chapter 1「guns clerk」


冷たい雨が降っている

それは都市全体を覆いそれは都市の熱気を冷ましている

人々の欲望が渦巻く石と鉄の建造物の数々、それぞれが天を目指し伸びており夜の闇を照らしている。

人の叡智を物語っているかの如く・・

だが、高度に発展したこの地は全てが調律しているわけでもなく歪は確かにある

天に伸びる巨大なビル達とは対極的に、明かりも殆ど灯らない

静寂なる地、都市の中にいて都市ではない裏の地

そこはならず者達の楽園でもあった・・


スラム街

犯罪が絶えた日がなく都市を治安を任されている警察でさえもその領域に入り込むには危険と判断している

そのために薄暗いここは地方からの難民や中心部の繁華街で職を失った者達の溜まり場となり

堕落、失望の念と欲求のみを満たそうとする歪んだ気配が溢れている


人は言う、そこは『都市』のゴミ捨て場だと


だが、そんな地区にも商売をするものがいる・・

そんな場所に相応しい職が・・


「・・やれやれ、今日もトントンだな・・」



スラム街の一角、比較的人通りが多い通りに面する店の中で男がため息をつく

店の中には壁に処狭しと銃がかけられており入り口には閉店を示す看板と厳重な鋼鉄の柵が下ろされている

ガンショップ、もはや子供でも普通に持つようになった文明の力である『銃』を売る店・・

扱っている物が物だけに閉店後の防犯も普通と違うのだ

「へっ、この地区とは大違いなもんだ」

薄暗くなった店内に座りながらぼやく男、鋼鉄の柵の遥か向こうに何時までも光を灯した巨大なビルが見える

・・だが、彼がそこに行く事はない。地位が違うからだ

軽く自嘲的な笑いをしながらカウンターに置かれた酒を飲む

男は立派な体躯の黒人男性、着ている物は質素ながら皮膚とは正反対の短くさっぱりとした白髪に

いつも愛用しているサングラスをつけており只者ではない

人を殺す道具を売る者に相応しい姿とも見えよう

彼は暗闇の中、明かりを弱めるサングラスをつけているにも関わらずそれに気にせずまた酒をあおり

懐から煙草を一つ取って火をつけた

仕事後の一服、本人的には止めたいと思っているが止められない

ついつい取り出してしまう健康の大敵に自然に笑みがこぼれてしまう

そこへ


「マスター、在庫チェック終わりました」


店の奥から若い男の声がし、ゆっくりと扉が開かれる

質素な青いシャツをきた青年、髪は黒く、さほど長くはない・・

顔つきは銃を扱う店のモノとは思えないほど

穏やかが人がよさそうに見える。

「おう、ご苦労だな・・。これで今日の仕事は終わりだ。吸うか?」

「いえっ、僕は煙草は苦手で・・」

大げさに手を振る青年、それがどこかしら愛嬌がある

「ふっ、なら酒でも付き合え。飲んでおかないと夜中に銃声で目が醒めるぞ?」

「ははは・・そうでしたね。ではお言葉に甘えて・・」

頭を掻きながら木製の簡単な椅子を持ちマスターと呼ばれた男の隣に座る

「あの・・グラスは?」

「そんな上品なもんはない。直でやれよ」

「わかり・・ました」

マスターに言われるまま瓶を持ち口に運ぶ青年、しかし喉に通した瞬間

それがどんな物なのかを理解し慌てて飲み込む

「げほっ!すごい・・きついですね・・」

「ふん、この程度の度数で根を上げちゃまだまだだな」

「元々、強くありませんので・・」

申し訳なさそうな青年、確かに、ランプに照らされた顔はすでに朱が乗っている

「ふん・・それにしてももう4日か、仕事は慣れたか?」

「はい、おかげさまで・・。本当、雇ってもらってありがとうございます」

「たまたま気が向いただけだ。それに・・この街での商売は危険を伴うぜ?」

「わかっていますよ、腹を決めるのが雇用の条件・・でしょう?」

二コリと笑う青年、それを見てマスターも少しだけ口角を上げる

「そうだ、今更逃げられたら教えた事が無駄になっちまうからな・・まぁ、嫁がいるなら遠くにはいけないか」

「・・・・・・・・」

マスターの一言に青年の顔つきが変わる・・

「まだガキな女を連れて旅をして、ここで働かせてくれって言われた時にゃ流石に驚いたぜ・・」

「ははは・・、他に話聞いてくれそうな人・・いませんでしたので・・」

「ここじゃ新顔は相手にされないのが普通だからな。

・・まぁ、煙草はダメ、酒も弱いわりには女は盛んみたいだな」

「よしてくださいよ、僕はそんな・・」

頭を掻いて苦笑いする青年だが、目は笑っていない

そんな彼の表情をマスターは見逃さない。だが、それを口に出そうとはしない

誰にでも言えないことはある・・そう思っているからだ

「まぁ、女は大事にすることだ・・俺はもう少し飲む。お前はもう寝ろ・・

今夜も物騒になりそうだ・・」

「中心部はあんなに豊かなのに・・こことは大違いですね」

「光が強ければ影も強くなる、それが顕著に出ているだけだ」

「・・・そうですね、ではっ、おやすみなさい。火の始末には気をつけてくださいね」

「若造に気をつけてもらうほど老いぼれていねぇよ。あの嬢ちゃんの体が冷えないようにしてやんな」

軽く声をかけマスターは新しい煙草を取り出し、青年は一礼をしてフロアから出て行った


・・・・・・



この店は意外に広く1Fには販売するフロアと射撃場を兼ね備えており他にも倉庫とマスターの寝室、台所などが簡素に設置されている

2Fはそれこそ倉庫だったのだが突然押しかけた奇妙な夫婦のために急遽整理され

人二人寝れる程度のスペースが作られている

「・・お嬢さん、仕事が終わりました。ちゃんと夕飯は食べましたか?」

木箱だらけの一室に入り青年が静かに微笑む。

天上につるされた小さなランプの下には少女が空ろな瞳のまま寝転んでいた

地味なスーツを着込み、綺麗な青髪は女性にしては短く首元ですっきりと切られている

まるで人形のように白く美しい肌をしておりほっそりと痩せているが胸が不釣合いに大きい

何よりも目から光が失われており青年の問いかけにもかろうじて顔を向けるだけだ

「ああっ、ちゃんと食べていますね。

すみませんね・・まだ仕事をはじめたばかりなので手間が掛かってしましまして・・」

彼女のすぐ傍に無造作に置かれている銀のトレーを見て青年は微笑みながらそれを取る

「・・・・」

「大丈夫ですよ、あのマスターは信頼できると思います。

それに・・ここは治安が悪い分その全貌を知る人間はほとんどいません。

ここなら・・お嬢さんもしばらくは安心できるかと思います」

「・・・・」

ジッと青年を見つめる少女、何か言いたいようなのだが口を動かす気配はない

それは青年もよくわかっており無垢に微笑む

「住み込みで食費も引いたら収入は多くはありませんが・・時がきたらもっと安全なところにいきましょう

その頃にはお嬢さんの体もよくなってますし、連中もあきらめがつくはずです」

「・・・・」

青年の言葉に少しだけ微笑む少女、それに青年は満面の笑みを浮かべながら手を握り返す

「ではっ、今日はもう休みましょう・・明かりを消しますね」

そういいながらランプの明かりを消す青年

少女の隣に寝転がり目を閉じる

静寂の中遠くで銃声が聞こえる夜に、青年は隣で寝ている少女に触れることなく眠りについた・・


・・・・・


ガンショップに仕事は販売だけではない

売り物のメンテや調整なども請け負っておりそのための技術なども当然要求される

そしてその知識を青年は持っておりだからこそマスターは何処の馬の骨かもわからない青年を雇うことになった


「・・よし、マスター。この22口径の調整、終わりました」


射撃場の片隅で手を黒く染めながら小型の拳銃の整備を終わらす青年

対しマスターは大型の拳銃に弾を込めながらその様子を見ていた

「おう、メンテの手際はいいな・・、経験者は助かる・・」

「いや・・ははは・・」

なんともなしに照れるふりをする青年、だがそれ以上は応えない

「試し撃ちをして状態をチェックするか・・」

「小型拳銃ですか・・、陳列している数は多いですけど売れ筋なんですか?」

「ああっ、護身用には持ってこいだからな。ちょいと裕福なお嬢さんの鞄には必ず入っているよ」

そう言い巨漢には不釣合いな小型拳銃を片手で持ち、前方にある的に向かって照準を合わせる


パン!パン!パン!パン!パン!


立て続けに銃口から火が吹く、一見子供の玩具のような拳銃だが射撃後のそれは煙がのぼり熱を持っており

人を殺すための道具であることを改めて実感する

「悪くはない・・。良い調整だ」

マスターが狙った的・・、人の体の輪郭が描かれたそれに弾は全て命中、しかもどれも心臓付近に着弾しており

小さな穴が5つ空いている

「恐れ入ります。しかし・・良い腕ですね・・」

「ガンショップのマスターならこのぐらいはできんと信用がなくなる。店員ならば何とか見逃してもらえるかもしれないが・・な」

ニヤリと笑いながら青年を見るマスター

それに青年は頭を掻きながら困り果てる

「ははは・・、上達したいんですが中々ですね・・」

「ほらっ、やってみろ・・調整済みのベレッタだ。装弾している」

軽く標準的な銃を青年に投げ渡す、それを受け取った瞬間、青年の顔つきが変わった

「・・やってみます・・」

ゆっくりと銃を構える、マスターが先ほど行ったのと同じ距離に的は垂れ下がっており

彼はそれを食い入るように見つめている

「片手撃ちか、まぁ様になっているが・・当たらなければ意味がないぞ?」

イヤープロテクター越しにマスターが茶化すが青年は無言のまま的を睨んでいる

そして



パァン!パァン!パァン!



良く狙って三発発射、弾は瞬時に的を貫通させる・・

「眉間に右胸・・、左肩の一発は外し・・か。トライアングル射撃なんかしてどうするんだ?」

「いえ・・射撃の基本なので・・ただなんとなく・・」

ジッと的を見つめる青年、その表情には危機迫るものがある

「・・・・・、そうか。まぁいい・・俺は店番をするから調整が終われば声をかけてくれ」

「わかりました・・」

青年が静かに頷き、マスターは射撃場を出て行く

・・一人残った射撃場・・

「くそ、・・僕の腕で・・お嬢さんを守りきることができるのか・・?」

うな垂れながら悔しそうに呟く・・

硝煙の臭いに包まれた手とそれを発した銃を見ながら彼は己の無力さをただ恥じるのだった


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