「猫天使」




大国ハイデルベルクにある田舎町プラハ

少し前まではどこにでもある地方の町だったのだが今はハイデルベルクの中で話題ともなっている

一つは冒険者チーム「ユトレヒト隊」の本拠地である事

一つは名店と誉れ高い鍛冶工房「HOLY ORDERS」がある事

これによりプラハの治安は飛躍的に向上し住みやすい環境になっている・・

ユトレヒト隊は冒険者チームの中でも特異な存在、

噂では国王からの依頼すら請け負っていると言われているのだが

だからと言って依頼料が低いと断ると言った真似などはしない

それ故にプラハで悪行を行おうものならば被害者が

ユトレヒト隊と相談した結果無事解決したという事案が数多くある

そうした声を無下に断らないがために彼らは町民全員から頼りにされるようになった

そしてHOLY ORDERSがある事でも治安向上に役立っている

質の良い作品を造るというリュートの評判により騎士関係からの仕事もあり良く

騎士がプラハにやってくるようになったのだ

 

そんな訳でプラハは今日も賑やかな時間を迎えるのであった

 

 

「今日は、随分と人通りが多いな・・」

 

「ええ・・、今日は露天商がやってくるそうでいつもよりも通りが多いらしいです」

 

「ミィ〜♪」

 

町の大通りをゆっくりと歩くはユトレヒト隊が一、クローディアとクラーク・・そしてミィ

三人とも普段着のままでのびのびと通りを歩いている

クラークは意外に面倒見が良い分ミィの世話などもやっているのだが

クローディアは何気に猫が苦手な分隣を歩いていてもどこか緊張している

そうとは言えどもミィに心眼を教え、健常者と変わりがない生活を与えたのは彼女でもあるのだが・・

「なるほど・・、町には余り出ないためにそう言う事は疎くなってしまうもんだな」

「私もそうですよ・・買い出しとなるとキルケやセシルさんが中心ですからね」

苦笑いな恋人達、何気に出不精だったりする・・

クラークは外に出ると何かしら妙なトラブルに巻き込まれる体質故に進んで出ることはなく

クローディアは用事がないのに出掛ける必要などないと、『遊ぶ』という考えが欠落している

そんな訳で身近な町なのに二人は物珍しそうに周囲を進み、

ミィはクラークと手を繋ぎ鼻歌を歌いながら歩いていく

「だが・・、リュートはミィに対して何をプレゼントするつもりなんだろうかな?」

「そう・・ですね。詳しい事は聞きませんでしたが、護身用にとの事らしいです」

「ミィ?ごしんよう?」

「身を守る物の事だよ」

「ミィ〜」

納得した模様のミィ、あどけなさそうで学習能力は結構高い

何せダンケルク王子による英才教育を受けているのだ、飲み込みは非常に早い

「ですが・・ミィには武術の心得がないのは承知のはず・・」

 

三人がプラハまで出歩く発端は買い出し途中のキルケがシャンと出会い頭に会い

ミィを連れてきて欲しいと言った事に始まる

詳しい事は店で話すという事らしくその時はそのまま終わってしまったので

翌日、
頼んでいた武具を受け取りに行くクローディアと同行する事となったのだ

因みにクラークは買い出しに・・、

昨日キルケが必要な物は買いそろえたのだが腹を空かせたケダモノに茶請け菓子を全滅させられたのだ

そこでオシオキをするのはロカルノの役目なのだが昨日はそれにキルケ参戦

・・・とっておきの御菓子、

風華亭の数量限定の幻のセールス品『激ベリータルト』を勝手に食べられてしまった事が

相当ショックだったらしく
酒を煽りながら愚痴愚痴と長時間説教を行っていた

異様な雰囲気での説教にパツキンケダモノは完全萎縮、

正座をしながら何時間もキルケの機嫌をとり続けたという

・・食べ物の恨みは恐ろしいものである

「リュートの事だからそこらの考えはあるんだろうな、とりあえず行ってみようか。

・・後は風華亭・・だな。

あいつ相当怒っていたし・・」

苦笑いのクラーク、流石に恋人に対しては不機嫌なところを出す彼女ではないのだが

それでもボロが出てしまっている分、根の深さは容易に想像ができたとか・・

「予約をしていた超限定品だったらしいですからね・・、仕方ありませんよ」

「にしても・・、あの馬鹿セシルも後先考えずに何やってくれてんだか・・」

「小腹が減ったと言う割には全滅ですから・・ね、よく胃がもたれないものです」

何気に感心するクローディアなのだが、パッキンケダモノにそのような繊細な心配は全く不要

──その胃袋はオリハルコンでできている──

強酸を飲んでも全く無事っぽさそうでありそれを思わせる事も何度かあったり・・

「まぁ、キルケの機嫌直すためにも・・何か美味い物でも探すか・・。

っと、その前にリュートだな。行こうぜ」

そう言いクラークはミィの手を取り目的地へと進む

何気にその速度が速いのは余計なトラブルに巻き込まれたくないからか・・

そんな訳で、三人はやや急ぎ気味でプラハの通りを過ぎていくのであった

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

HOLY ORDERS、その評判と名前からしてさぞかしごつい店を想像してしまうのだが

その店はこじんまりとしており武具を販売している割には小さいと言って良い。

それもそのはず、この店は展示品がほとんどなくそのほとんどがオーダーメイド品なのだ

それ故にどんな代物なのかは完成品を見るまでわからないのだが

そこは名工と呼ばれるリュート、口コミだけでそれだけ繁盛させている

所詮、実戦で扱う物はどれだけ質が良いかが一番。

店の内装や宣伝などとは関係はない

 

「いらっしゃい〜♪あっ、クローディアさんにクラークさん、こんにちわ!」

 

店に入ると明るく声をかけてくるは看板娘のシャン、

長い黒髪を束ねて袖をまくり伝票管理をしていたようだ

元気一杯な彼女、若くしてこれだけ繁盛している店を切り盛りしておりその実力は申し分ない

それ以外にも試し切り等も行っておりまさに万能、

できる看板娘として近所でも評判なのだ

「こんにちわ、さらに繁盛していらっしゃいますね」

壁に掛けられているコルクボードは一つから二つに増えており伝票がびっしり貼り付けられている

しかし威圧感すら感じさせるそのボードの伝票も端から順番に『済』の印鑑が押されており、

きちんと管理されているのがわかる

「ええっ、これが全部新品なら流石にこっちがパンクしますけど

最近ではメンテナンスの依頼が多いので上手く回せています」

「・・ふぅん、元の出来が良いのに修理を依頼する声が多いか・・意外だな」

自身もこの店に世話になっているのだが修理を依頼する事態になった事がない故に、

クラークもいささか驚いた表情を浮かべている

「え〜・・まぁ、仕事が忙しくて自分でメンテナンスをする暇がなかったというのがほとんどですね。

幾らリュートの腕が良くても完成後の管理は依頼主さんですから。

依頼主さんがきちんと管理していないとどんな名剣でもすぐに折れるものですよ」

日頃の手入れ、それは何事においても非常に大切なものである

物質は日々変化しているのだ、それが金属ともなると影響も受けやすい。

刀にしても二級品ならば一月手入れしないだけでその刃はくすんでしまうと言われている

「手入れこそが大切だと言うのに・・不届き者も多いのですね」

「仕方ありませんよ、昼夜問わず働いている人が大概ですから・・

ああっ、でも中には〜・・どうも怠けている人もいるようですね。

・・まぁ、そこはこちらも商売という事で割り切っています。あっ、ではリュートを呼びますね!」

そう言いながら奥へと歩いていく

なにげない動作、しかしそれには無駄がなく彼女が昔血なまぐさい事をしていた名残を感じさせた

「商いも大変だな・・」

「そうですね、キルケやセシルさんならば上手くできるのでしょうが・・」

「はははっ、キルケは切り盛りが上手いからな。セシルもボロを出さなければ良い稼ぎをしてくるし」

迷惑女なセシルだが意外にも商才はある

元々愛想は良くて逞しく生きている分どんな状況でもマイナスをプラスに持って行く事ができ

真面目に働きさえすれば財はすぐに溜まる

・・が、浪費癖があるために結局手元に戻るのは僅かばかりになってしまうという・・

「あっ、いらっしゃい!」

その中で奥の工房より姿を見せるは今日も汗一杯なリュート、

小柄な犬少年なのだが造る物はどれも一級品、

そのためにイメージが先行しており初めてここに来た客は彼が店主だと中々信じて貰えない事も多い

「おう、今日も忙しそうだな〜。まだ改築しないでいいのか?」

「え〜・・ははは、まぁ機能的に使わせてもらっているのでまだまだ、大丈夫です!

あっ、それじゃ中にどうぞ!」

そう言い手招きするリュート

本来ならば工房内に客を入れるような真似はしないのだがクラークは特別な客

なんてったってこの店を造った人物なのだ、

遠慮する必要もなく、クラークもまた自然にカウンターの中に入り

工房へと足を踏み入れるのであった

 

・・・・・・・

 

工房内、

そこは休憩スペース以外にも仕上げた品を置いているテーブルなどが置かれている

そして当然の事ながら鉄を打つスペースも充実、

小型にして機能的な炉も完備されており室温はやや高い

しかし今は作業中という訳でもないらしく仕上がった防具の管理をしていたようだ

「え〜っと、ミィちゃんへのは後にして先ずはクローディアさん用の物ですね。これです」

そう言い取り出すはやや幅が広い直剣形の短剣

刃の厚みはそれほどなく一番の特徴は握り、楕円形の輪っかが鍔から伸びている独特な物

「ふぅん、随分と変わった形だな」

「投擲専用という事で色々と考えた試作品です、

剣の柄は『持ちやすい』ですが『取り出しやすい』とは言えませんからね。

ですので、取り出しやすく、かつそのまま投げやすいようにするために握りではなく輪にしてみました」

「なるほど、確かに取り出しやすいですが投げるのには少しコツがいりそうですね」

試しに輪を持ってみる、それを握る事はできないが投擲には支障はなさそうであり中々持ちやすい

「実際試して見ましたがそれほど難しくはありません。的を用意してますので、どうぞ」

そう言いながらシャンは厚めの木の板を工房を隅に置く

それにて試していたらしく木は穴だらけとなっていた

「では・・」

軽く手に持ち的を目掛け短剣を投げる・・

 

それは意外にも真っ直ぐに飛び木板のど真ん中にストンと突き刺さった

「切れ味は鋭いようだな・・」

「重量を極力削りましたからね、重さがない分威力が下がらないように頑丈さと鋭さには神経を使いました

まぁ、握りを輪にした分軽さもありますからね」

「確かに・・以前のクナイに比べて重さは気になりませんね。

刃がやや大きいでしょうが厚みがない分携帯性も優れています」

「流石はクローディアさん♪刃の幅が広い分厚みをなくさないと中々携帯しにくいですからね。

一応10本セットで専用携帯ケースも作りました。

すぐに取り出せて投げられるようにしています!」

そう言い見せるは頑丈な革で作られたケース、

中には一本づつ仕切られており一つにつき5本携帯ができるようになっている

だが刃が薄い分5本入っていても気にならない程度の厚みでありベルトなどに付けられるように工夫がされていた

ただ金属を叩き整えるだけが鍛冶の仕事ではない、こうした付属品まで気を使ってこそ一人前なのである

「ありがとうございます・・銘は?」

「『雲散霧消』です、風を切る様がそれらしいので付けました」

「良い銘です、では・・ありがたく頂戴します。ですが・・料金は・・」

「あっ、いえ♪前払いしていただいた金額で結構ですよ。

材質は鉄と軽鉄ですので稀少な物は使っていませんですし・・」

「・・それだけであんだけの切れ味を出したのか?」

「頑丈にさせる製法とかもありますからね、後は良く研いだらあのぐらいは軽いですよ

それに威力に一番影響を出すのは投擲者自身の技能ですから、

クローディアさんの実力あってのあの切れ味です」

リュートが説明するもその通り、

どんなに切れ味を鋭くしたとしてもそれを一番効果がある角度に正確に突き刺せる技量がなければ意味がない

使えてこその武器、なのである

「・・わかりました、良い物をありがとうございます」

「いえいえ、結構出来がよかったので・・数が足らなければ追加で造ります。いつでも言ってください♪」

っと気前の良さを見せるリュート、

実際のところユトレヒト隊からの依頼は最優先で仕上げている分贔屓にしているのは間違いはない

「ふぅん・・、じゃあ俺も少し頼もうかな。クローディアほどじゃないが投擲も少ししないと」

「わかりました!では10本ほど製造しておきますね。」

「頼む、・・んじゃ、俺達の話題はここらにして本題だな。ミィ、こっちゃこい」

そう言い椅子に座りながら出された茶菓子をモチャモチャ食べていたミィを呼ぶ

「ミィ〜♪」

何か良いことあるのかと喜びながら走ってくるミィ、

流石は心眼修得者

器用に工房の設備を避けてクラークの元へやってきた

「それじゃあ、説明しますねぇ。ミィちゃんも色々と有名になってきているようなんですよ。

まぁそれだけ神父さんのお務めを手伝っているという事なんでしょうけど・・

そこで、何かあったとしてもミィちゃんが無事なように

護身用の道具を作ってくれないかと神父さんに頼まれましてね」

「・・何時の間に・・、しょっちゅうあちらこちらに行っている分何しているのか俺達全然わからないよな」

一応は同じ空間で過ごしている神父なのだが教会を空ける事は多い。

それについてミィも同行する事が多いのだ

「神父さんの評判は良く聞きますよ?

何でもこんな田舎町にいるのが不思議なくらいなんだそうで司教の話もあるんだそうです」

「・・本当かよ、シャン・・。竜帝から司教か・・凄い転職だな」

人が良く落ち着き払っている神父なのだがかつては軍事大国で将として生き

飛竜に跨り大空を制したとさえ言われていた男であったのだ

もっとも、それを知る人間など極少数であり神父自身も過去は捨てている

それでも過去の一件以来、シュッツバルケルを束ねている現女王ミネルバから定期的に手紙が届いているのだが・・

マメにそれが送られている様子からして見れば何かの相談という訳ではなく・・・

それ故にたまにミィを残して遠出をする神父に対して

キルケやセシルはミネルバに会いに行っていると睨んでいるのだ

「理由はわかりましたが・・護身用とは言え本人にそれを扱えるだけの技量がなければ意味などないのでは・・」

「それはそうです。ましてはミィちゃんにはそんな武術の心得なんてないですからね。

だからこれを使うのです!」

そう言い取り出したのは白いロザリオ、それは中々細かい装飾がされている

見るからに装飾品なのだが普通のロザリオと違い、

材質は独特で金属のようで金属ではない不思議な感じを与える

「ミィ・・?」

それを受け取って触ってみるもやはり妙な感じがするようで首をかしげている

「ミィちゃんは簡単な魔術を使えるんだよね?じゃあこのロザリオに力を込めてみて?」

「ミィ?ミィ〜〜!!」

リュートに言われるままにロザリオを手に取り魔力を込める・・

その瞬間にロザリオは音もなく砕け散り粒子状となり宙を漂う・・

そしてそれはミィの背中に集まりだしたかと思うと淡く白色に光り出してまるで天使の翼のような形で固定された

「こ、これは・・」

「これがミィちゃん用の護身用武器です。ミィちゃん、どんな感じ?」

「ミィ・・せなかになにかついている」

「動かせそう?」

「ミッ!」

力強く頷くとミィは先ほどクローディアが的とした木の板の前まで歩く

すると、背中の翼がまるで意志を持つかのように伸び・・

 

斬!

 

板を袈裟切りにして見せた

「ミィ〜」

「うん、上々だ。・・っというかすごい適応力だね、もっと戸惑うかと思っていたんだけど・・」

「ミィ、かってにやってくれるの」

「その通り、ミィちゃんが攻撃目標を決めたら後はその翼が迎撃してくれるから。

どんな攻撃をするかはイメージとしてミィちゃんに伝わってくると思うから大丈夫だよね?」

「ミィ!」

もう一度力強く頷く、そして自らの意志で翼を解除し再びそれは粒子状になったかと思いきや

再びロザリオの形へと戻っていった

「・・すごいなぁ・・、どんな原理なんだ?」

「東国にそのような武器がありまして、参考に造ってみたんです。

特殊な金属粒子が結晶化されたのが今のロザリオの状態ですね。

それが持ち手の魔力を受けた瞬間に起動して粒子状に変化、

空気中の魔素を取り入れて翼の形状となり持ち手の背中に展開される訳です。

後は自動で迎撃してくれますよ、使い慣れたらオールレンジ、攻撃に対応でき手足のように動かせる優れ物です」

「自動ならば護身用として申し分ないですね・・ですが・・東国にそのような物があるとは・・」

「僕も正直驚いています。あちらの方が非常に安定しておりますから・・

ここいらの魔術とは系統が違う分、相当独特な技術で造られたんでしょうね」

「ふぅん、でっ、展開し続けても大丈夫なものなのか?」

「ええっ、基本は起動時の魔力が一番高くて展開中は外魔素を消費していきます

・・まぁその間にも持ち手の魔力は消費されるのですがミィちゃんの事を考えて極力燃費は抑えていますよ」

「なるほど・・。ですが、翼の形状にする意味はあるのですか?」

基本的な質問をするクローディアさん、

実用性重視な彼女故にロザリオのままでもいいのでは・・っと思ってしまう

「まっ、天使の翼なんて表れたら敵に動揺を与えるでしょう?

それに、展開時は正しくミィちゃんと一心同体です。つまりは飛行も可能!

・・魔力消費が激しい分短距離飛行に限られますけどね。でも上手く風に乗れば滑空はできます」

「・・飛ぶのは余り進められたもんじゃないか。まぁそれでも護身用には心強いもんだな」

「ミィ〜♪」

嬉しそうにロザリオを手に持つミィ、その仕草一つが愛らしく

それがまた彼女の注目度を上げているのである

「喜んでいますね、ですが・・これだけの技術を使用したとなると開発費用も馬鹿にならないのではないですか?」

何せそれはどこにでもある物ではない

初めての試みで造り出された高性能の魔導具なのだ

「そう・・ですね、まぁ素材と加工を考えたら・・最高額を更新できますね」

「・・最高・・か・・」

今までユトレヒト隊はリュートに色々と依頼をしている、

中には城一つ丸々買えちゃうという代物さえあった

それを更新するとなれば・・

「ああっ、いえ。お代はすでに神父さんから頂いています」

「・・参考までにどんなもん?」

「え〜っと、こんな感じです」

そう言うとクラークの手に指で数字を書く

「・・・・・・・、どこで・・そんなに稼いだんだ?神父・・」

「ははは、まぁ・・色々ある人のようですのでそこらは気にしないで行きましょうよ」

「・・そだな。んじゃ、そろそろ帰るか。ミィ、礼を言っておけよ」

「ミッ!ありがとう!」

そして深々と礼をする、その仕草は非常に愛らしく礼儀正しい

流石にアミルと神父が躾をしているだけあって良くできた子である

「どういたしまして、大切に使ってね?」

「ミィ!」

「あっ、クラークさん、それじゃ『雲散霧消』を後3セット、15本の注文でよろしいですか?」

帰る前に注文の確認をするリュート、

きちんとそれを訊く癖をしておかないと店の主は務まらないものである

「ああっ、そうだな。これだけの性能だとロカルノの分も用意して問題ないだろう」

「なるほど!ではこれはユトレヒト隊専用モデルにしますか♪」

「まぁ・・消耗品にするにしちゃ高いからな。他に需要はないと思うけど・・」

「そこまでお金が回る人も少ないですからねぇ・・まぁ、一応はユトレヒト隊専用という事にしておきます」

「ありがとうございます」

やや嬉しそうに頭を浮かべ一礼をするクローディア、

心内では兄と同じ武器を持つ事が嬉しいようだ

なにげない事で幸せを感じる剣術娘、赤貧経験はマイナスのみではない

「それじゃ、俺達はお暇するぜ。仕事がんばれよ」

「はい!それでは早速、皆さんの分も取りかかります!」

「お願いします。では兄上・・そろそろ参りましょう」

「おう、そうだな。奮発してキルケの機嫌を治してやるか・・流石にナイフじゃ喜ばないだろうしな」

頭を掻きながら苦笑いなクラーク

自分に関わりはない事とは言えども恋人の機嫌を治すのは彼氏の役割な訳で

高価なケーキをセットで買うこととなった

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

数日後

その日は珍しくユトレヒト隊は全員出払っていた

大抵誰かが館の留守番をしているものなのだが、有名な冒険者チームともなると依頼の数も多い

そしてその内容も困難なモノが多い

故にその日は単独ではなくチームプレイで依頼を受け

ロカルノ班とクラーク班で二つの大きな依頼を遂行する事になったのだ

その移動手段はメルフィ&アミル。

クラーク班は国外の依頼故にメルフィによって飛行し、アミルはロカルノの相棒としてそのサポートに徹している

それだけの面々が揃っている以上解決できない依頼などはなく、首尾は上々であった

 

「ミィ〜・・」

 

その中、館にはミィが一人・・

いつもは教会で暮らしているのだが神父も留守故にここでお留守番となったのだ

全盲な少女の休日は意外にきっちりとしている

心眼があるが故に読書以外は健常者と何も変わらず自分の身長の範囲でできる掃除を行っていた

神父とロカルノによる教育の賜か、

盲目の猫少女は完璧にそれをこなし仕事終わりにお茶を淹れ一息ついていた

談笑室で一人寛ぐのも寂しいものなのだが産まれてここで暮らすまでは天涯孤独の身であったミィには

そこらは余り気にしていない様子でカップを両手で持ち好みである温めのお茶を飲んでいた

そこに

 

バンバンバン!

 

玄関を大きく叩く音が・・

『すみません!ロカルノさん!いますか!!』

そして轟くはせっぱ詰まった女性の声、どうやらただ事ではない様子でありそれはミィにもよく伝わった

ともあれ、留守番をしている以上応対にでるのがお仕事と

ミィは飲みかけのお茶をテーブルに置き玄関へと向かって扉を開けた

「ミッ・・どちらさまですか?」

丁寧に挨拶するミィ、それを見て急いでやってきた若い女性は呆気に取られた

「え、あ・・ミィちゃん。ロカルノさんいる?」

「ミィ・・みんないまおしごと」

「・・・ああ・・なんてことなの・・」

「どうしたの?」

「えっ、うん・・今プラハが大変なの!変な盗賊団みたいな人達がいきなり襲ってきて大暴れしているのよ!

自衛団じゃ刃が立たなくて皆避難しているの、ミィちゃんもここから出たらダメよ!」

「・・ミィ・・じゃあ・・おねえさんどうするの?」

事の重大さがわかっているのかわかっていないのか、落ち着き払った声で訊くミィ・・

「ユトレヒト隊の皆さんがここにいないのだったら

別の街の自衛団か騎士団に救援を求めるしかないわ、危険だけど・・・」

このまま放置しておく事は出来ない、

例え非戦闘員でも街のために動かねばならないと女性は決死の表情を浮かべている

・・だが・・

 

『おっと、そうはさせねぇぜ』

 

「っ!?」

不意に後ろから男の声がし女性は慌てて振り返る

そこには使い慣れたと思われるバスタードソードを片手に静かに笑う金髪の男が・・

着ている物は軽装の戦闘服なれどどれも使い込んでいるのがわかり

風貌としては傭兵そのものである

「急いでどこかに走っていくと思えばこんなところに館があったとはな。

でも・・肝心の相手は、どうやらお留守のようだな」

「・・あ、貴方達!・・こんな小さな町を襲ってどうするつもりなの!?」

「さて、ね。これも仕事だよ・・まぁ略奪なんてどこにでもある話じゃねぇか。

そんな訳で姉ちゃん、大人しく俺の言う通りにすれば痛くはしねぇぜ?」

「・・い、嫌よ・・!」

「まぁそう言うなよ、お前みたいな行動的で気が強い女って中々好みでなぁ・・。

それに、言う事をきかないと後ろのガキが死ぬ事になるぜ?」

「・・っ、ミィちゃん、早く逃げて!」

「ミィ・・ミィ!!」

女性の必死な叫びに対しミィは女性を庇うように前に出た

「あっ、なんだ?」

「おねぇちゃんいじめる、ゆるさない!」

「ミィちゃん!」

雄々しく指を刺して叫ぶミィに女性は真っ青になる

「はははは、なんだよチビ、俺とやり合うってのか?言っておくが俺は女子供でも容赦しないぜ?」

そう言い脅しとばかりにバスタードソードを構える男

殺気も出ているのだがミィには全く通用せず・・

 

「ミィ〜・・」

 

指でチョイチョイと相手を挑発する、その度胸たるや見事

こうした駆け引きはセシル譲りか・・

「てめぇ!」

子供に馬鹿にされて逆上する男、

挑発にまんまとひっかかりバスタードソードを構え突っ込んでいく

それなりに戦場をくぐり抜けたであろう力量・・

だが相手が子供も油断しきっているのがまずかった

「ミィ!!!」

強く握り締めるロザリオ、次の瞬間それは砕け光る翼となり戦闘態勢を取る

「なっ!?」

驚いた時すでに遅し、翼は形状を変え猫の手の形になり凄まじい速度で伸びる!

 

バキィ!!!

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

気持ち良いほどのクリーンヒット、

猫手のストレートは男の顔面を強打させその体は凄まじい勢いで吹き飛び

地面を転げ回った末に教会の庭にある墓石に激突して静止した

ぐったりと倒れる男・・

得物を離し目を剥いて気絶をしておりピクリとも動こうとはしない

「ミィ!」

上出来とばかりに胸を張り翼を戻すミィ、そんな様子に女性は唖然としている

「ミィちゃん・・」

「ミッ、まちにいってくる・・。おねえちゃん、ここでまっていて」

「ミィちゃん!駄目よ!危険だわ!」

「だいじょうぶ、ミィ、がんばる」

そう言い胸を張って走り出すミィ・・呆気に取られる女性は彼女を止める事はできなかった・・

 

 

・・・・・・

 

 

 

プラハの大通り

いつもの活気はどこへやら、今は通りに出ている者は一人もおらずところどころに血が飛び散った形跡が残っている

おそらくは自衛団との戦闘の影響だろうが死体がないところその結果がどうなったのかはわからない

「ミィ・・」

その中煉瓦造りの通りをトテトテ歩くは修道服姿のままなミィ、

手にはあのロザリオを手にし、子供ながらにしっかりとしたブーツを履いている

フードは脱いでおり特有の形状を持つ猫耳が頻りに動いている

本物の猫と同じく猫人は耳が良い、こうして耳を動かし状況を確認するのだ

この聴力が感覚の鋭さを養い彼女に心眼を授けたのかもしれない

「っ・・こっち」

何かを察知し歩を進めるミィ、

その歩みに迷いはなく人が全くいない通りを進んでいく・・

すると、通りに斧を担いだ曰く付きの男と刀を持つ傭兵風の男が何かを話しておりミィの姿に気付いた

「よぉ、小さいシスター、どした?ここは危険だぜ?」

「そうだぜぇ、なんせ怖いおじさんが一杯いるんだからなぁ」

「ミィ?ミィ〜・・」

目の前の男達が妙に軽く接してくるためにミィはこの二人を倒すべきか少し悩んでいるようだ

「・・なんだ、こいつ。目が見えないのか?」

「そのようだな・・まぁそうでもなけりゃこんな状態で通りをウロウロするわけないか。

まぁ、その手の趣味がある奴には高く売れそうだな」

「ミィ!わるいひとやっつける!!」

ビシっと二人に指さし宣言するミィ、

その姿が二人にはさぞ滑稽に見えたのは大声で笑い出した

「はっはっは!!こいつは面白れぇ!」

「全くだ!いいだろう!ほれ、サービスだ。どっからでもかかってこいよ?」

ニヤニヤ笑う男達、おおよそこんな小柄な猫少女が自分達を倒せると思ってはいないのだろう

しかし

「ミィ!!」

次の瞬間に少女の背中に光の翼が表れる、幻想的な姿に二人は一瞬呆気に取られる・・が・・

 

バキィ!!!

 

「「ぐぁぁぁぁ!!!」」

次の瞬間、翼は鋼の拳となり男達にめり込む

凄まじい一撃は快音とともに巨体を吹き飛ばした

見事なまでの攻撃なのだが男達に悲鳴を上げさせたのがまずかった、

周辺で好き放題やっていたゴロツキ達がそれに気付き一斉に集まってきたのだ

 

「っ、なんだありゃ・・」

 

「翼が生えたガキ・・、獣人か?」

 

「知るかよ。だが、あいつがあの二人を倒したみたいじゃねぇか。一つお礼はしねぇとな!」

 

口々にそう言い得物を構えてミィに襲いかかる

「ミィ〜」

その様子を冷静に見つめミィは軽く構えた。

武術の心得などない彼女、それは日頃訓練をしているユトレヒト隊の姿を真似た物

それでも中々様になっている

・・しかし、この場合は相手をその気にさせるための行為でしかなく・・

「てめぇ!!」

男の一人が剣を構え襲いかかってきた

扱いやすいロングソード、その切っ先は確実にミィを捉えている

子供を殺す事に躊躇など全くなく目の前の猫少女に向けて斬り掛かる

「ミッ!」

しかしそれよりも早く光翼が走り、男のロングソードを切り飛ばした

得物の手入れが悪いのか、その光翼の切れ味が凄まじいのか

その男はどちらが本当なのかわからないままに追撃の光翼による拳により吹き飛ばされた

電光石火の攻撃、それは正しく獣人少女が行うようなものではなく強力無比な戦士が行う物・・

そこにいたゴロツキ達全員がそれを直感した

 

「い、一斉にやっちまえ!!」

 

「「「おおおおおおお!!!」」」

 

手加減無しに集団で襲いかかる、得体の知れない武器はあれどもそれは一対の翼

先ほどの動作からして翼は独自の動きをする、

つまりは二刀流の剣士と対峙したようなものであり

一斉攻撃を行えば捌ききれないと勘ぐったのだ

その思惑はある程度正解であった、翼以外ならば相手は少女

囲い込むように動けば逃れる事はできなくなり360度得物を持つ男達が襲いかかる

しかし・・

「まもって!」

男達が得物を振り上げた瞬間ミィの翼が彼女の体をすっぽり包み込むように折りたたまれる

 

キィン!!!

 

「か、かてぇ!!」

 

一斉に振り下ろされた剣や斧、勢いをつけたはずの得物は翼の防御を打ち破る事はできずに弾かれてしまう

その瞬間に・・

「ミィ!」

気合い声とともに勢い良く翼が広がる!

 

バキィ!

 

「うがぁ!!」

「げはぁ!」

衝撃のみではなく打撃も加わり攻撃を加えた男達は全て吹き飛ばされた。

しかし、これだけで終わりではない・・

見れば光翼から数本、羽根が舞っており光の羽根は宙を華麗に舞いながら尾を男達の方向へ向けた

「うてぇ!」

ミィのかけ声とともに尾からは光の魔弾が発射されて態勢を崩した男達に降り注ぐ

一発発射されると羽根はそのまま粒子状になり翼の元へと還っていき綺麗に消滅していった

そして放たれた魔弾は必殺の威力はないもののショックを与え気絶させるには十分な威力を持ち

よろめいた男達は見事にその直撃を受けてうめき声を上げながら気絶をするのであった

 

「ミィ〜・・」

 

粒子が元に戻ったのを確認してから翼を解除するミィ・・

見れば先ほどまで自分を取り囲んでいた男達が全員気絶をしており異様な風景となっていた

その気になれば簡単に殺せるほどの威力を持っているのだがそこはミィの優しさ

どれも2,3日は目が醒まさないほどのダメージを受けたのだがとりあえずは全員息はしている

そんな様子にミィは安堵の息を漏らした

いかに悪者と言えども命まで奪う事はいけない、

幼いと言えども聖職者であるミィにはそれがよくわかっており加減をしているのだ

そこに・・

 

『・・騒がしいと思えば、妙な嬢ちゃんが暴れているじゃねぇか』

 

不意に聞こえる男の声・・、

今までと違う雰囲気にミィも耳を動かしてその方向を向いた

そこに立つは黒い眼帯をした傭兵風の男、

黒い長髪に着ている物はいかにもならず者と言った感じで獣毛の外套を羽織り

腰に下げるは業物のサーベル

「ミィ・・、だれ?」

気配に思わず警戒するミィ、それに男は軽く笑みを浮かべる

「ここを襲った集団の・・頭ってところか。名はランドルフ・・嬢ちゃんは?」

「ミィはミィ!おそったらだめ!」

胸を張り男、ランドルフに対してそう言うミィ

相手が只者ではない事は感性の鋭いミィ故にすでに感じ取っているのだが、だからと言って物怖じもできない

若くともその肝の据わり様は見事である

「ははは、そいつは悪い。

まぁ〜、ならず者のやる事っちゃそう言うもんなんだよ・・って嬢ちゃんには早いか」

「ミィ・・」

「安心しな、今のところ誰一人殺しちゃいねぇよ・・。

こんな大国の中でそんな事やっちまったら後が面倒だからなぁ・・

まぁ、それなりに好きにはやらせてもらっているが、な」

「ミィ!いけないこと!」

「ごもっとも、理解してくれとは言わねぇよ。さてと・・嬢ちゃんは少々やりすぎた。

それに、どうやらあの連中と繋がるがあるようだからな。少々痛い目は見て貰うぜ」

そう言いゆっくりとサーベルを抜き切っ先をミィに向ける

「ミィ〜!」

それに対してミィは光翼を展開して構えた

その瞬間に襲いかかるランドルフ、

手に持つサーベルは実戦用であり無骨でありながらもよく手入れがされており
ギラギラ光っている

それを操る腕も相当な物であり先ほどまでの男達とは勝手が違う

「おらぁ!」

放つ一閃は強烈な斬撃、太刀筋からして我流の喧嘩殺法に近い荒々しさがあるものの

豪快であり生きた剣である

ミィはそれを軽く飛び退き回避をする

通常ならば到底逃れることができないものの心眼という技術は『見切り』の集大成とも言える技術

軌道を見切るのはお手の物である

しかしそこからは繋がらない、元々彼女は戦闘訓練を受けていない

軌道を見切ったとしてもそれを回避する動作までは上手くはできない

それはランドルフに気付かれており初手の横薙ぎが回避された後にそのまま踏み込み足払いを仕掛ける

回避にもたついた処で体勢を崩すつもりだ

「ミッ!」

その目論みはミィも理解できており不安定な体勢のまま翼を地に突き刺し足払いの防御と同時に体勢を整える

金属並の堅さを持つ翼の防御はランドルフの蹴りを見事に受け止めるがそれも一瞬の出来事、

すかさず足を引っ込めて次の攻撃に移ろうとする

そしてミィも片方の翼で牽制の斬撃を放つ

懐に潜り込まれた状態だが翼は柔軟性があり確実にランドルフを捉えている

「あめぇ!」

翼の刺突攻撃をギリギリで回避してそのまま剣を構えるランドルフ

抜群の反応は死線をくぐり抜けた物が持つ勲章、

それはこの男にも備わっており普通ならば防御をするか

避けきれずに傷を負うような攻撃でも紙一重で回避してのけた

そして突き放つサーベルの刃、今度はミィの身が危ない

「ミィ!」

咄嗟に足払いを止めた片翼を跳ね上げ翼を交差してその刺突を防御する

・・しかし、勢いまでは殺されずに刺突を受けた衝撃でミィの体は宙を浮き飛ばされる

体重が軽い分重い攻撃までは受け流す事は出来ないようであるのだがその分身のこなしは上手く

吹き飛ばされながらも翼を器用に使い見事着地をした

「ミィ〜・・」

そのまま防御姿勢を解き体勢を立て直すミィ、

多少息が上がっているようで表情は明るくはない

「へっ、目を瞑っていたり妙な羽根使ったりと面白い嬢ちゃんだ」

対しランドルフはまだまだ大丈夫な様子であり軽く起き上がって剣を構え直した

「おもしろくない」

「へへっ、そうかい。だがそれが現実だ、

嬢ちゃんは感性は良いんだろうが身体能力に関しては素人だ

何より実戦慣れしていない。慣れない戦闘の連続でもう息が上がっているだろう?」

「ミィ・・」

「まぁ、そう言う事だ。そこらに転がっている連中なら幾ら来てもたたきのめせるだろうが・・限界もある」

「まだ、だいじょうぶ!」

「気丈なこった、流石はユトレヒト隊の一員ってところだな」

「・・!?」

「驚いたか?まぁ嬢ちゃんにはまだ早いだろうが、

こんなどこにでもあるような町を襲ってのは結構割があわねぇんだよ

それを行うには相応の訳がある・・例えば復讐とかな」

そう言い静かに笑うランドルフ、見えてはいないがその不気味さにミィは一瞬身震いをした

「ふくしゅう・・」

「俺個人の拘りってところだ。まぁそんな訳だ・・嬢ちゃんが連中に関わりがある事は確かなようだし

切り札として使えそうだからなぁ。

仲間を人質に取られちゃ、流石のユトレヒト隊も形無しだろう?」

「それ、ひきょう!」

「だから言ったろ、嬢ちゃんにはまだ早いってよ。それに・・時間を掛けすぎだ。

対多数戦では一人相手に時間を掛ければ・・不利になっていくもんだぜ?」

そう言いランドルフは手を上げる、

すると通りの角から姿を見せる男達、

どれも得物を構えておりいつでも襲いかかってこれる状態であっと言う間にミィの周りを囲いだした

「ひきょう!」

「それが実戦ってもんさ。・・捕らえろ!」

勇ましく声を掛け周りに命令を出すランドルフ、

そして男達は一斉に襲いかかろうとしたその時・・

 

『実戦か・・、だがそのような手を使う輩に勝利を掴む事などはない』

 

どこからともなく、澄んだ声が響き渡り男達の動きがピタリと止まる

その声を主はミィのすぐ裏にある家屋の屋根に立っていた

そこにいるは長い緋色の髪が麗しい麗人、碧眼は凛々しく、

着ている物は白を基調した軽装の旅着なれども

ブーツや篭手は戦闘用であり手に持つは長い柄の両端に刃が付けられた両刃槍

異質な得物を持つ女戦士ながらもその気配は只者ではなく周りを圧倒とさせる何かがある

「何者だい、あんた?」

「通りすがりの正義の味方・・っとでも言ったら信じるか?」

女はそう言い屋根から華麗に飛び降りる、その身のこなし一つで力量という物はわかるもの・・

ミィを庇うように降り立つ女に対して、ランドルフの見る目が変わった

「ミィ?ミィ〜・・・」

対しミィも目の前の女性とどこかで会った事がある気がして首を捻る

記憶力は良い方なのだがそれでもミィには彼女が誰なのか思い出せないようである

「ふっ、目が見えない分憶えられていなかったか。それも仕方あるまい」

そう言い静かに笑う女戦士、そして静かに槍を構えた

「ちっ、やれ!」

忌々しげに指示を出し屈強な男達が一気呵成に襲いかかる

「はぁ!!!」

それに対し女戦士は豪快に槍を払い迎え撃つ、リーチの長さに加えてその一撃は非常に鋭く重い

斬り掛かろうと得物を振りかぶった男の腹を切り裂き、すかさず次の標的を突き刺す

両刃の槍は扱いが難しいが、その軌道はトリッキーで掴み所がない

槍の特性である刺突攻撃が繋げやすく刃も通常より大きい分横薙ぎの一撃は豪撃ともある

そして女戦士は両刃槍の扱いに長けておりその隙は全くない

刺突で急所を狙い、横薙ぎで吹き飛ばす・・

十人ほどいた男達は瞬く間に一人の女戦士によって倒されるのであった

「・・ちっ、やはり無理か」

「ふん。他に増援を呼ぼうとしても無駄だ、すでに制圧している」

 

 

『その通りよ!』

 

『プラハに闊歩するお前の部下は全て捕らえた!後はお前だけだ!』

 

女戦士に合わせるように再び天より聞こえるは一組の男女

「リュート!シャン!」

家屋の屋根で雄々しく立つは正しく鍛冶工房の主と看板娘、

しかしその手には得物が握られており歴戦の戦士としての風格を現している

「ミィちゃん、まったく・・無茶をするよ」

「ミィ・・」

「でもよくがんばったわ、ミネルバさん!大丈夫ですか!」

軽快に屋根より飛び降りてミィを庇うリュートとシャン

「この程度、準備運動にもならんさ」

不敵に言ってみせる女戦士ミネルバ・・その様子にランドルフは笑いを浮かべた

「なるほどな・・、古代兵器を使うって言うHOLYORDERSの店主が

襲撃と同時に逃げおおせたって聞いていたが、

応援要請をしに行っていたとはな」

「流石のこれだけの数だと僕達だけでは厳しかったからね」

「もうすぐ騎士団もやってくるわ、逃げ場はないわよ」

「逃げる・・ねぇ、そこの女と対峙している以上逃げようもねぇ気がするけどな。

・・お前ら、クジ運いいじゃねぇか」

「・・えっ?」

「両刃槍の達人、そして圧倒的な威圧と気品を持つ緋色の女戦士とくれば

ミネルバ=ストライボス以外にはいねぇよ」

「・・ほぉ、お前のようなならず者にも私の名は知れていたか」

「そりゃな、軍事国家シュッツバルケルの新女王ともなりゃ有名人だろう?」

「「ええっ!?」」

その真実に驚愕するリュートとシャン

流石はパートナーと言うべきか、リアクションのタイミングが全く一緒であり息が合っている

「そうでもないさ、この二人は気付かなかったのだからな」

「へっ、そうかい?まぁユトレヒト隊と手合わせするのは難しいが、

あんたほどの女ならば手合わせするのも悪かないな」

そう言いながらサーベルを構えるランドルフ、

口調は軽いが放つ殺気は本物であり強者と手合わせする事に対する喜びすら感じる

「私か?残念ながら、貴様と相手をするのは私ではない」

「なんだと・・?」

「ふっ、ミィ・・休憩はもういいだろう。存分に戦うと良い」

「ミィ・・?」

「お前もユトレヒト隊と共に過ごし、マーチスに教えを受けている身ならば引けぬ時は、わかるだろう

だからこそ、その体で戦場に足を踏み入れたはずだ」

振り向き穏やかに微笑みかけるミネルバ

「ミィ!!」

それに応えるように力強く頷くミィ、そしてロザリオを握り締めてミネルバの前に出た

「ミィちゃん!大丈夫なの!」

「だいじょうぶ!!」

気迫とともに前に立つミィ、その姿にミネルバは静かに頷いた

「リュート、シャン、手出しは無用だ。それよりも他に残党がないか見回ってくれ」

「わ、わかりました・・ミネルバ・・さんは・・?」

「見届けさせてもらうとするよ、あの男の『娘』の戦い様をな」

不敵に言うミネルバに対しリュート達はそれ以上何も言えず、街の安全を確認すべく行動を開始する

そこに残るはミネルバとミィ、ランドルフの三人であり

戦いを邪魔する者はいなくなった

「・・へっ、女王様も酔狂だな。勝負は見えているってのに」

「結果の見える勝負などはない、勝敗は終わってみなければわからぬものさ」

「ミィ!」

ミネルバと同意見っと言いたいのかそのまま気合い十分にミィは光翼を展開した

「・・しゃあねぇ、なら・・本気でいくぜ」

サーベルを構え突きの姿勢を取るランドルフ、その視線からは鋭い殺気が放たれ見る者を圧倒させる

数々の死線をくぐり抜けた男が出す本気、

それは並大抵の戦士ならば戦意を削がれるほどの物なのだが・・

「・・ミィ!」

猫少女はそんなプレッシャーなど軽々と払いのけて翼を自身の目の前で交差させる

真っ向から受けて立つ、その気迫は少女なれども戦士の物・・

「良い根性じゃねぇか・・いくぜ!!」

気迫とともに駆けるランドルフ・・放つ渾身の突きは空を切りミィに襲いかかる!

「ミィィィィ!!」

対しミィは全力を込めて翼に魔力を込める

 

ガキィ・・ン!!

 

金属同士が激しくぶつかり合う金切り音、鋭い突きは光翼によって一旦は止められるものの

衝突した箇所の翼から光の粒子が漏れ出す

それはサーベルの刃が光翼を貫いている証・・その手応えはランドルフにしっかりと伝わっている

「おらぁぁぁぁ!!!」

「ミィィィィ!!!」

ぶつかる力と力・・しかしやはりランドルフが優勢であり刃は徐々に翼を貫いていく・・

そして、ついにサーベルの刃が光翼を貫き衝撃で翼は粒子状に解除される

突きの勢いは留まらず、もはや身を守る物がないミィの体へと突き刺さるはずなのだが・・

 

「っ!?何!?」

 

光翼を貫いた先に彼が見た物は彼が予想を見事に裏切っていた・・

翼で防御していたのならばそれを破ればすぐにその幼い体に攻撃が届くはず・・

しかしミィはその予想を覆しかなり後方で待ちかまえていた

そしてその手ひらには光の羽根が集まっておりエネルギーの塊を作りだしている

それは彼の誤算であった、翼という形状からしてそれを切り離して扱えるとは思っておらず

その防御姿勢が最初から打ち破られる事を想定した罠という事に気づかなかったのだ

ミィはランドルフの刃が翼に触れた瞬間に翼を自身から分離させ、

距離を開けた後に魔弾を打つために力を溜めていた

全ては彼女の戦略通り、

視界を遮られすぐそこに彼女がいると思いこんだランドルフは光翼の防御を打ち破るも

ミィに距離が届かず体勢を崩す

そこに・・

「いけぇ!!」

渾身の力で魔弾を射出!相手を騙すために光翼展開に力を置いていたため、

その威力は決して大きくはないもののまともに受ければ只では済まない

「っぐぁ!!」

そしてそれは至近距離でランドルフに命中し屈強な体が衝撃で飛ばされる

だが相手は流石に戦い慣れしているだけにそれだけでは決定打にはなってはくれない

衝撃に体勢を崩すもすぐにそれを立て直そうとしている

「ミィ!あつまって!」

それはミィもわかっており助走を付けて走り出す、

そしてその背には光の粒子が集まり再び翼の形を作り出した

瞬間、猫少女の体が加速され翼が大きく羽ばたく

「!?てめぇ!」

超低空飛行での追撃、ここまで思い切った特攻はランドルフも予想外で不安定な姿勢ながら防御を取ろうとする

しかしそれも一瞬、翼が生えた猫少女がその防御をすり抜けるように飛翔し

「えい!!」

 

斬!

 

「俺が・・負けるだと・・・!!!」

光翼がランドルフの脇を切り、彼女はそのまま高速で飛び去る

高速飛翔ですれ違い様での斬撃・・

それは彼女の師匠でもあるクローディアの技である踏み込み居合い「霧拍子」を参考にした物であり

なんちゃってな技な割には威力が高く、彼のサーベルをも破壊している

当然彼も無事で済まされず斬り飛ばされた後に気絶していた

「ふぅ・・ふぅ・・」

相手が倒れた事を確認した後にミィは光翼を解除した

度重なる使用によりかなり疲れているらしく息も切れている

「見事だ、その気転・・流石はユトレヒト隊だな」

そんな彼女に近づき優しく頭を撫でてやるミネルバ、

危険な戦いであったがそれでも彼女はミィの勝利を信じていたようであり余裕が伺える

「ミィ・・しんでない・・?」

「腹を切ったが加減はきちんとできている、

しばらく起きはしないだろうがな・・よくやった」

「あふ・・・・つかれた・・」

安堵の息を漏らしミネルバの体に抱きつくミィ

「その小さな体でよくがんばった・・後始末は私達でやるから、ゆっくり休むと良い」

「ミィ・・」

ミネルバの言葉に安心したのか幼い戦士は疲れを隠し切れず静かに寝息を立てるのであった

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

数日後

武装集団に襲撃された街も落ち着きを取り戻してきた

怪我人も多く出たのだが死者は出ておらず武装集団の方もそれは同様

ミィが疲れて眠った後はリュート達とミネルバが残存勢力がないか調べ上げ

程なくして街は解放された

その中でもミィの活躍はプラハの民から大変に褒め称えられ眠っている彼女に賞賛の声が集まった

一躍街の英雄となったミィなのだが本人はそんなつもりもなければ

余り騒がれるのも嫌なので教会にて静かに体を休める毎日となり

それはユトレヒト隊が帰還する日まで続いていた

 

 

「じゃあ、ミィちゃん大活躍だったのですねぇ」

 

ユトレヒト隊の館にある和室

一同が帰ってきたところでリュートが注文の品を届けたがてらに

その一件を説明し皆がお茶を啜りながら驚いている

因みにミィは現在二階ベランダでお昼寝中、

もう全快なのだが日差しが良い分ついうとうとしているらしい

「ですが・・幾ら性能の高い護身武器とは言えども武装集団相手に一人で立ち向かうとは・・」

無茶なことをしたと顔を曇らせるアミル、

ミィの保護者的な事もしているだけにそんな事をしていたのであるならば素直には喜べないものである

「ミィはあれで気転が利く、それに心眼を習得している分雑魚の相手ならば全くの問題ないだろう

・・まぁ、最後に相手をした男は・・意外だったがな」

「何やらユトレヒト隊に恨みを持っていて傭兵達にプラハ襲撃を持ちかけたって聞いていますけど・・

心当たりはありますか?」

「ランドルフ・・か。俺の方じゃさっぱり、ロカルノは?」

「依頼の上で何度か障害として排除してきた覚えはある。

傭兵稼業についており腕も立つ、術に頼らず剣で真っ向から戦うファイターだったな」

「でもそれで逆恨みしてプラハを襲うなんて酷いですよねぇ・・皆迷惑ですよ」

「まぁ、ランドルフは元々強奪などの常習犯だったようですので・・

プラハ襲撃はついでだったのかもしれませんね。

そこらは今騎士団で取り調べをしている最中です、結果は皆さんの元まで届くとは思いますよ」

結局のところ、武装集団もランドルフも全員騎士団に逮捕されて尋問をされている

余罪多数という事で状況によっては二度と、自由に町を歩く事はできないであろう

「なるほど・・それで・・もう一人意外な名が出てましたね・・」

「ああっ、ミネルバな。シュッツバルケルの女王さんが何してたんだ?」

「ええ・・視察旅行だった・・そうです。

素性を隠していたので僕達は気付きませんでしたけど・・思えば良く引き受けたものです」

「軍事大国を束ねる女大将だもんなぁ・・でっ、ミネルバはどこに行ったんだ?」

「神父さんの行方が知りたかったらしくて、

ミィちゃんにそれを聞いたらいつの間にかいなくなってましたよ?

まぁ素性からして騎士団に事情を話すのも面倒だったでしょうけど・・」

確かに、ミネルバの素性が騎士団にわかれば外交上色々と問題はあるだろう

まぁ、やっている事はあくまで人助けなのでそれを非難する訳にもいかないのではあるが・・

「ふぅん、神父に会いにか。おまけに得物まで持っていたとなると・・」

「ふっ・・それは護身用だろう。理由は・・言うだけ野暮だろうな」

そう言い静かに笑うロカルノ・・

同日、地方の村でミサを終えた神父の元へ、

喜びを隠し涼しい顔を装った彼女が姿を見せたとか・・

「そうですねぇ、視察というのも怪しいものです♪」

「???まぁ・・そういうもんか。

でも、これでミィもうかつにプラハに出られない身になったようだなぁ」

「巷では光る翼で住民を守っただけに『猫天使』って呼んでいるそうですよ?」

「光る翼・・か。趣味的とは言えども結果を出せれば問題はない・・か」

「そうですそうです♪華麗に戦うミィちゃんを私も見てみたかったですよねぇ♪」

「・・・セシルが見たらやばそうだな・・ってあいつは・・」

「・・あ・・そういえば護身用の武器を見せてもらうって・・さっき・・」

「「「「・・・・・・・・・・・」」」」

その場にいた全員が沈黙してしまう・・

そこへ・・

 

 

『て、天使じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

歓喜に震えるケダモノの叫びが天上より轟くのであった・・

 

 

 

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