final 「Dona nobis pacem」


───彼は常に悩んでいた

 

人を殺す事を生業にしていて良いのであろうか・・

暗殺者として育てられた彼、

本来ならば疑問に持つ事ではなくそんな教育をさせないものであるのだが

彼は普通の世界を知ってしまった、故に疑問が浮かんだ・・

周囲に話しても決して解決できない問い、

 

──暗殺者でいていいのか──

 

元より身体能力は良く筋があった彼、

だが親の性格の事もありその性格は温厚で実戦に使えるかは疑問視していた

それを払拭させるために彼に実際の暗殺を見させた。それが決定的な逆効果となる

人を殺す事を否定しながら人を殺す技術を習得する事など適わない

彼の心変わりは彼自身を無能として決めつける事になり

彼は暗殺者としても表の社会でも生きる事を許されない存在となった

そんな彼を支えていた少女がいた、頭領の娘、女ながらにしてその技術は超一流

何をやらしてもそつなくこなしいつも明るく彼を気遣う・・

彼が自分に押しつぶされずにその世界に居続けられたもの彼女がいたからこそだった

 

だが、そんな日々が長く続かず・・彼女が壊された

為す術もない自分、だが自分に出来る唯一の事を考える・・それは自分を支えてくれた彼女を救う事・・

組織の人間としてでは全くできなかった事・・・だが組織は崩壊した。

彼は少女を自由に生かせその心が戻るように残りの人生を捧げた

その頃から彼は少女のためならば死んでも良いと思い出す

だからこそ彼女を狙う人物を倒すべく技能不足の体に鞭を打たせ果敢にそれに立ち向かった

 

その中で自分を愛してくれている女性とも出逢った

自分を必要としてくれる存在、それに応えるべきか彼は人知れず悩んだ

・・だが、彼は結果としてそれを拒んだ

自分は人から愛されて良い人間ではない、

自分はただの刃・・

心を失っても尚闘争の渦にいる女性、そして自身に想いを寄せてくれている女性を護る刃だと決め

それを脅かす相手のため、捨て身にて特攻をかけた

 

薄れゆく意識の中、自我を取り戻した彼女からの声は確かに彼に届き

その瞬間・・彼は初めて自分というモノに誇りを持てた

 

 

 

 

 

──故に・・彼はまだ死んではならない存在となったのだ──

 

 

 

 

────

 

「・・・う・・・あ・・・」

 

穏やかな日差しによりうっすらと目を開ける・・

目に写るは殺風景な鉄の天井、それをしばしボゥっと見つめている

「あ・・れ・・?僕・・生きて・・いる・・?」

意識が覚醒するとともに驚く男・・ライオット・・

奇妙な事に爆破で吹き飛んだ腕がついており足もある

あり得ない事態・・しかしその手は紛れもなく自分のモノで自在に動かせる

 

「どうなっているんだ?僕は・・確か死んだはず・・」

 

混乱する頭を抑えつけてどうにか状況を確認しようとする

それはどこかの病院の個室のようであり

大きな窓の向こうは人工的に作られた庭園が広がっている

何が何なのかわからない状況・・その中、入り口の扉がゆっくりと開き・・

花束を手に持った見慣れた女性が入ってきた

「アザ・・リア?」

「ラ・・イオット?」

双方信じられないといった顔を浮かべる、

だが彼が次の声を掛けるよりも早くアザリアは花束を落とし涙を流しだした

「あ・・アザリア・・僕は・・」

「ライオットォ!!!」

自身の持つ疑問の前に・・彼女は大粒の涙を流しながら彼を強く抱きしめるのであった

 

 

───

 

 

しばらくの間、泣き崩れるアザリアを慰めていると再び扉からボサボサ髪の男ウルムナフが入ってきた

「よぅ、起きたか。・・目が覚めた途端にやっている事はそれとは・・お前も隅にはおけねぇな」

「ウ、ウルムナフさん・・これは・・どういう・・?」

「まっ・・奇跡って奴だな。詳しくは・・もう一人来てから説明するか」

ニヤリと笑った瞬間、その隣に不機嫌丸出しで入ってくる蒼髪の女性が・・

黒いジーンズに白いタンクトップの活発な服装で女性らしくはないのだが彼女らしさが出ておりよく似合っている

「お嬢さん・・!」

「目を醒ましたわね・・ライオット。

でも・・その前に・・。ライオットから離れなさい!このダメ女!」

いきなりアザリアに突っかかる女性麗華

「う、うるさいわね!ようやく目を醒ましたんだから・・!!」

「ええい!死んでないから目を醒ますのは当然でしょう!さっさと離れなさい!馴れ馴れしい!!」

あり得ない光景が広がる中・・ライオットはしばし我を忘れてこれは夢ではないかと疑いだしていた

 

──────

 

 

しばらくして麗華とアザリアが落ち着いたところでウルムナフから説明がなされた

パイロンとの決戦にて虫の息であったライオット、その体はほぼ死んでいたのだが

麗華が自分の細胞を含む液体・・、血を彼に分け与えその延命を行ったのだ

麗華の体は反ES細胞以上の神秘を秘めており奇形者であるならばその細胞を死滅させ

健常者であるならばその傷を癒すこともできるらしい

そのためにライオットはルドラに保護された後に専用の培養液の中に安置された

摂取した細胞の力により失った部位が見る見る再生されていき

元通りに戻っていき、数日前にこの病室に安置されたのであるという

因みに塔攻略はライオットがパイロンと戦っている時点で制圧されており

ライオットの回収とともに撤退に成功

重傷者も多かったが死者は一人も出さずに済んだ

 

・・そしてフォックス、隔離された階にてグレネードに爆死したかと思っていたのだが

実は麗華が回収しておりライオット同様にその細胞を分け与え再生させた

本来ならば奇形者になった彼女は死滅するのだが

奇形者に改造され日が浅いのと培養液内で細胞の再生力を最大限まで高めていた甲斐もあってか

元通りの彼女として復元されている・・

しかしこちらはまだ培養液の中で眠りに付いたままであり経過を見ているらしい

 

「じゃあ・・僕は・・奇形者になったって事ですか?」

 

「いや、むしろ正規のES治療患者みたいな感じか。

最も・・麗華の細胞は反ES細胞としての役割も持っている分攻撃的ではあるんだがな。

不明な部分も多いがとりあえずは真っ当な人間だ」

「そうですか・・、すみません、お嬢さん。ご迷惑おかけしまして・・」

「いいのよ。私がボロボロになっていても貴方は私を護ってくれていたでしょう?それのお返しよ」

ニコリと眩しい笑みを浮かべ彼の枕元に寄ってくる

これが無表情で口も聞くこともできなかった女性だとは到底思えないものの

ライオットの様子から察するにこの彼女こそが本来の麗華のようである

「良いところだけかっさらって・・私達がどれだけ大変な思いをしたと思っているのよ」

「何もわかっていないのね、貴女・・。全ては白龍を欺き手を打つためよ・・。

私のおかげでフォックスもライオットも助かったわけ。

貴女みたいに自分一人じゃ何もやっていない未熟者に言われたくはありません」

「な・・なんですってぇ!!!」

言わせておけば!っといきり立つアザリア、対し麗華もやる気満々なのだが・・

 

「おいおい、怪我人の前で喧嘩なんてするんじゃねぇ・・。

ったく・・ジャジャ馬が増えちまったな・・。

でっ、麗華・・ガキんちょの体は大丈夫なんだろうな?」

「そんなのわからないわよ。私だって自分の体がどうなっているのか完全に把握できていないんだもの・・

だから単独行動をして奇形者に色々試していたの。

でも、私に異常がない限りライオットもフォックスもひとまずは大丈夫だと思うわよ

まぁフォックスの方は色々弄られたみたいだから元に戻るのはそれなりに時間がかかりそうだけど・・」

「曖昧・・っとは言え信憑性はそれなりにあるか。

まぁフォックスの方もとりあえずは順調だし・・歩けるようになればお前も晴れて退院だな」

「は・・はぁ・・。それで・・あの後どうなったのでしょうか?夢幻は・・」

「頭である白龍が死んだ上に本拠地をやられたんだ。

夢幻は壊滅したと見て良い・・、ついでに塔も綺麗さっぱり爆破解体してやった。

未踏査エリアも調べたがやばいもんがギッシリだったしな

そしてカンパニーも不明な事故が相次いで足下がうろついている、

そこに爺の秘書達が経済的にかましてやったようだから・・直に崩れていくだろうよ」

「そうですか・・じゃあ・・終わったんですね」

「今回の一件はな・・。まぁ、これにて麗華を襲う輩もいなくなったんだ。お前も晴れて自由の身ってところか?」

「自由・・ですか・・・・あっ、そういえばお嬢さん・・いつから自我が戻ったのですか?」

「さて・・いつの頃からだったかしらね・・。

ライオットとそこの青臭い女がくっついてから何も考えられないはずなのに苛々してきてね・・

それがだんだんと広がって治っていった・・ってところかしら。

っとは言っても人らしい反応ができるようになったのは決戦前夜ぐらいからね・・」

「・・まっ、古典ながらにしてショック療法って奴か。

惚れた男が献身的に尽くしてくれていたのに突如としてアザリアに取られたとなっちゃあ・・なぁ?」

「ほんと・・でもライオット、趣味悪いわよ。

この私が愛してあげるのだからそんなの捨てなさい」

シッシッとまるで犬をあしらうようにアザリアを挑発する麗華

「そんなのって何よ!!?だ・・大体!私とライオットはもう肉体関係なんだから!」

「首にキスマーク付けて殴り込もうとしていたものねぇ・・でもね、肉体関係なんてすぐに築けるわ。

それにライオットの体には私と同じモノで出来ているのよ?そっちの方が繋がりは強いと思わない?」

「な・・何よ!そんなの私も輸血ぐらいしたら同じになるわ!」

 

「ふ・・二人とも・・落ち着いて・・」

 

「「ライオットは黙っていて!!」」

 

怪我人の心配をする二人はどこへやら・・再び臨戦態勢に入るのだが・・

 

「こらこら、病室では静かにと書いておろう」

 

呆れ声とともにゲンジロウがフラリと入ってきた。

その後ろにはヘンドリクセンとティーゲルの姿が・・

「社長、それにリクセンさんにマスターも・・」

「ふん・・とりあえずは目を醒ましたか」

「無事そうでなによりだな、しっかしお前には驚かされたぜ。

ティーゲルの野郎からグレネードをかっぱらっていたんだからよ

元軍属の男から気付かずにくすねるとはスリとしてでもやっていけるんじゃねぇか?」

「・・・あ・・それですが・・マスター、済みませんでした・・」

「・・・済んだことだ。それに・・覚悟の上ならば何も言えまい。

とりあえずは生還できてよかった」

「あの爆発の中だからな・・、全くに・・アジアの連中は特攻が好きだって噂は本当だったようだな」

「特攻をやってのける信念があったのはニホン軍人のみだ。

それに他の国の連中なんぞ

でっちあげの戯れ言を言うだけの能なし国家だ、そのような覚悟などあるはずもない。

国土が広ければ兵が優秀と言うわけでもなく

半島の小国でも嘘で出来た国ならば体を張る程の意気地もない」

ニヤリと笑うゲンジロウ、それにウルムナフは勝手にやってろと手を上げた

「・・・でっ、ライオット。これからどうする?」

「どうすると言われても・・、僕は・・死ぬつもりでいたのでこれから先の事など・・」

「・・そんな事だと思った。

だが・・その先を見て自分で爆破する男などいるまいか・・ライオット、俺の店で引き続き働くか?」

「マスター・・、僕でよろしければ・・」

「・・ふっ、お前は十分一人前だ。・・では・・社長・・」

「うむ、ではライオット君、ティーゲルの店で働くという事でその二号店での店長として働いてもらおう」

「・・・・えっ?」

「実はな。今回の一件でティーゲルの店にルドラ製品の販売をしてもらおうと思ってな。

店舗を増やす話をしていたのだ」

 

軽く笑う社長なのだが裏では効率を第一に考える秘書達が反対を圧し進めていたりもする

もっとも、カンパニー崩壊のきっかけを作った功労者だとゲンジロウが説得したので

それ以上は何も言えなかったりするのではあったのだが・・

 

「・・俺はそう言う大きな話は好まん。お前ならうまくやれるだろう・・」

「え・・っと、僕で・・よろしいので?」

「いいもなにも、ルドラの中でも最高製品である俺の銃を使いこなしただけで

資格は十分にあるってもんだぜ?ガキんちょ」

「わ、わかりました。ですが僕一人で全てをするのは少し無謀な気が・・」

「何言っているのよ、ライオット。私がいるじゃない?」

悪戯っぽく笑ってみせる麗華、当然でしょうと顔に書いてある

「お嬢さん・・ひょっとして・・」

「ひょっとしても何も、元々貴方は私の従者でしょう?

組織も潰れたし私も行き先はないんだから・・付き合ってあげるわ」

「あ・・ありがとう・・ございます」

「二人で切り盛りしましょうね♪

でぇ・・ヘンドリクセン?奇形者がいなくなったとなったらマーターがこの都市にいる必要性はないわよねぇ?

新しい巣を見つけてそこの青臭い小娘ともども移動する事をお勧めするわ」

「だ、誰が!!!」

「・・う〜ん、麗華の言う事も最もなんだがよ。今件で工作員の半数が死んでしまったからな・・・

人手が不足しているんだよ・・だからしばらくはルドラに厄介になりながら情報収集がメインになりそうなんだ」

「えっ!?じゃあリクセン!この都市に留まるって事でいいのよね!?」

「・・・まっ、そんな事になりそうだ。開店休業状態だから・・アザリア、好きなようにしな」

頭を掻きながら苦笑いするヘンドリクセンに対し麗華はド鋭い殺気を込めて睨み散らす

刺すような視線を感じた彼は密かにライオットに同情するのであった

 

・・ありゃ、死んでいた方が安息を得られたのかもな・・っと

 

「ありがとう!じゃ・・ライオット、私も手伝うわ!!」

「アザリア・・えっと・・ありがとう・・」

 

「・・・ちっ・・・」

 

はっきりと聞こえるように舌打ちをする麗華、

対しアザリアは自分のモノだとライオットの腕を掴み取った・・

「はははっ、まぁ・・前途多難だな?

そんじゃ・・お前の男を上げるために完治したら繁華街に繰り出すぞ?

約束通り俺がお前に女遊びってのを教えてやる」

 

「「結構です!!」」

 

「・・やれやれ、まぁこれで一件落着ってところですかい?社長」

「そうだな。カンパニーも直に崩れる・・そうなればこの都市はルドラが抑えられる。

しばらくは平穏な日々が訪れそうだ」

「・・・ふん、ようやくだな。

最初の襲撃でボロボロになった店の修復にも取りかからなければならん。忙しくなりそうだ」

「まぁ、俺達は暇だから手伝ってやるぜ?ティーゲル」

「勝手にしろ・・」

っとは言いつつも拒否はしないティーゲル、犠牲も大きかった一件ではあったが

ようやくここにいた面々の戦いは終了したようであった

 

 

──────

 

 

三ヶ月後

 

都市に平穏が訪れてしばらく経ち、表通りに一件のガンショップがオープンした。

マスターは若い男、店員は美女2名で小さいながらも

そこには何故か有名ブランドとなったルドラ製の最新型銃が並ぶようになり

マスターの親切丁寧な接客に顧客は徐々に増えていった

美女2名はいつも喧嘩をしておりその度にマスターが決死の覚悟にて仲裁に入る

それはいつの間にか日常光景になりつつあり、罵声にも慣れてきた頃、

マスターは二人の店員を改めてパートナーとして意識していき接していく事になる

 

 

 

一方ダウンタウンの通りにてその一帯を仕切っていたガンショップも再び営業を開始しだす

白髪の無愛想なマスターは相も変わらず、だが変化もある

長めの金髪の美女が店員として働くようになり店の華が増えたようだ

女性とマスターの関係な何とも言えないようなものであり

来客にその二人の関係がわかる者はいなかったという

 

そして・・

 

「・・・定期検診の結果だ。

ライオットもフォックスも至って健康・・

奇形細胞が骨の髄まで染み渡っていたフォックスも元気なもんだぜ」

 

ルドラ本社ビルの社長室、資料を起きながら煙草に火を付けるはウルムナフ・・・

「そうか、ライオット君に関しては何の心配もいらなかったが・・フォックスの方も順調か」

「まぁ、改造したてで治したからセーフだったのかな?

その時の記憶は残っているらしいが自分からは口にしないようだ

麗華の細胞ってのは本当に奇形ES細胞の天敵のようだな・・

あれだけ蝕んでいたのに全て殺し通常細胞として再生してのけやがった」

「・・ならば、心配はいるまい。これで遠慮なくユーラシアの方へ行けるな・・」

「・・爺、気になったんだが・・爆破解体前に爺は白龍のオフィスを念入りに調べていたな?・・何かあるのか?」

「・・あの男がどこから奇形細胞を手に入れたのか・・その入手ルートが気になっていたんだ」

「ルートか・・リクセンの方でも調べていたようだが結局はわからずしまいだったな・・」

「うむ、だが・・興味深いキーワードにたどり着けた」

外の景色を見つめながら静かに言うゲンジロウ、それにウルムナフは眉をひそめた

「キーワード?」

「端末の最重要カテゴリーにあったものだ・・『大東亜共栄圏』・・とな」

「大東亜共栄圏・・・?確か・・旧世紀、第二次世界大戦時にニホンが提唱した奴か・・・・・ニホン・・?」

「・・・・奇形ES細胞は・・RJが産み出した副産物だ。そしてそのキーワード・・

今わしがユーラシアで調べている件に繋がりがある」

「・・おい・・爺・・まさか・・」

「・・・、確信は持てんが・・な。『大東亜共栄圏』を提唱する集団もいるとの情報も入っている・・」

「夢幻の騒動も、RJの人間による・・暗躍だと言うのかよ!?」

「確証はない。ともあれ、どの道この一件でその計画もしばらくは進まんだろう。

お前もしばらくは休め、面倒な事態にならんようにわしが何とかしよう」

「爺・・」

「ふっ、滅んだニホン人を蘇らせようと画策した時から覚悟していた事だ・・。

日の本の民こそがこの世界を統べるに相応しき器、

だが道を踏み外せば世界を滅ぼす力を有するものだ。

・・まぁ、束の間の休みがあるならばそれもまたよし。戦士には休息も必要だ

この事は他言無用だぞ」

 

静かに笑うゲンジロウ・・、

黙り込む社長室、眼下に見下ろす都市は今日も活気に満ちていた

 

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