「屍」



ズズ・・、ズズ・・・

夜の荒野を重い音が響く辺りは月の光が照らしているが
周りの広大な大地には他に街らしい
灯りもなく人が夜半に歩く場所としては到底言えない
そんな中、剣身剥き出しのブロードソードを地に引きずりながら歩く女性が一人・・
ズタボロのマントこそ羽織っているがまるで乞食のような風貌だ
「・・・・」
女性の目はまっすぐ前を向いている、がその瞳には生気が篭っておらず人形のようだ
加え灰色の長い髪が風に流れ彼女の視界を遮るが一向におかまいなし。
しかし人が支配する大地ではない分侵入者には相応の対応があるもの

グルルルル・・・

見れば闇の中に不気味に光る光・・、
月明かりに照らされゆっくりと姿を見せるは肉食の獣ジャッカル、
それも数匹群がって女性の周りを囲んでいる
「・・・・・」
しかし彼女は全くお構いなしに剣を引きずりながら先を進んでいる。
殺気も何も出ていない女性にジャッカル達は警戒をしたが戦闘の意思がない女性を
絶好の獲物として襲い掛かろうとした・・が

・・・・・・

瞬間ジャッカル達は本能的に身体を縮めた。
画もいえぬ戦慄が身体を走り目の前の女性に恐怖を覚える
「・・・・」
女性はただただ荒野を亡霊のように進んでいった
ジャッカル達はその姿が水平線の彼方に消えるまで
震え上がり身動きがとれなかったようだ




数日後


「・・くそっ、火が放たれたんじゃ手の施しようがなかったか・・」
女性が歩いていた荒野の抜けた先にある集落、・・いやっ、集落だった個所というべきか
なぜなら殆どの家屋は焼け落ち広場には死体が積まれているのだから
その中、傭兵風の青年が忌々しそうに剣を突き刺しその光景を見つめる
長い金髪をし、凛々しき風貌は騎士に近いが装備は傭兵そのもの
「・・あんたのせいじゃない、一人でよくがんばってくれた」
生き残った集落の住民の一人、可也の年配で煤に塗れ冷たくなった赤子を抱いている
他にも何人かは生き残っているようだがすでに疲れ果てており・・
「まだ終っていない、俺一人でも連中に裁きを与える!」
青年はまだやる気で地に刺さる剣を抜き取った
「お止めなさい、依頼料は払った。
奴らもこれ以上の略奪はしないだろう・・もう終ったんだ」
「いいや!連中の居場所はわかった!ここからは俺一人でも行く!」
そう言うと青年は胸元からバンダナを取りだし髪を隠すように頭に巻いた
「・・あんた・・」
「すまねぇ、きちんと落とし前はつけたいんだ。いくぞ!トゥクル!」
ピー!っと高い口笛を鳴らしたかと思うと広場まで赤くたくましい馬が駆けてきた!
それに合わせるように青年は飛び乗りそのまま駆け出して行った
「・・・若者はいい・・が我らにできることはこうして骸を慰めるだけだ・・」
駆け去る後ろ姿を見ながら村人達は静かに後始末を再開しだした

・・・・・

集落を離れた青年、ガムシャラに駆けている
「くそっ、あの連中ども・・俺の相手は陽動だったのか・・」
昨晩の事を思い出す
野盗の襲来に悩んでいた集落に偶然訪れた彼だったが
その様子に同情を覚え野盗退治に名乗り出て契約を交わしたのだ
結果襲来した野盗を追い込んだは良かったがそれが陽動で
別部隊が傭兵を雇った事に対する報復で集落に火を放ったのだ。
彼も野盗の住処を掴みかけたが燃え上がる集落を見て
救助に向かわないわけにもいかなくなり結果苦汁を舐めさせられた・・
「いつもながら突っ込むしかないが・・トゥクル、付き合ってくれよ」
愛馬の背を優しく撫でる青年、しかし前方に不審な人物が・・
ボロボロのマントを羽織った女性がゆっくり歩いているのだ
「!?・・トゥクル、止まるぞ」
手綱を引き少女の前で止まる青年・・
不審人物は女性で灰色の長い髪が特徴、
奇妙なことに剥き出しの剣を引きずっている
「君、あの集落の人間か?」
「・・・・」
返答はなく立ち止まる女性。
その異様な光景に青年も少し警戒しながら愛馬より降りる
「・・、俺は傭兵家業を生業にしているホクトってもんだ。
集落を焼け落とした野盗は俺が裁きを与える。
君は集落に戻って皆の手伝いをしたほうがいい」
マントの隙間から見える服装も普通の女性の物、
革のスカートと白いブラウスなのだがこれもズタボロで焼け焦げている個所さえある
これを見て青年ホクトはこの女性を集落の人間と断定したのだが・・
「・・・・・・・違う・・」
か細い声で応える女性、生気のない瞳と同様に感情を感じさせない声だ
「違う・・?じゃあ・・集落とは関係なくこんな所でどうしたんだ?」
「・・・・」
女性は応えない、それにさらに首をかしげるホクト
「それに剣まで持って・・、女性はこうした物は持たないほうがいい・・」
手に持つ剣を触ろうとする・・が途端に
「・・!!」
女性の手が動きぶっきらぼうに剣を払う!
「うわっ!ちょ・・ちょっと君!!」
大ぶりな攻撃だったために回避は容易だったが
いきなり切りかかってきたことに驚くホクト
「・・・触ったら・・駄目・・」
「・・そ・・そうか、そりゃ悪かったけど・・いきなり斬りかかることはないんじゃないか?」
「・・・・」
返答なし、それにホクトも困った顔で・・
「わかった!余計な事は言わない!
けどここから先は危険なんだ、行かないほうがいい」
「・・・・」
「って聞いている?」
「・・・・」
「お〜い!」

ズズ・・ズズ・・

女性は全く無視で歩きだす・・、それにホクトも呆れ・・
「好き物って奴・・か?でもあんな素人な動きじゃ危ないぜ・・」
もはや説得は不可と思ったのだが次の瞬間
「ヒヒーン!!」
トゥクルが高らかに鳴く、通常の人には何が言いたいのか分からないが彼は特別、
急いで馬に乗り座席に引っ掛けてある短弓を手に取った
それと同時に彼方より馬に乗った野盗達が走ってきてアッと言う間に二人を囲んだ
「ちっ、まだ村に用があるのか!?」
ヘラヘラと笑ういかにもそっち系の野盗サン達、
それにホクトもハラワタが煮えくり帰り模様
「もうあんなところに行っても何にもねぇっての!ボスがてめえの馬が欲しいって言い出してよ、
てめえが目当てってわけだ!」
「・・トゥクルを・・?止めておけ、貴様ら如きに扱えるほどこいつの脚力は甘くねぇ。
第一トゥクル自身が嫌だってよ!」
「いきがるんじぇねぇよ、こっちはこれだけの数がいるんだ、
てめえを殺すことぐらい簡単だぜ・・ああっ?」
見下す代表らしきモヒカン戦士の前にあの女性が立つ
「・・・・・」
「なんだ?てめぇ?」
「・・・・捧げる・・」
女性のか細い声・・しかし次の瞬間!

バクッ!!

モヒカンの首が消えた・・
見れば女性が持っていたブロードソードが変化している、
柄からは触手のようなものが生え女性の手を突き刺し体内に侵入、
鍔の中心にはまるで心臓のような赤い肉塊がありビクビクと波打っている、
そして剣身・・先ほどよりも一回り大きくなっており剣の中心から血が流れている
(俺の錯覚か・・?剣が・・喰いやがった!?)
常人では理解できない速さの出来事、しかしホクトには見えた。
自分に切りかかった時とは比べ物にならない速さで切り払い瞬間刃が「二つに割れた」
鋏のように男の首を切ったかと思うと剣は元に戻り首はその狭間に消えたのだ
「や・・野郎!」
気味が悪い剣を持つ女性に他の面々は逆上し弓を放つ

ドス・・ドスドス!

アッという間に三本が胸に刺さる、
戦士の装備をしていない以上矢の威力を軽減するものはないため
それこそ貫通するほどの勢いだ
「へ・・ざまぁ・・!?」
勝ち誇る男達だが女性は静かに向きを変えた
「・・・」
そのままゆっくりと歩く女性、その動作とは似つかわしくなく
剣を握る右手に侵入した触手が暴れ皮膚が波打っている
後はモヒカン男同様の惨劇が繰り替えされた。
その異様な恐怖に野盗達は逃げ出すことすら
忘れ怯えたので餌食と化したのだ
ただ一人、ホクトだけはその光景を呆然と見詰めている
「・・君・・それは・・」
野盗達の首のない死体の前に立つ女性・・、
剣は最後の野盗を喰らった後スッと元の姿にもどり体内に入った触手も引っ込んでいった。
不思議なことにその傷からは一滴も血が流れない
「・・アポカリプス・・」
静かに呟く女性、それだけを呟くとまた前を歩き出す
「・・『黙示録(アポカリプス)』だって・・?
って!胸を貫く重傷なんだ!きちんと手当てしないと!」
胸に矢が刺さったまま平然と歩く女性にホクトは慌てて抱きかかえる
「・・・・」
女性は今度は抵抗せずに彼の言うがままになった

・・・・・・

彼女の治療をするために手早くスペースを作るホクト・・
トゥクルも大人しく草を頬張り彼の傍を離れない
彼女を着ている物を脱がせ傷を見ようとしたが彼は驚いた
(体が冷たい・・それに・・血が・・流れていない?)
裸になっても表情一つ変えない女性、座っていても剣は手放さない
「君・・名前は・・?」
「・・・」
「何だか体が冷たいけど・・冷え性なの?」
「・・・」
我ながら馬鹿な事を言っていると思っているホクト、
まぁそこでいきなり「なんでやねん!」っと勢い良くツッコまれても妙なのだが・・
「な・・なぁ、戦闘時じゃないんだ。剣を離したらどうなんだい?」
「・・・・・離せない」
「えっ?」
「・・・」
気になる発言をした女性、だがそれ以上は応えようとはせず呆然と座ったままだ
(・・変わった子だ・・が、胸を貫く傷を受けても
平気だしこの剣のあの変わり様・・何か特別な・・)
目の前の女性に色々と考えるが・・結局答えは出てこず、
本人に聞こうにも応えてくれそうにないので論外故に手の打ちようもなく
「一応、矢は抜いたけど・・包帯巻いていたほうがいいかい?」
「・・・・大丈夫・・ありがとう・・」
「ああっ、そうか・・だが・・血が出ないのは・・」
「・・・」
「・・悪い、そんな事聞かないほうがいいか。どうして君は旅をしているのかな?」
「・・・・・復讐」
「復讐?・・君も大切な者を奪われたクチかな?」
「・・・」
「実は俺もさ、草原の少数民族で野盗に滅ぼされてな。
残ったのは愛馬のトゥクルぐらいさ」
何気な世間話、無視して立ち去るかと思ったが女性は静かに座ったままだ
「まぁ元々そこじゃ肩身が狭かったんだけどな・・君は・・」
「・・・復讐・・、私を・・・殺した奴を・・」
「君を?」
「・・」
通常なら馬鹿げた話と言うところだが彼女の身体を見たからには嘘ではなさそう
それにホクトも汗がタラリと・・
死人、通常は人を襲い生前の要望のままに動くと言われる哀しき化け物だが
彼女はそれとは微妙に違う、意思を持ちきちんとしゃべれているのだ
「そうか、聞いて悪かったな。・・でも、目星はついているのか?」
「・・・・いいえ」
生気のない瞳のまま暗くなりつつある平原を見つめる女性
「た、大変だな・・。まぁがんばれよ・・んっ!!」
瞬間目つきが険しくなるホクト、女性もピク・・っと体が反応しゆっくりと起き出す
「やれやれ・・、本当にトゥクルが欲しいらしいな!今度はこっちから出向くぜ!!」
勢い良くトゥクルに乗り走り出すホクト、手には短弓を持ちすでに矢も手にかけている
夜営地点の先からは数体の馬の陰、野盗一味だということは見て分かる
それを見てホクトは迷うことなく矢を引く・・

疾!!

放たれる矢は凄まじい速さで駆けやっと姿が確認できた
野盗の首に深深と突き刺さって落馬させた
「まだまだぁ!」
連続して放たれる矢、それは寸分の狂いもなく野盗達の首に突き刺さり絶命させていく
その手際は良く無駄な動作は一つ足りも無い、
何よりも両手を離している状態なのに驚くほど体が安定しているのだ
正しく人馬一体・・だがそれでも数の多さには対応しきれておらず数体が急接近していく
「てめぇ!!」
すでに相手は激情しきっている、剣を抜きガムシャラに切りかかってくるのが二人
後は後方で様子を見ているのが一人・・それだけだった
「俺だってムカついているんだ!手加減しねぇぞ!」
そう言うと腰に下げた剣、独特の形を持ったクックリ刀を手に接近する!
その加速度は凄まじく勢いに飲まれた野盗は手に持つ剣を振り下ろす間もなく・・
「ぐっ!!」
「がぁ!」
一撃必殺の攻撃に倒れていった・・
「ふぅ、残るはお前だけだ!集落を襲った罪を償ってもらう!」
トゥクルを止め血で濡れたクックリ刀の切っ先を向ける
「ちっ・・良い馬を持っていやがると思ったらそれなりの腕か・・」
一人になった男、周りよりも豪勢な衣装を纏っているのだが
現れた時の自信はすでに喪失気味のようだ
「残念だな、俺は誇り高き草原の民だ。馬に乗った以上負けるわけにもいかない!」
「黙れ!こちとらここらを仕切っているんだ!余所者が好き勝手させるか!!」
いきり立つボス・・しかしホクトは何かに気付き
「・・っと、どうやら俺が手を下すまでもないか」
「何だと・・!?」
次の瞬間、彼の身体を挟もうと口を広げた刃が・・
「!!!」
刃が走り男の身体を切り裂いたかと思うと上半身がすっぽりと消滅した
逃げ出す馬の影にはあの女性が・・
「馬で結構走ったんだけど・・良くここまで間に合ったもんだな」
彼女に近づきながら声をかけるホクト、すでに剣は普通の姿に戻っている
「・・・」
「まぁ、今君が殺した・・っうか『喰らった』のはここいらを占めている野盗の長だそうだ。
もうここらへんに悪党はいないんじゃないか?」
「・・・」
その言葉に反応するかのようにまた剣を引きずり歩き出す女性
「おいおい、せっかくだ。
俺も仕事が終ったんだからお前の旅の手伝いをさせてくれよ?」
「・・・何故?」
振り向きもせずに応える・・
「まぁ、何ともなしに気になるってのが半分、やることがないってのが半分・・だな」
「・・・・・・・・、私は・・人じゃ・・ない・・」
「なんとなくわかっているよ、細かい事は気にしないからさ・・なっ?」
「・・・」
ズズ・・ズズ・・
女性は無言のまま歩き出す
「おいおい、それは同行を許可するって見なすぜ!?」
「・・・」
「ったく変わっているよなぁ、でっ、君の名前は?」
「・・・アンシャル・・・だった・・」
歩きながらボソッと呟く女性
「だったじゃねぇ!口利けるんだからまだアンシャル・・って名前だろ!?」
「・・・」
再び無言で歩き出す女性アンシャル
「・・ふぅ、まっ面白そうだけどな。行くぞトゥクル」
日が沈みかける平原に一人の女性と馬に乗った青年がゆっくりと進んでいった


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