す。傲慢な男なら・・」
「・・・ええっ、激怒し、その一家を捕らえ処刑しました・・。
俺は、あの家族の顔が忘れられなく・・そしてあの男が憎くて仕方なかった・・。
そして力が欲しいと思いました。
どんな理不尽にも負けず、我を通し、大切な者を守れる力が・・」
「・・その娘に惚れていたのか」
「・・・、かもしれません。俺の性で彼女の未来は消えてしまった・・・。だから・・・」
「・・もういい、わかった。それだけの考えなら誤った事には使わないだろう・・。
では、このわしが坊主にその力となる『刃』を授けよう・・、ついて来い・・」
「・・、俺が・・ですか?」
「他に誰がいる。この槍を鍛えるのにお前も人肌脱いでもらおう、軽い脱水症状は覚悟しておけ」
そう言うとロカルノを連れて老婆は工房へと足を運ばせた
・・・・・・
扉が閉まり、後は金属を叩く音のみがその場にこだました・・






数日後

上半身が裸で居間で寝ているロカルノ・・
相当疲れているようで頬がこけている
そして、静かに工房から出てくる老婆・・
「坊主、起きろ。できたぞ・・」
軽く寝ているロカルノの脇腹を蹴る老婆
「ん・・、できました・・か・・」
「ああっ、だが、面白いことが起きてな・・。
刃を叩くうちに刃の中心に女性の顔らしき模様が浮んできた・・、
ちょいと洒落こんで飾ってみることにした・・・。こいつだ」
手にもつ槍を見せる
槍は細めの柄に一回り新たに何かコーティングしたようで黒く光っている。
細長く尖った刃は先日まで欠けていたとは思えないほど鋭い
前に比べると刃も大きくなっており、十分過ぎるほどの得物だ
そして老婆が言ったように刃の中心に刻まれた乙女の彫刻、
浮びあがったとされる女性の顔を老婆は匠の技術で彫り、見事に仕上げている
それを見て唖然とするロカルノ
「・・・ナスターシャ・・?」
浮びあがった顔に心当たりがあるようだ
「・・・知っているのか・・?」
「あの子によく似ています・・。あの、処刑された・・」
「・・・ならば、その女がお前の力になりたくてこうして現れたのだろう・・・・。大事にしろよ?」
「はい・・、でっ、この槍の名前は・・」
「そうだな・・、以前からの名がついていたからそれにするか・・『戦女』だ」
「せん・・にょ・・」
「昔、これを打った時に火花が女性の形を描いてな・・、気が向いて名付けた。
この乙女の模様といい、ぴったりだろう。」
刃を布で包み、ロカルノに投げ渡す
「はい・・、ありがとうございます」
「・・・・ふっ。まっ試し斬りは帰り道でやるがいい」
「???」
「・・・・ふふふ・・、さっ、用がないなら帰れ。セイレーズ達が帰りを待っているだろうからな」
「はい、では、失礼します!!」
戦女を大事そうに持ち一礼して立ち去るロカルノ
・・・・・・・・
「・・・・、さて、ここからが試練だな」
閉められた扉を老婆はしばし見つめそう呟いた・・





戦女を大事そうに持ち、森の中を進むロカルノ。
早いところ街道へ出て町で一泊したいと考えているようだ・・。
しかし・・
「こんな所で一人歩きとは・・、感心できませんな〜・・」
行く手を阻むが如く待ち構えている数人の男
感じからしてどこかのゴロツキのようだ
「・・俺に何か用か?これでも忙しい身なんだがな・・」
「へっ、てめぇを連れ去ると俺達が一生遊べる金が入るってんだよ。ローディス王子様」
「・・・噂はやはり本当か・・」
静かに呟くロカルノ・・
「へっ、金持ちのボンボンが一人でいるとはな・・俺達も儲け話が周ってきたもんだな・・」
男の一人がにやける
「儲け話・・・?違うな。俺を連れ去るにしよ失敗するにせよ・・辿る道は同じだ」

シュル・・・・

『戦女』の刃を包んでいた布を静かに解く・・
「へっ、いけすかねぇなぁ・・・どんな道か説明してもらおうか!!やっちまえ!!」
一斉に剣を取り襲いかかるゴロツキども・・
得物は円月刀で見た目にも鋭い事がわかる・・・が
「死に向かう道だ・・・、『戦女』よ、その力を俺に示せ!!」
気合い声と共に自分の得物を振るうロカルノ!
乙女の顔が刻まれた刃は清く光り、残光を残してゴロツキの一人を切り裂く!
「・・な・・んだ!ぐぇ・・・」
男は身体を切断されたのだが痛みは感じずそのまま息絶えた。

素晴らしく鋭く、持ち手の技術、気合がそろえば相手の細胞を傷つけずに切断することは
可能、その場合斬られた者は痛みすら感じず血が流れる感覚だけが伝わり絶命するという

それをロカルノが今実行した・・。
『戦女』は驚くほど軽く、少し前にもらったばかりというのが嘘のように手に馴染んでいる・・
「「てっ・・・、てめぇ!!!」」
ばっさり切られた仲間に多少怯むものの、まだ自分達に勝機があると信じ、
ゴロツキ達が無謀な特攻を行う
「・・・無駄だ!!」
まるで踊るが如くの動きで円月刀の軌道を避けゴロツキの急所を切り裂く・・。
男達は少しうめき、地面に倒れ、そのまま動かなくなった・・・
「・・・・、ナスターシャ、俺に力をくれるのか・・・・。ありがとう・・」
細身の槍に静かに呟く・・。
そのまままた、大事そうに布で刃を包む。
「俺の居場所がわかっているのなら・・、セイレーズさんの所にも襲撃があるはず・・
急がねば・・・!」
意を決したようにロカルノは森の中を駆け出した


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