『草』と『猫』


北国ダンケルク
森林に囲まれ冬は雪に覆われるこの国には近年まで軍隊と呼べるものは存在しなかった
それも最近になって少数精鋭部隊は結成されたのだが・・
だが軍事国家が多い中、この国が武装もせずに維持を続けて来れたのは厳しい環境と
それ以上に他国事情を的確に掴み国に知らせる者達の活躍あってのことだ
それゆえダンケルクの情報部はそれこそ精鋭として有名であり
彼らもまたその職に誇りを持っている
・・ただ、どの世界にも『例外』というものは存在する

・・ダンケルク城王の間・・
国王と王妃の玉座が置かれた広い間であり、
玉座にはこの国をまとめている銀髪の青年国王ヤスパールと彼を支え、
護身部隊を結成させたツワモノの嫁リンディスが座っている
そして彼らの前に頭を下げ任務終了の報告をする一人の男が・・
「・・ロカルノ様の任を終えて今帰還しました」
赤絨毯に膝をつき言葉を放つは『草』と呼ばれる情報部のエリート、
ロカルノ専属として必要があれば彼の助けに向っているのだが
それでも普段はこの城で勤務しているのだ
それだけのエリートなのに服装は一般市民の代物、
顔も目元を隠すように黒髪を伸ばした程度でこれが情報部の有望株だとは国民でも気付かない
「ご苦労様、兄上は元気だったかい?」
対し物腰穏やかに声をかけるヤスパール、ゴージャスな衣装も彼には少し似合わない・・
ロカルノと同じく銀髪に緋色の瞳をしているが彼が纏うような凄みは全然。
元々そんな人柄なのである
「はい、義理の妹さんと対面できとても嬉しそうでした」
「へぇ〜、私以外にも義理の妹なんていたんですの?ヤス?」
一応は義理の妹という位置に当たるリンディスが扇子を肩で叩きながら驚く
銀髪の巻き毛が美しいが顔つきからして女王様気質、流石に扇子がぴったり合う
「ああっ、僕達とは関係ないよ。兄上が世話になったセイレーズさんの娘さんだったそうだ。
よく面倒を見ていたからもう家族の間柄になっていたんだろうね」
「ふぅ〜ん、なら一度会ってみたほうがいいんじゃないのかしら?」
「まぁ、・・そうだね。ともかくご苦労様。
あっ・・そうそう、宰相が君に話があるんだって・・ねぇ?」
玉座の隣に静かに立つ上げあがった好々爺・・宰相に振る
「私に・・ですか?」
「うむ・・その前に任務ご苦労。王子の役に立ててわしとしても鼻が高い」
「ありがたきお言葉・・して、話とは・・」
元々宰相からの話とは持ち場の交代などの重要な連絡事項が多い。
現に彼がロカルノ専属となったのも宰相からの願いだったのだ
「実はな、今回お前が任務中に新しい隊員を情報部が補充したのだ・・
だが、これがさっぱりでな。
身体能力はずば抜けているが肝心の密偵術などは全く駄目な状態だ。」
「・・は・・はぁ」
よくそんな人材を採用したものだ・・、内心彼は呆れている。
「だが聞くところによるとその者はおまえに憧れて情報部の採用を受けたらしい。
・・そこで、王子の依頼がない時にはその者の教育をお前がしてくれないか?」
「私が・・ですか?お言葉ですが私には・・」
「まぁまぁ、言いたいことはわかる。だが能力だけは目を見張るものがある
・・使い物になるかはお前が判断してくれないか」
「・・・御意。して、その者は今・・」
「情報部にいる。わしらも報告だけしか聞いていないからよくはわからん・・頼むぞ」
「最善を尽くします」
一礼して王の間を後にする『草』、
問題があるのに辞めさせないくらいに優秀な身体能力を持っているのかと
その人物のことを想像しながらも新しい任務をどうこなしていくか、
早くも思考を開始させていた


ダンケルクの情報局は城とは別の位置に設置されている。
・・下手すれば国民のプライバシーなどが漏れてしまうため、
どの国の機関でもある程度隔離したような位置に設置されているのだが
この国の場合は城に近い森の中。
広い敷地に普段訓練に鍛える設備を置き、
また相当量の情報を管理できるだけの規模をもつ基地がそこにある
彼はその中の副隊長の役職を持つ
本来は隊長だったがロカルノ専属になったとともにその職を払い下げたのだ。
・・それでも彼に対する信頼感と尊敬の念は強く諜報員を目指す者にとっては
彼の存在は正しく憧れであった
「・・さて、問題児との対面と行くか」
一応は指定されている彼の自室には前回の任務で使用した道具を片付けながら呟く
生憎、基地内はほとんどの諜報員が出払っているようで事務関係が数人いる程度のようだ
・・そこへ・・・

コンコン

「・・誰だ?」
「あ・・あの!私・・、先日ここに配属された・・あの・・」
扉越しに聞こえてくる緊張した女性の声、それに彼はすぐ理解を示し声をかける
「開いている、入ってきたまえ」
「はい!失礼します!」
そう言うと扉は勢いよく開かれ女性が慌てて中に入ってきて敬礼する・・それもかなりぎこちない
女性は訓練するために動きやすい短パンにタンクトップ、
そして短めにまとめられた金髪をしている・・
それ以上の特徴は大きな猫耳と尻から伸びた黄金の尻尾・・
「猫人か・・、君が宰相様が言っていた・・」
「は、はい!メイと言います!あの・・本日より貴方様に教育を受けるということで・・!」
カチコチな女性、動きがかなり角張っている・・
「そんなに緊張するな、大まかな説明は受けている。
私はアゼフだ、君の教育係としての命を受けた」
「は・・はい!よく知ってます!情報部のエースで『草』の称号を持つすご腕だって!
あの・・私、アゼフさんに憧れて・・」
「わかった、その前に忠告だ。私達の仕事ではあまり口数が多いのは好まれない」
「あ・・すみません・・」
急にシュンとなるメイ・・耳も垂れ下がり落ちこんでいるのがよくわかる・・、
そんなメイを見て『草』・・アゼフも思わず微笑んでしまう
「感情が表れやすいな・・おおよそこの仕事を志願した者とは思えないが・・」
「あの・・、私元々は情報部の事務を希望して面接したのです。
でも頭が悪くって・・・。
でも隊長さんが私の身体能力がいいってことで特別に諜報員として働かないかと
誘っていただいて入隊しました」
「隊長・・、全く。それで、諜報員として必要な知識に悪戦苦闘しているわけか」
「あう・・すみません・・軽はずみで・・」
「・・いやっ、隊長も何らかの素質を感じて入隊を勧めたのだろう。それに動機は何でもいい。
この仕事に残るのは結果だけだ・・いいな?」
「はい・・あの・・がんばります!」
急に耳をピンっと立てて気合いのポーズを取るメイ!
「・・良い心構えだ。とりあえずはすぐに講義をしたいところだが
私はハイデルベルクから帰ってきたばかりでな。今日一日は休ませてくれ。
それに君に合わせたカリキュラムを組まなければならない」
「・・は・・はい!ありがとうございます!それではおやすみなさいませ!」
ぎこちない敬礼とともにメイは走って部屋を後にした
「・・やれやれ、面白い人材を入れたものだな」
その後姿を見つめるアゼフ、
今までにない人材に少し戸惑いながらも彼女の今後の事を考え出した

・・・翌日・・
アゼフの帰還に同僚は喜びもしたがそれ以上に哀れまれた。
メイの世話を押し付けられたことが周りの面々にも気の毒だということらしい
しかし一旦任務が始まるとその同僚達も各々の仕事につき再び基地は静けさが戻ってきた・・
「あう〜・・わかりません〜」
講義用の小部屋にて早速基礎的なことを教えた・・のだが見事に玉砕
「・・・、普通に教育を受ければこの程度はたやすく理解できるはずだが・・」
「・・・すみません、私、ダンケルク生まれじゃないもので・・、まともな教育を受けてないんです・・」
「・・そうか、まぁ他国ならば獣人にも教育を受けさせる義務というものはないのが普通だからな。
・・現に猫人の諜報員など私も聞いた事がない」
「うう〜・・」
すまなさそうにシュンっとなるメイ・・、それを見てアゼフもしばし考えこみ・・
「メイ、5+7は?」
「へっ?え〜っと〜・・・5が・・7で・・・・・14?」

メイは・・馬鹿だった。

「・・それほどの腕前で事務を希望していたのか?他に職もあっただろう・・」
「すみません・・、ここに入りたかったもので・・」
どうやらそれなりに志望理由があるらしい・・
「理由?これほどの無謀を行ってまでの理由があったのか・・」
「はい・・あの・・詳しくは・・言えませんが・・」
指を合わせて照れるメイ、だがそれよりも彼にとってはこの猫娘をどうすべきか悩み出す
「・・・、だがこの仕事はよほどの覚悟がなければできない。
失敗すれば最悪死が待っている
・・・・それでも君はその理由のために職務に就けるか?」
「・・は・・はい!精一杯がんばります!」
脅してみたがそれでもメイの意思は固い・・
「・・いいだろう、君の意思を尊重して私もできる限りの協力はする」
「ありがとうございます!私、がんばります!」
気合い120%なメイ・・アゼフもそれに応えできる限りのことをしようと努力をした

・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
・・


メイが情報部に入隊して2ヶ月少々、
その間にロカルノからの依頼がなかった分アゼフも彼女の教育に専念することができた
メイは元々基礎的な勉強を受けていなかったが為に職務がわからなかっただけで
最初から教えていけばまるでスポンジが水を吸うように知識を吸収していった
中でもサバイバル技術に関しては素人とは思えないほどの素質を持っており
身体能力の高さからして瞬く間にプロと呼べるレベルまで高まった
しかし他の戦闘技術、密偵技術、隠密技術関係はまだまだ
・・基本的な勉強は終わり、それを高めるには後は実戦で鍛えていくしかないのだ

・・・・

「さて、メイもそろそろ実戦を行わなければならないな・・」
その日、アゼフからいよいよの言葉が聞かれた
それに対しメイは・・
「えっ?あ・・その・・もう・・ですか?」
めちゃくちゃにあたふたしている・・、その頃になると情報部関係者として制服も支給されており
黒を基調とした軍服を着ている・・が、顔つきが幼いために全く似合っていない
「安心しろ、一人前になるまで私と同行だ。いきなり一人で動かしても失敗するのは目に見えている」
「は・・はぁ。では、副隊長と一緒に簡単な任務をこなすわけですね?」
ホッと胸を撫で下ろすメイ・・だが、
「生憎、私達には任務を選ぶ権限はない。持ち場の依頼に対して応えるだけだ。
・・君のレベルには合わせられない」
「ええっ?そんな〜」
「これも現実だ。幸い今朝方私に仕事が来た・・君には私の補佐として同行してもらう」
「わ・・わかりました。でも・・副隊長の仕事って・・」
「第一王子ローディス様の専属だ。」
「ええええええっ!!?わ・・・私に王子のお仕事を!?」
「取り乱すな。元であって今は王位を捨ててロカルノと名乗っていらっしゃる。
寛大な御方だから粗相をしなければ問題はない」
「は・・はぁ・・」
「ともかく、すぐに普段着で用意をしろ。ハイデルベルクまで早馬で行くぞ」
「りょ・・了解です!」
ドタバタと部屋を出ていくメイ、その姿にアゼフは少し不安を感じつつあった

・・・・・・

数日後、馬を走らせて一路ハイデルベルクのプラハまで到着する
目的地が近づくにつれてメイの表情は強張っていったがその度にアゼフは静かにほぐしてやった
そして・・
「ご苦労・・、また力を貸してほしい」
「御意に・・」
目的地である街外れの館、その庭に置かれた椅子にロカルノはいた
ヤスパール王と同じ銀髪、そう長くはないが綺麗にそろえられている。
目元は鉄の仮面で隠しておりそれだけだとかなり不審人物、
しかし着ているものが相応する正装なだけに違和感は思ったほどではない
「だが・・、その女性は?」
ロカルノが凝視する先には精一杯のおめかしをしたメイ・・何故か白いドレスを着ている
「私の部下で今回から実戦することになりました・・」
「メ・・メイです!よろ・・よろしくお願いします!ローディス様!!」
声が上ずっているメイ・・その姿にロカルノは微笑する
「そんなにかしこまらなくていい。それと私はロカルノだ。何も『様』付けにしなくていい」
「あ・・ありがとうございます!ロカルノ!」
「・・・だが『さん』付けは常識として捉えてほしいな」
「・・メ・・メイ・・」
「す・・すみません!あの・・緊張していて!!」
思わず深く頭を下げるメイ、・・それも何度も・・

”別に呼び捨てでいいんじゃないの〜?”

そんな中欠伸をしながら登場する露出激しい金髪女性・・セシル
ロカルノの頭をペチペチ叩きながら笑う
「お前は少し常識を学べ」
「そんなもの世の中に必要じゃないわん♪でも『草』さんも彼女持ち〜?任務中にふっけつぅ♪」
「・・セシルさん、彼女は・・」
軽く声をかけてくるセシルにアゼフはあくまで丁寧に・・
対しメイはこの人誰と思いつつも
「彼氏に・・・見えます?」
「あらあら、照れちゃって、可愛い〜♪」
そんな彼女にセシルはキュピーン!っと目を輝かせる・・
「セシル、彼女は仕事で来ている。・・つまらない悪戯をするな」
「わかっているわよ〜」
「そ・・それはそうとして副隊長、こちらは・・?」
唖然としながらセシルの事をたずねるメイ
「ああっ、この方はセシルさん。ハイデルベルクの優秀な騎士様だ。
そして・・ロカルノさんとの恋仲の人でもある」
「ええっ!?・・すみません!そうとは知らずに!」
「まぁまぁ、私もそんなに大したもんじゃないからね。
まっ、ロカルノを飼う女として以後お見知おきを・・(バコ)いたっ、いったぁぁい!!」
「身内でも周りに痴態を晒すな・・ともかく頼む。
メイ、最初の任務だ。緊張するかとは思うが『草』は優秀だ。
彼の言うとおりに行動すれば必ず成功する・・」
「は、はい!がんばります!!」
「では・・私達はこれにて・・」
そう言うとアゼフはメイを連れて早速行動を開始した
「・・可愛いわねぇ♪あのメイって子」
「気になるのか?・・いい加減欲情するのは控えろ」
「うっさいわね〜、可愛いのを可愛いと言う権利は誰にも奪えないのよ♪」
そう言うとセシルはニヤニヤしながら後をついていった



「それで、どうするんです!?」
はしゃぐメイ、普段着に着替えつつアゼフの指示をあおぐ
彼らがやってきたのはハイデルベルク国内でも一番の娯楽場として有名な娯楽都市ラーグ。
王都の近くに存在するこの街は貴族達の欲望の権化とも言える場所であり
小金持ちが夢を見てそれが崩れる場所でもある
街のほとんどは娯楽や賭場になっておりそれ以外は宿が建ち並ぶという異様ぶり、
カーディナル王もこの都市の存在を認めたくないが
政治介入した貴族達の圧力と財政を潤すためということでやむなく公認した。
現に金を溜め込んだ貴族がそれを放出する場として金の周りがよくなったが
ラーグの治安は悪化の一途、他国侵攻を監視するブレイブハーツの次に実力があるものが
治安を守っているのだが・・結果は思わしくないのが現状だ
その中、アゼフとメイは都市の中でも小さな宿に宿泊して準備を行っているところなのだ
「今回の任務はとある富豪貴族の不正調査だ。
カーディナル王からロカルノ様に依頼されたようだ・・」
「そ・・そそそそそ・・うですか・・」
アゼフの言葉にカチコチに固まるメイ、
初陣の依頼主が一国の王・・それもかなり重要な仕事なのだ
「何でもその貴族が違法麻薬の取引をしているらしい。
その不正現場の証拠を掴めばいいだけだ・・。
その場で捕らえれば一番いいのだがそれは難しい」
「なんで・・です?副隊長ならば・・」
「我々の目的は戦闘ではない、情報を持ち帰るのが最優先だ。
ロカルノ様も本当ならばご本人が赴いて場を抑えようと考えていたらしいのだが
それも難しいらしいのだ」
「そこで・・私達の出番なのですか・・」
「ああっ、ロカルノ様もこの都市内の宿に滞在して行動を起こしている。
我々はその事実を掴みそのままロカルノ様に証拠を渡すまでが任務だ」
「わかりました!でも・・具体的には・・」
「収集はこれからははじめる。
今回は私とメイの二人ということで夫婦の役を演じながら行動をする・・それが自然だからな」
「私と・・アゼフ様が・ですか。や・・やだ♪そんな・・」
「あくまで役だ・・だが、のめりこんでくれたほうが自然に見えるからな。
それに見合う服も用意した・・着替えてくれ」
「は・・・はぁ・・」
アゼフの荷袋から女性物も服が出てきて驚くメイ、
しかし彼は少しも気にすることなく用意を進めて・・。



娯楽都市ラーグ、欲望の肥溜めとして存在するだけに娯楽施設はありとあらゆるものまである
だがそれだけでは品がないということで位の高い貴族さんが使用する
バーやパーティ専用のハウスまである
その中の一件、特に上流階級でなければ招待されない会場に
アゼフとメイは豪華なドレスを着て入場した。
パスもダンケルク情報部特製の一品でまんまと騙せて侵入できた
「・・、アゼフ様。これってどんなパーティーなんですか?」
純白のドレス、さらに髪型もいつも以上に整えたメイ・・しかし目元には蝶のマスクをしている
それはアゼフも同じで黒いタキシードに目元を隠すマスクをしているが・・、
それはロカルノがしている仮面と同じ代物
「仮面パーティ・・っといったところだ。
主催者以外の者に素性を分からなくする余興というわけさ。」
「なるほどぉ・・。ここにロカルノさんがいても違和感ないですね♪」
「・・メイ、それは御本人の前では言うなよ」
心配そうなアゼフ、言ったところでロカルノが怒るわけでもないのだが彼にとっては気になるらしい
「わかりました。でっ、ここでどうするんですか?」
腕を組みながら全体を見渡せるように隅に移動する二人、
広いダンスホールには同じくドレスアップした貴族の面々がグラス片手に優雅に楽しんでいる
「・・・、実はパーティは表の話、別の部屋にて麻薬の売買や麻薬パーティが行われているようだ。
・・我々の任務はその現場を抑える事・・、この記憶球で映像を納める」
内ポケットから小さな水晶球を取り出すアゼフ
それにメイも無言で頷きながら再び優雅なパーティーの渦の中に入っていった
・・・・・
仮面パーティーということでメイの身体的特徴(猫耳や尻尾)は
オプションの玩具として見られているようだ。
・・本来獣人などが入れる場所などではないゆえにそれを疑う者は一人としていない。
メイの芝居も中々にうまくアゼフの妻として演じきっている。アゼフのほうは言わずもかな
プロフェッショナル故に何でもこなせるらしい
そして二人はパーティーをしている状態で
会場の使用人が客に声をかけ数人別の部屋に招いているのに気付く・・
「・・ボソボソ(アゼフ様・・)」
気付かれないようにグラスで酒を飲むふりをしながらメイがしゃべる・・
っというのも彼女はかなりの下戸であったり・・
対しアゼフも豪華な料理ののった皿をつまみつつ顔を合わさず応える
「・・ボソボソ(わかっている、どうやら数回に分けて麻薬の売買を行っているようだ)」
「・・ボソボソ(では・・どうします?)」
「・・ボソボソ(まぁ待て、先ほどから見ていたらどうやら呼ばれているのは
パーティーに出ている貴族全員だ・・直に私達にも声がかかる)」

周りに聞こえないように会話をしている二人だがそこに会場の係員が近づいてくる
「失礼します、主催者が貴方達をお通ししてほしい・・っと」
耳打ちなどではなく堂々と言う係員、黒いスーツの正装だがどことなく怪しい
「了解した。・・このマスクはつけたままでいいかな?」
「もちろん、これはお帰りになられるまでつけていてください・・では・・こちらへ・・」
静かに会場の隅の小さな扉に誘導する係員、
二人は顔を見合わせてゆっくりとそれに続いていった
・・・・
広いホールの会場からは想像もできないほど係員の案内した通路は狭かった。
まるで非難通路のような細い廊下をぐるぐる回り階段を下り地下へと導かれた
途中に小さな部屋に乱交パーティーの如く裸で恍惚としている貴族達もいた・・
むせ返るような麻薬の匂いがし薬を嗅いでおかしくなり狂行を行ったらしい
嗅覚の鋭いメイなどは麻薬の臭いが漂うなり息を止めてやり過ごすしかなく何度も我慢した
そして通された一室・・
地下に位置する応接室のような場所でありソファとテーブルがあるのみだ
そしてその中央に立っている男が一人、赤いスーツを着て似合っていない眼鏡をつけている
いかにも『商売人です』という風貌だ
彼こそが今回のターゲット、貴族だが自身で売りさばいているこの会場の支配人だ・・
「ようこそ、パーティーは楽しんで頂けていますか?」
静かに礼をしてソファへ手招きする男・・、案内した係員はすぐ退室し扉に鍵をかけていった
「まぁそこそこだ・・」
「それは結構・・では、商談に参りましょうか。今回の新薬・・、効果は抜群でございます。
きっと気に入っていただけるかと・・」
そういうとテーブルに置いて見せる白い粉が入ったビン・・、まぁいかにもと言った感じの怪しさだ
「ほう・・、これだけの量で幾らかな?」
マスクの中では目を鋭く光らせているアゼフ・・、
胸ポケットから金を取り出そうとしているふりをして
水晶の記憶球に触れ証拠を抑えようとしている
「さて・・・、まだお客様には感想を頂いておりませんからねぇ。
今回は無料でお試しして・・っと言うのはどうでしょう?」
爽やかに笑う男・・、だが内のドス黒いモノは丸見えだ
「気前がいいな・・」
「それはもう・・しかしお客様・・」
ゆっくり席を立つ男・・、そして
「ここでの記憶球の撮影は禁止しておりますが・・」
にやりと笑い指を鳴らす、それとともに扉から数人の屈強な男が入ってきた
係員が着ていた物と同じ黒服なところを見るとどうやらこの会場の人間らしい
「・・やれやれ、ここまで念が行っているとはな・・」
座りながら落ち着き払っているアゼフ・・
「このくらいの警戒は必要です、さて・・貴方達が何者かは後でじっくり吐いてもらいましょう
・・やれ」
ドスの利いた声で命令する男、それと同時に一斉に黒服達が剣を抜き出す!
「アゼフ様!」
「いくぞ!メイ!」
仮面を脱ぎ捨てるとともに勢い良く呼びあがるアゼフ・・
刹那

ドガバキバキ・・

一気に三人の黒服を地に沈めた。驚くべき早業で蹴り倒したのだ・・
「ちっ!不審者だ!急いで排除しろ!」
先ほどまでの温厚な態度とは一転本性丸出しな支配人、
だがそれにかまうこともなくアゼフとメイは脱出に細い通路を駆け始めた

・・・・・

「・・ア・・アゼフ様!こんな細い通路だと・・!」
動きにくいドレスの裾を持ちながら懸命に走るメイ、アゼフが前を走りそれに付いていっている
「1対1ならばそうは負けん、もっとスマートに撤収したかったがやむ終えまい・・」
ネクタイを緩めながら走るアゼフ・・、
彼の言う通り待ち構える警備の人間相手ならば物ともしないようだ
やがて通路の先には先ほどのホールが見えてきた
「メイ、もうすぐだ。一気に抜けるぞ!」
「はい!」
突撃するが如くホールへと・・
しかしそこには先ほどの仮面パーティーはどこへやら、数十人の男が待ち構えており
出口を塞いでいた
「・・・ちぃ・・」
「おい、女だぜ?こいつを殺してからゆっくり楽しもうぜ・・」
男の一人がせせら笑いながら言う、会場の係員とは違い明らかなゴロツキのようだ
「わ・・私はアゼフ様の物です!」
そんな挑発にメイは顔を赤くして反論する・・が、
思わず過激な発言をしちゃったので自分でタジタジ・・
「へっ、生意気な獣人だぜ。まぁいいや・・先に死ねよ!」

シュ!

ゴロツキが手を上げた途端に風を切る音が・・、
アゼフはそれにより咄嗟にメイをかばうように動いた・・!

ドス・・ドス・・

「アゼフ様!!」
メイをかばい肩や腹に矢を受けるアゼフ・・、二階の踊り場から弓兵が狙いを定めていたのだ
「く・・大丈夫だ。・・・!?」
何とか立っていたアゼフだったが急に膝を地につける。髪で隠した瞳は霞んでおり・・
「残念だったな。こちとら侵入者は殺すのが鉄則でな・・、矢尻に毒を仕込ませてもらったぜ」
「ひ・・酷い!それが人間のすることですか!」
「うるせーな。ここは麻薬の取引場だぜ?一般常識が通用する所じゃねぇんだよ。
さて・・犯されるか死ぬか・・どっちにする・・?」
「い・・嫌・・」
アゼフを抱きかかえつつ後ろに下がるメイ・・、何とか彼を連れて脱出しようと試みるが・・

グサ・・

「・・・え・・・」
肉を裂く音がし自分の胸を見る・・、そこにはレイピアの刃が突き抜けており・・
「・・・全く、騒ぎを起こすんじゃねぇよ・・」
後ろから聞こえる支配人の声・・だが振り向くこともできず床に倒れた
「あ・・ぜ・・・ふ・・・さ・・」
痛みはないこみ上げてくる熱い液体・・、メイは自分が血を吐いている事も気付かず
アゼフを守ろうと手を伸ばす
「・・く・・メイ・・」
対しアゼフも必死に意識をつなぎとめメイを救おうとするがロクに動けないようだ
「両方ともしぶといな・・、まぁいい。新しく仕入れた武器の試し斬りをした後下水にでも流せ」
ペッとアゼフに唾を吐きかけ支配人はゴロツキどもに命令をした
「よっしゃ!旦那からお許しが出たぜ、存分に切りきざんでやる」
狂喜するゴロツキ、どうやら血の臭いが好きなタイプのようだ
・・しかし・・

ガッシャァァァァァァン!!!

2Fの窓ガラスが豪快に割れ飛んで入る人影・・、
ものすごい勢いで飛び掛ってくるとともに・・

斬!

「う・・ああああ!!」
支配人の右腕をバッサリと切り落とし着地する金髪の騎士・・、否、悪魔。
「・・だ・・・誰だ!手前!」
突然の襲撃、そして叫び支配人を見てゴロツキ達も動揺している
「・・・誰でもいいわよ・・知ってどうするの?これから死ぬのに・・」
空恐ろしいくらい冷たい声を放つ金髪の悪魔・・、放つ冷気はゴロツキどもに恐怖を植え付ける
ディフェンダーや鎧からして騎士なのは間違いないが彼らが知っている職種とはかけ離れた
レベルの殺気が突き刺さり本能的な危険を感じさせている
「・・こ・・殺せ!こいつも殺せ!」
踊り場の弓兵に命令し、毒矢を放つが・・
「・・・(パシ・・)」
無言のままそれを絶妙なタイミングで受け止めナイフのように投げる!

ドス!

「ぎゃ・・がああああああ・・」
相手は多勢、どの方向に投げてもゴロツキに命中し、
刺さった者はアゼフとは違い悶え苦しみながら倒れた
「・・・、こんなもので死ねると思わないでよね。まだ私の怒りは全く収まっていないのよ」
ゆっくりとゴロツキに近づく悪魔・・
それにゴロツキは圧倒されて逃げ出す者も多数・・しかし、会場の入り口には何時の間にか
騎士が待機しており片っ端から捕縛している
前門の悪魔、後門の騎士
後ろの方が断然いいのだが人が溢れ返っているためにそこに辿り着くことはできず・・

「う・・・う・・・うわあああああああああああ!!」

会場にゴロツキの断末魔の叫びが木霊した。
騎士団の前で殺人を行うことは流石にできなかったのだがそこはセシル、
決して消えない恐怖を植え付け以後生き地獄を味合わせるように手を加えたようだ


・・・・・・

「・・う・・・こ・・ここは・・」
次にアゼフが目を醒ました場所は宿の一室であった。ベットの隣ではロカルノが座っている
「・・気が付いたか」
「ロカルノ様・・く・・」
主君がそこにいる手前寝てはいられないと身を起こそうとしたが
頭がまだクラクラしまともに動けない
「動くな、毒素がまだ抜けていない。・・今回はかなり危険だったな」
「え・・・ええ。しかし・・どうなったのかが・・」
「セシルが乱入して無理やり裁いた。・・メイを傷つけたことにキレたんだそうだ。
おかげで証拠もクソもなく多半数が半殺しで精神崩壊している」
ロカルノが説明する限り壮絶な現場になったのであろう
「・・!?ロカルノ様!メイは!」
「そこで寝ている。かなり危険な状態であったが治療の甲斐合って一命は取り留めた」
隣のベットにて眠るメイ・・・顔色は良くロカルノの報告もあってアゼフは一息ついた
「・・そうですか、ありがとうございます」
「いやっ、こちらももう少し動きを合わせるべきだった。私の采配のミスだ」
「・・ロカルノ様・・」
心の広い主君にアゼフも言葉を失う
「ふっ、ともあれメイにも感謝せねばな。命がけで任務をこなしたんだ」
「・・・そうですね、私をかばってくれましたし・・」
「う・・ん・・」
噂をすれば眠っていたメイがうめき出す
「・・起きるか。私がいれば緊張するだろう、退室する。お前は彼女を褒めてやれ」
「は・・。」
ロカルノが退室するとともにメイがゆっくり目を醒ました
「あ・・れ・・私・・」
「気が付いたか・・?」
「アゼフ様・・?あっ!任務は・・いたっ!!」
彼女も起き上がろうとした途端に傷が痛み悶絶した
「重傷だったんだ、安静にしろ」
「す・・すみません・・。あの・・それで・・」
「私達の危機にセシル様が助けにきてくださった。結果こうして命があるわけだ」
「そうだったんですか。・・よかった、あの・・任務は成功と言えるんですか?」
「とりあえずは・・成功になるか。想定外の事が起こって生還できたのだしな。
まぁ結局こうして二人ともベットで休養しているわけだが・・」
「でもよかったぁ・・」
「ふっ、まぁ失敗は恐れないことだ。いつも成功するとは限らない」
「・・ありがとうございます、アゼフ様」
「こちらこそ礼を言う、私をかばってくれたのだからな」
その言葉にメイは顔を赤らめて照れる
「・・アゼフ様にもしもの事があったら・・私・・生きていられません」
「???」
「あ・・あの、私が・・情報部に入った本当の理由は・・その・・」
「・・その・・・?」
「・・アゼフ様におちか・・」

バン!

「やっほ〜、元気〜♪」

「セシル様・・、はい、何とか」
「全くあんな連中に遅れと取っちゃ駄目よ〜?まぁ二人の受けた傷は倍返しにしておいたら
安心して♪」
上機嫌なセシル。・・実は今回の働きで珍しくロカルノに褒められたのだ
それで有頂天になり・・
「あ・・ありがとうございます、セシル様」
告白は中断されたものの命の恩人に礼を言うメイ、
しかしその相手は何故か自分を獲物を見るような目で見ており安心できなかったり
「いいのよ〜♪どうしてもって言うならば身体で返して♪」
「か・・か・・身体!?」
「うふふ〜、照れちゃってうぶねぇ。『草』さんに代わってそっち系は私が仕込んであげましょっか?」
「あ・・あの・・アゼフ様〜?」
「すみません、セシル様。メイはまだ傷が治っていないので手荒なことは・・」
「あらっ、・・お二人さんそう言うことなの〜。わかったわ、じゃあお邪魔虫は退散しましょ♪」
嫌〜な笑みを浮かべるセシル、アゼフは何のことかと首を傾げメイは顔を真っ赤に・・
「・・あっ、そうそう。ロカから伝言で『今回はご苦労、メイはこのまま私直属で働いてくれればいい』
・・ですって♪これからもがんばってね〜」
手をふりながら退室するセシル
ハイテンションに二人も呆然としながらも・・・
「・・これからも私直属・・っということだな。危険だが・・いいか?」
「はい・・、よろしくお願いします・・アゼフ様♪」
お互いベットの上で決して軽傷ではないのだが自然と笑みが零れた


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