「ユト隊の怪談」
それは暑い日の夜であった
ハイデルベルクの小さな町プラハの片隅にその町の規模に不釣り合いな館がある
この国で一番とも言われる冒険者チーム『ユトレヒト隊』の居城であり
教会に隣接した中々豪華な物となっている
それもこれも一人の大工職人の作品であったりするのだが・・
「・・でっ、暑い日にはもってこいなイベントだけど・・談笑室ってどうよ?」
館内の談笑室、
ソファや軽いテーブルが置かれ棚には酒が置かれているこの館の中心部分
憩いの場としてここの住民に親しまれているのだがその日は別、
テーブルには蝋燭が立てられておりいつもより光量が足りていない
その中シャツ姿なクラークがやややる気のなさそうに呟く
「仕方ないですよ、雰囲気としては教会の聖堂でやった方が良いですけど・・流石に──」
「遊びで神聖な場所を使う訳にはいきませんか」
寝間着姿で仲良く会話をするはクローディアとキルケ
キルケはピンクの可愛らしいフリフリパジャマでいつも結っている髪を解き違った印象を与えている
対しクローディアは白い寝間着、
いつもキチッとしている分寝る時はゆったり着こなしておりそこはかとなく色気が漂う
「じゃが、考えてみれば教会に隣接するのならば目と鼻の先に墓場があるようなもんじゃろ?
状態としては悪くはないじゃろうな」
同じく白寝間着姿なメルフィ、
普段ならばとっくに熟睡している時間帯なのだが今日はお昼寝を許可されたのでまだまだお目々パッチリ
妾はそのような話は効かん!っと豪語していたのだが興味はありそうだ
「ま・・まぁ、そう考えてみれば立地条件としては余り宜しくない場所かもしれませんね」
「ふっ、それは違うぞアミル。
教会で葬った者達は供養されている・・墓場であるが化けて出るような物ではない。
・・それにきちんと供養されていなければ辺り一帯の空気が澱むものだからな」
隣合うようにロカルノとアミル、こちらも寝間着だが何気にアミルはロカルノの体に手をつけている
ロカルノはクラークと同じ無頓着なシャツとズボン姿、男性陣はホームウェアに疎いものである
その中アミルは白いネグリジェ姿で放漫な体に艶やかさを醸し出している
「それはそうですよ!神父様は手を抜いたりしないんですから!」
「手を抜くような気質ではないか・・。でも神父とミィは誘わなくてもよかったのか?」
「聖職者が怪談に参加するにはどうかと思いますし・・流石にミィの夜更かしはよろしくないでしょう」
苦笑いなクローディア、そう、今日は暑いということで季節イベントとして怪談を行う事になり
雰囲気作りでわざわざ談笑室に夜中に集まってにぎわっているのだ
それもわざわざテーブルを囲むように・・
円形テーブルがない分配置はやはりクラーク組とロカルノ組に分かれる
・・中立なメルフィを中心として・・
しかし怪談と言えども基本的にこの面々は怖がる事を知らない
・・ただ一人を除いて・・
「──お〜いセシル、そんな部屋の隅でうずくまっても変わらないぜ?」
「う・・・うううううううううるさいわね!私は嫌だって言ったんだから参加しなくてもいいじゃないの!」
光が届かない隅でちっさくなっているセシル、顔色は非常によろしくない
こちらもネグリジェ姿なのだが優雅さの欠片もないのは本人に余裕がないせいなのか、
はたまたもとよりも地では似合わないのか・・
「セシルはその手の話が苦手だからな・・」
「わかっているならいいでしょう!?もう寝るわよ!ねぇ!?」
「・・ですがセシルさん、今からここで怪談する訳ですから〜、一人でいると危ないですよ?
ほらっ、その手の話をすると寄ってくるって言うじゃないですか?」
「───っ!?・・じゃ・・じゃあ神父達も危ないじゃない!?」
「いあ、要は寄ってきた後に怖がっている人の元に集まりやすいんですよ。
何も知らずに眠っている神父様とミィちゃんには問題はないですね
それにあの二人は神に仕える身なんですからお化けなんて寄りつきませんよ♪」
流石は本業エクソシスト、言っている事に説得力がある
「ふむ・・そうなると怪談が行われているのを知って怯えているセシルの元に集まりやすい状況になっているわけか」
「いや!いやよいやよ!!そんな嘘ついても私は動じないんだから!」
「・・・っというかセシルさん、後ろにすでにいますよ?ほらっ、ちょうど今右肩に──」
「───!!!!!」
刹那超高速で飛び上がりロカルノに飛びつくセシル、普段見せないほどガタガタ震えてすがりついている
「キキキキキ・・キルケ!脅かそうとしても無駄よ!
そんなデタラメにひっかかるようなわ、私じゃないわ!!」
っと言うものの膝がガクガク笑っておりロカルノに離すものかと力を込めて抱きついている
それも骨をへし折らんばかりの強烈な締め付け・・
余りの怯えようにアミルがその肩を撫でて落ち着かせているほどだ
「デタラメって〜、私これでもエクソシストですからその手の現象はバッチリ見えるんですよ」
「────!」
「そうだったよな・・確か悪意がないのは見えないんだったか・・じゃあ今セシルの後ろにいたのって・・」
「そうですね〜、明確な悪意はないっというか〜
・・怯えるセシルさんを怖がらそうとやってきたタイプですね♪」
「ち・・なみに・・どんなの?」
なんだかんだで怖い物見たさもあるセシル、聞きたくないけど聞いてみたい
ロカルノとアミルに支えられて精一杯強がってみる
まぁ怪談を怖いと言う人物も怖い物見たさというモノはある。
本当に関わってはいけないと思うのならそのような場に出ないはずだ
「どんなのって〜、どう言ったらいいんでしょうかねぇ・・。
肉の塊?それに顔のパーツがランダムにたくさん散らばった感じですかね」
「・・・・・」
フラッと目が白目になるセシルさん、
それに対し
「・・おっと、大丈夫か?セシル」
ニヤリと笑い覚醒してあげるロカルノ・・彼らしくない気の遣い・・
正しく王子の抱擁でセシルを抱きしめる
「う〜ん・・はっ!ロカ!?」
「気を失うところだったな・・?」
「寧ろ失わさせてくれたらよかったのに・・」
「何を言う、恋人が失神しておいて介抱せずにいられるほど私は人でなしではない」
したり顔のロカルノさん、中々に意地が悪くその意図がセシルに伝わった
「───わざとでしょ!?失神したら楽なのにわざと普段言わないこと言って遊んでいるんでしょう!!!」
顔を真っ赤にして怒るのだがロカルノは涼しい顔・・
「恋人を助ける事に理由などない、それに私はお前を見捨ててはおけないんだ・・セシル」
「・・こんなシチュじゃなかったらどんなに嬉しかった事か・・」
「ふっ・・でっ、訳のわからない霊体にセシルは取り憑かれているのか?」
「え?いや、そういう訳じゃないですよ?そう言う念が集中した雑念みたいなものです。
からかってすぐどこかに行って自然消滅します」
「詳しいのぉ・・キルケは」
「本職ですから♪」
一応は本職エクソシスト・・だが彼女がそれらしい仕事をするのは余りなかったりしており
どちらかと言えばメイドか仕立て屋、戦闘では魔術師としての顔の方が強い
──まぁ、悪霊などと対決する機会自体余り多くはないのでやむをえないのだが・・
「頼りになりますね・・、あっ、始める前にお茶を淹れ直しましょうか?」
「ん〜、まぁいいんじゃないか?お茶って夜飲むと眠気が冷めるからな・・あっ、セシルだけ特濃で飲んでおくか♪」
「メガネ!コロス!」
っと言いながらも立ち上がらないセシルさん、
まるですがりつくかのようにロカルノに抱きついたまま動こうとはしないのだ
「ですが・・皆さんその手の体験をしたことはあるのでしょうか?キルケならわかりますが・・」
クローディアのふとした疑問、当然の事ながら仕事でのアンデッド退治は除外・・
それでは面白みがない
「妾はそういうのは無関係じゃな。
行動範囲も限られておるしこっちに来てからは聞いたような不可解な現象は見ておらん」
「私もそうですね・・、一応は竜族なのでその気配で近寄ってこないのかもしれません」
っとメルフィ&アミル、確かに竜人が心霊現象で驚くというのは想像しにくい
「私は・・見たことがあるかもしれんがセシルの世話に追われているからな
・・気付かなかっただけなのかもしれん」
「ひど・・ってその言い方だと私といた時に目撃したかもしれないって事か・・ならよかった・・」
「まぁ、見てみたいと思うが・・幽霊よりもお前の素行の悪さに背筋が凍るからな」
軽く言うロカルノ、だが彼が幽霊に怯える姿も想像しにくい
まぁそんな弱さを見せたのならばアミルあたりが喜び介抱する事は間違いない・・
「そうですよねぇ・・あっ、セシルさんは?その様子だと何か経験ありそうな気がしますけど・・」
「け、経験がないから怖いんじゃないの!この手の話は洗脳ばりにママから聞かされて苦手になったんだから!」
「ソシエさんですか・・なるほどぉ、色々経験していそうですしねぇ・・」
色んな方面に武勇伝を持つ鉄薔薇さん、
もっともそのまごう事なき危険な香りに寄ってくる霊などは存在しなさそうなのだが・・
「じゃあクラークとかはどうなんじゃ?怪しい体験の一つや二つぐらいありそうじゃが・・」
「俺?う〜ん、まぁ最近あったけどなぁ・・別に怖くないやつなんだよ・・」
「怖くない霊現象・・ですか?」
「ああっ、死んだ女が化けて出たってところか。二度目だけど・・」
その二人は彼と縁のある者達、それ故に驚きはすれども怖がる事などありえない・・
「そうですね・・あれは驚きましたけど・・怖がったら怒られますね」
その場に居合わせたクローディアが苦笑い、
死んだ実の姉が登場して恐れおののいては妹の名折れである
「ふむ、ではクローディアはその手の経験はあるのか?噂では東国はその手の話題には事欠かないと聞くが・・」
東国は島国で戦乱が多かった事もあり割とその手の話が多い
それも落ち武者などの戦没者や便器から伸びる手、あげくに小豆を洗う妖怪など多種多様
それ故に半数以上は「うさんくさい」のだが──
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、いえ、特には」
長い沈黙の中でクローディアがぽつりと呟く
無表情を貫くのだが顔色は余り宜しくないようにも見える
「経験はないだろうが〜、苦手な怪談はあるんだよな?」
「あ、兄上!」
無表情崩壊、兄の横やりに茹で蛸モードに変更
「えっ、何々♪クローディアも同類じゃない〜♪でっ、どんなのどんなの?」
オトモダチ見つけた〜っとロカルノの体から離れて今度はクローディアに抱きつくセシルさん
隣のクラークからの張り手も何のその、同じ属性同士で仲むつまじく切り抜けようとしている
「それは・・その・・」
対しセシルになめ回されるように見つめられ口ごもるクローディア、
自分の苦手な部分を喋るだけあってためらいが強い
「ああっ、化け猫だよ」
「──兄上・・」
「バケネコ?なにそれ?」
「東国に伝わる怪談・・なのかな?
ええっと・・内容はこうだ。・・昔恋仲だった男と女がいて男が女を裏切って他の女と結婚する事になったんだ。
そのために付き合っている女が生きていたら他の女の元にいけないって事でその男は女を殺した。
そしてその現場を見ていた猫がずっと死んだ女のそばで鳴き続け目障りだと感じた男はその猫も殺し、
過去を清算したつもりで余所の女と結ばれた」
「・・・うわぁ・・とんでもなく感じ悪いですねぇ」
「まぁな、・・それで新しい生活を送っていた男なのだが〜、夜な夜な悪夢にうなされる事になる。
毎晩猫の鳴き声が頭から離れず一睡も眠れない日が続き次第にその顔は痩せこけていった。
そしてある夜男は突如としてその家の人間を切り払う凶行に走った。
その時に『化け猫め!』っと怒鳴って狂ったような形相のまま容赦なく斬りつけたそうな・・」
語り口調のクラーク、楽しむように説明しており怖がる者はクローディア以外いない
因みに彼女はうつむきながら必死に耐えているようで抱きつかれている事などもはや気にも止めていない
「猫の幻惑でも見たのでしょうか?」
「う〜ん、そうかもしれないな。取り憑かれたように住民を殺害し続けた男は最後に自害したそうだ。
それだけだと頭のおかしい奴の凶行かと思うんだが〜、翌日その家の中には凄い量の猫の毛が落ちていたそうだ。
そして自分の刃で命を絶ったはずの男なんだがその胸には鋭い爪でひっかかれたような傷が深く残っていたんだ
男の凶行から運良く逃れた奴がその不可解な現象を突き止めた末、
殺された猫の怨念で仕返しをしたのだろう・・って事で今でも伝えられているんだよ」
軽い口調で話すクラーク、だが苦手な人には効果はあるようで・・
クローディア、完全凍結
「・・け・・結構怖いわね・・。で・・でも猫の毛なんて・・ほらっ、何かの冗談でしょう?」
「男の死もさることながら現場も異常だからな、現場検証ってのはしっかりやっていたんだ。
生き延びた奴の証言だとその家には猫が寄りついた事は一度もなかったし凶行当日何の異変もなかった、
そこに住んでいた人が廊下に無数に動物の毛が落ちていて掃除しないわけないだろう?
つまり結論として男が暴れ出して翌日の夜明けまでにどこからともなくおびただしい毛がそこに現れたって事だ」
「────!!」
ガチガチに固まるクローディア、知らず知らずに助けを求めるが如くクラークの手を強く握りしめている
「猫の怨念・・ですねぇ。だからクローディアさんは猫が苦手だったのですかぁ」
「ははは・・それで今も俺の手を握り締めているところ〜・・まだ苦手なんだな」
「───すみません・・」
思いっきりうろたえるクローディア、セシルに抱きつかれていようがおかまいなしに兄に救いを求める
「何を、怖がるお前を見るのも悪くない。なんならこれからは毎晩化け猫の話を枕元で聞かせてやろうか?」
「そ、それだけはご勘弁を・・兄上・・」
うろたえる妹、冷静かつ優雅な剣士も兄の前で苦手な話をすればたちまち本性が出てしまうようだ
「・・しかし動物の仇討ちと考えたら美しい話だと思うんですけどねぇ」
「じゃが新しい家の人間のほとんどを斬殺させたんじゃろ?
無関係な人間を巻き込んでいる以上美しいだけでは済まんと思うが・・」
「メルフィさん〜、美談に多少の犠牲は付きものです♪演出みたいなものですよ♪」
そんな事を平気でいうこのロリ娘が一番怖いのではないか──、平静を装うロカルノは静かにそう思った
「まぁそんな訳でこの中で怪談らしい物を持っているのはキルケぐらいになるのかな・・」
「そうですねぇ・・まぁこの面々で恐怖体験に恐れおののいたらそれはそれで変ですしね。
──じゃあ・・始めます?」
ニヤリと声のトーンを変える・・それだけで周囲の空気が変わる
誰かわからないが生唾を飲み込む音がはっきりと聞こえ場には静寂が支配した
「うむ、セシル・・自席に戻れ。クローディアが迷惑している」
「──え・・あ・・え・・・だめ?」
「その、私よりもロカルノさんの方が・・」
クラークの手を強く握りながらクローディア、
セシルが抱きついていなかったならおそらくは彼女がクラークに抱きついていたであろう
・・・なぜなら手が小刻みに震えているから・・
「──仕方ないわね・・」
そう言うと渋々セシルが自席に座る、ちらりと隣のロカルノを見たらその手はしっかりとアミルに繋がっていた
「では、始めますね・・ふふふふ・・」
「な・・なんか迫力があるのぉ・・」
「ふふふ・・あれは〜、もう大分前になりますねぇ。
私がサルトル家で暮らしていた頃の話です・・
知らない人もいると思いますが私はエクソシストの一族で代々その職を継いできました
ただ何もしないでその能力がつくわけでもありません・・当然訓練というものは必要です」
丁寧に説明しだすキルケ・・元々育ちが良い分その仕草は優雅
怪談をしているとは思えないくらいだ
「エクソシストの訓練は精神修行に関する物がほとんどです。悪霊と立ち向かうには強い精神が必要です。
聖なる魔力と恐怖に耐える勇気、それを養うのが修行なのです。
その日、ある程度の訓練を消化した私は別のエクソシスト志望の子と一緒に訓練を行う事になりました」
「退魔士の訓練か・・」
「ええっ、その子は〜Aさんとしておきましょうか。
私はAさんと一緒にとある山奥の湖にて祈祷を行う事になりました
灯りのない湖にて何もない静寂の中自分の精神を鍛えるのです」
「夜の湖ですか・・、余り気持ちの良い物ではありませんね」
星が煌めく中で恋人と共に行くのであるならば浪漫の一つでもあるのだが修行という名目である以上は
そんな雰囲気しかありえない
「水辺は集まりやすいって言うしな、人里離れた場所だと確かに訓練にはいいかもしれない」
「──そうです、趣旨はわかっていたのである程度の覚悟をして私はAさんと湖まで来ました。
そこには軽い小屋があるぐらいで後は人工物は何もありません
小屋もまさしく物置みたいな大きさです・・
まぁ小屋が立派だと不正をしてそこで寝てしまう人が出てくるからでしょうけど・・
・・軽い荷物を小屋においたところで私とAさんは湖の畔で正座をして訓練を開始しました
心を無にして自然と一体化したり、自分の魔力と大地の霊脈の波長を合わせたりしている内に夜になりました。
噂には聞いていましたがその時はちょうど新月でして周囲には何も見えなくなってしまったのです」
「う・・わぁ・・」
「修行に灯りは関係ないと言うことで格段気にもとめませんでした。
それに夜目になれてきてある程度周囲の様子がわかってきました。
星の光も多少ありましたしね・・
どれくらい時間が経ったのか・・流石に何もしなくても生理現象は起こるもので私は少しもよおしてきまして・・
Aさんに一言声をかけて近くの林に用を足しに行きました」
自分の体験だけどそのような事を言わなければならないことに少し頬を赤らめるキルケ
「トイレもないのか・・まぁ、修行だもんな・・」
「はい、まぁAさんとは同性ですし昼間もそうしてましたので特別気にもせずに暗闇の中で事を済ませました
ですが・・その時、何かが私の頬をスッと触れたのです・・そう、まるで誰かに頬を撫でられたように・・」
「・・・・・・・!きたわ!きたわよ!!」
セシルさん恐怖ゲージアップ、片方空いたロカルノの手をまるで握り潰さんばかりにつかみ取る
「セシル、うるさいぞ・・」
「まぁ用の途中ですから変だと思ったのですが特に恐怖は感じませんでした、
Aさんの悪戯か何か動物が当たったのかなって思いましてそれでそのまま元に戻ったら・・
Aさんがいなくなったのです。
私はそれでさっきの悪戯がAさんだと思い同じように用を足しに行ったんだと思って気にせず修行を続けました・・
ですが、いつまで経ってもAさんは帰ってきません、
いい加減におかしいと思った私はさっきいた場所に行ってみました
一帯は真っ暗なので気配はしなかったのですが・・耳を澄ませば奥の方から音がしてきたのです」
「お・・音?」
「ええ・・、ザッ・・ザッ・・ザッと土を弄るような音です。
夜行性の動物が動いているのかと思ったのですが気になったので私はその音のする方へ向かってみました」
「勇気がありますね・・状況からしてかなり危険なのでは・・」
アミルが言うのも最もな事で物音=警戒or離脱、それがフィールドでの鉄則なのだ
真っ暗な状態ですぐにそこに向かう行為はかなり大胆だと言える
「敵意なんて物があったら私も警戒したんですが・・・その時は何故か怖いという感覚はありませんでした・・
それで、暗闇の林を進む中にポッカリと視界が開けた場所にたどり着きました、
その一帯だけ何故か草木が全く生えていなかったのが印象に残っています・・
そしてそこにAさんはいました・・
ですが・・彼女の様子が変だったのです」
「へ・・変?何・・何なの!?」
「セシル、うるさいのぉ」
「ええ・・私が見たAさんは一心不乱に素手で穴を掘っていたんです。
華奢な彼女からは想像もできないぐらい荒い手つきでまるで獣のような息をしながら・・
私は何をしているのか聞きましたが彼女はまるで応えません、
無理に止めさせようとしたら人とは思えない鋭い睨みを私に向けました。
私は怖くてすくみ上がりその様子を見ることしかできませんでした・・
彼女が何かに取り憑かれている、それはわかっているのですが祈りを捧げてもその奇行は一向に止まりません・・
具体的な除霊方法を知らなかった私にはそうする事しかできませんでした」
「自分に害はないけど奇行を続ける・・か。それはそれで気味が悪いな」
為す術もなくそれを見続けるわけにもいかない、さぞかし対処に困ったことだろう
「ええっ、何とか止めようとしたところで彼女は私を振り払いました。
華奢な少女だったAさんとは思えないほどの怪力で私は近くの木に頭をぶつけて気を失いました
気を失うまで彼女の方を見ていたのですがこちらに襲って来る様子ではなかったのを覚えています」
「あくまで振り払っただけ・・か」
「・・翌日、日が昇ったところで私は目を醒ましました。
そこには大穴が掘られていて中にAさんが気絶していました」
「無事だったのか・・?」
「ええっ、とりあえず昨日の豹変振りから警戒して彼女を起こしたのですが〜、彼女は普通に目を醒ましました。
昨日の事は覚えていないのですがその両手がもうボロボロになっていてしばらくその治療を行いました。
治療が終わって昨日の事を話したら彼女は顔が真っ青になったのですが・・やはり何もわからなかったようです」
「取り憑かれた時の記憶というのは失われている事がほとんどじゃからの」
「それで・・疑問が残った私達は誰が何のために穴を掘らせたのか確認するためにその穴を調べました。
彼女が中断していた穴の底・・そこをさらに軽く掘ったところに・・あったのです」
「・・・な・・何が・・?」
「人骨と・・獣骨でした・・、子供ほどの全身骨と犬の骨のようでした。
おぼろげに昨日の出来事が理解できて私とAさんはその場で手厚く葬ってあげました
・・数日後、一応の異常事態で修行を中断した私達は山を下りてこの事を協会と騎士団に報告しました。
・・もっとも、エクソシスト志望が霊に取り憑かれたのは失態と言うことで怒られましたが
・・その顛末はすぐわかっておとがめはなくなりました
あの人骨と獣骨を鑑定した結果、
それは数年前に行方不明になった貴族の娘と彼女が可愛がっていた犬の物だったのです
彼女は盗賊に攫われて以来愛犬もろとも行方不明になっていたのです。
それで・・殺されてあの場所に埋められたのでしょう」
「・・それで近くで修行をしていたAさんに犬が乗り移ったってわけか。
主を見つけて葬ってもらうために・・」
「そう考えるのが自然ですし・・皆そう思ってます。
それでなければ見習いと言えども基本的な霊耐性があるエクソシストに憑依できません。
その犬が主を想う気持ちがあったからこそできたことだと思います
協会もそれを認めてAさんへの処罰は取り消しにされましたし」
「それで一件落着・・ね?」
「ええっ、Aさんは今では立派なエクソシストとして活躍してます。過去取り憑かれたのはあの犬の霊だけだとか・・」
「──ふむぅ、キルケが言うからにはもっと怖い話かと思ったんじゃがのぉ」
「いえいえ〜、これでもエクソシストなんですから恐怖する体験自体が少ないんですよ・・」
「ふぅん〜、じゃあ一般的に怖いだけの話って知らないのか」
「そんな事ないですよ?その手の現象に耐性ができて個人的には怖くなくなったのかもしれませんね・・
ほらっ、この間セシルさんと一緒に廃館探索に行ったじゃないですか?
あの時もセシルさんはしゃいでましたけど
実はロビーの天井にクビを吊ってぶら下がっている人がい〜っぱいいましたし♪」
「・・・え゛・・?」
「ざっと見て30人くらいいましたね〜
・・み〜んな騒いでいたセシルさんの方を見てましたよ?血の気の失せた瞳でジロリと睨むようでした
何かしゃべっていましたけど良く聞き取れませんでしたが〜・・かすかに『憎い』っとだけ聞こえましたねぇ
・・・一般的にああいうのが恐怖体験って言うのですか?」
「い──いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
脳天気なキルケの言葉に天高くセシルの悲鳴が響かせ
その日の怪談は幕を閉じた
・・当然彼女はロカルノにしがみついたまま一日を終える事となった・・・・のだが・・
「・・ロカ・・ロカ・・起きている・・?」
「・・ん・・?何だ・・?夜中に・・」
「よかった・・怖くて・・眠れないのよ・・」
「──ふぅ、全く・・キルケの話に目が冴えたのか?」
「だ、だってぇ・・」
「しょうがない、私に抱きつくなんなりして目を閉じろ・・そのうち眠くなる」
「そうじゃなくて・・あの・・」
「・・なんだ・・?」
「・・おトイレ・・行きたいの・・」
「・・・・・・」
「一緒に・・ダメ?」
「・・・ふぅ、世話が焼けるな」
「ありがと・・、あっ!でもこの事は内緒ね!」
「当たり前だ、いい歳した女が怪談のせいで夜手洗いにいけないとなったら笑い話では済まん
・・さっさと行って寝るぞ?」
「・・ロカぁ・・」
ぶっきらぼうながらも結局は付き合ってあげるロカルノさんでした・・
因みに扉が閉まっては怖いと言うことでセシルは彼に見られる状態で用を足したとか・・