第一節  「珍客はいつも突然に」


 

「ねぇ〜、クラーク。暇だから何かやって?」

 

「いきなり何言ってるんじゃこのボケ」

 

 

いつもの如く軽い喧嘩腰で話し合うはクラークとセシル

毎度の事ながらラフな出で立ちで昼下がりの和室にてくつろいでいる

その日は仕事もなくやる事はもう終わってしまいダラダラしている

いつもは談笑室でくつろぐ面々なのだがこの時期は異様に暑いために隣接するように造られた和室にて

くつろぐ事が決まりとなってきている、所謂第2溜まり場状態

談笑室とは違いこの和室にはラックの一つもなく大きなテーブルが置かれているのみ

しかし風通しは良いために中々に快適な空間なのだ

 

なんだかんだで賑わっているこの館、

言わずもかなハイデルベルク一と呼ばれて久しい冒険者チームユトレヒト隊の拠点である

自作の家とは言えどもその完成度の高さは名人芸、ここらでは珍しい和室まで備えているまでとなった

「ケチ〜、ったく仕事がないのもそれはそれで問題ねぇ」

「休暇が欲しいってぼやいていたのはお前だろうが・・ったく」

「そうじゃそうじゃ、暇なら今までの罪を償うために祈りでも捧げたらどうじゃ?」

同席しながら毒舌を放つはユトレヒト隊一の我が侭竜娘メルフィ

畳の部屋に巫女装束を着た角娘の姿は非常に似合っており実際この和室に彼女がいる事が多い

東国贔屓をしているわけではないのだが彼女にしてみれば東国の文化は肌に合っているらしい

「祈りなんてしても何も変わらないわよ〜♪」

ケラケラ笑うはセシル、元々はハイデルベルク騎士団に所属しており祈祷なども行っていたのだが・・

彼女の性格からしてみれば真面目にやっていた事はないだろう

現に祈りの言葉などは完全に忘れているわけだし・・

 

「違いますよ、セシルさん。結果を求めるのではなくて祈る心が大切なのです!」

 

「キルケは熱心ですからね・・皆さん、お茶を淹れました。一息つきましょう」

 

そこに登場するは盆に茶請けとお茶セットを持つキルケとクローディア

金髪オサゲのメイド服娘と流黒髪の隻眼着流し娘のセットは少し妙にも見えるのだが

この二人は姉妹と言って良いほど仲がよい

本来ならば恋敵となってもおかしくない関係なのだが三人の気持ちがぶつかる事なく

現状に落ち着いている

「そんじゃ、一息つけようか・・。んっ、今日は紅茶か?」

「ええっ、良い紅茶のお店ができたので試しに買ってみました♪」

そう言いながらお茶を淹れて配るキルケ、その心配りと衣装は正にメイド娘

隣のクローディアも手早く茶請けを分けてお茶の準備が整う

「ふぅん・・プラハも色んなお店ができたものねぇ・・。でっ、今日の茶請けは風華亭のタルト?」

ジュルリと涎を垂らしそうなほど眩しい笑みを浮かべ皿にのせられた茶請けのタルトを見る

それは完熟ベリーを使ったフルーツタルト、生地はこんがりと、ベリーは色艶やかで甘い香りを昇らせている

そしてそれとセットに紅のお茶・・白い湯気と心地よき香りが鼻を(くすぐ)らせる

和室に似合わないが実に優雅なティータイムである

「いえいえ♪店で売っているのを真似て自作しました!どうです?結構いい出来でしょう♪」

「ふむ、ではいただこうか!・・ほむ・・はむ・・うむ!合格じゃ!」

「早っ!」

口一杯にほおばりながら満足そうに叫ぶメルフィ、幸せそうな笑みを浮かべるもお行儀は不合格

この場に彼女がいたら説教が始まっていた事であろう

「メルフィは何でも美味いって言うじゃない、どれどれ・・あっ、美味しい♪生地がサクサクね♪」

「ふふふふ・・タルトの命は生地ですからね!技術を盗むのに苦労しました」

「・・ってかそのために買い続けていたのか?」

モチモチと食べ続けるクラーク、彼も別に甘い物が苦手なわけでもなく遠慮なく頬張っている

「いえいえ、元々風華亭のファンですからねぇ。まぁそれを自分で作ってみたいって事で学んだだけですよ」

最近最寄りの町にできた菓子屋を贔屓するキルケ・・

彼らがここを拠点とする前に比べたら町に菓子屋の支店ができるなぞ

古巣の住民からしてみれば想像もできなかったであろう

「そうした学習能力はこちらも驚かされます」

妹のようにキルケの事を褒めるクローディア、穏やかな笑みを浮かべ紅茶を口に運んだ

「ふぅん〜、あっ、お茶も美味しいわね・・。

・・・そういやキルケはともかく、クラークとかクローディアって紅茶飲めたの?」

「お茶である事には変わりはないだろう?こういうのも悪くはない・・けど・・なぁ?」

目でクローディアに促す、アイコンタクト成立で彼女も軽く顔を曇らせる

「ええっ、あのミルクティーとかレモンティー等は苦手ですね・・。お茶に混ぜ物を入れるのは・・」

「そう言えばお二人はいつもストレートですものね」

「そらなぁ〜、何というか・・俺達のお茶ってイメージからして見たら少し苦手だな。ってか邪道だろ?あれ」

碧色のお茶こそがお茶だ!っと目で訴えるクラーク

そんな彼にしてみればミルクやレモンを入れて味を変えるのは道を踏み外している事に等しいらしい

・・それに何気に頷くクローディア、兄至上主義である以上に同感らしい

「そう?美味しいのにねぇ・・、でっ、メルフィも大丈夫なの?」

「妾か?そうじゃのぉ・・お茶という物に拘りがないから何でもいけるぞ?

しかしこの間のミルクティーは美味かった!

ロイヤルがつくだけの事はあったの!」

要するに甘ければ何でも良い・・っと

「うわぁ・・東国カブレだったのか!こいつは!」

「ふっ、固定観念に囚われるのは新しい可能性を狭めるだけじゃ。

邪道という前にお前もライスにマヨネーズぐらいかけて食らうのじゃな。マイウ〜じゃぞ?マイウ〜」

「・・それは真の邪道です」

彼女の感性に同意するわけもなく・・、

っというか赤貧で育ったクラークとクローディアは変わった味付けは寧ろ苦手、

調味料どっぷりなのは邪道のレッテルを貼る

素材の味を堪能できれば十分、ご飯は良く噛んで甘みを感じましょう

「しかしこのお茶本当に美味しいわね・・。キルケ〜、今度買い出しの時にストックしておいてよ?」

「わかりました♪もうちょっと早かったらロカルノさん達にお願いできたのですけどねぇ」

「余り頼むのも怒りかねないからいいんじゃないか?仕事の選定まで任せているのだし」

苦笑いを浮かべながら茶を啜るクラーク

現在ロカルノとアミルは町で面々の仕事の受注を行っている

週一程度の行事であり情報管理の優れたロカルノがギルドを通じて仕事を持ってくるのだ

しかし所帯が大きくなってきたのでそれを補佐するためにアミルが同行するようになった

これにより彼の仕事はスムーズに進み、

アミルにとっても大好きなロカルノと二人っきりでいられるという喜びから万事オッケイ

「退屈な仕事持ってこないで欲しいけどねぇ・・」

「セシルさん、魔物退治は退屈なのですか?」

「流石に毎回続くとねぇ・・」

命懸けの仕事のはずなのだがケダモノに取っては準備運動にも満たないらしい

「そんな事言っているとロカルノの奴が変な仕事を持ってくるかもしれないぜ?」

「う゛・・」

「そういえばこの間ロカルノさんがセシルさんを怒った後に

何気に『王都ハイデルベルクにて着ぐるみバイト募集』ってチラシを見てましたね」

「な、なにそれ!?」

「何でも王都の大道芸通りをもっと賑やかにするために案内地図のビラを配る

熊の着ぐるみキャラを徘徊させる仕事を募集していたみたいなんですよ

この時期からしてみたら正しく決死の仕事だから報酬も高いって候補にあげていたみたいですよ?

ひょっとして今頃・・」

「いやよ!炎天下の中変な動きをしながら道行く通行人にビラを突きつけるのでしょう!?地獄だわ!」

「・・・・普通は魔物退治の方が嫌がると思うのじゃがな・・」

「ケダモノと常人は区別するべきってわけだ」

「なるほどなぁ。まぁ退屈せん仕事ならばいいんじゃがのぉ」

「そこらはロカルノさん達にお任せですね。大丈夫ですよ♪」

微笑ましく笑うキルケ、多少メンバーが揃わないのだが

その日もユトレヒト隊は平和であった

 

──────

 

一方

最寄りの町であるプラハにてメンバーの仕事を割り当てる作業についている一組の男女

事情を知らない者が見ればほぼ夫婦のように見える美男美女は今日も酒場にて書類とにらめっこ

 

「ふむ・・貴族婦人の浮気調査・・か。冒険者を何でも屋と見るところいかにも貴族だな」

 

苦笑しながら書類に目を通し珈琲を優雅に口にする銀髪の仮面伊達男ロカルノ

余りにも馬鹿げた依頼が回っているので思わずぼやいてしまったのだが

こうした
頓珍漢(とんちんかん)な依頼は実は多い

貴族というものは妙に見栄を張り常識がないために

冒険者として有名なユトレヒト隊に下らない仕事を依頼してくるのだ

当然そういう依頼はパス、下らない以上にこうした依頼者は大抵性格に難を抱えているものだから・・

「何と言いますか〜、この時期は余り仕事がないものなのですかね?」

彼の隣、酒場のカウンター席に座り同じく書類を見つめるは紫髪の美女アミル

「この時期は帰郷者が多いからな。身内で済ませられる事も多い・・。まぁなければないで構わんさ

下らん仕事に出向かねばならないほど蓄えがないわけでもない」

「あ〜、ロカルノさん。

仕事の依頼が妙に少ないのはそれに加えてどうも王都の伝書屋にトラブルが起きて

依頼書の出回りが遅れているからみたいなんだよ」

いつもカウンターでロカルノの相手をするマスター

ユトレヒト隊の面々と面識は乏しくとも彼らの仕事を支える重要な人である

「王都で・・か。なるほどな、情報流通の中心部で問題が起こればこんな田舎の町に届かなくなるのも当然か」

「ええっ、何でも伝書屋の主人が殺されたって話で。

妙に独特な殺人だったのですがあの女探偵レウナが見事解決したって新聞に載ってたね

後数日もすれば最新の依頼書が届くと思うよ」

「あぁ!その記事私も知っている!すごいなぁ・・女探偵レウナ!今巷では有名だし!

低空からの高速踏み込みボディのフィニッシュブローが鮮やかに決まったそうなんですよ!

倒れる犯人にさらにラッシュが続いて騎士団(レフェリ)()制止(ストップ)が掛かって見事勝利!

1R開始1分でのKOで華麗に挑戦者を倒したようです!」

マスターとウェイトレスはその記事に目を引かれたらしく賑やかに話をするものの

その女探偵の素性を知るロカルノにとっては苦笑するしかない

「・・現場でそんな形式通りの試合をしたのかは謎だが・・

まぁ、スポットライトが当てられて満足だろうさ。優秀には違いないのだからな」

「・・ロカルノさん?」

「いや、何でもない。まぁ禄な物しかないのならばそれも仕方はあるまい・・

新しいのが到着するまで休暇としようか。

良い季候だ、少々季節外れかもしれないが海に行くのも悪くはない」

「皆でお出かけですかぁ・・いいですね♪」

「はしゃぐ奴も多かろうがな。それもたまにはいいだろう・・」

はしゃぐと言えば彼らの中では二人しかいない・・ド級のはしゃぎっぷりを見せる悪魔達

それを止めるのは当然保護者である彼らしかいなく・・

 

「疲れそうですね」

 

「否定はできん」

 

いい加減大人になってほしいと思う二人なのであった・・

ともあれ、仕事を受けないとなると無理に書類とにらめっこする必要もなく

アミルは手早くそれをまとめてマスターに返す

後は適度な時間まで憩いの時間へと突入する

ただ肩を並べてお茶を飲む、それだけでもアミルには幸せな時間であり不思議と笑みが零れる

しかししばらく他愛のない話をしていたら酒場の扉が静かに開いた

ここはただ酒を飲むだけの場ではない、冒険者達の仕事の仲介や昼間では軽食も売っている

現に軽く昼食を取っている人もチラホラといる

しかしそこに入ってきたのはどうにも昼食のために来店したのとは違った

美しい灰色のスーパーサラブレットテールをした美女、

デニム生地の長ズボンに白シャツという女性にしては味気なさを感じる服装なのだが

中々機動的であり身のこなしもキビキビしている

その姿を一目見た瞬間からロカルノは只者ではないと軽い警戒をしつつも平静を保っていた

「──失礼、ユトレヒト隊のロカルノ様と見受けますが・・間違いないでしょうか?」

彼の隣に立ち澄んだ声で語りかける、それには敵意はなく自然体で話しかけているのがよくわかった

「その通りだ、ふむ・・すぐに私がロカルノとわかったところ、只者ではないな」

「──・・・・いえ、この町で仮面をつけている男性はロカルノ様以外にいないと聞いていましたので」

もしくはハイデルベルク一帯・・っということになる。

正直白昼仮面をつけて歩き回っていたら騎士団に掴まっても文句は言えない

それが自然に許されるのは正しく彼だからこそ。

「なるほどな、この国の仮面普及率は見るに堪えない物がある。私が目立ってもおかしくはないか」

まるで仮面をつける事が普通だという風に言ってのけるロカルノさん

それが間違いで貴方が変だという事に気づかせてあげる人は未だ存在せず・・

価値観の違いというものは高い壁でもなる

「重要な仕事を依頼したいのですが・・よろしいでしょうか?」

「重要・・か。様子からしてみて普通の依頼ではなさそうだな・・・」

「はい、詳しい話はここではお話できません。仕事を受けて頂けるのならば・・」

「──いいだろう、情報機密は大事な事だ。

私達の事がわかっているのならば拠点も知っているだろう、

日が沈んでから来ると良い・・・話を聞こう」

「・・・ありがとうございます、では後ほどに・・」

礼儀正しく一礼をして酒場を後にする女性・・、

対しその様子を見ていたアミルは心配そうにロカルノを見つめる

「あの女性の言う事を聞いて大丈夫なのでしょうか?」

「信用に値する女性だと思う、あの動きの良さと礼儀正しさからしてみればどこかの家政婦と言ったところだろう」

「それは私も思いました。何と言いますか〜、完璧主義者のようにキチンとした様子でしたので」

「ふっ、ちゃんと観察はしているようだな・・だがもう一つ気になることがある・・

放つ気配や足の運びからしてみればあの女性・・武芸の心得があるな」

「え・・?」

「つまりは・・まぁ、本人から聞くとするか。

マスター、そう言うことだ。また厄介事に揉まれるとするよ」

不適に笑うロカルノ、対しマスター達も物好きな男の生き様に苦笑いを浮かべるのであった


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