「闇の領主」


地方都市グリーンリヴァー
華やかな貿易都市とはかけ離れていてのどかな葡萄畑が広がる都市だ。
それでもこの都市は葡萄酒が名産なのでまだ活気ついているのだが・・
その都市を見下ろすように丘の上に朽ち果てた城・・・
外壁も植物がつたっておりかなり年代ものだというのがわかる
土地の住民からはこの城を『領主の城』と呼ばれているのだが
現在『人』は住んでいない


光がささない通称『領主の城』の地下・・
ガレキで埋もれているようだが奥に綺麗な棺桶が置いてある
赤い十字架が描かれているがそれ以外は普通の黒い棺桶だ。
・・・しかし・・

ズ・・・ズズ・・・・・

ゆっくりと棺桶の蓋がずれている・・・。
そして
「ほぅわ〜」
中から一人の男が欠伸をしながら顔を出した。
長めの白髪に見えているのか見えてないのかわからないくらい細い目
三角帽子の寝巻き姿はなんだか異様な感じだ・・
「おはようございます、ご主人様」
不意に彼の近くにいた白い猫が男に話しかける
「おはよ〜、み〜ちゃん・・」
目をこすりながら男が応える
「さぁ、シャキっとしてください!あなたはこのグリーンリヴァーを治める領主なのですよ!」
寝ぼけ眼な男に喝をいれる「ミーちゃん」と言われた白猫
「わかったよ〜、でっ、何年ぶりに目が覚めたの?」
「大体・・・、20年くらいですか・・」
「じゃあそんなに寝てないじゃないか〜、おやすみ〜」
「お・き・て・く・だ・さ・い!!!」
男の顔をひっかきながらミーちゃんが絶叫した・・




この地では葡萄酒が有名なので酒場では遠方からの客も多くかなり賑わう
っと言っても流石に昼間から酒を飲みたくる客はそうそういなく民は畑仕事に、
遠方からの使者は葡萄園の見学なんぞしている・・
したがって町の酒場『紫酒亭』の中はがらんと静まり返りマスターとウェイトレスが
容器を拭いている・・
「今年の葡萄の出来はどうなんですか?マスター?」
若いウェイトレスが訪ねる
「う〜ん、まぁ上々らしい。私もそろそろ葡萄酒の買付けをしないとな・・」
ちょび髭が特徴なマスターが応える。

ギィ・・

酒場の扉が開き白髪の男性が入ってきた
「いらっしゃい、飲むのかい?」
珍しい白髪をしている男にもマスターは普通に接している。それが接客というものだ
「ん〜っと・・ミルクを!」
見たところ青年なのにミルクを頼んだのでこれにはマスターも驚き
「・・ほらっ、あんた遠方の人だろ?この都市で葡萄酒飲まないなんて変わっているな・・」
ミルクを置きながら訪ねる
「あはははは〜、お酒は昼間から飲んじゃいけないよ〜」
のんびりした口調で応える青年
「変わっているわね。私、アイーシャ、あなたは?」
ウェイトレスが興味をもったようでたずねる
「僕〜?僕はフェイト。フェイト=ラインフォード=ドラクロワって言うんだ〜」
「・・、なっ、長い名前ね・・。どこかの貴族?」
見た所ラフなズボンに白いシャツだけでとても貴族には見えない・・
「ん〜、そうだね、そんな感じかな〜?」
「へぇ!あなたって貴族なんだ!・・・すごい!私初めて貴族と会っちゃった♪」
「おい、アイーシャ。貴族様なんだったらそんな態度をするな」
はしゃぐアイーシャをたしなめるマスター
「あ〜、いいですよ〜。別にそんな事気取らないですし〜。
それよりこの都市で最近変わったことってあります〜?」
不意に質問するのんびり男フェイト
「変わったこと・・?」
「そ〜、なんでもいいから〜」
「そうね〜、最近ここに王国より派遣された新しい領主様が来たわね。」
アイーシャが思い出すように応える。庶民には上の人間のことなどあまり興味がないようだ・・
「・・・・他には最近若い娘が行方不明になるとう噂が流れた程度か・・」
その一言にフェイトの細い目が光る・・
「ああっ!私も聞いたことある!!確か丘の上にある廃城に住む吸血鬼の仕業だって
みんな言っていたわ!!」
「吸血鬼〜?全く、女はそんな話が好きだな・・」
小説上の存在とされている吸血鬼の話に呆れるマスター
「あながち馬鹿にもできませんよ!フェイトさんはどう思います?」
「・・僕〜?吸血鬼ね〜、いると思うよ〜」
「・・あんたも変わっているね」
さらに呆れるマスター・・
「だって、僕がそうだもの〜」
「「・・・・・・」」
いきなり変な発言をするフェイトに唖然とする二人
「・・ぷっ、はははは!フェイトさんって意外に冗談がうまいんですね!」
「全くだ!はははは!」
「そう〜?あはははは」
にっこりと笑うフェイト・・
「さて〜、じゃあ僕はこれでお暇するね〜。じゃあ」
カウンターに金貨を置いて席をたつ
「ああっ、ありがとう、また来てね!!」
奇妙な客に愛想よく手を振るアイーシャ・・





「・・・でっ、どうだったんですか?」
再び領主の城・・。ガレキだらけの応接室のソファに座るフェイトにミーちゃんが聞く
「ん〜、なんだか新しい領主さんが来たんだって〜」
「なっ!!人間め!ここにこの地を治める者がいるというのに!!」
いきなり怒り出す白猫ミーちゃん
「しょうがないよ〜、僕達が寝ているだけで人間の一生が終わっちゃうんだから〜」
「それは・・そうですが・・」
「それともう一つ〜、なんだか若い女の子がいなくなることがあるんだって〜」
「ふむっ、それは妙な事ですね。この地を治める者として是非とも解決せねば・・!!」
「何でも丘の上の廃城に住んでいる吸血鬼の仕業らしいよ〜」
その一言に固まるミーちゃん・・
「・・・・・・・・・・人間がぁぁぁぁ!我等、高貴なる『闇の一族』を吸血鬼呼ばわりしたあげく
その罪をきせるとは何事かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「・・ミーちゃん、落ちついて〜」
「これが落ちついていられますか!あなたの使い魔をして数百年!これほど怒りを覚えた
事はありません!!」
「・・・まぁまぁ、どの道、放ってはおけないね〜」
「全くです!この一件!よく調べなければ!!」
そういい駆け出すミーちゃん・・
「・・・・ミーちゃんってなんであんなにカリカリするんだろ〜?」
それが自分のせいだと全く理解できず彼はまたボ〜っと外を見だした・・



その夜・・・・・
仕事が終わり家路を急ぐアイーシャ
「ふぅ、遅くなっちゃった・・・」
葡萄の出来がよく、農家の人達が嬉しくてドンチャン騒ぎしたため彼女が帰るのが
大幅に遅れたようだ
「しっかし昼間のあのフェイトさん・・、変わった人だったな〜。なんだか優しそうだし」
昼間あった男を思い出しにやけるアイーシャ・・・
付近は人の気配もなく静まり返っている
若い女性が消える噂は聞いている彼女だけど噂に過ぎないと思って一人で帰っているのだ・・



ザッ

不意に目の前に足音が聞こえた・・
「!!・・・・誰か・・・いるの・・?」
そう呼びかけるが返答はない・・
「・・まさか、噂の吸血鬼・・?」
足音は徐々に増えていき彼女を囲むように鳴り響く・・
「・・いっ、嫌・・!!」
彼女は叫び逃げようとするが何かに叩かれ気を失った・・・・


・・・・・・・・・・
再び彼女が目を醒ました時、そこに見えるのは豪華な部屋の一室だった・・
「お目覚めのようだね・・」
目の前に現れる一人の老紳士
「・・領主様・・?」
「おおっ、この都市に着たばかりなのに覚えてもらっていたとは感激だね」
「なんで私は・・、つっ・・・」
手足が動けないように縄でくくられている
「いやっ、全く。この町には変な噂が流れていて助かる・・
おかげで実験のやりたい放題だからな・・」
「実験・・?」
「・・ふふっ、私は麻薬を作るのが好きでね。その道ではちょっと知られたもんさ・・。
だが新しい薬を開発するのには活きのいいモルモットが必要でな・・」
妖しい笑みを浮かべながら注射器を取り出す
「女なら薬で狂ってもいくらでも使い様がある・・・。全く愉快だ・・・」
「嫌っ、こないで・・!!」
じたばた暴れるアイーシャ・・
「いくら叫んでも誰もこんよ。噂の吸血鬼にでも助けを呼んだらどうだ・・?」

”吸血鬼じゃないんだけど〜”

不意に一室に響く気の抜けた声・・

「!だっ、誰だ・・!!」
「卑しい人間め!貴様に叫んでいるのはこの地を治める領主なるぞ!!」
白猫がアイーシャの頭にのっかかりそう叫ぶ
鋭い爪で彼女を縛っていた縄を瞬時にして切断する
「ミーちゃん、張り切りすぎだよ〜」
その台詞とともに壁をすり抜けて入ってくるフェイト・・
昼間の姿とは違い黒い紳士服に漆黒のマントを着ている・・
「・・フェイト・・さん・・?」
突然入ってきた男に驚くアイーシャ
「やあ、アイーシャさん。こんばんわ〜」
呑気に挨拶しているフェイト・・
「何者だ!貴様!」
「いやっ、ミーちゃんが説明したじゃないか〜、僕はここの領主だよ〜」
「・・何が領主だ!国より任命された領主はこの私だ!妖しい奴め!
貴様も一緒に新薬の実験台にしてやる!!おいっ!」

叫び声と共に大男が二人入ってくる・・

目はよどんでおり腕もだらしなくたれている・・
「私の薬による傑作品だ!いけっ、侵入者を捕らえろ!!」
そう叫び大男に指示をさす老紳士
「全く〜、僕の民に手を出しあげく、下らない薬の実験台にするなんて・・これは許せないね」
呑気に話すフェイトだが腰にさした剣を抜くと共に表情が一変する
「・・貴様にはほんとうの領主の恐ろしさを教えねばな・・・」
細かった目は見開き、真赤な瞳が老紳士を見る・・
呑気だった口調は変わり鋭い物の言い方になっている

「がぁぁぁぁ!!」

そのフェイトに対し薬中の大男が力任せに腕を振る・・
巨腕はそのままフェイトに向かうが彼は避けようともせずその場に立ったままだ・・

スッ

大男の腕がフェイトの体をすり抜けて部屋の柱を粉砕する・・
「腕がすり抜けた・・、フェイトさん・・あなた一体・・」
「君達が言うところの『吸血鬼』といったところかな?まぁ血なんか吸わないし日の光で
消滅したりもしないがね・・」
「人間じゃ・・ないんですか・・?」
「このお方は魔の血統『闇の一族』の末裔、人間如きといっしょにするな」
頭に乗っている白猫使い魔ミーちゃんがアイーシャに言う・・
「ミーちゃん、そうこだわるな。さぁ薬におぼれし愚者よ・・覚悟はいいな・・」
大きめのクレイモアを片手で持ち驚くべきスピードで振る・・
まるで気の棒でも振っているようだ・・

大男二人はその猛攻に首をあっけなくはねられた・・

「次は貴様だ・・。」
血で滴るクレイモアをかざしながら近づく・・
「・・うっ、うわぁぁぁ!」
その場に座りこみ失禁しながらも逃げようとする老紳士
「貴様は今まで多数の人間を死に追いやったようだ・・、それなのに何故死を恐れる・・?」
逃げようとする紳士を踏みつける
「ひっ、ひぃぃぃ!!」
「下らない・・、犠牲者にあの世で詫びろ・・・」

トス

静かにクレイモアを背中に突き刺す・・
「ご・・・・が・・・」
老紳士は口からおびただしい血を噴き出し、動かなくなった・・
「・・おつかれさまです。ご主人様」
「・・これでこの町も静かになる・・・。アイーシャさん。大丈夫・・?」
「・・あ・・えっ・・はい・・」
ぽかんとしたアイーシャ
「・・んっ、そっか・・こっちの方がいいかな〜?」
凛々しい顔立ちから急にいつもの気の抜けた顔に戻るフェイト・・
「・・フェイトさんだ・・」
「そうだよ〜、あ〜、真面目な顔をすると顔が突っ張るね〜」
「・・・なんか人格変わってません?」
「いや〜、真面目になるとああなっちゃうの。さぁ、ミーちゃん帰ろっか〜」
「かしこまりました。ご主人様」
スタスタとフェイトに歩み寄るミーちゃん
「あ、あの・・フェイトさん・・」
「ん〜、何〜?」
「助けてもらって・・ありがとうございます・・!!」
深く礼をするアイーシャ
「いいよ〜、自分の治める民を守るのが僕の仕事だし〜。
まぁ何か困った事があったら丘の城に着たらいいよ〜」
「・・はい!また・・店にもきてください」
「この小娘・・!」
「ははは、ミルクが飲みたくなったらまた行くね〜。じゃあさいなら〜」
そういうと壁に向かって歩き出す。
まるで何もないところを歩いているように壁をすりぬけフェイトは姿を消した・・

アイーシャはしばらく夢でも見たかのような顔をしていたがやがてそそくさと帰っていった

・・そこには血で汚れた3体の骸のみが残された・・・



それから数日・・・
「今回の騒動であの人間の悪事が表ざたになり町も騒然となっているようです」
棺桶のとなり、ミーちゃんが事後の報告をする
「だろうね〜、他に何かあるの?」
棺桶に寝巻き姿で寝転がるフェイト
「あの小娘はご主人様のことは何も自衛団には告げず、結局偽領主は薬物中毒の男の手に
かかって命を落とした・・っと伝えられたようです」
「アイーシャさん黙っていてくれたんだ〜、ありがたいね〜、ミーちゃん〜」
欠伸をしながらフェイト
「まぁ・・、好都合ですが・・我等の存在があの小娘は知ってしまいましたよ?」
「いいじゃないか〜、本当の領主を知る人間が一人ぐらいいても・・」
「・・まぁご主人様がそういうなら・・」
「じゃ少し寝るね〜、そだね〜。1週間ほどしたら起こして〜?」
「?どうしてですか?町も異常がないのに・・」
「あの子の店でミルクを飲む約束しちゃったからね〜」
「・・律儀ですね・・わかりました」
「じゃあおやすみ〜」

ズズ・・

思い棺桶の蓋を動かしフェイトは眠りにつく
「・・・、はぁ。呑気な主人をもつとなんでこうも苦労するのか・・」
愚痴りながら白猫ミーちゃんは棺桶の上で丸くなった・・・・
丘の上に立つ廃城・・・
今日もその城は時間が止まったように静寂が支配している・・



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