その日の夜
ついに二人はトランシルバニアへと到着した。
街には黒い霧が充満しており街の様子もよくわからない。
そして不思議なことに住民は一人たりともおらず不気味な静けさが支配している
「凄い・・瘴気。ドラクロワさん・・大丈夫ですか?」
思わず裾で口元を抑えるマリア、瘴気が体内に入れば自我を失う・・
ましてや景色を遮るほどの霧状瘴気となればそれは凄まじい濃度であり・・
「僕は大丈夫、こうした物には・・慣れているからね」
「・・え・・・、で・・でも、常人ならばもう大変な状態になるのでは・・」
「そういう意味でも僕は特別・・ってことさ。
だが住民が一人もいないのは妙だね、しかも瘴気はあれども気配はない」
自分の領域に入ったことはブラド公も気付いているはず・・しかし動きがまるでないのだ
二人の警戒心をさらに高める

”我が兵達は城にいる・・、召集するにはそれがちょうど良かろう”

「!?・・マリアさん、気をつけて!」
不意に響く男の声に警戒するドラクロワ、
しかし霧の中から不意打ちをするわけでもない声の主は骨だけの馬に乗り姿を表した
漆黒の鎧に仮面をつけた騎士・・見たところ人間には見えるのだが・・
「・・この気配・・従者ですか!」
「ご名答だ。マリア嬢、私はブラド公に仕えし黒騎士デュラハン・・以後お見知おきを・・」
静かに礼をするデュラハン、それだけを見るならば礼儀正しい男にも見える
「ロイヤルハウンドの仇討ちに来たのかな・・、デュラハン・ザ・ブラックナイト」
「あの者は事を急ぎすぎる。・・私は警告をしにきたのだよ」
「警告・・?」
「我が主は非常に寛大だ。君達がこれから立ち向かおうと結果は見えている。
無駄な抵抗は止めて他国で静かに暮らしたほうがいい
・・もっとも、他国も攻め落とせば似た状況にはなるかもしれんがな」
「・・やれやれ、仕掛けるだけ仕掛けておいて見逃している・・ってことか。
虫の良い話だと思うけれどもね」
「わ・・私の家族を奪っておいて・・そんな事を言うわけですか!?」
デュラハンの態度にドラクロワ以上にマリアが怒り心頭・・目に涙を浮かべている
「・・それは最も・・、だが我らとしても同属を手にかけたくはないのでな・・」
「同・・属・・?」
「ドラクロワ・・、何故人間と行動を共にしたのかは知らんが吸血鬼は吸血鬼らしくしなければな」
「・・な・・何言っているんです!ドラクロワさんは・・」
「・・やはり真実を伝えていないか・・。何時までも隠し通せるとでも思ったのか?」
「・・できれば・・知られたくなかっただけだよ」
「・・・・え・・・ドラ・・クロワさん?」
「・・そう、デュラハンの言うとおり僕は真祖のヴァンパイアだ。
だけど信じてほしい、僕はブラド公のように横暴を振わない」
「奇麗事は止めろ、所詮は違う種。ヴァンパイアは人間を支配し闇を支配する存在だ。
なればこそ共存ができなかった・・違うかな?」
「違う!僕達は安息を求めていただけだ!」
狼狽するドラクロワ・・しかしデュラハンはあくまで冷ややか・・
「だが我らはこうしてこの世にいる・・、そして他種を奪い己が生活圏を広げるのが世の摂理だ」
「それこそ思い込みだ!僕はお前達を見過ごすことはできない!」
そういい斬首剣を抜き構える!
「マリア嬢・・これがこの男の真実だ」
デュラハンはそう言うとすばやく何かを投げた
それと同時に

バチッ!!ジジジジジジジ!!!!

「ぐ・・うわ・・」
ドラクロワの体に絡まるは真珠でできたネックレス・・先端にロザリオがついており白く輝いている。
そして彼の体を包むように放電が走っている
「これは・・」
「ヴァンパイア用に聖教会が支給された破魔のロザリオだ。
人間には無効の代物だが・・彼はそれに反応している」
「く・・なぜ・・お前は・・」
「私の右手は人間のものだ・・植えかえてな。
さて、動けない相手に止めをさすのは気が引けるが・・これも任務、悪く思うな」
そう言うと彼の手元の空間が波打ちゆっくりと姿を見せるは彼の身長ぐらいはあるランス・・
先端が鋭利に尖っているがそれ以上に血でまみれている
しかしデュラハンとドラクロワの間にマリアは静かに割って入った
「・・マリア嬢、無駄な抵抗はしないほうがいい・・君は所詮退魔士でもないただの修道士だ。」
「ただの修道士でも・・意地はあります!」
そう言うと銀銃を抜きまっすぐデュラハンに照準を合わせる・・
馬に乗り巨大なランスを持つデュラハンはその気配により一層大きく見えた
「マリアさん・・だめだ・・」
「ドラクロワさん、貴方がヴァンパイアでも私の恩人であることには変わりません!
この人は私が倒します・・」
「マリア嬢・・、その言葉この状況では撤回もできんが・・それでいいのかね?」
「・・二言はありません。」
ジッとデュラハンを睨むマリア・・、しかしデュラハンは冷ややかに笑っている
「・・いいだろう、だが女性相手に速攻をかけるのも恥だ。
先に撃ってくるといい・・そのくらいの真似事はさせてやる」
全くの余裕を見せる黒い騎士・・それにマリアは完全に圧されガムシャラに引き金を引く!

ドォン!ドォン!ドォン!!

「甘いぞ・・!」
至近距離からの射撃・・しかし

キィンキィンキィン!!

たまはことごとく鎧に弾かれる・・、そして骨馬は駆け出し・・
「御免・・!」
「く・・先生・・!」
一瞬にして迫りくるデュラハン・・、もう一撃放とうとするマリアだが・・

ザクッ!

「ああっ!」
鋭いランスがマリアの肩を斬る・・、だが止めとはいかずデュラハンはそのまま駆け抜けた
「もう一度言う、他国で最後の刻を迎えろ。」
「断ります・・!」
おびただしい血が吹き出るマリア・・だが意識はしっかりしており再び銃をデュラハンに向ける
「・・強情な・・ならばその苦痛を逃れ安らぎを与えるのも情けか・・!」
意を決し凄まじい殺気を放つデュラハン
「・・マリアさん・・!逃げて・・止めを刺すつもりだ・・!」
「引けません・・ここで引いたら貴方が危ないです・・」
「この状況で他者の心配をするか!戦場はそれほど甘くはない!」
咆哮に近いデュラハンの叫び・・、それとともに骨馬が駆け出した!
「先生・・私に力を!!」
決死の覚悟で集中し照準を合わせる・・その時・・

キィィィィ・・・ン

共鳴するような音とともに銀銃の先に紫の光が集まる・・!
「!?・・これは・・まさか・・!」
その光を見てデュラハンが一瞬だけ怯む・・
「い・・いけぇぇぇぇ!!」
それを勝機と見たマリア、渾身の力で引き金を引いた・・


ドォン!!

凄まじい衝撃とともに放たれる紫の光弾!
それは突進するデュラハンの体を貫通し馬に乗る彼の体を大きく仰け反らせた!
「ぬ・・う・・おおおおおおお!!」
まともにそれを受けたデュラハンは体勢を崩しそのまま落馬をした・・。
骨馬は彼から離れた途端にバラバラに砕けていった・・どうやら彼の魔力で動いていたらしい
「・・や・・・やった?」
倒れるデュラハンに尚も銃口を向けながらマリアは近づく
その間にもデュラハンはゆっくりと上半身を起き上がらせた・・、
紫光弾が打ち抜いたのか彼の心臓部には大きく穴が開いている
「・・ふ・・そうか・・君も・・同じ道を踏み出したか・・」
「う・・動かないでください!」
「そう目くじらを立てなくてもいい・・致命傷だ。私も直に消えるだろう・・」
振り向くデュラハン・・仮面は罅を立てて割れ落ち、緋色の瞳を持つ青年がそこにいた
「・・!」
「・・・君の・・意思ではないな。だが・・この道を歩むことを決めたの君か」
もはやうわ言のように呟くデュラハン・・彼の言う通りその体はゆっくりと消えていく・・
「・・な・・何を・・」
「これも定めだ。マリア嬢・・、君の命も後わずかかもしれない・・
そしてこれから先過酷な現実が待っている・・それでも人の心を忘れなければ・・君は救われる・・」
「・・・だ・・だから何を言っているんです!」
「・・ふっ・・直にわかる・・さ・・」
そう言うとデュラハンは完全に灰となった

・・・・・・・・・

「・・この人・・悪い人じゃなかった・・なのに・・」
灰になった彼をしばし見つめるマリアだが
苦しんでいるドラクロワに気づき急いで彼の元へと駆けつけた
「大丈夫ですか!ドラクロワさん!」
「ああ・・なんとか平気だけど・・これを取ってくれないか・?」
腕に絡みつくロザリオ、どうやら自分では取れないらしい
「わ・・わかりました・・(バチ!)あつっ・・!」
ドラクロワに言われるままにロザリオを取るが触れた瞬間に
静電気のようなものが体を駆け抜けた・・が、それ以上何もなくロザリオを取ることができた
「・・ふぅ、ようやく自由になれた。すまない、マリアさん・・・君に任せて」
「いえ、私は大丈夫です。それよりも少し休憩してから城に乗り込みましょう」
マリアのしっかりした口調にドラクロワも少し押され・・
「ああ・・わかった。そこで・・全てを話すよ」
静かに言い歩き出す・・、マリアも無言で肩の傷を抑えながらそれに続いた
しかし・・
(肩の傷がもう治っている・・それに・・あのロザリオ・・・)
疑惑が溢れ、それらが確信に繋がりつつあり思わず顔が強張ってしまった


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