後編 「time line」


それからもロカルノは無口のままで、セシルは退屈潰しにミュンの工房を見学したりした。
夕飯時にもロカルノは依然あまりしゃべらなく、適度に相づちを打つ程度だ
普段ならセシルもロカルノこうした態度には怒るのだが、
自分と気が合うミュンがいるのでさして苛立つわけでもなく、仲良く話していた・・


・・・そして・・・
「それじゃあ、私は自室で寝るねぇ。お二人さん。ごゆっくり〜♪飽きてきたら私も混ぜてねん♪」
すでに外は暗く、軽く風呂に入った二人はやることもないので寝ることにした
これにはミュンもすかざす反応して気を使ってやることに・・
因みに間に合わせの毛布を用意したのみで居間の椅子を並べた簡易ベットとなった
二人は野宿慣れしているのでそこらへんは全く問題ないのだが・・
「飽きないわよ〜、ねぇロカルノ?」
「・・・あ?ああ・・」
「もう、うわの空ね〜。じゃあおやすみ、ミュン」
「おやすみ〜♪」
いつもながら明るい声のままミュンは静かに扉を閉じた

・・・・・・・・
しばしの静寂が広がったのだが・・
「さぁ、二人っきりよ?昼間から何考えていたの?」
さっきまでの明るい口調とは裏腹に真剣な口調になるセシル
それもそのはず、彼がここまで無口になることはむしろ珍しいのだ
「・・・私達が何故この世界に来たのか?・・だな」
ロカルノも静かに応え、ベット代わりの椅子に腰掛ける
「でも、考えてもわかんないんじゃない?」
すかさずセシルもロカルノの向かいに座りテーブルに肘つけて応える
「そうかもしれんが、わからんままというわけにもいかない。
何故かあの珠が私の上着に入っているということも奇妙だしな」
そう言うと着ているジャケットの裏ポケットから珠を取り出す・・
「え・・、ロカルノ、それ・・」
「あの時、お前を捕まえようとして私はこの珠を投げ捨てたはずだ。だが、気がついたらこれが
入っていた。試しに魔力を送っても変化はない・・」
珠は静かに光っており、何も物語らない
「・・・そう・・」
「だが、これが私の手に触れた瞬間。あの現象が起きたと見て間違いないだろう。」
「・・・そう、ねぇ。でもこの世界に着た意味っていうのは?」
「私の望み・・かもしれない」
「・・・?」
ロカルノは静かに仮面をとる。いつもよりも感情的な緋色の瞳が姿を現した。
「ロカルノ・・?」
「・・・あの時、ミュンさんは私・・・、俺を守るために犠牲になった・・。
それが俺の生涯に残る後悔だ。あの人を救いたかった。
そう思ったのは1度や2度ではない・・」
自分のことを『俺』を言い、口惜しそうにそう呟くロカルノ
「ロカルノ・・貴方・・」
「そんな俺の想いにこの珠が反応して、ここにつれてきたのかもしれない・・
歴史を変えるために・・」
「・・・・ミュンさんにこれから起こる事を知らせて自分の死を回避させようってこと・・?」
「そうだ、ここが本当に過去であの人達がそれを信じれば・・可能だろう・・。時の流れを無視し
自分の欲望をかなえるという大罪を犯すが・・な」
「いいんじゃないの?例えどんな罪だろうと、大切な人を守るのでしょう?
そのことをミュンさんに・・」
「いやっ、それはできない」
強く、はっきりとロカルノが答える
「・・?どうして?」
キョトンと目を丸くするセシル・・
「・・私がこの家を出て、自分の道を歩くようになったのはあの人の死が少なからず影響している。もし、あの人が死なずに生きていれば、この家を巣立つ時機はもっと後、もしくは私は一生この家にいたかもしれない・・。そうなればどうなる?」
「どうなるって・・?」
「私達は出会わなくなった・・という事だ。あの時に・・な」
最初にセシルと会った時のことを思い出すロカルノ
「でも、めぐり合いって言葉があるのだからさぁ〜」
セシルはガラにもなく運命というモノを信じているようだ
「お前は自分の身に起きたことも憶えていないのか?あの後、もし私がいなかったらお前はどうなっていた?」
「あっ・・・、そう・・ね」
過去を思い出すセシル。今が幸せだから忘れていた呪われた日々を・・
「だから、もしここでミュンさんに真実を打ち上げればお前を殺すことになる。それは・・できない」
「ロカルノ・・、じゃあ・・どうするの?」
「・・・・俺は、俺のできることをする。だが、お前を失うような事は・・絶対させない」
「・・・ありがとう」
「済まない・・・、少し俺のわがままに付き合ってくれ・・」
「わかった・・、貴方の好きにすればいいわ。」
そう言いながらロカルノに寄りそうセシル
いつも狂暴といわれている彼女ではなくその顔は正に聖母そのものだ
「・・・・すまない・・」
聞こえないくらい小さな声をだしロカルノはセシルを抱き締めた
「・・なんだか、ロカルノ、子供みたい・・」
初めて見る彼の迷う姿、それを目の当たりにしても驚きもせずただ彼の力になろうと
思うセシルだった・・


翌朝になり、ロカルノは早々に森へと出かけた
セシルはそのままミュンとなごやかに話をしている・・。
その日も雲一つない天気でおだやかな日差しが窓から入る
セシルはミュンがロカルノの母だと知ってもあまり実感がわかないので
普通に親しく話しをすることにした。
・・変に気を使うのも彼女は苦手なのだ
「でも、セシルもロカルノ君みたいな彼がいると大変じゃない〜?うちの旦那も無愛想でさぁ。
結婚する時までエンゲージリングの存在も知らなかったお馬鹿さんなのよ〜」
「ええっ!そうなの!?・・そういうのって一般常識じゃない・・」
「あの人、興味がないことにはほん・・・っと疎くてね〜、その点ロカルノ君はなんでもできてすごいじゃない」
昨晩も家事が苦手な女性陣に代わってロカルノが厨房に立った。
もちろん・・後片付けも然り・・
「まぁ気が利くというかなんというか・・。でも私の料理食べてくれないのよね〜、『殺す気か?』
とか言ってさぁ・・」
ロカルノの物まねをするセシル・・
「ははは!似てる似てる!!でも尽くされているって感じじゃなぁい?」
「どうかしら?まぁ私なしでは生きていられないみたいだけど♪」

「女二人で随分と賑わっているな・・」

二人の会話を余所に静かに入ってくるセイレーズ。
出ていった時のきちんとした身なりで時間の経過を感じさせないくらい着崩れていない
「あら、おかえりなさ〜い♪どう?成果は?」
客人がいるのに堂々と仕事のことを聞くミュン
セイレーズの職業は言わずもかな、泥棒。
それの成果を普通に聞くのもセシルを信用しているからか
「今回は下見だ。そういえばロカルノ・・君だったか?彼の姿が見えないのだが・・」
「ああっ、あいつなら朝一で森になんか出てったわよ?あいつも変わり者だからねぇ」
「そうか・・。少し話をしてみたかったが、仕方あるまい」
「あらっ、貴方が他人に興味が沸くなんて珍しいじゃない〜、明日は魔石が降るわね・・」
冗談を言いつつ、椅子に座る旦那にお茶を入れてあげるミュン・・
「大げさだ。ただ、セシル君もそうだが中々武芸に長けているようだしな・・」
「そうねぇ、相当血を見てきたわね〜、貴方達。ねぇ、どういう出会いなの?」
「えっ、私とロカルノ?」
「他に誰がいるってのよ♪暇つぶしに暴露しちゃいなさい〜」
興味津々に詰め寄るミュン、セイレーズは茶をすすりながらも
ニヒルに笑っている
「そうね〜。まぁ、私とロカルノ以外にももう一人能天気馬鹿がいるけれど〜、全ては偶然・・かな?」
「ふぅん・・、運命ってやつ?」
「そう言う感じかな?3人とも今までの地位を捨てて旅に出ていたのよ。そこで偶然出会って一つの事件を解決したの。でも私、その頃ちょいと訳有りで呪われていてね。命を落とす一歩手前の状態まで追い込まれたのよ。それを助けてくれたのが・・」
「ロカルノ君・・ねぇ?」
「そう、まぁ能天気馬鹿も手伝ってくれたけれどもね・・。ともかくそんな感じでめぐりあったの♪あいつ絶対私に気があるんだとその時確信したわ〜♪」
「ふぅん〜、私とセイレーズに似てるわねぇ、ねぇ?ダーリン♪」
「ダーリンは止めろ・・・」
シレッと応えるセイレーズ、どうも甘い会話は苦手のようだ
「もう!あらっ・・?帰ってきたかしら・・?」
足音に気付きミュンが言う・・
っと同時に玄関の扉が開きロカルノが戻ってきた
小さな袋に何かを沢山つめてきて
「おかえり〜♪森で何採っていたの?」
「・・・ミュンさん・・貴方にとって大事な物・・です」
神妙な面持ちのロカルノ・・
「私に・・?」
そんなロカルノの気迫に押されてやや圧倒されるミュン
「これです・・」
袋から取り出すのは緑色の木の実・・
「チェリーウッドの実?そんなの別に珍しくないけど・・?」
「・・なっ、何?その何とかウッドの実って・・?」
セシルには何の実なのか全く検討がつかないようだ
「えっ?セシル知らないの?そこら中に生えている普通の木よ?まぁ、実って言っても
大して利用価値がないらしいけど・・」
「昔の住民は非常食代わりにしていた程度・・だな。でっ、これが何でミュンにとって大事な物なのかな?ロカルノ君・・」
珍しく興味深そうに口を挟むセイレーズ
「この木の実は後数年にて森林の生態変化により消滅します。そしてこの実を乾燥し、煎じて飲むと高い治癒効果があるというのが後で語られることになりました。今からこれを沢山採って保存しておけば・・きっと貴方の子宮もよくなるはずです・・」
「・・・!なっ、なんで私の体の事を・・?」
他人には一切打ち上げていない自分の身体の傷にを言い当てた事に驚くミュン
セイレーズもこれには流石に顔色を変えている
「・・どんな名医も触診もせずに言い当てるのは困難、さらにはこれから起こる森林の変化まで言うとは・・・」
「・・・・・・」
「ロカルノ・・・」
黙りこむロカルノを心配するセシル、だが、自分にできるのはただ見守ることのみ・・。
「・・にわかに信じがたいが、君達は未来から来た・・っということかな?」
「ええっ!!そうなの!?セシル!!?」
「・・ええっ、私も信じられなかったけど・・、こいつがそう言うからね・・」
セシルは静かに立ちあがりロカルノの傍へ・・
「セイレーズさん、俺は・・」
「おっと、それ以上は言わなくていい、ロカルノ君。どういう現象か知らないが君はこれからの俺達に深く関わっている人物と見た」
「・・・・」
「そして、この時代にきて、必死にこいつを集めたとなると・・。ミュンはこれから先も治らなかったということになるな・・」
「セイレーズ・・」
「・・・いいのか?ロカルノ君。お前がここに来て歴史を変えたとなれば仮に元の世界に戻った時、なんらかの変化があるはずだ・・」
「・・覚悟の上です。だからこそやる意味もある・・」
「・・そうか、助言感謝する。ミュン。明日からこいつの実を集めろ。ロカルノ君の言うことだ
信用はできるだろう・・」
「わかったわ・・。ありがとう、ロカルノ君・・」
「いえ・・、これでようやく気も晴れました・・」
静かに微笑むロカルノ

フッ

「!!おい、お前達・・身体が透けていっているぞ?」
見ればロカルノとセシルの身体が足元から徐々に消えていく。
さらにロカルノの胸元が淡く輝いている

「!・・珠が・・!?・・元に戻るのか・・?」
上着に入った珠が光っているのに気付き唖然とするロカルノ
「・・そのようね、じゃあお別れみたい。楽しかったわ、ミュン。元気な子を産みなさいよ♪」
「・・ええっ」
「・・・世話になりました。二人とも・・どうかお元気で・・」
ロカルノも続いて別れの言葉を・・
既に胸元まで身体は消えている
「ありがとう、ロカルノ君、君の名前・・忘れないわ」
「俺からも感謝する・・。・・さらばだ・・」
ほとんど消えかけているロカルノに声をかけるセイレーズ夫妻
その言葉にロカルノの封じていた感情が解き放たれる

「さようなら・・、父さん・・母さん・・」

その声は彼らに聞こえたかどうか・・


完全に姿が消えた彼らは漆黒の空間にいた・・
というか感覚でそう感じているのみで実際は気を失っているだけなのかもしれない・・
「・・・歴史、変えちゃったね・・」
「・・ああ」
「・・戻った時・・私達・・一緒かな?」
「・・・・・・一緒だ。私はそう信じる・・」
「うん・・、じゃあ目が醒めた時に思いっきり抱き締めなさいよ!」
「わかった、その代わりちゃんと目を醒ませよ?」
「・・ロカルノ・・」
「セシル・・」
意識が遠のいていく・・
彼らが気絶する瞬間・・女性の声が聞こえた・・。
年のいった女性の声・・、何を言ったのかはよく聞こえなかったがロカルノにはその声が
とても暖かなものに聞こえた・・


「・・う・・・む・・・」
昼下がりの光が差しこむ居間、ロカルノは静かに目を醒ます・・
隣にはセシルが横たわって眠っている
「・・・歴史は・・変わっていない・・?いや・・、あの人の子供が出来た事以外は何も変わらなかった・・っという事・・か」
夢のようにも思える出来事だが記憶はしっかり残っている・・。
義父母の驚いた表情も目に焼き付いている
上着を確かめて見たがあの珠は消えている
「・・・・奇妙なことだ。・・セシル」
気を失う前に交わした約束を思い出しセシルを優しく抱き締めるロカルノ
「う・・んん・・ロカルノ・・・?一緒のようね・・。それとも夢?」

ギュ!

「あだだだ!夢じゃないわね。・・よかった・・」
「ああっ・・。」
「ミュン・・どうなったのかしら?ちゃんと・・産めたの・・?」
「それだが、今私の頭の中には二つの記憶が存在している。一つは今まで通りの歴史の記憶
そしてもう一つは・・」
「変わった歴史の・・ね?でも私は何ともないけど・・?」
「お前には変わろうが変わらなかろうが関係ない・・っということだ。だが、次第に変わった歴史の記憶に統一されるだろう。それが真実となったのだから・・。そして、それとともに
私達が過去に行ったという記憶も消去される・・」
「そう・・、じゃあこの記憶も直に消えるってことね?」
「・・そうだ・・」
「じゃあ、消えてなくなる前に言っておきましょうか!普段は恥ずかしくて言えないし」
「・・何をだ?」
「・・私を選んでくれてありがとう。もし、私と出会わなかったらあのままミュンを殺さずに生かせたでしょう?」
「・・・ふっ。さぁな。その時にならんとわからん・・。」
「またまた〜、でも・・嬉しかった・・。ロカルノ・・愛しているわ」
「・・・・・・・」
「応えんかい!」

バキ!

抱き締められながらっも頭突きでツッコミ・・
「お前にラブコメは似合わないと以前にも言ったはずだが・・」
「いいじゃな〜い!」
「・・ふっ、だが・・セシル・・・愛している」
「・・・・・・」
「・・・・・」
その後の言葉が続かず何時しか二人は眠りについていた・・・








数日後
「ただいま〜、今帰ったぞ〜?」
長旅が終わり他国との特使としての仕事をしていたクラーク達が帰ってきた
「二人で留守を任せて大丈夫でしたか〜?」
何やらかわった民族衣装を着込んだキルケ、黒い布で顔以外を全て包んでいる・・
どうやら相手の国の物らしい・・
「何、家事は私がやった。神父も帰ってきたからそれほど苦にもならなかったな」
「そうでしたか・・、でっ、セシルさんは・・?」
「ああっ、居間で昼寝・・だ。」
「気楽だな。じゃあ一休みしようぜ?クローディア、お茶を入れてくれよ?」
「はい、ロカルノさんは濃い目の珈琲でよろしいでしょうか?」
「ああっ、頼む。茶請けにケーキを焼いていたから一緒に食べるといいだろう」
「ええっ!ロカルノさんケーキ作れるんですか!?」
「妹が好きだったからな・・。私としてはどちらでもない」
「へぇ、お前妹もいたんだ?ヤスの下にね〜・・」
「いいや、ヤスとは違い義理だ・・。以前世話になった人達の娘でな・・。ともかく、セシルも起こしてティータイムといこう・・」
「ああっ、じゃあチェリーウッドのジャムを作っていましたのでそれで頂きましょうよ♪」
「へぇ、あの木の実でジャムなんか作れたのか〜」
「昔、一人の錬金術師が趣味で改良したのがきっかけでな。元々味気ないものだった実が
甘く品種改良されたそうだ・・」
「流石はロカルノ〜、そこら中生えている木の事まで知っているとはな」
「・・・」
「どうしたのですか?」
「ふっ、まっ、色々あってな。ともかく旅を疲れを癒せ。また明日から仕事があるぞ・・」
荷物を抱え館の奥に入っていく一行・・



穏やかな日差しの中、久々に再会する一行で館は大いに賑わった
そしてそれを見守る様に離れた草原に転がっているあの奇妙な珠・・
彼らが館に入ってすぐにそれは音もなく砕け、蒼い空へと舞っていった・・



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