「歴史に残らぬ1ページ」


夜啼屋台というものがある。 夕方から深夜にかけて営業するこの移動飲食屋は
仕事帰りや呑直しのオッチャン達のみならず、夜回りの騎士達や裏社会の者達の小腹を
満たす場として重宝がられている。 故に、味が良く掟を護れば裏表から保護され
その場一帯では争ごと御法度の不文律が成立することとなる・・・
この大国ハイデルベルク王城下町の裏通りのその場所には、今夜も屋台が店を開けていた。
ただ深夜前で騎士達の夜回りが過ぎた時間帯のせいか、客は老年の男一人。
そして、一帯を支配するのは燻銀までに渋い静寂・・・
「時に店主よ、繁盛しておるか?」
「・・・御陰様で。 家族を養い、己の腕を磨くのに困らない程度には・・・」
「・・・ふむ。」
屋台主は傭兵でも通用しそうな強面なだけあって如何様にも取れる回答。
応えられた老年の男も丸で某ちりめん問屋の御隠居みたく簡素でもシッカリした格好に
それ以上深く追求せず言葉間を読み取り一人で納得する。
故に話も直ぐに終ってしまい、再び一帯を支配するのは静寂。 と、それを打破り
「オッチャン、まだ大丈夫か?」
 「・・・・・・」
乱入してきたのは傭兵風の青年と猫人の娘。格好からして旅人なのは一目瞭然。
屋台主の頷きに二人は遠慮なく席につき、屋台の設備とメニューを吟味し・・・
「えっと・・・俺は豚骨チャーシューラーメンと飯、それに麦酒ね。 シエルは?」
 「ん。 ん・・・」
猫娘 シエルは話を振られ・・・しっかりした体躯と異なり青年に向けるのは
あどけなく困った表情。 御腹は空いているが、何でもいいといった処か?
「じゃ、この娘にゃネギぬき豚骨チャーシューラーメンと飯とミルク・・・ある?」
「・・・、あるよ」
「おおう!!?  それと、大盛りチャーシュー皿と焼鳥適当に見繕ってくれ」
「・・・毎度」
ラーメンが出来るまでの暫しの間、珍客二人は麦酒とミルクで口を濡らす。
老年の男の矛先は珍客の二人へ。
「若いの、旅に慣れているようだが何処からかね?」
「おう? まぁ・・・シウォングからちょっと、ね」
「ほほう、随分と遠い処から・・・」
「気付いたらこんな処まで来ちゃってたわけよ。」
 「ん。今回は珍しく遠出だ」
「??? それは如何いう?」
「ああ、俺シウォング在住だから。 旅慣れしてるように見えるのは昔取った杵塚」
と、青年は何故かシエル嬢の頭をクシクシと撫で、それに気持ちよさげに目を細める猫娘。
男女一組の旅人なだけに一見、恋人同士のようだが・・・見ていると、兄妹の感。
「時に若いの、名は?」
 「ライ ん・・・」
青年が口を開く前に応えるのはシエル嬢。慌て口を押さえても、もう遅い。
「ふむ、確か・・・シウォング王 真龍騎公も・・・」
「同名の別人別人。ライなんて・・・愛称含めたらザラにあるぜ?
そもそも王がこんな処でうろついているわけないじゃん(パタパタ」
思うところあるのかいぶかしむ老年の男に、青年 ライは愛想笑いに空いた手をふる。
そして、口を塞がれているシエル嬢はというと・・・ウニィ〜〜と主に弄ばれる猫が如く。
口を塞がれた事を気に止める処か、寧ろ喜んでいる感。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・ふむ、まぁよかろう。 折角だ、シウォングの話でも聞かせてくれんか?」
「あ〜〜別にいいけど・・・。 話すほどの事・・・これといってないなぁ」
「・・・ふむ、では真龍騎公は何でも屋のライ殿からみて如何かね?」
「ど、如何かねって・・・ま、まぁ頑張ってるんじゃない?
都市が安泰なのは寧ろ、住民達が都市を愛してるからなんだけど」
「王がしっかり構えているからこそ、住民も穏やかに活きられるのでないのかね?」
「あ〜〜、まぁ・・・考えられなくもないわな・・・」
何故か王を快く言わない青年ライに、王の肩身ばかり持つ老年の男。
これ以上、希望都市シウォングや真龍騎公の話は聞けないと思ったか
「・・・では、この町は如何かね? 旅人の目からみて・・・」
「ん? いいんじゃないか。清濁併せ呑む みたいな必死の気概も感じるし・・・」
「ふむ・・・」
「贅沢いうなら、冒険する若さが欲しいかな。 歴史ある国だけに無茶だと分かるけど」
「ほうほう」
二人は話と出てきた皿を肴に酒を飲む。一方、全く話に加わっていないシエル嬢は
猫舌だけに未だ熱い焼鳥を目の前で冷ましつつ、二人ともナ〜ニ話しているんだろ〜〜
とばかりに目を細めたまま、尻尾先がフニフニと遊んでいた・・・
二人がそうこう話していること暫し、不意に
 「・・・、ライ」
何に気付いたかピクっと反応する猫耳にシエルはライへさり気無く注意を促す。
「・・・ああ。」
「うむ、如何したのかね?」
「いや、ちょっとね・・・さっきから其処で様子を伺っているのは誰の客なのかと。
単に此処の屋台に来ただけなのか、この人に用事があるのか、それとも・・・俺ら?」
ライが言葉をかけるのは側の三人ではなく、遥か後ろ。路地裏に隠れている何者か。
漂ってくる気配は、存在がばれた事に対しての驚き。それでも動こうとはしない。
「・・・こんな場所で身を隠しているのは無粋ではないかね? 姿を現したまえ」
「つー事だから、場合によっては折角の飯が不味くならないように・・・」
と、ライが手にするのは携えていた破壊剣の握り。ここで騒ぎを起こすつもりはないが
姿を現すなり立ち去るなりしないと、騒ぎを起こす前に事を済ませてしまうぞ と。
向けられた剣気に流石にこのままでは都合が悪いと悟ったか、何者か慌てる事暫し
闇から姿を現したのは、長めの碧髪をポニテにスーツ姿で秘書な感の娘。
「ぬっ、フレイア・・・」
 「・・・、御老公、我々に黙って勝手に出歩かれては困ります」
「こんなところまで来てあまり堅いを申すでない」
と強い口調でありながらも御老公の目が左右に泳いでいるのは己に非があるせいか?
一転、ライは御老公の客と分かり毒気を抜かれてしまった。
「いやはや、俺の客じゃないとはな・・・」
 「「???」」
御老公とフレイアがライとシエルに向けるのは一体如何いう意味と疑問符。
「まぁ・・・こんなヤクザな商売してると狙う奴も多いって事。」
シエルは我関せずとばかりにクァァァと欠伸。
今回は毎度自業自得にシエルも庇いようがないから。それでも遊び(?)には付いて行くと。
ライは、後はただ詮索無用といわんばかりに誤魔化すかのよう麦酒を呷る。
詮索されて困るのは御互い様に御老公もフレイア嬢を目で嗜め、それでもやはり
「フレイアに気付いた事といい、ライ殿は可也の手誰とお見受けするが?」
「まぁ・・・弱くはないわな。少なくとも、その嬢ちゃんよりかは優に・・・」
「ほほう!!」
己に自身があるのかピクっと引き攣るその米神。
「その嬢ちゃん、良くて中忍クラスだろう。 身内に上忍クラスの戦忍がいるけど
表向かって戦って、俺が負けたことないしな。むこうのフィールドでも迎撃出来るし」
フレイアの麗顔が引き攣るのは米神のみならず唇隅も。
一介の傭兵如きがっ!!!
「それはまた・・・その口が聞けるだけの腕前を是非とも見て見たいものだな」
「はい、俺の得物」
「「???」」
「これ見て、俺の腕を察してちょうだいな」
「「・・・・・・」」
渡された破壊剣を受け取り、抜き放った二人の顔は驚愕に。
無骨なまでに強度を求めた片刃直刀の剣は、それでも美しく波紋様のが浮かぶ刃鋼、
漂う気配 決して折れぬ刃は使う者次第で、そこいらの聖剣・魔剣をコワせる事を
悟らせるに十分。
「得物の力に頼ってるなんていうなよ(笑」
「これだけの得物をもてるだけの腕で「何でも屋」とは・・・
何処かの国へ仕官する気はないのかね?」
「これだけの力があるからこそ、何者にも属さない方がいいんじゃないのか?
シガラミに囚われず人として正しい行いを全うする為には、さ」
「むぅ・・・ツクヅク私は志あるツワモノにフられる運命にあるらしいな・・・」
「??? まっ、そんなに気にする必要はないんじゃないかい?
出会えたって事は、何かしら縁があるって事なんだし・・・」
「ふむ、中々達観しておるな・・・やはり勿体無い。
・・・処で、今夜は何処に泊まるつもりかね?」
「町に入ったのはギリギリ、今更宿なんてとれますぇん。って事で野宿決定」
「では、私の処に厄介にならぬかね? 何なら当分居ても構わん」
 「御老公っ!!!」
正体分からぬ不審者を内に招くとな何事ですかっ!!? いくら主と言えと抗議しますっ!!
と態度で語ってくれるフレイア嬢。
「・・・あ〜〜〜、よく言うやん? 見知らぬ人についていっちゃ駄目ってな。
誘いに乗ると、監禁みたいなとんでもない事に捲き込まれそうだし」
「ふふふふ。・・・いい洞察力だ(ニヤリ」
全く何処まで本気で冗談が分かったものじゃなく
御老公の斜後に立つフレイア嬢は勘弁シテクレと。シエルは我関せずと焼鳥をハフハフ。
再び男二人が話を肴に賑わうこと暫し出て来た主食のラーメンからは香ばしい匂い・・・
早速いただき始めたライに対し、シエルは湯気を楽しむのみ。
今まで様子を見てそれを理解していた御老公、一案とばかり
「・・・ライ殿、折角のこの時、余興を楽しみたくはないかね?」
「余興?」
「私の部下フレイアとライ殿のシエル嬢、ドチラが強いか・・・」
「・・・シエルは遊ばない猫だからな、窮鼠猫噛むって展開はないぜ?」
「世の中には虎をも退ける剣鼠というのもおる(ニヤリ」
「確かに面白い勝負が見れるかも・・・やっぱりやめておきますか」
「・・・うむ。」
私はやらねーぞ と、睨むフレイア嬢の無言の圧力に屈服する二人。
シエル嬢は何と首をかしげるばかりであった
結局、花を脇に男達の話は賑わい・・・既に深夜を通り、過ぎ散々喰い散らかした屋台は
肉類完売、本来ラーメンとなる麺も焼きソバ化で空。
フレイア嬢や屋台のオヤジですら椅子に座し、シエルはうっつらうっつらと船を漕ぐ。
流石に絶倫(?)な男二人もほろ酔いに、
「今日はこの辺りでお開きといかんか? 流石に私は歳でな・・・時間が時間だ」
「確かに。 もう、しばらくしたら夜明けか・・・」
「店主よ、迷惑かけたな。 ・・・御代だ。」
と、御老公が懐から出すのは正に繁盛した一晩の儲けに匹敵する・・・
「ちょっと待て、俺には驕ってもらう義理はないぞ。迷惑かけた分、ここは俺が・・・」
「若造が生意気いうでないっ。」
「若造なりに経験積んでるんでね。しょーもない事でカリは作っておきたくないんだよっ」
「この程度でカリなんぞいうかっ」
「オッチャン、ツリは迷惑代にとっておいてくれっ! じゃっ!!」
と、ライは屋台の主に多額の代を渡すと、止める間もなく遁走。それに慌て続くシエル嬢。
そして残されたのは御老公にフレイア嬢、そして屋台の店主。
「・・・店主よ、御代だ」
「既に・・・」
拒否許さず机に代金を載せ歩き出した御老公に、フレイア嬢も屋台の店主に一礼し後を追う。
今夜は超大入りの屋台の主は、超大入りである事以上に珍客に恵まれた事で
ホクホクであった。 これだから夜啼屋台は辞められない。

未だ暗い路、二人が向かう先は・・・聳え立つ王城。
 「・・・カーディナル王、彼は何者でしょう」
とフレイア嬢が尋ねる相手は今まで御老公と呼んでいた老年の男。
「うむ、シウォングの何でも屋「ライ」だそうだ」
 「!!? それならば・・・あの御方はもしかして・・・真龍騎公では・・・」
「・・・かもしれぬな。あの男が真龍騎公ならば、シエル嬢は『疾黒戦姫』
身内にいるという戦忍は『影忍戦姫』・・・中々面白いではないか」
 「王っ!!!」
本来なら他国の王が無防備にうろついている事などその国にとって大問題である。
もし、その王が預かり知らぬ処で殺害されてしまうような事があったら・・・
「ブレイブハーツよりも強い者を誰が倒せるのかね?」
 「それは・・・」
ライのあの感ならば、ブレイブハーツ並みの者達多数に襲われたとしても
逃げることを厭わないだろう。聖剣の使い手ブレイブハーツのようなものはそういない。
いたとしても、その所在は知られ真龍騎公を襲う理由もすることもないと断言できる。
無言に二人が歩いていると、わざとらしいまでの気配で足音を立ててかけてくる娘が。
スーツの上に旅マントと秘書が慌てて旅に出たらこうなる例な身なりなのだが
故に只者でないと一目瞭然。普通の秘書ならば荒野へ出次第に野盗の餌食となるだろう。
 「もし、そこの方々」
カーディナル王を護るために前へ出たフレイア。そんな事を意もせず・・・
そもそも端から二人自体に興味はないのか急いだ感で尋ねる娘。
だから、一見秘書なフレイアを制して御老公なカーディナル王が前へ出る。
「何かね、娘さん?」
 「この辺りで黒毛の猫人の娘を連れた青年の傭兵みたいな二人組みを
見かけませんでしたか?」
「ふむ、・・・それならば先程まで共に酒を呑んでいたが」
 「「!!?」」
「今夜はこれから野宿するといっておったな・・・」
 「ありがとうございますっ!!」
一礼に秘書嬢は二人の脇を駆け抜け、次の瞬間消えた気配に振り返ってみると
恰も亡霊の如く既に姿はなかった・・・
 「王、何故っ!!?」
秘書嬢が真龍騎公を追う刺客かと最悪の事態に顔を青ざめるフレイア。
しかし、カーディナル王は優々にニヤリ顔。
「あの真龍騎公は私と同様・・・。ならば不公平ではないかね?
フレイアに対するのは今のあの娘、「影忍戦姫」なのだからな」
 「!!? !!!」
フレイアは再び「影忍戦姫」の去った方を見る。しかし其処にあるのは人気無い路地のみ。
この直後、脱走逃走中の「真龍騎公」が追手の「影忍戦姫」に捕まったかは知る由もない。
ハイデルベルク王カーディナルと希望都市国家シウォング王 真龍騎公ライ 
本来ならば決してありえない邂逅。
しかし、型破りな王達ゆえに存在する歴史に残らぬ1ページ。

 「ライ、見つけましたよ!!」
「ぬおおおおおっ、俺を殺す気か!!? んなモノ投げるなぁっ!!!」
 「大丈夫です。貴方ならば当たっても死にませんっ!!
シエル、貴女も見ているだけだはなく手伝って下さいっ!!」
 「・・・、クアアアアアア」
 「あああっ、もうっ・・・『十六夜』っ!!」
「それは死ぬっ!! 死ぬっっ!!!!」
その日の早朝早く王都の街並みを小さくも騒がしい嵐が駆け抜けたとか・・・


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