番外2  「ミィ」


いつものユトレヒト隊木造の館。その日も彼らはいつものように暮らしている
隣にある教会もクラークの補修工事により今やこじんまりしながらも立派な教会となっている
調子に乗ったクラークがステンドグラスまで作ったりもしていたために
内装も豪華になり参拝客も感嘆の息をもらしていたり・・

「じゃあ行ってくるね〜♪」
館の入り口から元気良く出てくる金髪の女性・・。
デニムの短パンにお臍丸だしな露出の激しい服装で歩く彼女・・セシル
館では特にやることがないので今日も街へとくりだそうといったところだ
「は〜い、あっ、ロカルノさんが先に街に出かけたのでお気をつけて♪」
掃除中の同じく金髪のおさげ少女・・キルケが玄関で明るく応える
最近は家事の時はメイド服と決めているようでもはや自他とも認めるコスプレイアーになったようだ
「・・・、何時の間に・・。ひょっとして私の行動の先回り!?」
「違いますよ。今日もギルドで仕事探し・・だそうです。大変ですよね〜。」
「まぁ・・日課・・みたいなものになっているわね。
クラークに仕事探せって言っても持ってくるのはトラブルだけだし」
「はははっ、それもそうですね♪」
にこやかな会話の二人、ちょうど2階からクラークのくしゃみも聞こえきたり・・・


ともあれ、ご機嫌に街に出るセシル
街ではいつも通り人気者のセシル。
自衛団への協力もして街の治安も上げた功績はめざましく
住民ではセシル達ユトレヒト隊を尊敬の目で見る人も多い
しかし彼女のもう一つの顔はあまり一般住民には知らない顔がある・・
それは・・

「「「セシルさん!こんちわ!!」」」

裏通りに入るとともにゴロツキどもが彼女に敬礼する・・
たった一日で街をのさぼっていたゴロツキ達を一掃した彼らにとっての最大の抑止力・・
それがセシルなのだ。
何度か彼らも「女に舐められてはいけねぇ!」っと復讐劇を起こしたがいずれも惨敗。
回を重ねる事に悲惨な被害者が出てきたので
もはや抵抗する気もなく「裏世界の女帝」としての君臨をしているのだ
「はい、今日も元気でよろしい♪モメゴトはないよね?」
一応彼女もここでの顔が広いので世間話がてら近況を聞く
「はいっ、いざこざはありません・・ただ・・」
「んっ?どしたの?」
「セシルさん好みの獣人が昨晩裏通りに迷いこんできて・・」
「・・・・でっ?手込めしたの?」
「まさか、そんなことしたらあっしの首が引き千切られちまいますよ」
軽くセシルが睨まれただけで震えあがる男・・、それほどまでに彼女を警戒しているのだ
だがそれは決して大げさではない
「それもそうね。で、その子はどこにいるの?放っておいてもいけないでしょう」
「は・・はい。おい、アイツはどこだ!?」
「連れてきやす!」
傍にいたチンピラに声をかける男・・
どうやらセシルがいなかったらかなり威張っている男のようだが今は舎弟以下状態・・。
ともあれ、チンピラが薄くらい通りに作られたテントに入り獣人を連れ出してくる
それは猫耳と尻尾のついた幼い子供で着ているものはズタボロの布キレ・・。
髪もボサボサの黒毛で見るからに孤児だ
「・・・・」
「・・もっ、萌えませんか?」
「馬鹿っ、どう見てもまともな子供じゃないじゃない。
こういう訳ありに興奮するほど私は野生的じゃないわよ」
「す、すみません!」
「ともかく、どうしますか?セシルさん。」
猫人の少女をセシルへと渡すチンピラ・・。彼らも昔ならば売り飛ばしたりもしたのだが
目の前の女帝のせいでどうにもできないのだ
「そうね・・、私が引き取るわ。親が街にいるかもしれないし・・貴方、名前は?」
「・・・な・・まえ・・?」
か細い声でセシルに応える子供・・
「・・貴方、目が・・」
「ミィ・・」
セシルの方を見るが目が堅く閉じられたままで言葉もうまくしゃべれないようだ
「昨晩からこんな感じで・・どうやら目が不自由みたいでここに迷いこんでようです」
「・・みたいね。でなきゃこんだけ傷なんかないだろうし」
見れば腕や足などに無数の擦傷がある・・
膝のあたりはボロ布も擦り切れており何度もこけたのがすぐわかる
「・・じゃ、じゃあ俺達はこれで・・」
そう言うとそそくさと去っていくゴロツキ達、セシルの顔つきが恐いのだ
「・・・ミィ・・」
「とりあえずお姉さんと一緒に行こっ・・ねっ?」
「ミィ・・(コク)」
優しく自分の手を握るセシルにうなづく子供・・。
ともあれ、目が不自由ということでセシルは子供をおぶって裏通りを出ていった・・


彼女が訪れたのは「冒険」の看板が掲げた酒場・・
真剣な表情のままで中に入っていく
「いらっ・・セシルさん」
中ではグラスを拭いていたマスターが驚く
「・・、セシルか・・。どうした?」
その前でちらしに目を通していた仮面の銀髪の青年・・ロカルノも驚く
彼女は普段ここにはこないのだ。
それでなくてもお目付け役が毎日来ているところだけに避けたい所だ
「・・裏通りで昨日この子が迷いこんでいたんだって・・
この街でこの子を知る奴がいるか情報ながしてくれない」
背中にオンブするあの子をロカルノ達に見せる
「・・・、孤児・・・、あるいは性奴か。
どの道そこまでボロボロになるまでに放っていたのなら名乗り出る者はいないだろう」
「それでも!いたらどうするの!?」
「・・・・・・ふぅ、わかった。ではマスター、すまないが頼む。金は・・」
「いえいえ、そのくらいは無料で結構ですよ
何て言ったってユトレヒト隊には世話になってますからね」
「・・すまないな。知っている奴がいたら教会まで知らせてくれ。それでいいな?セシル?」
「・・ありがと、とりあえず館に戻るわ。この子、このままだとかわいそうでしょ・・」
「わかった。では私も行くか・・。」
そういうと席を立つロカルノ、どうやら今日はめぼしい仕事はなかったようだ




それからすぐに館に戻った二人・・
クラークやクローディア、キルケもセシルが連れてきた珍客に驚いたが面倒を見てやり
とりあえずはあの子供を落ちつかせた・・
「・・・・・ミィ・・」
談笑室のソファで静かに眠るあの子供。
キルケがよく面倒を見てくれ傷の治療、お風呂で身を清め、彼女の服を着せて寝かしつけたのだ
「・・よく寝ているようね・・。でも目が見えないって・・、やっぱり性奴?」
クローディアのいれてくれたお茶を飲みながら苦虫噛み潰したような顔をするセシル
「・・じゃあないみたいですね、この子。ただの孤児みたいです。
でもオンナノコで今まで無事だったってすごいことですよ」
「・・女だったの・・」
「セシルさん、わからなかったんですか?いつもなら臭いで「オス!」「メス!」って叫んでいたのに・・」
猫人の少女をポンポンと叩いてやっているキルケが驚く・・
「人聞きの悪い・・。でもどうしよう?勢いで連れてきたけど・・」
「いいんじゃないか?面倒見たら。こうした子供を見捨てちゃ人間じゃないさ」
呑気にクラークが言う・・。
所帯が増えるということはそれなりに大きな事なのだが彼にとっては関係ないらしい
「まぁ、それは後に決めればいい。だが目が不自由となると一人立ちは難しい・・。
街外れの孤児院に頼むのもいいが・・、普通の孤児とは勝手が違う・・」
「そうですね・・、目が見えないというのはかなりのハンデになりますし・・」
隻眼のクローディアが言うだけに重みのある言葉だ
「・・だな。片目だけでも苦労したんだ・・。キルケ、見たところどうだ?」
「外傷はなかったからたぶん病気によるものだと思います。」
治療魔法を扱うだけでなく医療本なども目を通しているキルケ
歳の割にはこうしたことは詳しいのだ
「じゃあ、治療を受けたらちゃんと・・」
「・・・いえ・・、どうやら産まれつきの病みたいで目の神経とかは治っても正常には働かないでしょう・・」
「・・・そう・・・」
過酷な現実に暗い口調になってしまうセシル・・
そこへ

「ミィ・・・」

少女が身体を起こす・・目が醒めたようだ
「あらっ、起きた・・?」
「・・・ここ・・どこ?」
「私の家よ。さっきお風呂入ったからわかんなくなった?」
「ミィ・・おねえさん・・だれ?」
セシルの声のするほうを向く・・、聴覚はいいようだ
「私はセシルよ。貴方は・・?」
「なまえ・・ない・・」
「・・・・やっぱり・・、孤児なの・・?」
「わかんない・・」
か弱く呟く少女、どうやら今までの人生すらおぼろげなものらしい
「・・じゃあ私達が名付けましょうよ・・。そうですね・・「ミィ」って言うからそのまま「ミィ」でどうです?」
「まっ、名付け方としては妥当だな。今日からお前はミィだ」
「ミィ・・だれ・・?」
「おっと、誰だか言ってなかったな。俺はクラーク、この家の主・・だな」
「キルケよ。よろしくね、ミィちゃん♪」
「・・・・・クローディアです・・」
実は猫が苦手なクローディア。少女だろうと直接話すのはすこし身構えてしまうようだ
「・・ロカルノだ。」
「ミィ・・ありがとう・・」
静かにそう言うとまたフッと倒れる・・。安心したらまた眠くなったのだろう
「・・可愛い子ですね、クラークさん」
「その分別れが辛くなるぞ?」
「・・わかってますよ・・。でも可愛いじゃないですか。ねぇ、クローディアさん?」
「・・・そう・・ですね・・」
私には聞かないでくださいと顔に書いてあるクローディア、コメントしづらいようだ
「猫嫌いに聞いたら駄目だぜ?キルケ?」
「・・あっ、すみません。」
「いえ・・」
「ともかく、しばらくはここで面倒見てあげしょう?」
「そうだな。・・しかし、お前も暖かい血が流れる人間だったんだな」
クラークがセシルに対して爽やかに嫌〜な笑みを浮かべる
「どういう意味?」
「いやぁ、普段なら獣人襲いまくりで迷惑かけているからな♪」
「・・久々に殺るか・・?」
「セシル。ミィが寝ている・・。」
「ロカルノぉ・・クラークがあんなこと言うのよぉ。文句言いなさいよ〜」
「・・残念だが、私もクラークの同感想でな・・」
「・・・・・てめぇら・・」
頬を膨らませるセシル、ともあれ、しばらく猫少女ミィを館に預かることになった


館での彼女の世話はセシルが付きっきりで行っている
いつものセシルとは思えないくらい優しくミィに接しており周りの面々は奇異の目で見つめている
「ほらっ、ミィちゃん、あ〜んして?」
「ミィ・・あう・・・」
不器用ながら口を大きく広げるミィ、セシルはその口に優しくスープを運んでいっている
丸で介護士のような風景だが彼女は至って満足そうだ
「・・しかし・・、そんなに親しく接していられるんだったらもっとロカルノにもそうしろよ?」
同じ食卓で飽きれているクラーク
「ロカルノは冷たくするぐらいがちょうどいいのよ♪ねぇ?」
「知らん・・。それよりも何か名乗り出たのか?」
「それが何にもないのよねぇ・・。やっぱり一人あの街に迷いこんだのかしら・・」
「ミィ・・」
「あっ、はいはい・・。もっと食べようね♪」
服を引っ張るミィに笑顔で食べさせてやるセシル・・
「本当、獣人達を襲っている時のセシルさんとはまるで別人ですね・・」
「・・え・・ええ」
その面倒見のよさにキルケとクローディアも唖然としている
「セシルさんは元々世話好きですからね。その現れでしょう」
「神父様・・」
「まぁこうなってしまうと別れが辛くなるんですけど・・ね」
微笑ましいセシルとミィを見ながら神父が心配そうに呟く
キルケもそれと同様で願わくば情報が出てきてほしくないと思い始めたようだ・・。

それからもセシルはミィと一緒に風呂に入ったり
一緒に遊んでやったり言葉を教えてあげたりと正しく尽くしている
ミィもセシルに対しては特に懐いており仲のよい姉妹のようだった


しかしそんな関係にも終止符が打たれる日が来る
ロカルノがギルドにて彼女の親であると言うことを名乗り出た女性がいたのだ
「名乗り出たのは最近この街にきた猫人の女性・・。
貧民で炊き出しに出かけた時にはぐれてしまった・・との事らしい」
「そう・・、その話、信じられるの?」
「私に聞くな。この街での住民だったというわけでもないからわからんが・・
名乗りでた以上引き渡さないわけにもいくまい・・」
「ロカルノ冷たい〜!」
とブー垂れるもののロカルノの言う事は正論である。素直に言うとおりにした。
ミィは大人しそうな猫人の成人女性に連れていかれる
セシルはそれを悲しそうに見ていたという・・




ミィが館を去って数日、セシルはあまり元気がなく、いつもロカルノの隣にゴロゴロしている
「・・・いい加減にくっつくのは止めてくれないか?動きにくい・・」
「ロカルノ〜・・・、もどかしいの〜・・」
ロカルノの腕にしがみつくセシル、いつものケダモノとは思えないくらいの大人しさだ
「始めから覚悟の上での事じゃないのか?」
「そうだけど・・・さ・・」
「・・・。ならばあの猫人から奪うか?」
「そんな事できないわよ!でも・・さぁ・・」
「・・ふぅ。本来ならば係わり合いを持つ気はなかったのだが・・。
ミィを連れていった時、あの母親の仕草・・妙だとは思わなかったか?・・それにミィも・・」
「・・えっ?」
「どことなくミィは警戒するようだった・・
まぁ失明しているのならば自然なのかもしれないが普通の親子ならば違和感を感じる・・」
「じゃ・・じゃああの女は偽の母!?」
「・・・その可能性もある。まぁ深くは考えてはいなかったのだがな。・・調べてみるか?
その時のギルドの情報はこれだ・・」
胸ポケットからメモを取り出すロカルノ・・
「ええっ!いってくるわ!!」
さっきまでとは別人の如くメモをふんだくって館から飛び出ていくセシル・・
「・・あまり過保護にしても、あの子のためにはならんぞ・・」
一人残されたロカルノはため息をつきながらも街に向かって歩き出した。




ロカルノのメモで書かれた猫人女性の住まいは
最近表通りにできた鍛冶屋『HOLY ORDERS』の隣の裏通り・・だそうだ。
そこでまずはその鍛冶屋で情報を求めようと店に入るセシル・・。

カランカラン・・・

「いらっ・・!!セシル!?リュート!来たわよ!」
店のカウンターで接客に勤めていた黒の流し髪の女性がセシルの顔を見るなり叫ぶ!
「シャ!シャン!大丈夫!?セシル!正面から入ってくるなんて・・」
奥の扉から出てくるリュートと呼ばれた犬人の少年、手には『銃』と呼ばれる古代兵器を持っている
「落ちついて・・。貴方達を襲いにきたわけじゃないわよ・・」
実はこの鍛冶屋のリュートとシャンはセシルと面識が深く、
以前彼女に襲われかかったという経歴の持ち主・・
それゆえセシルに対しては一段と警戒心が強いのだ
「じゃあ何・・?油断させておいて・・」
「違うって・・話があるの、いい?」
「な・・何だ?事の次第によってはロカルノさんへ・・」
「違うって。ここ一月、この店の隣の裏通りで猫人の浮浪者が住んでいなかった?」
真剣なセシルの言葉にただ事ではないと息を呑むシャン・・
「そ・・そういえばいたわね。でもあそこで寝泊まりしていたのはたった数日よ?
残飯あさるのかと思って気になったんだけど・・。」
「数日・・ですって?」
「そういやそうだね、この間なんて随分身分の良い女の人が入っていったり・・
何か普通じゃなかったね」
「・・、なるほど。そいつらの行方ってわかる?」
「いいえっ、私達が裏通りにでるのってゴミ出す時くらいだもの・・。」
「ありがと、邪魔したわね」
短く言いセシルは店を出ていく
・・・・
「あの女性を襲う気なのかな?シャン?」
「わかんないわよ。でも・・、何だか殺気立っていたわね・・」
「係わり合い持たないほうがいいね・・ほんと・・」
とほほな二人、とにかく、嵐が去ったようで業務に戻っていった



それからセシルが向かったのは町の裏社会を一応仕切っている男の元・・
裏通りの一番に奥に構えている小さな家がそうだ

ガチャ

「なんだ?用があるならノックを・・」
ほほに傷を持つ強面のおっさん、無礼な来客に怒るのだが・・、
「・・・少し調べて欲しいことがあるのよ」
入ってきたのは結構殺気だっているセシル・・、おっさん言葉もなくガタガタと震えてしまっている。
鬼よりも恐いセシル、それが殺気をモロに放っているのだ・・無理もない
「な・・なんだ!いくらお前でもそんな簡単に・・」

ボコッ!!

反論するおっさんに無言で一突き、男の頬をかすめて壁に穴をあけた
「・・・わ・・・わかった・・。何を調べたらいいんだ?」
「表通りに新しく建った鍛冶屋の裏にここ一月で猫人女性が何度か来ているの・・
それにある夫人が接触したんだって・・そいつを調べてくれない・・?」
「・・、随分難儀な・・」
「だから裏の情報に詳しいあんた達に聞きに来たの・・。
いいっ?草木を掻き分けてでも探して・・。」
「わ・・わかった・・。でも、何の為に・・・?」
「・・聞きたい・・?」
一層強まる殺気・・、もはや目の前にいるのは人の姿をした悪魔・・
「す・すまねぇ!すぐ調べる!」
「お願いね・・、期待しているわ」
そう言いながら悪魔は去っていく・・、強面の男も流石に腰を抜かし気味だったそうな・・


それから数日、セシルは何時になく塞ぎこんで暮らした
事情はロカルノからそっと全員に伝えられているので面々はあえて放っておくことにした・・
もちろん、いざとなれば加勢するつもりなのだが

それから一日もしないうちにゴロツキが教会にやってき
報告を受けたセシルは武器も持たずに一目散へ街へと駆けていった




ユトレヒト隊が居住している町『プラハ』にも貴族の屋敷というものはある
町自体の雰囲気とは場違いに外れにて豪勢な屋敷と強固な門にて囲っており
完全に住民とは隔離した生活を送っている
もともと、この町に住むというつもりではなく、避暑地にでも使用するつもりで建てたのだろう

その屋敷の一つ・・。

「ミィ・・」

地下の部屋にて手を鎖で繋がれているミィ・・。
数日で暴行を受けたのか顔に痣も所々ある、
どうやら部屋は拷問部屋のようで色々とそれ用の器具がある
「多少傷つけたけど売ればいいお金になるかしらねぇ」
そんなミィを少し離れて椅子に座る夫人がほくそ笑む・・。
手には葡萄酒を注いだグラスを持っており優雅に楽しんでいるようだ
「ミィ・・ミィ・・」
「貴方みたいに盲目の猫人って結構高値で売れるのよね、どこぞのマニアな貴族にね。
まぁ、貧民雇って奪ったのは面倒だったけどその分良い値がつきそうだわ」

「・・ご夫人様、お手の怪我は大丈夫ですか?」

夫人の隣に立つ黒服の男性が気を配る・・。
見れば夫人の手には噛まれた傷があり、包帯を捲いている
「ええっ、すぐ消毒したわ。全く、大人しいと思いきやこざかしく抵抗するなんてね。
売り物じゃなかったら殺しているところよ」
どうやらその報復でミィをひっぱたいたらしい・・。
それでも傷を見て怒りが甦ったのかグラスをミィに投げている・・

ガッシャン!

グラスは粉々に割れ破片がミィの体に刺さっている
それに対して彼女は弱弱しく唸るだけとなった
「もう少し痛めつけるわ。売れなかったら殺してもいいしね。貴方は表の警備でもしてきて?
なんでもこれが世話になった連中が探っているらしいからね」
「・・ですが警備は万全です。ここに殴りこんだりはしないでしょう・・馬鹿でなければですが」
そう言いつつも黒服男がその場を立ち去っていった

「さぁ、ゲスな獣人が私を傷つけた事・・もっと謝ってくれなきゃねぇ・・」
「ミ・・ミィ・・セシル・・」
「はぁ?助けを呼ぼうとしているつもり?残念だけどここには誰も・・」

「ぎゃああああああああああ!!!」

夫人の言葉を遮るように男の絶叫が響き、地下室へ血まみれの男が吹っ飛ばされた
・・あの黒服男のようだがもはや特定はできない
「ど・・どうしたの?一体何が・・」
男に近寄る夫人だが、地下室への入り口から漂ってくるただならぬ気配に冷汗が流れる・・
確実に自分に向けられた敵意・・そして向いた先には
「貴方ね・・?ミィを連れていったの・・」
降りてくる金髪の女性・・否、金髪の悪魔
「だ・・誰か!誰か来なさい!不審人物よ!」
自分に近寄ってくる悪魔を追い払おうと必死に叫ぶ夫人・・
「誰もこないわよ、全員昏倒しているか死んじゃっているからね・・ミィ、大丈夫?」
「セシル・・セシル」
繋がれた手を振ってセシルの方を向くミィ・・
「怪我しているじゃない・・、ガラスの破片も刺さっているし・・。貴方がやったの?(ギロッ)」
「あ・・・ああ・・・」
歴戦の戦士でも逃げ失せてしまいそうな睨みで夫人を威嚇するセシル・・
逃げようにも出口は悪魔の後ろ、さらにはすでに腰が抜けてどうしようもない状態だ
「貴族だからって私に喧嘩売るとは馬鹿な女・・。
それも汚い手でこの私を騙してくれちゃって・・・ねぇ・・」
「・・お願い・・助けて・・お金ならいくらでも・・」

パン!!

手加減しながらも平手で叩くセシル、夫人さんは衝撃で転げながら飛ばされた
「馬鹿、貴方達と違って私は金では動かないのよ・・、さぁ、生き地獄を味わってもらうわよ?
・・・た〜・・っぷり・・ね」

屋敷に響く夫人の絶叫・・
異変に気付いた自衛団が駆けつけた時にはセシルやミィ、夫人の姿は消えていた



それより数日後・・・
「街で貿易商の屋敷が何者かに襲われた事件だが・・、
目撃者がいないということで捜査が打ちきられた・・
夫人も行方不明のままでその貿易商も捜索願いは出さなかったらしい」
館の談笑室、いつものティータイムに濃い珈琲を楽しみながらロカルノが呟く
「あぁら、物騒な世の中ね?捜索願いを出さなかったって?」
ロカルノに向かい合って珈琲に砂糖を入れ、混ぜながらセシル
「愛人がいた・・っということだな。
打ち切られた後数時間もしないうちに結婚式をどこぞの町で上げたようだ」
「やれやれ、下らないわねぇ・・。これだから貴族って嫌なのよ」
呆れながら珈琲を口へ・・
「それで、その元凶さんはどうしたんだ?」
ソファに腰掛けながら大事な丸眼鏡を拭いているクラークが訪ねる・・
大体の経過は予想できているらしいのだが・・
「さぁ、今頃どこかの浮浪者さん達にメチャクチャにされているんじゃないのぉ?」
肘をテーブルにつきながら笑うセシル・・、正に悪魔の冷笑・・
「人身売買・・か。」
「何よ?いけない?」
「別に何も言うつもりはない。
お前がそれだけの事をするだけ怒っていたというのはわかるからな」
「・・まぁ、売られる立場になって考えてみればいいと思ってね。
下らない夫人気取っているよりも幸せなんじゃない?」
「・・おっそろしい女・・」
「ウルサイ」
とんでもない事をしでかしたセシルに至って平然としているクラーク&ロカルノ
・・態度からして彼女がそんな事をするのは始めてではないのか・・

そんなこんなしている間に談笑室の扉が開き
質素な黒い礼拝服を着たミィが入ってきた
「セシル、ロザリオ、ロザリオ」
胸にぶら下げた小さなロザリオを両手に持ちセシルに自慢している
それも途中、ソファにもぶつからずまっすぐセシルの元へ・・
「よく似合っているわ、神父さんの言うこときちんと守っている?」
「うん!」
「よろしい!」
頭を撫でてやるセシル、正しく聖母のような表情を浮かべている
「ミィ、どうぐ、かたづけてくる」
ロザリオの自慢が終わったと思いきや急いで部屋を出ていった・・。
途中何度かつまづきこそしたがこけることなくスムーズな動きだ。
そんなミィとすれ違うように入ってくるキルケとクローディア
「中々似合った服を作ったものね?でもあんな小さな子が礼拝の服着るのも変よ?」
「まぁせっかくですからね♪神父様も喜んでましたよ?
礼拝の準備、間違えずにやってくれるの私とロカルノさんぐらいですから大変みたいでしたし」
クラーク、クローディアにとってはここいらの宗教事はさっぱり、
セシルは神殿騎士だったこともあるくせに全然・・っということで
いつも儀礼事の準備は神父とキルケ、たまにロカルノが手伝ってやっていたのだ
その点ミィは先入観もないので神父の言う事をきちんとこなしている
「ははっ・・、耳が痛いな。でも数日であれだけ動きがよくなるなんて・・流石はクローディア」
「いえっ、ミィも元々感覚が鋭いので心眼を開くのはさほど難しいようではなさそうです・・
まぁまだまだ訓練が必要ですが。ですが・・何故私があの子に・・」
「お前の猫嫌いを治すのもかねて・・だな」
「兄上・・、そういう心配りは・・」
「まぁまぁ、クローディアさんも慣れたらわかりますよ、猫って可愛いんですから」
「・・・・・、そう・・ですか・・?」
歯切れの悪いクローディア。彼女がそれを理解するのは大変なことだろう

・・和やかな空気の中その日も暮れていく。
神父しか寝泊りをしていなかった教会に新たな居住者が現れた。
それは可愛いシスター見習であり、彼らの大切な家族であった





・・おまけ♪・・
その日の夕暮れ・・
「やだ〜!!私が料理を作るの!!」
ミィのために夕食を作ってやりたいとセシルが暴れ出したのだが・・
「やめろ!俺達の生命の危機だ!」
「そうだ、料理は私達で作る・・・お前のは生物兵器に過ぎん」
「セシルさん・・どうか、我慢してください」
「そうですよぉ!味見して破壊力知っているじゃないですか」
面々大反対、彼らでも致死レベルなのだ、
幼い猫人にとってはスプーン一杯で転生の旅に3回は出れる
「うううっ・・じゃあ!ミィが食べる前に皆で試食・・は・・止めたほうがいいよね・・ははは」
途中から面々の殺気が本気になっているので思わずセシルもためらってしまう
「・・ふぅ、お前、もう少し自分の料理の腕を知れ。」
「でも〜、ロカとの新婚生活で料理ができなかったら恥ずかしいじゃない!きちんと作るからさ〜!」
「・・ふぅ、ならば私立会いの元で見てやる。
ただ周りに食べさせるのは危険過ぎる・・お前達は外で食べろ」
「・・おう・・ロカルノ・・だが・・死ぬ気か?」
ロカルノの勇気ある提案にクラークも思わず息を飲む
「こいつとの生活を送るのには・・越えなければならない事だ。・・後は・・頼むぞ」
そう言いセシルとともに厨房へと向うロカルノ・・、
セシルは鼻歌まじりだが彼の肩に黒い影が覆っているのは気のせいか・・
「・・ともかく、日が暮れるまで時間を潰そうか。神父さんとミィも一緒に外食にしよう」
「・・で・・でも、もしロカルノさんが・・」
「安心しろ、あいつだって何か策があるはずだ、薬もここに置いていく」
「私達にできるのは見守ることだけ・・ですね」
ロカルノを哀れむ仲間3人、これも一重に女の好みが悪いためか
ともかく、クラーク達が館を後にして・・戦いが幕を開けた

「さて♪いっくわよ〜!」
包丁片手に張りきるセシル、普段の薄着にエプロンなのだが・・
まるで裸にエプロンな感じになっている。
「シチューを作るには野菜はそれに適した大きさに切ることが大事だ。やってみろ」
講師よろしくロカルノが言う、彼も立派なコック姿だがこの時ばかりは仮面を外している
一瞬たりとも彼女の所業を見逃すわけにはいかない・・っというつもりらしい
「まっかせて〜!てい(ザク)・・あ・・」
ニンジン切ろうとして指をサクッと・・、鮮血が飛び散るのだが次の瞬間には傷口が治っている
流石は騎士だけあって傷の回復はお手の物だ
「・・・・・・・」
「失敗失敗♪今度こそ・・!!」

トントントントン・・・・

見事成功!・・だが何故か彼女は浮かない顔に・・
「なんか・・加減して切るのって嫌ね。どっせい!!!」

斬!!!

「やっぱこうでなきゃ!」
・・バキ!!
「まな板ごと切るな・・包丁が曲がっただろう・・」
講師ロカルノ鉄拳制裁!
「ううう・・やりにくいのよ!こんな刃物!やっぱり普段使いなれた物がいいわ!」
そう言うと今度取り出したのは『氷狼刹』・・酒を口に含んで刃に吹き付けながらニヤける
「よっしゃ!殺るわよ!」
「料理をするのに(バキ)なんで(バコ)得物を用意する(スパァァァン!)」
愛の拳が見事に入る!セシルも思わずヨヨヨ泣き・・
「だって〜!」
「全く・・、いいか。お前に料理のイロハを叩きこんでやる。先ずは野菜の切り方だ・・」
なんだかんだ言いつつも優しく指導するロカルノ・・セシルは不器用ながらそれを学んだとか
・・・
「よし、後は弱火で煮るだけだ」
一通りの作業を終わり仕上げまでロカルノが作った。
セシルはもはや自信満々の様子で
「簡単じゃない〜♪学ぶほどのことでもないわ」
「食い入るように見ていた奴はどこのどいつだ。
後は10分ほど煮ればいい。私は食器を出してくる・・お前は様子を見ていろ」
「あいあいさ〜♪」
上機嫌なセシル、それを見てロカルノも微笑み厨房を後にしたのだが・・
「う〜ん、せっかく二人で食べるんだったら愛を込めて〜・・チュ♪」
投げキスを鍋に向って放つ!

轟!!

それとともに何故か鍋が煮えくり返り見る見るうちにドス黒い茶色へ・・
「あ・・あら・・、まぁいいわ。ロッカルノ〜♪食べましょう〜!!」
・・・・、彼の苦労は終わらない



「クラークさん、なんだかロカルノさんが落ちこんでいましたけど・・何かあったんですか?」
「・・深くは言わないんだけど、何か困難な事に直面しているらしい・・」
「へぇ・・」


・・おわり・・


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