再び王の間・・
玉座に座る金髪の青年・・漆黒の貴族服は血にまみれており
彼の後ろには女性の死骸が山のように積まれている
「・・・ちっ、しくじったか。」
鬱陶しそうにつぶやく青年ブラド公・・、そこへ
「報告します、ロイヤルハウンド様、デュラハン様は敗れ
現在その二人は街の一角で休憩している模様です」
兵士の一人が駆けてき、報告する
「わ〜ってるよ、向こうも少なからず手傷を負ったってことだ」
「では、兵を引き連れて一気に殲滅しましょうか?」
「まぁ、待て。この一件俺が始末をつける。兵士達は全員地下で待機だ」
「し・・しかし・・」
「家族の問題もあるからな・・、まぁ、ホールに彼女を配置しておけばいいさ」
「ぎょ・・御意に・・」
ブラド公の考えが良く分からないがそこは仕える王、逆らえもせずに兵士は素直に従った
「・・これで・・いい」
一人残ったブラド公・・誰ともなしにそう言いながら静かにほくそえんだ


一方・・
傷を負ったマリアとドラクロワは城に近い民家で休憩を取っていた
追っ手はこずに街は完全に沈黙と瘴気の霧で包まれていた
「・・大丈夫ですか・・?ドラクロワさん」
民家の一室で彼を気遣うマリア・・、真実の断片を知りながらも変わらぬ態度をしている
「少々痺れるけれども・・大丈夫。マリアさんは?」
「傷口は・・もう治っています」
「・・そうか・・」
・・・・しばしの沈黙・・、それは正しく完全なる静寂であったが意を決してマリアが口を開いた
「・・、ドラクロワさんは・・吸血鬼なんですよね・・?」
「・・・・・・ああ、そうだよ。今まで君に黙っていてすまない
・・君の境遇を考えると言えなかったんだ」
うつむきながらゆっくりと応えるドラクロワ
黙っていたことが申し訳ないのか彼女と眼を合わそうとしない
「いえ・・いいんです。そして・・私も・・・吸血鬼になったの・・・ですね」
「・・・・・・・」
「この傷口の治りの速さやあのロザリオに触れた瞬間走った電気・・
もはや疑いようがないですから・・」
「・・すまない・・」
「ドラクロワさん・・」
「あの夜、孤児院が気になりそこに向かった先で君を見つけた。
崖から転落し虫の息だったのを見て・・それを救うにはこの方法しか・・」
「・・それで・・」
「ああっ、僕の血を君に分け与えた。
一時的に眷属の力を発揮した君の体は急死に一生を得て僕は君を屋敷に連れて行ったんだ。
・・・すまない、僕にはこうすることしかできなかった」
「いえ・・いいのです。どうあれ貴方は命の恩人です・・」
予想通りの真実、そしてドラクロワの悲痛な謝り、だがマリアは不思議と冷静で彼を許した
「マリアさん・・しかし・・」
「ドラクロワさんは悪い吸血鬼じゃありません。
今まで私を支えてくれたのですから・・、それに貴方がいなかったら
私はすでにあのうっそうとした山の中で天に召されていたのでしょう?」
「・・ありがとう・・」
「いえ、でも・・私の体は・・」
「血はまだ君の体になじんでいない。
今までは普通の人間として暮らせていたが同化が始まったようだ。
・・もうあのロザリオも君には持てないだろう。
そして・・・眷属である君は日の光に当たると・・」
「・・・、消滅する・・のですね」
「ああっ、僕みたいな真祖の血を分け与えたものでも眷属の域を抜けることはできない。
日の光に当たると君の体は石に変わる・・」
「・・わかりました・・それも運命です。受け入れましょう。
ですが・・少し、泣いてもいいですか」
「ああ、いいよ。君にだってそのくらいの時間はある」
そう言うとドラクロワは静かに彼女を抱きしめ顔を隠した
「う・・う・・うわああああああああああああ!」
ドラクロワの胸の中、マリアは声を上げ涙を流す・・
その声はトランシルバニアの都に静かに響き渡った


夜・・闇の一族が一番その力を発揮する時・・
ついにマリアとドラクロワはトランシルバニア城へと侵入した。
中は不気味なまでに静か、優雅な絵があるわけでもなく人気があるわけでもなく
灯りのないホールは血の臭いが充満していた
「・・、間違いない。ここにいる・・」
斬首剣を持ち周囲を警戒するドラクロワ・・、真っ暗の城内に気配はない
「玉座、ですね」
彼の後ろの立つマリア、彼女も銃を抜き周囲を見渡している
「ああっ、ブラド公はそこだ・・。これで終わりにすればいい」
「でも・・兵士はいないですね」
「・・・、何が狙いだ・・?
マリアさん、多勢に無勢、兵士達が現れたら相手をせずに逃げるんだ。
狙いはブラド公・・ただ一人だよ」
「わかりました・・」
顔を合わせ無言で頷く二人・・やがてゆっくりとホールを進みだした

コツ・・コツ・・・・コツ・・・

ホールの中央付近まで歩いた時、階段を下りる音が鳴り響いた
・・それはゆっくりとした歩調であり数は一人・・
「・・・誰・・?」
マリアが静かに問うが応えはせず・・
二人はその正体をドラクロワだと思い警戒をした・・が・・

ボウ!

突如ホールに灯りが灯った。薄紫の不気味な火がそこらに現れホールを静かに照らす
どうやらそこは吹き抜けで2Fから1Fに二つ大きく弧を描くように階段を造ってある
そしてその階段に足音の主はいた
「・・せ・・先生!!」
「ミュンさん・・」
二人が同時に驚く、そこにいたのはマリアとドラクロワの恩師ミュン・・、
だが黒い修道服から覗く肌は驚くほど白く顔は良く見えない
「・・・・・・」

コツ・・・コツ・・・・

無言のままで階段を下り二人の前に対峙するミュン・・顔は俯いたままだ
「・・・、ミュンさん・・苦しんでいるのですね」
「・・?ドラクロワさん・・・?」
「死霊と化してます。もはや・・ミュンさんはブラド公の人形に・・」
「・・・・・」
その言葉にミュンが少し反応する・・乱れた碧髪は顔を覆っていて表情がよくわからない
しかし

ツー・・・

髪で隠れている眼から涙が零れた、それも白い肌には美しすぎるくらいの赤い血の涙が・・
「先生・・、辛いのですね。かつて僕に人と接する事を教えてくれた礼・・今果たします」
苦渋の決断・・しかし迷いなくドラクロワは剣を構える
「ドラクロワさん・・先に進んでください」
しかし彼の肩をそっと叩くマリア・・
「マリアさん?」
「先生の相手は私がします。ドラクロワさんは一刻も早くブラド公を・・」
「だが、君は恩師を・・」
思わず言葉が続かなくなる・・、それでもマリアはジッとかつての恩師を見つめている
「・・、私だとブラド公なんかには勝てない。だからドラクロワさん・・貴方に託します」
「・・・・、わかったよ。すまない」
彼女の決意を尊重しドラクロワは素早く階段を駆け上がった・・
ミュンはそれを追おうともせずただ彼女と対峙しているだけだ

「先生・・思えばあの時貴方が『普通に生きろ』っと言った言葉はこうした意味もあったのですね」
二人だけになったホール、その中、マリアは静かに話し出す。
それは死んだ人間に話し掛けるのではなく正しく恩師に対して・・
「・・・」
「すみません、貴方の言うことを守らなくて・・。
でも、私はこのまま真実に目を背けていることに耐えられなかったのです・・・・。
それにこれ以上、私達のような人間を増やしてはいけない・・そうでしょう?」
「・・・・」
「私も・・・貴方と同じ人ではなくなりました・・けれども後悔はしません。
先生・・愚かな私を許してください。そして・・この汚れた腕でも・・貴方を救います」
そう言うとマリアは意を決し銃を構える
「マ・・リ・・・ア・・」
ずっと俯いたままのミュンがしゃがれた声でやっと話した。
生前の彼女とは思えないほど重い声だ
「先生・・」
「こ・・ろ・・して・・。は・・やく・・」
声を発するたびにその体がガクガク震えている
、その姿にマリアも思わず目を背けてしまいたくなる・・しかしそんな暇はなく・・

ドォン!

恩師を救う一身で引き金を引く!銃弾は瞬く間にミュンの体にめり込んだ・・!
「ぐっ!・・・あ・・・あああああ!」
デュラハンを葬った紫の弾丸がまともに入ったのだがミュンは大したダメージがなく
逆にスイッチが入ったかのように勢い良く飛び上がりマリアを押し倒した!
「きゃあ・・・ぐっ・・!?」
その速さに反撃すらできずミュンの腕がマリアの首をキツク締め出した・・。
彼女の細腕からは想像もつかない強さで首が絞まりミチミチと気味が悪い音が鳴り出してもいる
「あ・・ぐ・・・せん・・・せい・・!」
常人ならばとっくに首がねじ切れているほどの力が首を襲っている
・・しかし彼女は魔の血によりなんとか耐えているようだ。
それでも・・長く苦しんでしまうと考えれば不幸なことなのかもしれない
「・・・・」
馬乗りになって初めてミュンの顔が見えた
・・それは正しく無表情・・ただただ人形のようにマリアの命を奪おうとしている
「・・あ・・こ・・のっ!」

ドォン!

半分気を失いながらもマリアは銃を撃ちミュンの腿の打ち抜く!
「・・!?・・あ・・」
痛みが走ったのかミュンはかすかに声を上げ首を締める力もいくばくかは緩まった
・・それでもまだはね退けれるレベルではないのだが・・
「ゲホッ・・、せんせい・・」
「マ・・リ・・ア」
「えっ・・先生・・」
自分の名を呼ぶミュンにマリアは思わず目を向ける・・、
彼女目は感情が篭っており静かに彼女を見ている
「私は・・、ブラドの術で死人にされました・・通常の攻撃で死ぬことはできません。」
「先生!意識が!?」
「体の自由は制御できません、私の心も直に術に完全汚染されます。
・・マリア・・、その銃を持っているのならば一緒にあった銀弾も持っていますよね」
「はい、常に持っています・・2発しかありませんでしたが・・」
「それだけあれば十分です、それを装弾して私を撃ちなさい。
アレには不浄を払うには最上級の効果が・・あります」
苦しそうなミュン・・術と呪われた体の制御に必死のようだ
「私が、意識のある先生を撃ち殺すのですか・・?」
「・・そうです、私が完全に取り込まれたらこのまま貴方を殺してしまいます・・ですから・・は・・早く!」
「先生・・」
さらに彼女の首を締める力が弱まる・・それは最後の力か・・
マリアはその間に素早く弾層に懐に大事にしまっていた銀色の弾を取り出し装弾した
「そ・・そうです・・それで・・私を・・」
「・・・これで、いいのですね・・?」
目に涙を浮かべながらマリアは銀銃をミュンの眉間に押し付けた
「・・ええ・・すみません、マリア・・。私のせいで辛い思いをさせて・・」
ミュンの表情は穏やかそのものだ・・しかし体は震えている
「先生・・いえ、これも神のお導きです・・」
「・・・・立派になりましたね。さぁ・・そろそろ・・限界です・・私を・・」
「わかりました・・」
「マリア・・貴方に・・主の加護・・を・・」
ニコリと微笑むミュン、マリアはそれを見て涙を堪えながら頷き引き金を引く

ドォン!

乾いた銃声が、ホールに響いた


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